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エピローグ・2

連続投稿をしています。ご注意ください。

「――祈願、すべての信者の創造主、かつあがない主にまします天主、主のしもべらの霊魂に、すべての罪の許しを与え給え」



 初夏の暑い風がウルクラビュリント郊外の墓地に自生する芥子坊主を揺らした。

 それと共に喪服に身を包んだオークの一団が棺を囲んで涙を浮かべ、嗚咽をもらしているのが聞こえる。

 ただその中に一人。黒い法服姿の少女がいた。ただ明らかにその顔色は悪く、青白さを通り越して土気色をしていた。



「願わくは、かれらが絶えず望み奉りし赦しをばわれらの切なる祈りによりてこうむらしめ給え。世々に活きかつしろしめし給う主によりて願い奉る」



 深い淵から(デ・プロフンディス)の祈りを唱えるイトスギは元々死霊術教導大隊の教官としてネクロマンシーを教えていたが、プルメリアのせいでその任を解かれてしまい、思うことがあって星職者に転職していた。

 と、いうのもプルメリアは星字軍遠征や冒険者の蛮行を鑑み、際限ない種族間の生存競争に歯止めをかけるルールが必要であることを痛感し、国際的な枠組みを作ろうと奔走した。

 その結果、戦闘員の定義に捕虜や非戦闘員の取り扱い、必死の命令を拒めぬ奴隷とアンデッドの戦闘参加を禁じるデン・ハーハ陸戦条約を締結させた。

 そのあおりで死霊術教導大隊は研究部門を残して解隊され、それを機にイトスギは軍を去って生きる理由探しとして教会の門を叩いたのだ。



「主よ、永遠の安息をかれらに与え、絶えざる光をかれらの上に照らし給え。かれらの安らかに憩わんことを。汝に星々の恩寵があらんことを」



 深い淵から(デ・プロフンディス)の祈りを唱え終えると胸の前に五芒星を切り、喪主であるオーガと見間違わんばかりのオークに合図を送る。

 深紅の軍服に喪章をつけたそのオークは図体と馬鈴薯を思わせる精悍な顔つきとは裏腹に沈痛な面持ちで従兵から松明を受け取ると棺に火をつけた。

 それは瞬く間に棺を覆い、煙が天へと帰っていく。それを眺めながらイトスギに軍服のオークが礼をいう。



「イトスギ、今日はありがとう。オルク王国大公カレンデュラとして礼をいう」

「死者が死者を送るなんておかしいでしょ。こういうのはナイに頼むべきじゃないの?」



 軍服のオークはイトスギの言葉に困惑しながら「ナイ?」と尋ね返した。



「は? あんなに懇意にしていたじゃん。耄碌した?」

「……耄碌したのは貴女の方では? 同じカレンデュラでも僕は小カレンデュラですよ」



 あ、とイトスギの口が開くのと、彼女の視線が眼前のオークの頭部に傷がないことを見とがめたのは同時だった。

 そうだ、目の前にいるのはあの狂信オークではなく、その孫――現オルク王国大公カレンデュラ二世だ。



「あー。そういえばアイツの最期を看取ったっけ。家族に囲まれて幸せそうに逝きやがったなぁ」

「そうだったのですか」

「あれ? 一緒に看取らなかったっけ?」

「看取ってませんよ。そもそも僕が生まれたのが祖父上様の亡くなられた翌々年で、オルク家の養子になったのがさらに翌年ですし、祖母上様もその歳に御隠れになられたのでお話したこともありませんよ」



 ぼんやりする記憶の糸をイトスギは紡ごうとするが、似たような記憶が混線して上手くいかない。

 そもそももう星字軍遠征から六十年も経つのだから忘れても仕方ないか、と彼女は思考を止めた。



「確か、祖父上様が六十一で亡くなられたわけですし、そう考えると義父上は短命の業を背負いながらもよく大往生を遂げられたのですね」

「そうねぇ。アルテミシア坊が六十だもんなぁ。よく頑張ったよ」



 二人は燃える棺を見つめながらそう呟いた。

 前オルク王国大公アルテミシア・オークロード・フォン・オルクは異種族婚の弊害である短命の業に苦しみながらも奇跡的に六十年の生涯を謳歌した。

 もっとも平和を意味するその名とは裏腹に彼の生涯は波乱の連続だったが。



「新教派の反乱に端を発した内戦に、異教徒の国――オストルの西進によるエルシス=ベースティア二重帝国の崩壊、イスパニアによる新世界の発見……。あの星字軍遠征が終わって六十年、いろんな事があったなぁ」



 対ガリア星字軍遠征によってガリアに巣食う異端は激しい弾圧を受けたが、その信仰の光が消えたわけではなかった。

 新教派は地下に潜ったものの教皇庁の腐敗と横暴に怒れる者達に支持され、世界中に広まっていった。

 そうした中、免罪状の大々的な売買が行われ、教会権威の強かったオルク王国で教会税に反対する一揆が起こった。

 それに新教派の過激派が合流し、宗教戦争の火種はオルク王国だけに留まらず周辺各国へと飛び火していった。



「あの小さな反乱が三十年もだらだら続く戦争になるとはね。気づけばエルシス家とガリア王家の覇権争いになっていたし」

「まぁそのせいで背後を突かれたエルシスはオストル帝国にベースティア王国を失った訳ですが」



 オストル帝国皇帝(スルタン)ファーティフ二世は厳しい戒律によって鍛え上げたイェニチェリ軍団を従え、獣人の国であるベースティアを瞬く間に占領した。

 もちろん教皇庁は対オストル星字軍遠征を行おうとしたが、三十年戦争の最中であったためリーベルタース王国の一部が義勇兵を送ったのみでこの遠征は失敗する。

 その結果、オストル帝国は中央海西域の覇権を手に入れ、リーベルタースを蹴落として中央海交易を牛耳るようになった。

 また、三十年戦争の混乱とこの星字軍遠征の失敗によって教皇庁の権威も失墜し、保身から勢いを増す新教派との融和政策に転換する契機となった。



「中央海交易が廃れたせいでブリタニアも、イスパニアも外洋交易に躍起になったが、我が国だけはそれに追随できなかった。それが軍事強国を作り上げた祖父上様のせいだというのだから歴史は皮肉なものです」



 新式軍制によって強国の座についた神星魔族帝国だったが、嵩んだ軍事費によって港湾設備や街道の整備が遅れたため、海洋進出は諸列強に比べ大きく遅れてしまった(もっとも長きに渡る宗教戦争で帝国は荒廃し、疲弊し、斜陽となったことでそれどころではなかったというのもあるが)。



「そういえば、そのナイというお方はその後どうなられたので?」

「あー。どうだったかなぁ。しばらくはオルクスルーエ教会にいたけど、枢機卿選挙にでるとかで教皇庁に行ったきり帰ってこなかったんだよね。風の噂だと道中で謀殺されたとか、イスパニア異端審問所に逮捕されて土刑になった、対オストル星字軍遠征の指揮官になって戦死した、新大陸宣教に赴いたとか、はたまた主の奇跡で外宇宙へ旅立ったとかいわれてるけど」



 星字軍遠征軍を率い、皇帝さえも跪かせたナイ大司教の足跡は定かではない。時の教皇ヨハネスの私生児であるという公然の秘密から教皇庁によく思われていなかったこともあり、陰謀論めいた噂話から妄想の産物まで飛び交い、どれが事実なのか不明なのだ。



「噂がありすぎて千の貌を持つとも呼ばれていたけど、死ぬところだけは想像つかない人だったなぁ。少なくともまともな人間じゃなかったからまともな最期は迎えられないだろうね。お前も友達選びは気をつけるんだよ」

「もう僕は二十五ですよ。祖父上様がウルクラビュリント奪還のために奔走していた歳なのですから子供扱いは勘弁してください」



 そんなになるのかとイトスギはマジマジとカレンデュラ二世を見返す。

 その見てくれはあの凶暴なオークと瓜二つであり、イトスギに記憶の混乱をもたらしそうになる。

 もっとも彼はカレンデュラの直系の孫という訳ではなく、短命の業を背負ったアルテミシアは子供ができない体質であったため養子を迎えたのだ。

 養子といってもカレンデュラの叔父であるユルフェの一族の者を迎えたため、オルク家の濃い血がその巨躯を作り上げていた。。



「昔は可愛げがあったのに今はアイツによくよく似ちゃって……」

「……祖父上様に似たのは、この図体だけでしょう」



 カレンデュラ二世は自分を小カレンデュラと称していた。

 彼にとって祖父は大きな壁であり、それを越えられるとは到底思えなかったのだ。



「僕は軍服をまとってはおりますが、祖父上様のような軍才も勇気もありません。戦も嫌いです。本当は学者にでもなりたかった」



 だがその武勇の相と大公家という血筋がそれを許さなかった。

 父アルテミシアが病弱であったため、その代わりに祖父のような軍人になれと期待を背負い、彼はそれに応えて軍に籍をおいたにすぎない。

 そんな彼が健軍の父であるカレンデュラを越えられるとはまるっきり思っていないことだった。



「せめて祖父上様のように勇猛でありたいとは思うのですが、戦を前にすると手の震えがとまりません。情けない限りです」

「……まぁ勘違いされがちだけど、皆が思っているほどアイツは獰猛なオークじゃなかったよ。お前みたいに優しいオークだった」



 するとカレンデュラ二世は信じられないというように目を見開く。

 まぁこの話をすると皆こんな反応をするし、自分は例外だったが、とイトスギは胸の内に注釈をつける。



「プルメリア様や、アルテミシア坊はもちろんだけど、傍仕えとか従兵といった目下の者にも手を上げたことはなかった。自分達のために戦ってくれたからって一兵卒でも入れる廃兵院を作ったり、教会の慈善事業にもけっこう出資していたようだよ」

「でも癇癪持ちだったと」

「昔はね。でも星字軍遠征が終わった頃くらいから怒ることもなくなっていったよ」



 むしろ晩年は穏やかで、星人のようだったとイトスギは思い出す。

 無論、彼女は例外であり、晩年まで悪友同士のような関係が続いていたが。



「苛烈で誰もが畏怖するお方と聞いていたのですが、意外です」

「否定はしないけどそれは一側面に過ぎないよ。アイツが復讐に生きたのは確かだけど、同時にオルク王国を治める大公で、子孫にこの領地と爵位を継がせようとしていたし、主がお示しになられた十戒を守り、最後の審判に備えようともしていた。あとプルメリア様とアルテミシア坊と共に生きようともしていたっけ」

「なんとも。複雑なお方なのですね」

「そう? 人の生きる意味なんて流動的で不可視で、定まったものじゃないでしょ。だからお前が生きたいように生きればいいんじゃない?」



 だがカレンデュラ二世は小さく首を横に振った。



「そうしたいのは山々ですがこの度、リーリエ陛下より直々にガリア革命鎮圧の勅を賜りました。大嫌いな戦ではありますが、明日には出陣しなければなりません」



 ガリアは星字軍遠征の莫大な賠償金や昨今の飢饉、貴族達の放漫な財政管理によって民に重税を課していた。

 それらの不満が爆発し、彼らはガリア王を捕らえてしまった。

 各国は支配されるだけの民が蜂起し、絶対的な特権階級者を排除するという革命に震撼し、それの波及を恐れてガリアへ出兵することになっていた。



「そうか、また戦が……」

「そこで、イトスギに頼みがあるのですが」



 またこの呪いをかけるつもりか、とイトスギわざとらしい溜息を吐き出した。

 もっとも彼女とてそれが二度目であったからこそ、予想できたのだが。



「どうか、我が子マリーゴールドのことを頼めますか?」

「はぁぁ。またか」

「また?」

「一度目はアイツにアルテミシア坊のことを頼まれた。二度目はアルテミシア坊がお前を頼むって。もう、あんたたち一族は死者をなんだと思っているの?」



 そうだったのかとカレンデュラ二世は父達の愛情の深さに面はゆい気持ちを抱きながら「すまない」と呟いた。



「まったくだよ。死者に子守を任せていないで自分の子は自分で面倒みなよ」

「そうはしたいのですが、戦となれば絶対に生きて帰れる保証はありません。それに、今回の相手はあのガリアの食人鬼です。あれは祖父上様を凌ぐ軍略を持つと言われておりますし、なにより奴の戦争手腕は美しい。恐らく僕は……」

「なら今回はお前が帰ってくるまでは面倒をみてあげよう。だから、絶対に帰っておいで」



 ありがとうという言葉にイトスギは天に昇るアルテミシアを見ながらまた死ぬ日が遠ざかったよと愚痴っていた。



「でも、あんまり私たちを頼らないでね。最近じゃ私たちは混ざりすぎて、なにもかもごちゃごちゃになって、どれが誰の記憶か分からなくなってきている。さっきの記憶違いもそのせい。たぶん遠からずに私たちは意識が攪拌され、希薄になって、なにもかも分からなくなってしまうんだと思う」



 身体を取り換えるたびに意識は増えてしまうが、だからといって身体を取り換えなければそのまま腐り落ちてしまう。

 この逃れられぬ運命こそがリッチとしての活動限界――死なのだろうとイトスギは考えていた。



「恐ろしくはないのですか?」

「さぁ? もう一度死んだ身だしね。ただその終わりが来るまで、死ぬまで私たちは生きる理由というのを探すだけだよ」



 もっとも星書を読んでも見つからなかった。もしくはそんな理由などないのかもしれない。こんなことなら教会の牢に繋がれたあの時、カレンデュラの誘いを蹴って果てていればよかった。

 そう思うこともあった。

 だが――。



「生きる理由を探すのは、楽しいよ。たぶんこれが生きるってことなんだろうね。お前のお爺様に拾われなければ、私たちは生き直すこともできずに死体のまま終わっていたんだろう」

「やはり祖父上様は大きな男だったのですね」

「お前もそうなるよ。あぁ、アイツのことで一つ思い出した」



 カレンデュラ二世は「なにをです?」と尋ねる。するとイトスギは懐かしそうに笑みを浮かべた。



「この世に何故、冒涜的な行為が横行するのか、なぜ残酷なものが存在するのか、どうしてお前の存在が許されるのか。それは全て主がお認めになられているからだ」

「……はい?」

「そう思うでしょ? 私たちもそう思った。でも、私たちのようなアンデッドでさえ生きることを許されているんだ。お前がカレンデュラの孫だろうと、軍才や勇気がなかろうと、全て“良し”とされ、すでに許されているんだよ」



 だから気負うな。

 その言葉にカレンデュラ二世の方から力が抜けた。彼にとってカレンデュラという名は重荷で、越えられぬ壁だと思っていた。

 だが今は違う。自分は自分であり、一匹のオークとして戦場に赴こう。



「く、フハハ。では僕は人間共が思い浮かべる典型的なオークとして、人間を打ち倒しに行きましょう」

「大公閣下の武運長久をお祈り申し上げます」



 イトスギは深々と頭を下げ、若き大公は鷹揚に頷く。

 そして彼女はこの若者の前途に祝福があらんことを祈りつつ呟いた。



「光あれ」


まずは注釈を。

デン・ハーハ陸戦条約

プルメリアは星字軍遠征で奴隷の脅威を、本作第三四部分『鉄槌作戦・1』にてイトスギからアンデッドの自爆攻撃を諫められており、これらを受けて条約作りに奔走しました。


カレンデュラの怒り性が治ったという描写について

これは一九世紀の米国の鉄道建築技術士フィニアス・ゲージ氏を参考にしました。

氏は鉄道建設中の事故で鉄棒が頭蓋に刺さり、左前頭葉を損傷しました。

奇跡的に生還したゲージ氏ではありましたが、事故後の彼の性格は激しく変化してしまったそうで、元のゲージに戻ることはないと断じられてしまいました(諸説あります)。

しかし後年、職を変えながらもそれに順応し、以前にもまして機能的に行動でき、社会的にもずっと適応できていたとのことです。

つまり脳が欠けても社会復帰しています。

そうしたことからカレンも家族や家臣に囲まれ、次第に社会復帰していった(元の性格に戻った)という感じです。


短命の業

交雑種のこと。例えばライガーやタイゴンといったライオンとトラの交雑種は先天的な内蔵疾患をかかえていたり、短命だったりします。

また、雄は不妊であり、基本的に子孫を残せません。

そのためハーフは親族から養子を迎えるのが普通だったりします(政争の火種がw)。



さて、これにて完結とあいなりました。

お付き合いくださった読者の皆様。本当にありがとうございます。

また次回作でお会い出来れば幸いです。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
数年ぶりに読み返してきました、語彙力皆無な感想で申し訳ありませんが面白かったです
[一言] 年始にふと思い立ち、久々に読みました。 ちなみに3周目です。 次はオシナーに行ってきます。ではでは
[良い点] 最終回、良かったです!!
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