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馬房の屋根裏は、屋敷を取り囲む厳重な塀よりも高い位置にある。
頼りない足取りで窓を二つ開けてやれば、すぐに風の通り道ができた。
硬い床の上に横になる。背中に伝わる板の感触は熱くも冷たくもなかった。
(^ω^ )「……あぁ、気持ちいいお」
体の上を通っていく風が、熱を持っていくのが心地よい。
このまま眠ってしまいたいが、そんな誘惑を断ち切って目を開ける。
馬を守る馬房守が、馬から目を離していたなんて知られたら首も飛びかねない。
二刻か、三刻を屋根裏で過ごしてから重たい体を起こしたす。いくらか足取りもしっかりとしてきた。
窓を閉めて梯子の前から下を覗くと、ニシカワと目が合った。
(^ω^ )「起こしちゃったかお」
ニシカワが体を梯子に擦るようにしてぐるぐる周っている。
(^ω^ )「はいはい、降りるからちょっとどいてくれお」
ブーンが梯子に体を乗せる。ニシカワに合わせて、馬房はかなり大きく造られているので、梯子も長く降りるまでに時間が掛かる。
人よりもずっと体の大きいブーンが乗ると毎回、ミシミシと木の繊維が切れていく音が聞こえるので、いつも出来るだけ早く飛び降りるよ様に梯子から降りていた。
だが、今日はとてもそんな動きは出来ないし、やろうとも思わなかった。いつもの嫌な音はしていたが、残った酒が恐怖や不安を鈍くする。
ブーンの体を二倍と少し足した位、地面から離れた位置でいつも耳に入る嫌な音が少し変わった。
その瞬間、体が止まった。無意識だったが、思考が追いついてからも、動いてはまずいと感じていた。
(^ω^ )「……止まったお」
音が止んでから少しだけ体を動かすと、また音が鳴り出す。すぐに動きを止めたが、今度は音は止まらず徐々に大きくなっていった。
乾いた木材がミシミシと大きな音を上げて、ブーンの手のすぐ近くで裂けていく。
(^ω^ )「ちょっ……」
上下二つに分かれた梯子を両手で?ぎとめようとしたが、足場の梯子はそれよりも早く下にと落ちていく。
屋根の上から飛び降りる程の長い間、気持ちの悪い浮遊感を味わった。それから大きな音を立て、ブーンの体は打ち付けられる。
(^ω^ )「……痛いお」
腹から落ちて体は「く」の字になっていた。
腕、脚、首と順に力を入れてみる。どこの筋肉も痛みは伴うもののしっかり動いた。それから、ゆっくり上体を少しだけ上げる。
(^ω^ )「……ん」
その途中、これまで何も感じていなかった事に違和感を感じた。その大きな違和感は、しっかり目を見開いて周りを確認すると途端に消えた。
(^ω^ )「うおぉ」
ブーンが体をすばやく捻る。
(^ω^ )「ぐっ」
体が地面に落ちる鈍い音と、苦痛の声があがる。
ニシカワの背に乗っていた。ほんの短い間だったが、梯子から落ちてニシカワの背に落ちていた。
そのおかげで直接地面に叩きつけられるよりはマシだったが、今はその方が何倍も良かったとブーンは感じている。
/^o^7\ 「いいか、馬の背には絶対乗ったらいかんぞ」
馬房守としての最初の朝、七号が真面目な顔をして言った言葉が頭に浮かんでいた。
/^o^7\ 「前の馬房守は馬に乗ったせいで、屋敷から追い出された」
(^ω^ )「はぁ」
/^o^7\ 「そりゃあ、大変だったんだぞ」
(^ω^ )「そうなんですかお」
ブーンはどうして馬に乗ってはいけないのか、乗っただけで屋敷を追い出される程の事なのか理解できない様な顔で七号を見つめていた。
/^o^7\ 「なんで乗っちゃいけないか分かるか?」
七号がそれを察して尋ねる。
(^ω^ )「分かりませんお」
/^o^7\ 「馬ってどうやったら手に入るか知ってるか?」
(^ω^ )「分かりませんお」
/^o^7\ 「お前は、俗世と関係を絶ったどっかの職人に育てられたのか?」
(^ω^ )「そんな様なところですお」
七号が小さくため息をつき、頭を掻き何から話したらいいか小声で整理し始めた。
/^o^7\ 「ええと、馬はな、王から下賜されるものなんだ」
(^ω^ )「……王から」
ブーンの顔が途端に神妙なものになった。
/^o^7\ 「そうだ。王がこいつは騎士だって認めた奴にな。戦の前は随分と数がいたらしいけどな。
院やら砦の兵士さんを除けば、今じゃ馬を持ってるのは騎士だけだ。馬ってのは単純に移動や戦の時に役に立つってものじゃなくて特別なものなんだよ。
だから、そこらの奴が勝手に乗るなんて事は許されない。どうだ、なんとなく分かるか?」
(^ω^ )「なんとなくは分かりますお」
七号が「うん」と言い、次に話す内容を考え出す。
/^o^7\ 「それからな、馬ってのはどうにも扱いにくい生き物でな、自分の認めた相手じゃないと乗せようとしない。聞いた話じゃ数が減ってからそれが顕著になったらしい」
(^ω^ )「はぁ」
/^o^7\ 「今の馬は、普段はおとなしく綱で引かれてる様な奴でもな。背に乗られたら大暴れして、蹴り殺しちまう事だって珍しくない」
七号が一度、間をあけてから話を続けた。
/^o^7\ 「前の馬房守はな、大怪我して庭に転がっていた。馬房はもうボロボロさ、壁なんて穴だらけで参ったよ」
(^ω^ )「……なんという」
/^o^7\ 「それを知った親分は激怒してなぁ。大変だったんだぞ。そいつを斬るって聞かなくて。なんとか皆でなだめても、街からの追放だ。怪我の手当も満足にできないままな」
何もない空間を見つめていた七号の視線がブーンに向く。
/^o^7\ 「だからいいか、馬の背には絶対乗ったらいかんぞ。決まりだからってだけでなくて、死にたくなかったらな。前の奴だって、お前ほどじゃないが嫌われてるわけじゃなかったんだ」
言い終わると今度はニシカワに視線を向けた。
(^ω^ )「わかりましたお」
/^o^7\ 「あと一つ、秘密を教えてやる。うちの親分はなぁ、実は馬に認められていないんだ」
七号が耳元でソット話し出した。
(^ω^ )「おっおっ?」
/^o^7\ 「馬に乗る前にな、秘密の香を焚いてるんだ。それを嗅ぐと馬は大人しくなる。本当は騎士に認められる様な人間はなら、馬にも認められて然るもんなんだがなぁ」
七号が肩をすくめる。
/^o^7\ 「まぁあんまり綺麗な方法で出世した人じゃないからなぁ。ちなみに、騎士で馬に認められてないってのは最上の恥じの一つだから他言するなよ」
七号が歯を見せて笑った。
(^ω^ )「どうして、そんな事を教えてくれるんですかお」
ブーンの顔は少し落ち着いたのか、うっすら笑みが浮かんでいた
/^o^7\「ん、だってこれからは お前の仕事だからな。誰にも見つからない様に親分が乗る前に、あの香を焚いて馬を落ち着かせるのがな」
馬房の奥の棚を指差した。