序章-逃亡 ~ 1章 覚醒
はじめまして、YutaMikuというものです。
現在の主な活動はイラスト、また作曲や動画制作もできますが休止中。
小説に関しては、これまで本作を含めて2つ書いています。
もう一つの作品は小説処女作なんだけど『哀戦士アリサ』というタイトルで某アニメ原作コンテストにて応募作794作品の内11個の最終ノミネートに選ばれたばかりかラッキーな事に二次審査も通過して優秀賞1個、佳作4個の中の佳作を受賞。
でもこちらは開催した学研に著作権を取られているため、とりあえず投稿できません。
本作は同じくアニメ原作コンテスト用に出したものが元ですが、その後内容を改訂して同人誌としてコミケとかで販売していました。
ですがその改訂版に関しても後でよく読んでみると、まだまだ至らない点に色々気づき、さらに修正を施した最終版を作りました。
最近、小説をネットで投稿できる時代になったので、この作品を眠らせておくのはもったいないと思い投稿しました。
この作品を最初に書いたのが相当昔なので時代ズレしている部分もあるかもしれません。
ただ書いた時は私も若かったので若い人と感性はそんなに変わらないかと思います。
長いので3つに分けて投稿します。
まずは序章の逃亡から1章の覚醒、この話の構想は、この逃亡シーンのイメージから始まったのです。
『レジェンド オブ ライア』 Part1
作者 YutaMiku
【序章 逃亡】
薄暗い海底を、一隻の小型潜水艇が猛スピードで進んでいた。
潜水艇のコックピットには、ソナーによる警戒音が響き渡っている。
「バズー、追手が来たわ、どうしよう…」
ソナーモニターに映った、無数の光点を真剣な表情で見つめながら、少女が呟いた。
年の頃は、十七か十八といったところか、まだ幼さの残る大人の女性になりかけの可憐な少女。淡いピンク色をしたドレスを身にまとい、艶のある腰まで伸びたコバルトブルーの髪には、宝石をちりばめたティアラが飾られていた。
そんな彼女が、隣に座った男を、不安に満ちた表情で見つめた。
隣に座っているのは、体格のガッシリした美青年だ。彼女よりずっと年上に見える彼は、紺色の兵服の上に純白のマントを羽織っていた。
銀髪の間から覗く鋭い切れ長の眼は、ちょっとした事では動じない、責任感と理知的なものを一目で感じさせる。
二人を乗せた小型潜水艇は、今何者かに追われているようだった。
「お任せください」
バズーと呼ばれた、この青年は、そう言うと座席の移動レバーを下げた。
次の瞬間、彼の座っていた座席はコックピットから後部へ下がり、潜水艇下部にある脱出用ハッチへとつながる通路に直結された。
「待って、バズー」
「構わず、まっすぐ地上へ向かうのです」
おもわず振り返り、叫んだ少女に、バズーは優しい瞳で、そう答えた。
「いや、私一人じゃ…、バズーと別れるのはいや…」
「どうか御無事で…」
そう言い残すと同時に、バズーの姿はコックピットから消えていた。
「バズー…」
コックピットに、ただ一人残された少女は、涙ぐんだ声で彼の名を呟くと、ガックリと肩を落とした。
潜水艇から外に出たバズーは、兵服を着ていなかった。いやそんな事より、ここは深海だから、人間であるなら潜水服が必要だろう。
しかし、そんな物は彼にとっては全て、邪魔なものにすぎなかった。
なぜなら彼は、水中でも自在に動くことが出来る、そして強力な戦闘能力を持ったアンドロイド兵士だったからだ。
少女を乗せた小型潜水艇を見送った彼は、すぐ隣にそびえ立つ海底の断崖を見上げると、猛スピードで浮上した。
そして、携帯してきた小型の爆破装置を、岩肌の数か所に設置した後、付近の岩陰に影を潜めた。
数多くの小型潜水艇のヘッドライトが、海底の闇の奥から近づいて来るのが見える。
バズーの電子頭脳は、潜水艇の速度と、岸壁が崩れ落ちる速度を瞬時に計算していた。
敵の潜水艇の群れが、その距離に達した時、バズーの切れ長の眼が見開かれた。
その瞬間、轟音と共に、追手の潜水艇の頭上の岩盤が崩れ落ち、一瞬の内に大半の潜水艇を飲みこんでいた。
運良く少し遅れて来た潜水艇は、一瞬ひるみ、その場に停止していたが、すぐまた追跡を開始し始めた。
(残るは三隻。)
そう思うと共に、バズーは、追撃隊の潜水艇を高速で追いかけた。
「一体何だったんだ、今のは」
「とにかく、俺達だけでも追いかけるしかあるまい」
残った追撃隊の乗組員は、互いに通信でやりとりをしながらも、前へ進む事を止めなかった。
しかし残存していた三隻の内の一つに異変が生じた。
「う、うわー」
「どうした」
通信中の突然の叫び声に、何が起こったのかわからない残りの潜水艇の仲間もびくついていた。
叫び声を上げた兵士の潜水艇のコックピットウインドウにはバズーの姿があった。
篤さ五センチの鉄板をもぶち抜く彼の怒りの鉄拳が、そのウインドゥを叩き割った瞬間、大量の海水がコックピットに滝のごとく流れ込んで来た。
「バズー…」
バズーと別れ、一人になってしまった少女を乗せた小型潜水艇は、プログラムされた通り、地上への航路を進行していたが、彼女の心の中は現時点、そして、これからやらなければならない使命のために不安でいたたまれなかった。
そんな彼女の気持ちをあおるかの様に、ソナーの警戒音が再び鳴り響いた。
「まさか前方にも追手!」
ソナーから眼を離し顔を上げた少女に、それはゆっくりと、その恐るべき全貌を現しつつあった。
少女の乗った小型潜水艇の正面には、切り立った断崖が、その深い溝を開けていた。
そして今、その完全に深い闇とも言うべき海底からは、薄らいだ太陽光線でははっきり見えないが、グロテスクで巨大な触手がウネウネと立ち上って来たのだ。
「あ、あれは…」
その光景を眼前で見た少女の顔から、一瞬にして血の気が引いて行った。
そして次の瞬間、少女はその怪物を知っているのか、その名を思わず呟いていた。
「海神バール…」
彼女がバールと呼んだ、この怪物は、ついにその全貌を海底の溝から現した。
長さが約三十メートルもあるだろうか。数多くの巨大な触手の中央には十メートル程の胴体を持った不気味な顔がついていた。
薄い緑色の粘液質の被膜を持った触手が飛び出している怪物の、胴体と頭、それは金属質の物体で構成されており、それが普通の生物ではない事は、一目でわかる。
少女の乗った小型潜水艇を確認したこの怪物は、その巨大な触手をうならせながら、迫り寄って来た。
少女は操縦桿を巧みに操り、ギリギリのところで触手をかわし、敵の触手の中央に向けて反転して接近した。
「今だわ!」
少女は掛け声と共に、コックピットについた、ある一つのスイッチを押した。
次の瞬間、彼女の操縦する小型潜水艇からは、六連発の魚雷が放たれ、それは彼女が海神バールと呼ぶ、この怪物に全弾命中し炸裂した。
少女は、怪物がひるんだ一瞬の隙をつき、そのままその場から逃れようとしたが、考えが甘かった。
少女を乗せた小型潜水艇の前には、すぐに海神バールの触手が立ちはだかり、彼女は進路変更を余儀なくされた。
この巨大な怪物の前には、少女の乗っている小型潜水艇の魚雷の威力など皆無に等しかったのだ。
「エンジン全開!」
少女は推力レバーを思い切り押し倒し、神に祈るように叫んだ。
バールという怪物は、無数の触手を揺らめかせながら少女の小型潜水艇を追い、海底の溝から浮上した。
「ダメだわ、このままじゃ、いずれ追いつかれてしまう…」
ソナーに映った敵の位置を確認した少女は、
半ば絶望したかの様に、青ざめた表情で呟いた。
その時ソナーに、もう一つの反応物が検知された。彼女に迫る怪物よりも、はるかに小さい物体のそれは、小型潜水艇の前方に位置していた。
少女は、それが何であるのか予感していた。
そして近づくにつれ、その予感が正しかった事を確信した。
ほとんど望みを失っていた少女の心に、一条の希望の光が差し込んだ。
「バズー!」
こちらに近づいてくるソナーに反応した物体は、少女を守るために飛び出していった衛兵アンドロイドのバズーだったのだ。
「姫様には、指一本触れさせん!」
バズーは、海神バールを迎え撃つために、その場に停止し、身構えた。
頭部以外は超合金でできたバズーの全身は、兵器の集合体だ。彼は、自らの身体の各所に仕組まれたミサイルおよび粒子砲を怪物めがけて一斉に発射した。
少女を乗せた小型潜水艇に襲いかかる寸前だった怪物の巨大な触手に、バズーの放った水中ミサイルが命中し、炸裂した。
それと同時にバズーは、少女の乗る小型潜水艇とすれ違うと、そのままこの巨大な怪物バールに真っ直ぐ向かっていった。
四方八方から襲いかかる触手をなんとかかわしつつ、中心部に向かうバズーだったが、あと一歩というところで触手の一本に弾き飛ばされてしまった。
「バズー!」
後方ズームモニターで、この光景を見た少女は、思わず操縦桿を引いて、その場に小型潜水艇を一時停止させた。
触手に弾き飛ばされたバズーは、付近の岩に叩きつけられ、その場に倒れている。
「姫様、何をしてらっしゃる。私の事など構わずに、早く逃げるのです」
小型潜水艇の通信モニターに、バズーからのメッセージが映った。
「でも…」
そうしている内に、少女が海神バールと呼ぶ、この怪物は、少女の小型潜水艇めがけ、しだいに接近して来る。
「早く!」
バズーに言われ、迫り来るバールの恐ろしい巨体をモニターに確認した少女は、青ざめて再び逃亡を開始した。
一方、バズーは、持ち得る全ての推進力を全開して、海神バールに接近した。
「姫様、なにとぞ、ご無事で…。」
やっとの思いでバールに追いつき、その頭部にしがみついたバズーは、そう呟くと、その切れ長の眼を静かに閉じた。
その瞬間、薄暗い海底に閃光が走った。
「キャアッ!」
突然起こった、凄まじい海流に飲み込まれ、
キリモミ回転する小型潜水艇の中で、少女は悲鳴を上げた。
「バズー!」
その後、何が起こったのか、瞬時に察知した彼女は、凄まじい重力に耐えながら、涙ぐんだ声で、彼の名を呼び叫んでいた。
バズーは、少女を守るため、自らに仕組まれていた光子融合炉を暴走させる事で、海神バールと共に自爆したのだ。
衝撃波のあまりの勢いに、少女の意識は、やがて薄らいでいった。
「バズー…」
そして最後に、頼りなげな呟きを残すと共に、少女の意識は、深い闇に落ちて行った。
【第一章 覚醒】
果てしなく広がる大海原の上に、それは建造されていた。人類は、今や地上の生活空間では飽き足らず、生活の場を海の上、すなわち海上都市に広げようとしていた。
海上都市は、もちろん海の上に、ただ陸を造ったというだけの代物ではない。
都市中央部に海底からそびえ立つ巨大なメインタワーと、それ以外の都市を支える数多くの支柱全てに、居住エリアが設置され、ここではマイホームの窓から見えるのが、空ではなく、まるで水族館さながらの、美しい魚達が乱舞する海の世界だった。
もちろん海の中のネットワークとして、各
々の支柱同士に、縦横無尽に接続通路も設置され、交通機関も充実していた。
都市近辺には、海底牧場もあり、海の幸が、いつでも手に入るようになっていた。
カリブ海の浅瀬から沖合に設置された、この海上都市は、アースマリーナと呼ばれる国際機関によって管理されている実験試作都市だった。
西暦2100年頃、再び起こった大きな世界大戦で、人類はついに核兵器を一部使用してしまい、自分達の犯した罪を、深く反省することとなったのだ。
この戦争を契機に世界の主要国家は、ユニフアースとう国際的機構により統合管理されるようになった。
ユニフアースには、直属の軍隊アースディフェンサー、宇宙開発機関のアースウイング等、様々な直属機関がいくつもあり、アースマリーナは、いわば海洋開発、及び世界の海の環境保護のために設立されたものだった。
アースマリーナの本部は、海上都市中央部のメインタワーにある。
タワー最上階の長官室に、今二人の若者が呼び出されていた。
一人は、早瀬了。年齢二十五才、一見いいかげんな性格に見えるが、根はまじめで、血気盛んな若者である。
彼は世界大戦時は、軍に所属しており、その天才的な操縦テクニックを認められ、戦争終結後、アースディフェンサーへの所属を要請された。
だが基本的には平和主義者である彼は、おそらくは自分が死ぬまで起こり得ないであろう戦争のために時間を費やすのを拒み、昔から好きだった海を見ながらの仕事ができるアースマリーナに所属していた。
もう一人は、春日誠。了より二つ程年下であり、了の後輩にあたる。
銀縁の眼鏡をかけた、そばかすだらけの顔は、アースマリーナの中でも有名な型物で通っていた。
彼もまた軍に所属するエンジニアだったのだが、世界大戦が終結した後、先輩の了の後を追うようにアースマリーナに転属した。
誠にとって了は、兄貴のような存在だったから、彼にしてみれば当然の行動と言えるかもしれない。
二人を呼び出したのは、四十代後半の、白髪交じりの髪をし、口元にりっぱな髭をたくわえた神士である。この人こそ、このアースマリーナの総責任者でありユニフアースの重要役員の一人でもある山崎和史長官だった。
「山崎長官、我々に調査してほしい事というのは、一体なんなのですか」
了の問い掛けに、山崎長官は立体海図を使って、説明を始めた。
「うむ、昨日起こった地震のことなのだが、震源は、ここから南東二百マイル程の沖合であることがわかっている」
「海底火山の噴火でもあったんですかね」
「ちがうよ、了さん。その付近には海底火山なんてないはずだもの」
横から口を出した誠の言葉に相槌を打って、長官は話を進めた。
「そうなのだ、この一帯には海底火山など存在しない。というか地震が発生するような場所では決してないはずなのだ」
「なるほど…」
「場合によると、どこかの国が、新開発の兵器の実験でも行ったか何かかな…」
山崎長官は、ソファーから立ち上がると二人に語った。
「我々アースマリーナは、海洋開発をするのが目的で設立された機関ではあるが、それも世界平和の一環としてやっていることなのだ、どこかの国が地球連邦の規律に背き、独自の兵器開発をするなどということで、海を汚すなどという事があるなら、我々は黙ってそれを見過ごすわけにはいかない」
「なるほど、で一体何が起こったのか、調査してきてくれというわけですね」
「まあ、ちょうど暇も持て余していたところだし、退屈しのぎに行って来るか」
まじめに答えた誠に対し、了は軽い感じでそう言うと、長官室の出口の自動ドアの前に立った。
そのまま出て行こうとする了を、長官が呼びとめた。
「了君、くれぐれも慎重にな…」
長官の、この言葉に対し、真剣な表情で振り返った了は、
「わかってますよ、山崎長官」
と答え、長官室を後にした。
誠は、長官に挨拶をした後、そそくさと、了の後を追いかけた。
了と誠は、事件の調査に向かうため、アースマリーナの潜水艇『サンライズ号』に乗り込んでいた。
「スタンバイ」
了が機動スイッチを入れると同時に、潜水艇のコックピットにある全てのシステムに明かりが灯り、稼働可能な状態になった。
「メインエンジン、ソナー、その他、全ての装置に異常なし」
誠は、全ての計器に異常がない事を確認し、操縦者である了に伝えた。
「よし、エアーロック解除、発進だ」
船体保持のエアーロックが解除された二人を乗せた潜水艇は、アースマリーナの専用ドックから潜航を開始した。
ドックからは、海へとつながる専用の通路が設置されており、通路の両サイドに設置されているライトに照らされ、潜水艇の姿は、薄暗い海底に浮かび上がった。
「目標推定地点まで、あと2マイルか…」
昨日のデータから割り出した震源地の位置を、潜水艇のコンピューターにインプットした誠が、海底図のグラフテックを確認して呟いた。
「おい、あれは何だ!」
操縦桿を握る了の声に、のろりと反応しながら誠は、顔を上げた。
「これは…。誠、放射能を調べてくれ」
「もう、やってるよ、了さん」
潜水艇のコックピット斜め下から、放射能測定のための端子が、既に出てきていた。
了に言われるまでもなく、こういう事は、てきぱきとやる誠だ。
「放射能反応はないみたいだよ、了さん」
「そうか、よし、じゃあ現場の写真を撮りながら進もう」
二人は、金属質の残骸の一つ一つを水中カメラに収めながら、前進していった。
「おい、あれは潜水艇じゃないか」
了の問い掛けに、誠は、コンソールパネルを操作していたが、突然大きな声で叫んだ。
「了さん、あの潜水艇まだ機能してるよ!」
「なんだって!」
誠の言葉に驚いた了だが、すぐ気を取り直し、操縦席から立ち上がった。
「よし、ちょっと見てくる。誠はここに居てくれ、やばい時は連絡するから宜しくな」
海底に飛び散っている残骸とは異なり、その小型潜水艇には、確かに致命的な外傷は見られなかった。
潜水服を身に付けた了は、この正体不明の潜水艇に向かって海底を泳いで行った。
潜水艇は、海底の岩礁に引っ掛かり、若干斜めに傾いた形で、固定されていた。
了は、この正体不明の潜水艇の入り口ハッチを見つけると、持ってきたレーザーガンで、ハッチのロックを焼き切った。
ハッチから中に侵入した了は、隔壁との間の水を抜き、同時に圧力調整を施すと、ゆっくりと内部へ通じる隔壁を開けた。
中へ入った了は、まず内部の空気を安全かどうかチェックした。
「酸素濃度18%か、まあ大丈夫だろう」
了は、手早く潜水服を脱ぎ捨てると、レーザーガンを手に、身構えた。
なにしろこの潜水艇のクルーは、まったく不明なのだ。一応用心するのにこしたことはない。
了は、いつでもレーザーガンを発射できる態勢を整えながら進んだ。
そして、コックピットの扉の前までやってきた。
扉を開くと同時に、了は身構えたが、反応はまったく見られなかった。
「うん…」
コックピットに、だれかが座っているのが
操縦桿から力なく落ちた腕と、流れ落ちる、しなやかなコバルトブルーの髪の毛から、すぐにわかった。
レーザーガンを身構えた了は、一歩一歩慎重に近づき、その生存者の姿を目の当たりに見た。
「こ、これは…」
背景のいかついメカに不釣合いな衣装を身に付けた美しい少女がそこにいた。
雪の様に白い肌に、薄いピンクのドレスを着ている。まるで人形の様な少女だ。
年の頃は、十七か十八という、まだあどけなさが残った顔立ちをしている。
少女の衣装と身に付けた装飾品から考えて、
一般庶民でないことは容易に想像ができた。また彼女の髪の色は、美しい海の様なコバルトブルーであることが普通ではないことだった。
静寂な小型潜水艇の中で、了はしばらくの間、このコバルトブルーという不思議な色の髪をした、この人魚姫の様に美しい少女に見とれ、その場に立ち尽くしているのだった。
薄暗い闇が支配する海底に、いくつもの光点が見える。光点は、海底に建造されつつある巨大な物体から発せられていた。
直径三キロロートルはあるだろうか。金属でできた巨大なスリ鉢だ。
数多くの工作メカが、海底にあるこの巨大なスリ鉢状の建造物を造り上げようと、目まぐるしく動き回っていた。
そして、その向こうには、差し渡し、およそ五キロメートルに及ぶであろう、巨大な物体が存在していた。
実際には、その物体の8割が海底の地面にめりこんでいるため、外側から見えるのは、極一部なのであるが、それにもかかわらず見るものを十分に圧倒するだけの威圧感を、その物体は持っていた。
長い年月のため、この物体は、あたかもそこにあった自然物の岩かなにかにも見えるが、どうもそうではなさそうだ。
手前にある建造物を造っている工作メカが、この巨大な謎の物体に出入りしているのが見える。
この物体の内部は、驚くべきものだった。
数多くの居住エリアが、その内部に存在し、それらが三次元的に配置され、一つの国家を形成しているかの様だ。三次元立体都市の中央部には、この物体全てを管理している中央管制塔があり、ここからは縦横無尽にパイプラインが各所に伸びているのが伺えた。
そして、中央管制塔の中心には、巨大な城らしき立派な建造物が存在していた・
広い部屋だ。柱の一本一本に贅沢な彫刻が装飾として施されている。
中央を突き抜けて走っている深紅の絨毯の両脇には、多数の兵士達が一列に整列していた。
部屋の突き当たりには、水瓶を抱いた女神を象った紋章の彫刻を施した壁があり、その真下には玉座があった。
そして、その玉座には、とある人物が腰をかけていた。
他の兵隊と同じ紺の兵服を身につけているが、兵士達の長なのだろうか、彼の兵服には、黄色のヒダのある肩当てがついており、頭には、兵服に似合わない宝冠をかぶっていた。
男は、比較的痩せてはいるが長身であり、コバルトブルーの長髪の下から覗く、つりあがった鋭い眼つきは、見詰められただけで、血の気が失せるほどの冷酷さを感じさせる威圧感を持っていた。
彼の前には今、一人の兵士が報告に来ていた。
「ゲルバリオス将軍、追撃隊が全滅したもようです」
玉座に座っていた男、ゲルバリオス将軍は、この報告を受けたとたんに、目頭をひくつかせた。
「なに、あの重機神バールを含む追撃隊が全滅したというのか!」
「どうやら王女専属の衛兵アンドロイドによって…」
ゲルバリオス将軍の言葉にびくつきながら兵士は答えた。
「あのあと、王宮をくまなく探してみたが、ノヴァの機動装置は見いだせなかった。おそらくは、王妃が王女にそれを渡し脱出させたに違いあるまい」
ゲルバリオス将軍は、そう言うと玉座から立ち上がり、問い掛けた。
「王女の消息は掴めたのか」
「それは…」
答えられない兵士の頼りない言葉に、苦虫を嚙み潰した様な顔をしたゲルバリオス将軍であったが、溜息をつくと再び玉座に腰を下ろした。
「まあよいか…。こうなった今、どうあがこうと地球人と一緒に滅ぶ運命だ」
そう言うとともに、ゲルバリオス将軍は、不気味に忍び笑いを漏らした。
了と誠の二人が調査に向かった直後、海上都市上空から、アースディフェンサーの大型輸送軍用ヘリが、五機舞い降りて来た。
突然の軍部の来訪に、海上都市の人々が、何事かと見守る中、それは、メインタワー脇のアースマリーナ専用ヘリポートへ着陸した。
先頭のヘリのドアが開くと、そこから黒いマントに身を包んだ人影が現れた。
年齢的には若そうだが、軍服のレベルから、この人物は少佐クラスのようだ。
黒のサングラスが陽光に反射して光った。
テロップを降り切ると少佐は、サングラスを外し、そびえ立つ海上都市のメインタワーを見上げた。
長い睫毛、風になびく艶のある長い黒髪…。
ユニフアース直属軍アースディフェンササー極東支部少佐、『桐嶋美夜』。若き少佐は、女性であった。
「するとアースディフェンサーの潜水艇が、この近海で消息を絶ったと、こういうわけですな」
ここは、メインタワー最上階の長官室だ。
一応、連絡は受けてはいたものの、突然の軍の来訪に、落ち着かない様子の山崎長官ではあったが、事態を飲み込むが早いか、冷静に受け答えを始めた。
「そうです、私達は、本部の命令を受けて、その事件の調査及び、この海上都市の護衛に来たのです」
「この海上都市の護衛…。と申しますと?」
山崎長官は、軍の意図が掴めず、桐嶋少佐に問い掛けた。
「あの艦は、我がアースディフェンサーの最新鋭の物なのです。ちょっとした事故などでは、決して沈んだりはしません」
「しかし、それと、この海上都市とは、直接関係ないのではないですかな。ここを護衛するというのは、一体…」
山崎長官の質問に対し、桐嶋少佐は、クスッと一瞬微笑みを見せた後、答えた。
「どういう理由があるのかは、私にもよくわかりませんわ。ただ、うちの潜水艇を沈めた者が、この海上都市を襲ってくる可能性があるという事じゃないでしょうか」
「ばかな…。ユニフアースの規約を違反して、
また戦争を始めようなんて事を考えている国家があるなんて、とても考えられん。それにこの海上都市を襲ったところで、軍事的にはなんのメリットもない」
「確かにそうですわね。でもそれは、我々人類がそう思っているだけですわ。」
桐嶋少佐の言葉が、あまりに唐突だったので山崎長官は一瞬考え込んだ。
「するとアースディフェンサーでは、潜水艇は何に襲撃されたと考えているのかね」
山崎長官の真剣な問い掛けを、馬鹿にするかの様に、桐嶋少佐はクスクス笑い出した。
「わかりませんわ、私は、ただ上層部の命令に従って、ここへ来ただけ。調査が終わって、一ケ月も異変がなければ、引き上げますけどね。」
「ふーむ…」
山崎長官は、椅子にもたれ掛かると、しばらく考え込んだ後、突然思い出したかの様に、桐嶋少佐に語った。
「そういえば、昨日、この近海で比較的大きな地震が発生したのです」
「ええ、我々も地震があったのは、察知しています。この辺りには、海底火山もないですし…。今回の事件と何か関係があるかもしれませんわね」
山崎長官のこの言葉に、桐嶋少佐の表情はとたんに引き締まったものになった。
「確かにアースディフェンサーの潜水艦と何か関係があるかもしれませんな。今、有能なスタッフ二人が、調査に出掛けていますよ。
そろそろ帰ってくる頃だと思うのだが」
「それは楽しみですわね。」
二人が、こんな会話をしている時、海から例の謎の美少女を連れ帰った了と誠の二人は、彼女をアースマリーナの医療センターに預けた後、長官室の前まで来ていた。
長官の呼び出しインターホンが鳴り、モニター画面に了が映った。
「了…。」
モニターを見た桐嶋少佐は、驚きを隠せず、思わず彼の名前を小声で呟いていた。
「おお、了か。入りたまえ。」
長官が、そう言うと同時に、長官室のドアが開かれ、了と誠は長官室に足を踏み入れた。
「山崎長官、どうやら大変な事が起こっているようです」
中に入ると同時に、了は、調査した結果を山崎長官に語りだしたが、すぐに長官の隣にいる軍服を着た女性に気づいた。
「美夜さん…」
二人は、しばらく沈黙したまま硬直したかの様に、互いを見詰め合っていた。
「美夜さん、どうしてこんなところへ軍が来るんだ。ここは、完全な平和施設なんだぜ。海上都市の一般市民にも、余計な心配がかかる」
「あら、だって上層部からの命令ですもの。あなたにそんな事言われる筋合いはないわ。上からの命令は絶対よ」
「ふー」
ここは、メインタワーにある喫茶店である。長官との話がひと段落着いた後、桐嶋美夜少佐は、了に連れられ、ここへ来ていた。
「まったく変ってないね、その性格」
「余計なお世話よ、そんな事」
「はははっ、そんなに怒るなよ」
了の言葉に、一瞬むっときて、そっぽを向いた美夜だったが、クスクス笑っている了の次の言葉で、正面を向き返った。
「少佐になったのか」
「えっ、ええまあ」
「美夜さんは、エリートだったものな…」
正面を向き返った桐嶋少佐は、了の一転して優しい眼差しを受け、頬を赤く染めた。
「了だって、あのまま軍に居さえすれば、今頃は、少なくとも大尉ぐらいにはなっているのに…」
桐嶋少佐は、そう言うと、寂しそうな視線を了に向かって投げかけた。
「俺はいいんだ。本来戦争がしたかったわけじゃないし、ここで自然を相手にしていた方が、自分に合ってるさ」
「そう、そうだったわね…」
一瞬、桐嶋少佐の脳裏に、了との思い出の記憶が蘇った。(了、私は、戦いの中で、いつも緊張感に包まれていた貴方が好きだった。
私より一つ年下だけど、正義感に溢れ、ガムシャラに相手に向かっていく貴方が…。)
桐嶋少佐が、そんな瞑想にふけっている時、突然了の腕に装着している通信コールが鳴り響いた。
「はい、こちら早瀬了」
「了、すぐにわしの研究室に来るんだ。これは一大事じゃぞー!。ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ」
「博士、どうしたんです。何が一大事なんですか」
了は、聞き返したが、通信はそこですぐに切れた。博士のバカ笑いだけが、耳に残り、頭痛がしそうな了だったが、そのまま、ほおっておくわけにもいくまい。
「了、一体どうしたの?」
「ああ、ちょっと急用ができたんだ。また後でゆっくり話そう」
了は、そう言うと、そそくさと席を立った。
「了…」
立ち去る了の後ろ姿を見ながら、桐嶋少佐は、瞳を震わせながら、彼の名を寂しげに呟いた。
コンピューターに表示されてくる、データを真剣な表情で見つめながら、眉間にしわを寄せている老人がいた。
「うーむ、これは…」
彼の周囲には、人体のあやゆるメカニズムでも解明できそうな、種々の測定機器が揃っていた。
うなり声を上げながら振り向いた彼の背後には、無数のコードやらパイプのつながったベッドがあった。
そして、その上に横たわっているのは、了が謎の小型潜水艇の中で発見したコバルトブルーの髪をした美しい少女だ。
ここは、アースマリーナの中にある、生体研究センターであり、この海上都市の医療機関も兼ねている所だ。
彼女の身体を調べているのは、真船建造という、医学、生物学の権威で、このセンターの院長だった。
牛乳瓶の底の様な、丸ぶち眼鏡をした、白髪の小柄な老人である。
アースマリーナの裏話では、マッドサイエンティストだといううわさもある。
マッドサイエンティストに、意識を失っている美少女という取り合わせは、非常に危険な気もするが…。
そんな時、この特別診療室に、呼び出しブザーが鳴り響いた。
「うむ、きおったな」
そう言うと博士は、おもむろに、その場から立ち上がり、入り口に向かいバタバタと走っていった。
モニターで来訪者を確認した博士は、入り口ドアのロックを解除した。
消え失せた入り口ドアの向こうに立っているのは、少女の発見者の了だ。彼は不機嫌そうに、片方の眉を吊り上げ、博士をにらんだ。
「一体どうしたんですか。あんなに興奮して
とにかく、すぐに来いだなんて、こっちにもいろいろ都合ってものがあるのに…」
「馬鹿もん、お前の都合なんぞ、この大発見に比べれば、消し飛んでしまうわい!」
博士は、そう言いながら、了を手招きして特別診療室へ向かい入れた。
しかたない、といった感じで、部屋に入った了ではあるが、小型潜水艇から連れ帰った少女の事を思い出すと、興味がないというのは嘘になると思った。
「了よ、所長が国際会議に出て行った直後で、今不在だから、友人として、お前に最初に、この大発見を教えてやろうと思い呼んだのだぞ。それをお前ときたら、まったく友達がいのないやつだ」
博士の向こう側の特別な診療ベッドに横になっている少女をチラッと見て、了は博士の機嫌を損ねた事を少しだけ悪く思った。
「あの、博士、大発見というのは…。その彼女について、何がわかったんですか」
「ふふっ、聞いて驚くなよ了」
半信半疑ながらも了は、博士の言葉に興味と期待を寄せた。
「この少女は地球人ではない」
「えっ」。
博士の、この突拍子のない言葉に、了は一瞬耳を疑った。
「彼女の外見は、我々地球人と寸分たがわず酷似している、まあちょっと普通でないのは
あのコバルトブルーの髪の毛ぐらいじゃろう。
しかしな、彼女の生体データは、地球上のあらゆる種族と比較しても異質なのだ。コバルトブルーの髪にしても染めているわけではない。これはこういう色素がもともと髪に入っているのだ。よいか了よ、生物の身体の多くの部分は、正と負、右と左が存在するのだ。
しかし地球上の生体を構成しているタンパク質および、その最少単位であるアミノ酸、そして遺伝子は、L体とD体といった二つの光学異性体、すなわち鏡に映した構造のものが存在しそうなものだが、実際はD体しか存在しないのだ。そしてこれは生命工学の大きな疑問だった。
ところが彼女の身体を調べてわかった事だが、彼女の身体を構成している遺伝子は、我々地球人とは反対の異性体、すなわちL体であることが核磁気共鳴の分析結果より判明したのだ」
「は、博士、地球人じゃないって、それじゃ彼女は宇宙から来たっていうんですか」
難しい事はよくわからなかったが、博士の言うことを信用できない了は、半ばあきれた様子で尋ねた。
「うーむ、良い質問だな了、実はな…。それは、わしにもわからん。ただ、言える事は、あの娘には、何かとてつもなく重大な秘密がありそうだという事だ」
そう言うと、博士は、了の前から歩き出し、隣の部屋に行った。
机の上にあるサンプルケースを開けた博士は、その中から、ある物体を取り出した。
「博士それは…」
真船博士が取り出したのは、少女がかけていたペンダントだった。
「これは、彼女がしていたペンダンドだが、この宝石を構成している鉱物も、地球上には存在しないものだ」
美しい金色の装飾板に、菱形の紅いルビーに似た宝石が、はめ込まれている。
ただルビーと異なる点は、その宝石からは、太陽光線を反射してではなく、宝石自身から、ほのかな紅色の光が放たれている事だった。
「このペンダントの裏には、文字らしきものが書かれているが、これも地球上のどこにも、歴史的に見ても存在しないものだ」
博士は、了に文字を見せるため、ペンダントを裏返して机の上に置いた。
一方、二人がこんな会話をしている時、隣の部屋に横たわっている少女には、変化が始まっていた。
長い睫毛がピクリと微妙に動いたのだ。
そして次は、指先が…。
やがて、閉じていた彼女の瞼が、少しづつ開かれていき、少女は意識を取り戻し始めた。
ぼーっとしている。霞がかかったようだ。
少女の目に、周囲の様子がうっすらと見え始めた
見慣れない風景だった。ここは一体どこなのだろう。頭が異常に重たく感じられた。
完全に意識を回復した少女は、ベッドから身体を起こした。
その時突然、大きな音と共に、彼女の周囲に火花が飛び散り、驚いた彼女は悲鳴を上げた。
「こりゃいかん!」
隣の部屋にいた博士と了は、この音と少女の声を聞きつけ、彼女の部屋へ駆けつけた。
二人の前に、頭と手足に無数のコードを装着された少女がポカンとした顔つきで白煙の中に立っていた。
どうも、先程の出来事は、彼女が目覚めて起き上ったとたん、機器に接続されていたコードの一部が断線してショートしたためのようだ。
飛び込んで来た二人の男性を見た少女の瞳には、明らかに怯えている様子が見えた。
気がついてみれば、見知らぬ場所にいて、わけのわからないコード類を全身に取り付けられ、見知らぬ男達が駆け込んで来たのだ。
まだ十七、十八くらいの少女にとって、不安になるのも当然の事だった。
「あ、あぁ…」
少女は、うわずった声で何かを言おうとするが、まったく言葉にならない。
だが次の瞬間少女の目は、ある物に釘付けになった。ペンダントだ。紅い輝きを放っている彼女のしていたペンダントを、博士が手に持っていた。
(なんとか、あのペンダントを取り返さなくちゃ…。)
別に考えて、そう思ったわけではない。彼女は本能的に、そのペンダントを欲していたのだった。
次の瞬間、少女は博士に向かって駆け出していた。
驚いた博士の手から、少女はペンダントをもぎ取ると、再びベッドのある部屋の片隅に戻り、怯えた様子で、こちらを伺った。
「博士…」
「うむ…」
頷いた博士を見ると、了は、少女の怯えを取り除くために、まず笑顔をとりつくろった。
「君、ぼくらは怪しい者じゃないよ。ここはアースマリーナっていう海洋開発センターの中なんだ。だからそんなに怯えなくてもいいんだ」
なんて言ってよいのかわからないが、了はとりあえず、少女に向かって、こう説明した。
「アース…。マリーナ…」
少女は、かぼそい声で、反復しながら、震える瞳で了を見詰めた。
「君、名前はなんていうの。一体どうしてあんな潜水艇の中に居たんだい?」
了の質問を聞いて、はっとした彼女だが、思い出そうとした瞬間、頭に物凄い衝撃が走った。
脳裏に刻まれた忌まわしい過去の出来事が、例えようのない悲しみが、渦となり、少女の頭を駆け巡った。
少女は、頭を抱えて、その場で呻いた。
突然苦しみだした彼女を見て、驚いた博士と了は、すぐに彼女のそばに駆け寄った。
「私…。私は…」
倒れかけた彼女を了が抱きとめたのと同時に、少女の意識は、再び遠のいていったのだった。
アースマリーナ本部のある海上都市メインタワーの最上階。ここからは海上都市の全貌が見渡せるほど眺めが良い。
その一角にあるアースマリーナ長官室に、今三人の人物が集まり、話をしていた。
「ふーむ、すると彼女は記憶を失っていると、こういうわけなのか…」
山崎長官は、そう言うとデスクに腰を下ろした。
「まあ、早い話、そういう事です」
「彼女の記憶さえ戻れば、あの事件について、詳しい事もわかるのですが」
長官の前にいるのは、真船博士と了だった。 二人は国際会議から戻った山崎長官に、小型潜水艇の中から、了が連れ帰った少女についての報告をしているのだった。
「真船君、君の言う事を、そのまま鵜呑みにするわけには、いかないが、彼女が今回の事件の鍵を握っている事には、違いない」
片手で顎を撫でながら、しばらくの間、目を閉じて考えていた長官だが、おもむろに了に語りかけた。
「了君。発見者である君に、彼女の監視および護衛の任務を命じる。あの事件の裏に何があるかはわからんが、それがわかるまでは彼女を守らねばならん」
「任せてください」
了は、胸を張ってそう答えた。
「ところで彼女の乗っていた潜水艇は、今どうなっているんじゃ、了よ」
博士に、そう聞かれた了は、長官に向かって報告した。
「潜水艇は、誠を筆頭にした回収班が、明日回収に向かう予定になっています」
「うむ、その潜水艇からも何か情報が得られるかもしれん。いずれにしても、ある程度事件の真相が掴めるまでは、彼女の事も含め、極秘事項として取り扱うこととしよう。アースマリーナ外部には、一切情報を漏らさないように宜しく頼む。」
山崎長官の言葉に、博士と了は頷き合った。
花束を持った了が、歩いていた。行き先は、アースマリーナ一角に設けられた医療施設だ。そこには例の謎の少女がいる。
了は、彼女のガードを務めるという任務を請け負い、ここ数日の間、毎日彼女の元へ通っていたのだった。
彼女の病室は、一般の病棟とは別に設けられた特別な場所に隔離されていた。
長い廊下を歩き、彼女の病室の前まで来た了は、部屋の中から、女性の笑い声がするのを聞いた。
例の少女の声は、もちろんだが、もう一人だれかいる。
彼女の事は、アースマリーナの中でも、まだ極一部の人間しか知らないはずた。
一体、だれが…。
了が、そう思っている矢先に、ドアが開かれたかと思うと、中からは、意外にも了の良く知った顔が、飛び出して来た。
「あら、お兄ちゃん」
了が、驚くのも無理はない。少女のいる部屋から出て来たのは、アースマリーナの通信オペレーターであり、了の妹である早瀬真美だったからだ。
「真美…、なんでお前が、こんな所に」
「うん、長官に頼まれたのよ」
真美は、了に微笑みながら答えた。
「山崎長官に?」
そう言いながら、花束を抱えた了は、少女のいる部屋に足を踏み入れた。
「了…」
了の姿を見た少女は、嬉しそうに眼を見開いた。
「あ、今日は、こんな物を持って来たんだ。」
そう言うと了は、照れくさそうに、持って来た花束を少女に手渡した。
「きれい…」
少女は、そう呟くと、了の持って来た花束を目の前でじっと見つめた。
「もう、お兄ちゃんてば、カワイイ娘には、手が早いんだから…」
この光景を見ていた真美は、了の後ろでクスクス笑っていた。
「こら、何言ってんだこいつ。だいたい、長官に頼まれたっていうのは、どういう事なんだ」
恨めし気な表情で振り返った了に対して、真美は笑いながら答えた。
「だからー、お兄ちゃんにお守を頼んだのが心配だから、二人をお守しろって言われたのよ」
「何考えてんだ、あのおっさんは…」
よっぽど自分に信頼がないのかと、一瞬考えた了だったが、目の前で笑っている妹の真美に、長官の信頼があるのも、おかしな事だと思った。
「なーんてね、本当は博士に頼まれたの」
「博士、ああ真船博士ね…」
了の脳裏に、真船博士の髭面が浮かんだ。
「うん、記憶喪失って、心細くて神経が過敏になりやすいから、話し相手になってやってくれって、女の子同士の方が、すぐ打ち解けられて緊張も解れるだろうからって」
これを聞いて、了もやっと納得がいった。
それなら話もわからなくもない。了を通じて、真美も真船博士とは、比較的仲が良かったからだ。
「まあ、本来のガード役は、お兄ちゃんだしー、真美はこの辺で、そろそろ戻りまーす」
能天気な声で、そう言うと、真美は少女の病室から姿を消した。
やれやれという感じで、少女の方を振り返った了だったが、
「じゃ、がんばってね、お兄ちゃん」
という真美の声が、不意打ちの様に、後ろから聞こえて来た。
見ると、再び開いたドアから、ちょこっとだけ顔を出した真美の笑顔がそこにあった。
一方、こんな二人のやりとりを聞いていた少女は、ベットでクスクス笑っていた。
初めて会った時に比べると、だいぶ緊張もほぐれ、警戒心も今では、なくなったようだ。
「あ…、気分はどうだい。だいぶ元気になったみたいだけど…」
少女の笑顔を見た了は、ほっとして優しい声で、語りかけた。
「え、ええ、もうすっかり落ち着いたみたい」
一瞬ためらいがちに、うつむきかげんで少女は答えた。白い頬が、ほのかに桜色に染まっている。
真美の言葉のせいか、少女も、了の事をだいぶ意識しているかの様に見えた。」
おたがい気恥ずかしくて、言葉が出てこない二人だったが、少女がまず口を開いた。
「とっても明るくて、かわいらしい妹さんですね」
「えっ、ああ、兄貴としちゃ、多少迷惑な所もあるけどね」
ふてくされて言う、そんな了を少女は笑いながら見ていた。
ここは、海上都市中央部のメインタワーの比較的上の方に位置する階だ。窓からは、海上都市の眺めも良好だった。そして都市の向こうには、果てしなく広がる海も見えるのだった。
少女は、窓の外に視線を向けていた。
しばらくの沈黙の後、了は少女に問い掛けた。
「記憶…、自分が誰なのかも、まだわからないのかい…」
振り返った少女は、悲しげに眼を伏せた。
「ごめんなさい。ただ、なにかとても恐ろしいものに追われていたような…。そんな気がするんだけど…。それ以上思い出そうとすると、とても頭が重くなって…」
暗く沈んだ少女の姿を見た了は、失言だったかなと後悔していた。
記憶喪失というのは、やっかいな病気で、これといった治療法がないのだからしかたがない。
何か、きっかけがあれば、と了は考えていた。
「そうだ、海へ行ってみないかい」
「えっ」
唐突な、了の言葉に、少女は一瞬とまどった。
「海だよ、海、なんてったって君は、海底の小型潜水艇の中にいたんだ。まあ、君の乗っていた潜水艇は、先日引き上げてきたから、調査が終わって、一段落ついたら見に行ってみたらいいけど、その前に海岸へ行ったら何か思い出すかもしれない」
「海…」
そう呟くと、少女は再び、窓から見える水平線を眺めた。
「それに、こんな病室に、いつまでもいたんじゃ気がめいるだろ。身体は別に異常ないんだから、外に出たって問題ないさ」
「私はべつに…。了が連れて行ってくれるなら」
少女は、了から視線をそらすと、恥ずかしそうに下を向いて、そう答えた。
澄み切った、抜けるような青空だ。
立ち並ぶ海上都市のビル街を通り抜けるハイウェィを、了は、バイクに乗って走っていた。
後部座席には、例の謎の少女が乗っている。ヘルメットから流れ出るコバルトブルーの長髪を風になびかせながら、少女は了にしがみついている。
少女の衣装は、ジーンズのつなぎだ。
彼女の元の衣装では、バイクに乗るには不都合なので、了が、真美に頼み、ジーンズと上着を調達したのだった。
少女の胸には、例の不思議なペンダントが輝いている。
何があっても、彼女は、このペンダントを離そうとはしなかった。
了は、少女の持つ、この不思議なペンダントにも興味を持ってはいたが、自分の名前すら覚えていない彼女に聞いても、当然得るものは何もなかった。
ハイウェイを抜け、市街地を抜けた後、二人は海上都市の外れにある人工海岸『ムーンライトビーチ』へ下り立った。
ムーンライトビーチ、そこは数多くの南国の植物を植え込み、人工的に作った、白い砂浜が広がる楽園。
この海上都市に住む人々の憩いの場所の一つだった。
夏には当然、海水浴とかでにぎわうのだが、秋口の今は、人影もまばらだ。
バイクから降りると、少女は「ふぅーっ。」と、息をついた。
「あっはは、怖かったかい」
そんな少女の姿を見て、了が笑った。
「もう、了ったら」
少女は、ぷっと膨れた顔を一瞬したが、すぐに笑顔を取り戻すと、了と顔を見合わせて笑い合った。
白い砂浜に、打ち寄せる波の音だけが、こだましている。少女と了は、その砂浜に並んで腰を下ろしていた。
「ねえ、了」
「なんだい」
「真美さんから聞いたんだけど、了は、もと軍隊で有名なエースパイロットだったそうね…。どうしてアースマリーナで働こうって思ったの?」
少女の質問を聞いた了は、正面に広がる海を振り返り、少し間をおいてから答えた。
「海に魅かれてかな…」
「海に魅かれて…」
了の言葉を繰り返すと、少女もまた正面の海を振り返った。
白い砂浜に、寄せては返す波の音、その上空に飛び交う海鳥達の鳴き声が、二人の耳にこだました。
太陽は、既に西に傾き、青い海を朱色に染めようとしていた。
「海ってのは、人間も含めた地球上のあらゆる生物の源だ。人間は、陸の上で進化して文明を発展させ、今や宇宙にも飛び出してきている…」
「宇宙に…」
「そうさ、科学は確かに、そこまで進歩した。そして宇宙では、それこそ人類の知らない事が、まだ山程あるだろう」
そう言うと了は、近くの小石を拾い上げると、立ち上がって、それを海めがけて投げつけた。
石は、水面を切って何回か跳ねた後、波の間に消えた。
「だけど、まだこの地球上にだって、人類が知らないことが、たくさんあるんだ」
了は、再び少女の隣に腰を下ろすと、語りだした。
「海は広い、そして神秘的な世界なんだ。軍隊なんかに居るよりも、俺は、この海の中にある、人類がまだ知らない事実を、一つでも見つけたいと思っているんだ」
「それでアースマリーナへ…」
「あ、ああ、それにアースマリーナは、海の自然環境を守るって事も重要な仕事にしているしね。今回の事件みたいに、海の中を汚すやつらを、俺は許しておけないのさ」
少女は、了の話を聞きながら、心がなごんでいくような、そんな気がしてならなかった。
彼女は、突然立ち上がると海岸に向けて駆けて行き、靴を脱ぎ、ジーンズのすそを上げた。
「了、私を捕まえて」
海岸を駆け回り、はしゃぎながら、少女は了に向かって叫んだ。
「よーし」
そう言うと了も裸足になり、少女の後を追った。
夕暮れの砂浜を、水しぶきをあげて笑いながらかける少女。
彼女の長くしなやかなコバルトブルーの髪は、水しぶきを受けながら、キラキラと舞い踊った。
その姿は、さながら海辺を駆ける妖精のようだ。
「そら、つかまえた」
少女に追いついた了は、後ろから腕を掴み、少女を抱き寄せた。
「了…」
了の方を振り返った少女は、目を細めて、彼の名をつぶやいた。
少女の、美しくせつなげな顔を、了は真正面から見詰めた。
少女は、瞳を閉じた。
了は、優しく少女を抱き締めると、ゆっくりと唇を重ねた。
二人のシルエットが、ムーンライトビーチの砂浜に夕日に照らされ浮かび上がった。
そして、打ち寄せる波の音だけが、静かにこだましていた。
どのくらいの時がたったのだろう。長い様で短く感じられる二人の時を、けたたましいコール音が引き裂いた。
コール音は、少女を抱き締めている了の腕から鳴り響いていた。
はっと我に返った了は、少女を離すと、左腕にしたアースマリーナの通信端末をオンにした。
突然の事に、少女の方は、キョトンと、その場に立ち尽くしていたが、色白の顔は、ほてって桜色に色付き、今の出来事の余韻をしっかりと残していた。
「こら、了、長官に彼女の事は極秘だと言われたのを忘れたわけではあるまい。わしに許可もなく勝手に彼女を外に連れ出しおって」
通信機から、真船博士の怒りに満ちた声が響いて来た。
「いや、すいません、彼女、元気づけようと思って、それに海に連れて行けば、何か思い出すかもしれないって思ったんですよ」
「とにかく、もうすぐ日が暮れるぞ。すぐ戻って来るんだ、まったく」
送信が切れた通信機を、いまいましそーに見詰めた後、了は少女の方を振り返った。
打ち寄せる波の中に、佇んだ少女の全身に、夕日があたり、コバルトブルーの髪は、海風になびきながら輝いている。
「戻ろうか」
にっこり笑った了の言葉に、少女は恥ずかしそうに、眼を細めて答えた。
「ええ…」
少女が了にそう答えた時だった。
ムーンライトビーチの沖合一キロメートルぐらいの所に、青白い発光が見えた。
「うん、なんだろ、あれは…」
「えっ」
了の指差す方向を少女が振り返った時には、その周辺の海面には、大きな渦巻きが巻き起こっていた。
そして、次の瞬間には、その渦の中から、青白い光に包まれた、あるものが姿を現わし始めたのだ。
比較的細身ではあるが、全長五十メートルはあろう巨大な物体だ。
形は、人の体形に似ているが、背後に材質不明の四枚の青く輝く翼のようなものが見える。
左腕には長くしなやかなムチのような触手が無数についており、恐ろしい程冷酷な両眼からは、赤く怪しい光が放たれていた。
「了…」
少女は、海から突然現れた、その怪物の恐ろしい姿を見た途端、恐怖のため、飛びつく様に了の背中にしがみついた。
海上から完全に上空へ浮上した怪物は、まったく二人には気づかない様子で、光に包まれながら、少女と了の頭上を通り過ぎて行った。
「今のは、一体…」
了は、自分にすがりついている少女を振り返った。
この巨人には、それをコントロールする人間の乗り込むコックピットがあり、それは、頭部にあった。
複雑な計器類に包まれたそこには、コバルトブルーの髪をした一人の少女がいた。
手足はもちろんのこと、全身に操縦に必要な装置の端末コードのついた、甲冑のような専用スーツを身にまとい、頭部にもバンド状のヘッドギアが装着されている。
戦士の名は、セシリア。年恰好からいって、例の謎の少女と同じくらいのショートカットの娘だった。
「これが、この星の地上…。ふふっ、悪くない」
セシリアは、正面パネルに映ったムーンライトビーチ近傍を眺めながら、眼を細めて呟いた。
一方、ほぼ同じ頃、アースマリーナのあるメインタワーとムーンライトビーチの間にある一角には、異変が生じていた。
地震だ。海上都市の一角が地鳴りと共に振動していた。
その付近を通行中の人々は、突然起こったこの事態に恐怖した。
都市の大地である厚い地盤に亀裂が生じ、付近のビルや商店街の窓ガラスは、一斉に割れ落ち、ハンドルをとられた車は、次々と事故を起こしていた。中には付近の建物に、突っ込こみ炎上したものもあり、怪我人が続出した。
あまりの恐怖のため、叫びながら逃げ惑う女性、泣き叫ぶ幼児。あたり一面は大パニックに陥った。
そして、そんなパニックをよそに、大きく裂けた亀裂から、今、巨大な物体が姿を見せ始めていた。
巨大な複眼だ。頭部に生えた触覚、口頭部についた鋭い牙、頭部から背中にかけて鋭いひれ状の突起が鈍い光を帯びている。
亀裂から這い上がった怪物は、逃げ惑う人々を尻目に、破壊活動を開始した。
左右の手の先にある青白く発光するカギ爪で、周囲の建造物を手当たり次第に壊し始めたのだ。
それまで平和をむさぼっていた海上都市の人々は、突然現れた、この怪物によって、恐怖のどん底に突き落とされた。
怪物の口から飛び出た、三日月状の破壊光線を受けたビル群は、瞬時に爆発炎上し、その付近一帯は、瞬く間に紅蓮の炎に包まれた地獄と化した。
都市に怪物が現れたという情報は、メインタワーにあるアースマリーナ本部にすぐ伝わり、海上都市管理システム中枢部にある大きなメインスクリーンには、破壊活動をしている怪物の姿が映し出されていた。
「うーむ…、こいつは一体…」
モニターに映った、都市を破壊している怪物の姿を見た山崎長官は、脂汗を流しながら、うなった。
「どうやら、私達がここへ護衛に来た事は、無駄ではなかったようですね」
山崎長官の傍らには、桐嶋少佐が立っていた。
「桐嶋少佐、ルークミラー中将との通信がつながりました」
了の妹である、通信オペレーターの真美から連絡を受けた少佐は、隣のディスプレイを振り返った。
「どうかしたのかな桐嶋少佐」
サブモニターに映ったのは、ベージュ色の軍服を着た、四十代後半の金髪の男性だ。
彼は、アースディフェンサーの最高幹部の一人であり、山崎長官とは、大学時代からの友人であるルークミラー氏であった。
「ルーク、見ての通りだ。突然現れた正体不明の怪物に、この海上都市が襲われている」
メインモニターを振り返り、脇に居た長官がルークに語った。
「ルークミラー中将、我々は、直ちに怪物の破壊に向かいます。我がアースディフェンサーの最新鋭の地上部隊ですから心配ないとは思うのですが、事態が事態だけに、念のため攻撃部隊の応援を要請したいのですが」
「わかった、直ちに航空部隊を、そちらに差し向けよう」
ルークミラー中将は、明快に返事をすると通信を切った。
一方、少女を連れた了は、一路アースマリーナ本部に向け、バイクを走らせていた。
さっき見た怪物は何なのか。長官に報告しなければと、了は頭で考えていた。
ハイウェイを走っていくと、五キロくらい先から炎上した街から立ち上る黒煙と炎が見えて来た。
「一体どうしたんだろう、あれは…」
今の今まで、海上都市には、火災など発生した事はなかった。ましてやそこに見えるのは、街全体が燃え上がっているかの様な、凄まじい様相だ。
少女を無事に本部に送り届ける事も、気にはなったが、海上都市を管理するアースマリーナの隊員である了には、その事態を見過ごして帰る気にはなれなかった。
ハイウェイのメインストリートから横にそれた了は、炎上している地区に向けて進路をとった。
海上都市は建設当時、世界の注目する実験都市という事でアースディフェンサーによる警護がしばらくは続いたが、もともと平和目的のために作られたものであり、軍事的な秘密も何一つ持っていないため、現在ではまったく防衛力は有していなかった。
桐嶋少佐率いる海上都市防衛戦隊がいなかったら、この海上都市は、あっという間に正体不明の怪物に破壊されつくされていただろう。
街では今、数こそ少ないものの、彼女が率いる地球軍の最新鋭の地上部隊と、地球人類が初めて敵対する未知の怪物との攻防が展開しようとしていた。
紅蓮の炎に包まれ、人影も消え失せた、ガレキと化した街を、桐嶋少佐率いるアースディフェンサーの地上部隊が進んでいた。
八十ミリ口径の砲塔二門の他に、高出力レーザーや、電磁ネット、電子線砲等の特殊装備を持つ戦車6台と、ミサイル戦車が2台。桐嶋少佐の率いる部隊は、海上都市に現れた、この恐るべき怪物、重機神『邪神ハーネット』の来るであろう大通りの交差点で止まると、攻撃態勢を整え待機した。
戦車内部のモニターには、正面の交差点が映り、砲塔の照準がセットされ、いつでも発射できるようになっている。
そして、今ではガレキの山と化した、その交差点のビルの一角を崩しながら、恐るべき巨体の怪物が姿を現した。
「照準セット」
隊長の命令を受け、一斉に戦車の砲塔が敵の巨体に向けられた。
「撃てっ!」
轟音と共に、6台の戦車の砲塔が火を噴いた。超圧縮した液体爆薬を詰めた最新鋭の砲弾だ。通常の地上にある建造物であれば、この怪物程度の大きさの物なら、一撃で木端微塵に吹き飛ぶはずだった。
しかし、それはあくまで同じ地球人の作った物に対する威力でしかなかった。
この恐るべき怪物は、最新鋭の戦車6台の攻撃を受けても、まったくの無傷だったのだ。
そして戦車隊の攻撃を受けた怪物の身体からは、ほのかな燐光のような青白い光が発せられ始めた。
怪物の予想以上の防御力に、桐嶋少佐は驚きを隠せなかった
「ミサイル部隊、全弾発射!、戦車部隊、撃って撃って撃ちまくって!」
戦車隊の砲弾に加え、対空ミサイルがハーネットに向かって発射された。
だが、ミサイルはハーネットの周囲に張り巡らされたオーラの様なものの前まで来ると、
全て爆発し、怪物の本体まで達しないのだ。
「くっ、化け物め!」
もともと負けず嫌いだった美夜は、悔しそうに歯噛みした。
しかし、敵もおとなしく攻撃される程甘くはない。怪物の放つ破壊光線が、桐嶋少佐の乗る戦車の隣の戦車に襲いかかった。
アースディフェンサーの誇る最新鋭の戦車部隊も、地球人類が、これまで遭遇した事のない怪光線の前に、一撃で破壊されてしまった。
「ひ、引けー!一時退却する」
力が違いすぎる。そう判断した美夜は、部隊を怪物から一旦遠ざけることを決意した。
しかし既に美夜の率いる戦車部隊は、この恐るべき怪物、重機神『邪神ハーネット』の強力な破壊光線によって、次々に破壊され、その場から、かろうじて逃げ延びたのは、美夜の乗る指揮車両を含め、僅か三台のみであった。
「こ、これは一体…」
少女を乗せた了は、ガレキと化した街に驚きつつ、バイクを走らせていた。
そして大通りの交差点にさしかかつた時、二人は、そこで、この恐るべき怪物に遭遇した。
ガレキの街を、わがもの顔で進んでいる邪神ハーネットを目の当たりにした了は、その場に急停止した。
「了…」
後部座席に居る少女は、恐怖のため、思わず了にしがみついた。
一瞬、少女の方を振り返った了は、上空に近づくジェット音を耳にし、空を振り仰いだ。
見ると、十機程の戦闘機が、上空から接近してくるのが見えた。ルークミラー中将の差し向けた、援軍だ。
戦闘機部隊は、二手に別れると、ハーネットの左右から攻撃を開始した。
多数のミサイルが、ハーネットに向け発射され、それは次の瞬間全弾命中し、爆風を受けた二人は、一瞬顔を伏せた。
了は、今の攻撃で、さしもの眼の前の怪物も消し飛んだものとばかり思い、眼を開けたが、薄れゆく爆煙の中からは、青白く発光するオーラに包まれた怪物が、まったくの無傷で立っていた。
「なんてやつだ」
「了、私、怖い…」
すがり寄る少女に言われ、はっと我に返った了は、今の自分の力では、どうにもできないと思い、とりあえず、早くアースマリーナ本部に戻ることにした。
戦闘機部隊は、更に第二次攻撃のため旋回し、再び上空へと舞い上がった。
その時だ、戦闘機部隊よりも上空の、暗雲の中から、巨大な影が急降下してきた。
戦闘機部隊のレーダーが物体を捕捉する。
「なんだ、あれは!」
物体を見たパイロットが叫んだ。
暗雲の中から現れたのは、全長五十メートルはあろうかという、今海上都市で暴れているハーネットと同じくらい巨大な、一見金属質に見える怪物だった。
一見と言ったのは、金属質の部分は、全身を覆う甲冑のようなものであり、その内部および、左腕から伸びた無数の触手は、明らかに有機質のものだからだ。
人の形をしている。しかし、その形相は、
まさに鬼人、冷酷無比な顔つきをしており、
背後には、四枚の青色に輝く羽根を有している。
そう、それは了と少女がムーンライトビーチに居る時に目撃した、セシリアという少女が操る重機神『雷神ルフラン』だった。
突然現れた新しい敵に、戦闘機部隊は、うろたえた。
「ふふふっ、これが地球人類の兵器なの。なんてカワイイのかしら」
ルフランのコックピットでは、セシリアが正面モニターに映った攻撃着部隊を見て、ほくそ笑んだ。
ひるんでいる戦闘機部隊に対して、セシリアは、攻撃を加えるため精神を集中させた。
それに伴い、彼女を取り囲むコックピット内の複雑な計器類が、目まぐるしく変化した。
次の瞬間、セシリアの操るルフランの後部についた四枚の羽根が物凄い閃光を放った。
戦闘機部隊のパイロット達は、叫ぶ間もない。計器類は異常をきたし、外装は剥がれ、瞬時に十機の戦闘機部隊は全て爆発し、墜落を始めた。
了は、少女と共に、ガレキの山と化した街から抜け出ようとしていた。しかしその二人の進路前方のビルに、突如として炎の塊となった戦闘機が衝突した。
「うわー!」「キャアッ!」
ガラガラと落ちて来たコンクリートの塊に、了は急ブレーキをかけ反転したが、あまりの突然のことに対処がしきれず転倒し、バイクから投げ出されてしまった。
一方、戦闘機部隊を瞬時に全滅させたルフランは、そのままハーネットの居る街に、下降してきた。
「ヤール、どうだそちらの首尾は」
ルフランのコックピットから、セシリアが送った念波に感応し、コックピット内の映像パネルに、一人の男の姿が浮かび上がった。
「地上部隊が出て参りましたが、まったくもって我々の敵ではありませんでした」
セシリアに向かい、丁寧な言い方で報告をしたのは、ハーネットを操縦していた、セシリアの直属衛兵である、バズーと同様、頭部以外は全身金属で覆われた、ヤールというアンドロイド戦士であった。
「ふふっ、そうだろう、そうだろう。地球人ごとき恐れることは何もないのだ」
「しかしセシリア様、将軍に許可もなく、こんな事をして、後で将軍からおとがめを受けはしませんか?」
「心配するなヤール。我々の存在が掴めたところで、地球人には何もできん。どうせ最後はデストラクションで滅ぶ運命だ」
セシリアの操縦するルフランは、ハーネットの隣に着地した。
「デストラクションもあと僅かで完成する。それまで、あんな場所にずっと居られるものか。退屈しのぎに地球人をからかうのも良いではないか」
「しかし…」
「つべこべ言わずについてこい!」
「はっ、ははっ」
気性の激しいセシリアの命令に驚いたヤールは、直ちに通信モニターから姿を消した。
どのくらいの時が経ったのだろうか。少女はまどろみの中で夢を見ていた。
淡いピンクのドレスを着た美しい女性が、幼い頃の少女を抱いていた。
彼女は、切れ長の優しそうな瞳で、少女の顔を見詰めると、にっこりと微笑んだ。彼女に抱かれていると、とても安らぎ心地が良い。
少女は、その女性の膝枕で、安らかに目をつぶった。
だが、少女の安らぎは長くは続かなかった。
少女を抱いていた女性が、にわかに立ち上がったのだ。
起き上った少女の瞳には、冷酷な表情をした、軍服に身を包んだ、一人の男が映った。
少女を抱いていた女性の瞳は、不安のため、小刻みに震えていた。
男は、腰に付けた長い軍用剣を引き抜くと、彼女に向かい切りかかって来たのだ。
とっさに、少女を後ろに突き飛ばした彼女は、少女が振り返った瞬間には、男の剣の一撃を既に受けていた。
「キャアー!」
その悪夢の様な光景を目の当たりにした少女は、思わず、その場で泣き叫んだ。
その瞬間、夢が覚め、はっと気がつき起き上った少女の眼に映ったのは、破壊され尽くされたガレキの街だった。
くらくらする頭を手で押さえながら、辺りを見回した彼女は、転倒してガソリンの漏れているバイクの脇に倒れている了の姿を発見した。
「了!」
了のそばに駆け寄ると、少女は了を抱き起した。
「了、しっかりして。大丈夫…」
少女の掛け声で、気がついた了ではあったが、その場から起き上る事は出来なかった。
左足が、転落したガレキの下敷きになっていたのだ。
「ええーい、くそっ!」
左足にかかる激痛をこらえながら、了は必死でそこから這い出そうとしたが、のしかかっているガレキの山は重く、微動だにしない。
心配そうに見詰める少女を振り返った了は、自分の足の上にのしかかっているガレキに対し、いらだってしかたがなかった。
少女は、たいした力もなかったが、協力してガレキの中から了を引っ張り出そうとしたが、無駄な努力であった。
「だめだ、くそっ!」
悔しいが、二人の力では、どうしようもない事がわかった了は、そう叫ぶと後ろを振り返った。
ルフランとハーネットの二体の巨大な怪物が、こちらに迫ってくるのが見えた。
「逃げるんだ!早く!」
了は、少女に向かって叫んだ。
「でも、そんな…」
少女には、了をその場に置き去りにして、自分だけ逃げる気にはなれなかった。
「はやく、やつらが来る前に…」
後ろを振り返る少女の瞳に、ルフランとハーネットの恐ろしい巨体が映った。
(助けたい。了だけはどうしても。でもどうしたら…。私にもっと力があれば、強い力があれば…)
少女は、心の底から、勇気を持ってそう思った。愛すべき者を救うために、戦う勇気を持って…。
その時だ、少女のしていた紅色のルビーのようなペンダントが、突然輝きを増したのだ。
まばゆいばかりの発光が周囲の物を瞬く間に包んでいく。その不思議な光景は、重機神に乗っているセシリアとヤールにも見えた。
「セシリア様、あれを!」
「うん、なんだあれは…」
しかし、本当に驚くのは、これからだった。
少女を包み込んだ紅色の発光は、人の形を撮りつつった。そしてそれはやがて、はっきりとした物質に変化したのだ。
そこに現れたのは、全長五十メートル程の巨人だった。
紅のボディに黒のラインが入った流麗なスタイル。全身を覆う、黄金色の装甲。顔つきは、まるで女神を思わせる様な、清楚な面持ちだ。
「こ、これは…」
ガレキの下敷きになった了は、突然眼の前で起こった出来事に唖然としていた。
その巨人の頭部には、宝冠のようなものがあり、その中央についたレンズ状の部分から突然、了に向けて光が発せられた。
次の瞬間、彼を束縛していたガレキは重さをなくし、ふわりと舞い上がった。次いで了自身も空中に浮かびあがった。
「うわっ!」
了は、なにがなんだかわからないうちに、光に包まれ、この巨人の頭部に吸い込まれていった。
「こ、こいつは…」
ルフランに乗っているセシリアも、さすがにこれには驚いた。
「ヤール」
「はいっ」
セシリアの呼びかけに答え、ルフランのコックピットにヤールの姿が浮かび上がった。
「地球人に、こんな兵器があるとは聞いてないぞ」
セシリアの問い掛けに、ヤールは、冷や汗を流しながら、しばらく言葉も出ない。
「どうした、ヤール」
「あれは、ノヴァ…」
「なに…」
ヤールの呟いたノヴァという言葉を聞いたセシリアは、直ちに正面モニターをズームアップして、突然現れた黄金の巨人を観察した。
「あ、あれは!」
次の瞬間、セシリアの目は、ある場所、巨人の腰のベルト中央に刻まれた紋章に釘付けになっていた。
「マイア王国の紋章…」
それは、水瓶を抱いた女神を象った物だった。
「セシリア様、あれはノヴァです」
「ノヴァ、あれが、まさか…。伝説の重機神、『光神ノヴァ』…」
セシリアは、正面モニターに映った巨人を再びゆっくりと見詰めなおした。
「セシリア様、相手がノヴァなら危険です。直ちにガルバに帰還した方が良いかと…」
「馬鹿もの、相手がなんだろうと、敵に後ろを見せて、オメオメと逃げる程、私は不抜けではないわ!」
「しかし…」
「第一、もしもあれがノヴァであるとするのなら、操縦しているのは、ライアに違いない。何があっても、私は彼女にだけは背を向けるわけにはいかないのだ」
セシリアとヤールが、こんな会話をしている時、ノヴァの頭部コックピットでは、了が目覚めようとしていた。
「了!…了!」
自分を呼ぶ声に了は、はっと我に返った。
「大丈夫、了…」
例の少女の声だ、ただし声は声でも耳に音声として伝わってくるのではない。まるで頭の中に直接響いてくる様に、了には感じられた。
意識を取り戻した了は、眼の前の光景を見て驚きのあまり声も出なかった。
自分は、先程のガレキの街に立っている。しかし先程までとは、街のスケールが違うのだ。
異常に小さい。了は自分の身体を見渡して、さらに驚いた。なんと自分の身体が先程の巨人と化しているではないか。
突然起こった信じられない現象に、了は驚き、うろたえた。
だがもちろん、了自身が本当に、巨人になったわけではない。実際には、彼の身体には、無数のコードがついた機械の埋め込まれた甲冑の様な服が装着されており、手足には、金属質のレバーが装着されているのだ。
さらに、頭にも無数のコードがついたリングが装着されている。
「こ、これは一体、どうしたっていうんだ」
「私にも、よくわからないの。ただ、了を助けたい、なんとかしなきゃって考えたら、突然、光に包まれて…。気がついたら…」
そんな会話をしているうちに、ルフランとハーネットの二体の重機神は、ノヴァに向けて攻撃を開始した。
ハーネットの口から、破壊光線が発射され、ノヴァに襲いかかった。
「うわっ!」「キャアッ!」
直撃を受けたノヴァの巨体は、爆発のショックで、大きくのけぞり、背後のビルに倒れた。
ハーネットの攻撃と共に、セシリアの操縦するルフランは、上空に浮上を開始した。
「くそっ」
了は、身体を起こそうと立ち上がった。
すると、了の身体の動きに合わせ、ノヴァはガレキの中から立ち上がったのだ。
「よくわからないけど、俺は今、あの巨人と一体化している」
了は、自分をガレキの中から引きずり出した巨人の姿を思い出した。
「やああっ!」
掛け声とともに、上空からルフランが降下してくる。
「はっ!」
間一髪のところで、ルフランのキックをかわした了は、その場で反転して起き上った。
ルフランは、ノヴァのいた背後のビルを叩き壊し振り返った。
「ちいっ、逃したか。」
セシリアは、そう言うと同時に、左手を力一杯握り締め、眼を見開いた。
するとどうだ、ルフランの左腕についた無数の触手が恐るべきスピードで伸びたかと思うと、ノヴァに向かって襲いかかってきた。
「くっ、なんだ゜これは!」
了の運動神経を持ってしても、ルフランの触手から逃れることは困難だった。
ノヴァは、瞬く間に、ルフランの触手に全身を捕らえられ、身動きが取れなくなってしまった。
「ふふふっ、これをくらえっ!」
次の瞬間、ノヴァの全身に絡みついたルフランの触手からは、高圧電流のような光がほとばしった。
「うわぁー!」「キャアーッ!」
ノヴァに乗った二人に激痛が走り、二人は悲鳴を上げた。
ルフランは、そのままノヴァを振り回すと、正面のビルにノヴァを叩きつけた。
轟音とともに、ノヴァはビルに倒れこみ、ガレキの下敷きになった。
「あっははは、ヤール。これが伝説の重機神ノヴァか、まったく相手にならんぞ」
セシリアは、勝ち誇った様に笑うと、倒れているノヴァをルフランの足で踏みにじった。
「くそっ、思うように動けない」
ノヴァのコックピットで、了はもがいたが、慣れない操縦の上、手足に装着されているレバーが、やたらに重く感じられ、通常に比べて、はるかに動きが鈍っていたのだ。
「ノヴァに乗っている戦士に聞く、お前はライアだろう」
セシリアの念波による声は、ノヴァに乗っている了と少女の頭に響いてくるのと同時に、
二人の目の前にセシリアの姿がスクリーンとして映しだされた。
「ライア…?」
最初のうち了は、何の事かわからなかったが、目の前に投影された敵のコバルトブルー
の髪を見て、おそらくは、例の少女の事をさしているに違いないと思った。
「あなたは誰、ライアって…」
セシリアの操縦するルフランからは、逆に少女の姿が見えていた。
少女の顔を確認したセシリアは、目頭をひくつかせた。
「おや、私の事をお忘れかい、王女様。このセシリアを」
「王女だって!」
セシリアの言葉に、一瞬了は驚いた。
「王女って、私、私は…一体…」
少女は、ノヴァの腹部にある中枢部ともいえる場所にある、もう一つのコックピットにいた。
少女は、一糸まとわぬ裸であった。というより、服の代わりに手足、及び胸と腰には無数のコードがついた機械が装着されていた。
彼女を取り巻く空間は、空気ではなく、ねっとりとした羊水のような、温かい液状の物質だ。
「おや、なにも覚えていないのか?ふむ…。まあ良いわ、いずれにせよライア、私は貴様を血祭りにあげられれば、それで良いのだ」
そう言うとセシリアは、通信を切り、左腕に直結されたレバーを思い切り引き寄せた。
ガレキの山に埋もれているノヴァの巨体を無数の触手で引きずり出したルフランは、向かい合ったハーネットに、それを投げつけた。
投げ飛ばされたノヴァをハーネットは、両腕についた高周波で振動する鋭い爪で引き裂いた。
その瞬間、ノヴァの装甲の一部が裂け、内部の有機質の部分が一部むき出しになった。
「キャアァーッ!」「くそっ」
衝撃で、ノヴァのコックピットには電流がほとばしり、了とライアの二人に再び激痛が走った。
了の額からは、事故の時に受けた怪我から、再度血が流れ落ちていた。
「うおおーっ!」
力を振り絞って立ち上がった了は、正面のハーネットに向かってパンチを繰り出したが、簡単に受け止められてしまった。
いくら了が、力を加えてもびくともしない。
「おかしいな、ノヴァがこんなに無力のはずはないのだが」
ハーネットの操縦者であるヤールは、最強の重機神であると信じていたノヴァが、予想よりもはるかに劣るパワーなのに疑念を抱いていた。
ハーネットの一撃をくらったノヴァは、再び背後の建造物に倒れこむのを余儀なくされた。
「私の事を、覚えていないのは残念だったが、ライア王女…。これまでの清算をさせてもらうぞ。そして私こそがこれからは、マイア国、いや、この地上全ての女王となるのだ」
セシリアが、そう言うのと同時に、ルフランの背中から四枚の羽根が伸び、それが青いオーラを発し始めた。
一方、セシリアの言葉を脳裏に刻みながら、少女はノヴァのコックピット内の液体の中で、必死に自身の記憶を辿ろうと、激しい頭痛に耐えながら、考えていた。
「セシリア…、マイア国…、ノヴァ…。ライア…、ラ・イ・ア…。ラ・イ・ア!」
次の瞬間、もう少しで意識を失いそうになった少女の頭の中で何かが弾け飛んだ。
「なにっ!」
突然起こったノヴァの変化に、セシリアは、一瞬たじろぎ、精神の集中ができなくなった。
ノヴァの全身から虹色のオーラが立ち上っている。
ノヴァの胸のコックピットにいた少女は、白目をむいていた。そして少女の全身からは、虹色のオーラが立ち上り、彼女の全身についた装置のラインを通じ流れ込んでいく。
「こ、これは…」
了の操縦コックピットの今まで点灯していなかったパネルが全て眩いばかりの光が灯った。
了は立ち上がった。先程とは、まるで違う。
手足にレバーなどついていないかの様な、いやそれどころか、通常よりも身軽になった様にさえ感じられた。
「うあああーっ!」
セシリアは、ルフランの羽根から、破壊光線をノヴァめがけて発射した。
地球人の戦闘機部隊を一瞬にして破壊した兵器だ。
ルフラン前方一キロメートル程までは、一瞬の内に蒸発し、影も形もなくなった。
「ふっ、たわいない」
正面に映った光景を見て、セシリアは、そう呟くと、目を伏せた。
「セシリア様、危ない!」
だが、その時だ。突然ヤールからの通信が入った。
しかしセシリアが気づいた時は、すでに遅く、上空から降りて来たノヴァによって、ルフランは、羽根から左腕にかけて切り落とされていた。
「あうっ!」
物凄い衝撃が、ルフランを操縦するセシリアのコックピットに走り、手傷を負ったルフランは、付近のビルに倒れこんだ。
悔しそうに片目を開けて正面を見詰めたセシリアの瞳には、ルフランの前にたちはだかるノヴァの巨体が映った。
ノヴァの左右の腕からは、いつの間にか、虹色に輝く光の剣が飛び出していた。
そしてノヴァは、その剣を振り上げると、セシリアの操縦するルフランに再び切りかかったのだ。
「くっ」
避けようとしても、もう遅いとセシリアも覚悟し、一瞬眼をつぶったが、その時ノヴァの振り下ろす両腕を後ろから止めたものがいた。
ヤールが操縦するハーネットだ。
しかし覚醒したノヴァのパワーは、先程とは比べ物にならない。
後ろから締めあげるハーネットを、ものともせず、ノヴァはハーネットを振り払うように、投げ飛ばした。
「ばかな!」
正面のビルに叩きつけられたハーネットの操縦者ヤールは、先程とは桁違いのノヴァのパワーに驚愕の声を漏らしつつ、あわてて態勢を整えようと努めた。
そのまま接近してくるノヴァに、ハーネットの口から、例の三日月状の破壊光線が発射された。
しかし、その破壊光線は全て、瞬時に発生したノヴァの全身を取り巻いている虹色のオーラによって、全て弾き返されたのだ。
「う、うわーっ!」
恐怖に駆られたヤールは、ハーネットの背中に仕組まれたホバーノズルを全開にすると、ノヴァに向かって高速で体当たりしてきた。
ハーネットの両腕にある爪は、元の長さの三倍に伸び、それが恐ろしい程の勢いでノヴァに襲いかかった。
次の瞬間、凄まじい金属の引き裂ける音が辺りに、こだました。
ノヴァとハーネットは、すれ違った後、一直線上になり、その場に静止していたが、僅かな静寂の後、ハーネットの身体に亀裂が生じた。
そしてその亀裂は、見る見るうちに広がり、やがてその巨体を真二つにする一筋のラインとなった。
ハーネットの全身に火花がほとばしり、次の瞬間、轟音と共に、重機神の一体、『邪神ハーネット』は、木端微塵に吹き飛んでいた。
「ヤール!」
目の前で起こった出来事を、信じられないと思いながらセシリアは、自分の忠実な部下である衛兵アンドロイドの名を叫んでいた。
「おのれー、ライア!許さんぞ!」
部下を失ったセシリアは、怒りに満ちた叫びを上げると、傷ついたルフランを立ち上がらせた。
一方、ノヴァのコックピットにいる了は、驚いた。急にレバーが軽くなったばかりか、ノヴァに仕組まれている全ての機能、操作方法が知識として瞬時に了の頭の中に叩きこまれたのだ。
別に覚えようとして覚えたわけではない。それは、了の頭についたバンド状の装置にある記憶回路に、了の頭がシンクロしているからであった。
「うあぁーっ、死ねー!ライア!」
叫びと共に、セシリアは、残ったルフランの右腕から、青白く輝くレーザーサーベルを飛び出させ、ノヴァに向かって切りかかった。
そのセシリアに対し、了は、ノヴァの持つ必殺兵器で、とどめを刺そうと精神を集中させた。
その了の意識に、腹部のサブコックピットにいるライアの精神がシンクロし、ライアの全身から立ち上る、サイコパワーがラインを通じて流れ出した。
ノヴァは、一度、両腕を水平に伸ばした後、中央に腕を引き戻した。
その瞬間、ノヴァの胸、肩、両腕が変形し、
巨大なビーム兵器発射口が形成された。
「いけえっ、プラズマシューター!」
了の掛け声と共に、ノヴァの両腕から、火花のような発光がほとばしり、それと共に中央に形成された発射口から、凄まじい勢いで、強力なエネルギービームが放たれた。
プラズマシューターを真正面から受けたルフランも、操縦者の精神エネルギーを増幅する事による、独自のバリアを持ってはいたが、それも時間の問題だった。
「くっ、こんなばかな…、くそっ」
ノヴァの力によって、スパーク状態のボロボロになったルフランのコックピットの中で、セシリアは、悔しげな声を上げたが、どうしようもない。
プラズマシューターによって全身ひび割れを起こしていたルフランは、爆発寸前だった。
このままでは、確実に死ぬ。転送装置で、なんとかガルバに帰還せねば。
そう思ったセシリアは、自分の身体だけを転送することにした。そして手早くコンソールパネルを操作した。
しかし、ほんの僅かだがタイミングが遅かった。
その瞬間ルフランは、木端微塵に爆発していた。
一方、爆風と共に飛び散ってくるルフランの残骸を受けながら、ガレキの街に立ち尽くしていたノヴァは、次第にその姿が薄らぎ、夕日を背に、消えていくのであった。
深い海の底だ。海底にそびえる山のような半球体。そしてその内部にある三次元配置の立体都市。
その都市機能を司る都市中央部にある城の中で、彼は、その報告を聞き、全身を震わせていた。
「なに、セシリアが…」
肩当てのある軍服を身につけ、宝冠をかぶった彼は、部下からの報告を受けると、すぐに、その場を立ち、医療施設へ向かった。
医療施設の入り口には、専用医師が待ち構える様に立っていた。
「セシリアの容体は、どうなのだ」
「なんとか命は、取り留めたものの、お会いにならないほうが…」
医師は、そう言ったが、彼は一人娘のセシリアにどうしても一目会いたかった。
「かまわぬ…」
彼は、医師を押し退けると、娘の容体を見に診療室へと足を踏み入れた。
しかし、その姿を見た瞬間、彼は、悲しみと怒りで絶叫した。
ルフランの転送装置で一応転送されたセシリアではあったが、爆発の衝撃を受け、見るも無残な姿になっていたのだ。
地球人の医学力では、既に死んでも当然の状態なのだが、顔が半分崩れ落ち、内臓も飛び出た全身傷だらけの彼女を、特殊な培養液の中に入れる事で、なんとか命をつないでいるのだった。
「将軍様、気の毒ですが、セシリア様は、もう元の身体には再生不可能、このままでは長くは持ちません」
後ろから聞こえる医師の言葉を聞きながら、彼は一瞬目を伏せたが、やにわに顔を上げると、不敵な笑い顔を見せた。
そして、一人娘の無残な姿を目に焼き付けると、診療室を後にした。
一面ガレキの山と化した街に、風だけが空しく吹きすさんでいる。
破壊の限りを尽くされ、廃墟と化した、海上都市の一角に、動く物は、何一つ見られない。
陽も落ち、薄闇と月の光が辺りを穏やかに照らしている。
その廃墟の中に、二人は倒れていた。
どのくらいの時が経ったのかわからないが、了は、まどろみの中から意識を取り戻した。
まるで今までの事が夢だったのか現実だったのか、了は辺りを見回し考えた。
「うっ、くっ…」
傷ついた身体を引き起こすと彼は、すぐに目に止まった人影に向かった。
コバルトブルーの長髪をした、あの少女がそこに横たわっていた。
「おいっ、大丈夫かい」
了に抱き起された少女は、ゆっくりと目を開いた。
「了…」
しばらく、了の腕の中から彼を見上げていた彼女だったが、はっと気がつくと、ゆっくりと立ち上がった。
「君は…」
了の問い掛けに、振り返った少女は答えた。
「私は…、ライア。ライア・デ・ミラン・アクエリアス…。惑星シリス、マイア国の王女です…」
この1章ラストのライアが自分の記憶を取り戻して名乗るシーンは、自分ではすごく気に入っているシーンです。
昔『戦えイクサー1』というビデオアニメがあって、その1巻ラストがガレキの街で、かなり雰囲気が近いです。
多分、こういう雰囲気を再現したかったのかなと思っています。