4-5
うつ伏せから一気に体を起こし、入り口と逆方向へ走る。
体を動かすと全身が激しく痛むが、足は止めない。香の置いてある棚まで全力で走った。
近くにあった藁を、壁に掛けてある灯火に近づけ、燃え移るとすぐに香入れへ投げる。
梯子の破片が折れる、乾いた音が鳴った。蹄が床や藁と打つかる音が徐々に近づいてくる。
香入れを差し出すような姿勢で後ろを振り返る。
ニシカワがゆっくり近づいて来る。ブーンとの距離はすぐに無くなった。
(^ω^ )「……おっおっ」
少しニシカワが動くたび、素早く腕を引き寄せながら少しずつ、香を近づけていく。
香入れがあと少しでニシカワへ届く辺りで、ニシカワが首を前に伸ばし顔を左右に揺らす。
(^ω^ )「ひぃん」
香入れはニシカワの鼻で払い落とされ、香が飛び出すと火が消えてしまった。
ほとんど同時に後ろに跳ね、出来るだけ距離をあける。背は壁に着いていたのでこれ以上は下がれない。
大きく息を吐き、さらに大きく息を吸い込む。両拳を打ち付けて、絶望しかける気持ちを奮い立たせた。
(^ω^ )「こんな所で死ねないお」
自分が何のためにここにいるのかを思い出す。ここ最近の環境の変化で、それを置き去りにしていた事に恥じ、改めて命を掛ける。
ブーンが決死の覚悟で両腕を前に構える。半歩前に進めば大きな自分よりもさらに巨大なニシカワに触れる距離だった。
ニシカワの頭がゆっくり近づいてくる。それに合わせて、拳を突き出した。
少しだけ動きを速くしたニシカワが首の動きだけでそれをかわすと、とうとうブーンに触れた。鬣が頬に当たった瞬間、全身が硬直した。
生き物としての絶対的な差を、嫌でも本能が訴えてくる。
それでも歯を食いしばり、なんとか突き出したまま腕を引き戻す。
そのまま首に巻きつけ絞め落とそうとするが、目一杯に伸ばさなければ腕が回らない。
(^ω^ )「おっおっ?」
あっけなく腕で作った輪から頭を抜くと、ニシカワがブーンの体に頭を擦り付ける。腰の辺りから顔までを何度も往復している。
その様子は屋敷に来てから今日までのと何も変わらない。心配して体をさすっている様にも感じられた。
(^ω^ )「……怒ってないお?」
ブーンが見上げるとニシカワは不思議そうな目で見返す。
(^ω^ )「本当かお?」
ニシカワは甘えるように顎をブーンの頭に乗せる。
ブーンは体から背骨が消えてしまったように、その場に腰から落ちた。
吐き気を催す程の緊張に、凍えるような感覚と噴出す汗にようやく気づきその場に呻きながら倒れこんだ。
まだ日が出ないうちに、ブーンが体を起こす。
気持ちの悪さは治まったが、体の痛みはまだ残っていた。
(^ω^ )「おっおっ」
ニシカワが体を丸め、ブーンを囲む様に横になっている。
(^ω^ )「おはようだお」
ブーンにぶつからない様、ゆっくりニシカワが立ち上がった。
下から見上げると、屋敷に来た日に感じた恐怖を思い出す。そして、それをすぐに忘れさせる敵意の無い視線が向けられた。
(^ω^ )「どうしたんだお」
長く太い首でブーンの体を持ち上げるような仕草をしている。さすがに持ち上がりはしないが、ブーンの体を気遣いながら何度も動く。
(^ω^ )「乗れって事かお?」
ニシカワが歯を見せた。笑うような仕草がおかしかったが、ブーンには驚きの方が強かった。
(^ω^ )「いいのかお? ブーンは生まれも育ちもろくなもんじゃないお」
体を引き寄せる力が一気に強くなる。
(^ω^ )「……分かったお」
馬具は何も着けないまま、ブーンが飛び乗る。
(^ω^ )「……高いお。本当に」
ニシカワが満足そうに尻尾を大きく動かし、馬房の中を歩き出した。端まで行くと振り返ってまた同じように歩く。
とんでも無い事をしてしまった。最初のうちはそんな事ばかり考えていた。
だが、いつの間にかそれは頭から消えていて、誇らしそうに胸を張って歩く黒馬の上でブーンは嬉しそうに笑っていた。