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どうして伝説の装備品と呼ばれるのかご説明させていただきます

作者: 天川ひつじ

空を飛ぶマントは皆が憧れる幻の一品。

ただの人間が、豚が、犬が、ダチョウが、そのマントを羽織った途端、スーパーヒーローになれるから。


加えて言うなら、飛べないヤツはただのヤツさ。


「・・・と皆様おっしゃいまして、早く作れと口をそろえて仰るのですが、そんなにすぐ作れてしまったら、伝説の装備品なんて誰も言いませんし、これほど有名にもならないと思うのです。いかがでしょう」

エルザは無愛想に事実を伝えた。無駄な力を使わない主義だ。


「しかし! 私は皆に必要とされている。それにヒーローは空を飛ぶものだ。この私に免じてなんとかならないのか! 頼む、世界を救うと思って引き受けてくれ!」

「無理です」


「このっ、分からずや!!」

「皇子、落ち着いて。しかし、娘よ、この御方にこそ必要な装備である。そしてこれは国の命令である」

「人の話を聞いてない・・・」

エルザは不機嫌にボソッと零した。


「無理なものは無理です」

事実を告げてやると、自称ヒーローたちはエルザを恨みがましく見つめる。


***


トントン、カラリン、トンカラリン


軽快な音をさせて、布がおられていく。

ボゥッと作業を眺めていると、織手の鶴のオツゥが手を休めることなく尋ねてきた。

「お話、分かってもらえましたの?」

「ううん。全然」


「たっだいまぁ」

開けっ放しの裏口から、桃色の羊が帰宅した。ホルンだ。

「おかえりなさい。まぁ、きれいな桃色」

とオツゥがのんびり微笑ましく出迎える。


「桜食べてきたよ。エルザ、おやつある?」

「うん。真っ赤っかジュースを作ったのよ」

「おいしい?」

「味見はしてない」

「ふーん。どんな味かなぁ」


エルザが木皿にドロリと煮込んだ液体を注ぐと、ホルンはためらいもなく口をつけた。


赤色を飲んだホルンの体毛色が少し濃くなる。


***


伝説の装備は、特別品。

もし世の中にあふれていたなら、それはあたりまえのもの。伝説なんて呼ばれない。


希少で特別。

作るには特別な技術が必要で、技術者がとても少ないからそうなってしまう。

もし技術があふれていたなら、きっと一般に普通に品物があふれている。


それで、皆が欲しがる『空飛ぶマント』は、どんなに強請られたって強制されたって、作り手は3人しかいない。1枚作るのに6年はかかる。


それを早めろ増やせ、と言われても、無理。


***


「そもそも、売り物ではありません。しかしご希望者があまりにも多いので、色違いの2枚、さる御方に頼みまして、この世界のどこか、宝箱に設置していただきました。青い場所と黒い場所、とだけ聞いております。現実的に、この2枚のいずれかを入手されては」


「いえ? 持ち主はまだ決まっていないようですから、まだどこかに隠されているはずです」


「ですから。何度も申し上げました通り、受け付けておりません。良いですか、そもそも、まず私が特別な機能を持ちながら色もついている液体を調合いたします。それを用いて仲間が特別な糸を生み出します。それをさらに仲間が1本1本丁寧に織っていくのです。液体の調合だけで3年かかります。糸を作るのは1年、機織りに半年、それをマントに仕立てるのに半年、つまり完全に6年が必要なのですよ! は? ふざけんな、調合比率と素材の回収、新素材の培養に調合、3年でできるようになるのにどんだけ修業に専念してきたと」


なお、6年で終わらない事もある。刺繍や装飾に凝るからだ。


***


発端は、空を飛びたいという虎への贈り物だ。エルザとオツゥとホルンは、虎に助けてもらったことがある。つまり虎はエルザたちにとってヒーローだ。


虎は贈り物をとても喜んでくれた。

正義感あふれる虎は、マントで空を飛び、種族を問わずその危機に駆け付けた。世界のヒーローになったのだ。

そして、空飛ぶマントはヒーローの象徴になった。


虎は、この装備品の出所を、エルザたちを気遣って誰にも言わなかった。

なのに執念深い者たちがエルザたちを突き止めた。

そして、『自分にもマントが必要だ、なぜ理解しない』と責めるようになったのだ。うんざり。


困ったエルザたちは思いつき虎に頼み、虎のための試作品のマント2枚を、世界のどこかに隠してもらった。

試作品だから、連続では1刻しか飛べない、とか、連続で2刻使ったら燃えそうに熱くなる、という欠点があるが、それでも空は飛べる。

本当に欲しいなら探し出せば良い。

宝を求めて世界を旅するというシチュエーションにエルザたちが憧れたというのもある。


しかしそれでも『今すぐ寄越せ』『使命がなんたら』と喚くものたちは多かった。

説明を試みるけれど、エルザは本来、人嫌いの魔女なので、うっかり地が出る。にらみ合う事も多かった。


***


ある日、エルザは失態を犯した。

素材探しに歩き回っていたら、足を滑らせて谷底に落ちた。瀕死の重傷に見えたところを保護された結果、そこの国王に捕まった。


「空飛ぶマントを献上せよ。そうすれば仲間の安全も保障しよう」


エルザはあっけにとられた。


***


魔女対策の部屋に閉じ込められたので、仲間に助けを求めようにも連絡が取れない仕様である。


しかし、エルザだけここに連れて来てもマントができるはずがない。


羊のホルンは、食べたものを体毛に反映させることのできる特殊技能をもつ羊だ。

鶴のオツゥは、糸に込められた効果をきちんと発現させる布を織る事ができる。

魔女のエルザも、ホルンが食べられて、かつ、理想的な色と機能をホルンの体毛に与えることができる食糧を作る。


誰が抜けても入れ替わっても無理。そして、他にそれができる者など知らない。

エルザがいないと作れないが、3者が揃ってこそである。


まぁそもそも、マントを作ってやる必要はない。酷い王だ。馬鹿だなぁ。


***


ところが、あらゆる手段を講じてみたがうまく逃げられない。エルザは困った。


あまりに抜け出せないと、ホルンにマント用のご飯を用意できない。

色鮮やかな赤マントを作成中なのに。エルザの食料でないと、色鮮やかさと効能が出ないのに。ちなみにこちらは、お世話になったカンガルーのために作っている。


ホルンもオツゥもエルザを心配しだしている頃だ。

素材集めに家を抜ける事もあるけれど、きちんと数日おきぐらいに連絡を送る習慣がついているのに、何の便りも送れていないのだから。


一方、マントをなかなか作り出そうとしないエルザに、王様は御飯抜きという嫌がらせを始めていた。


お腹が減って力が出ないよぅ。


魔女だってお腹は減る。むしろとても減る。いつもクッキーとか飴を舐めているのに。辛い。


空腹に耐えかねて、エルザはメソメソ泣いてみた。

外見年齢15歳の自分が泣いていたら誰か助けてくれないかな、という計算である。


泣き始めるとすっかり演技が楽しくなって、エルザは『連れて来られた気の毒な(美)少女』役を飽きるまでやってみようかと思いついた。


善人には愛を返し、悪人には計略と策略をお返ししたい。


なのに、完全に御飯抜きになった。


腹は空腹で鳴りまくった。そのうち演技する元気もなくなってきた。


声は無理でも、この腹の音なら、外に届かないかなぁ。

エルザは窓の下に座り込んでぼんやり空を見上げる。


***


腹の虫のSOSが無事届いたようだ。


ある日、美しい白銀の鎧を着た人間が扉をバァン、と開けた。

窓の下でうずくまるエルザを見て、

「無事か!」

と叫び、エルザを抱き上げた。


『まるでヒーローが幽閉されたお姫様を助け出す場面だな』などと外見は少女のエルザは空腹でぼんやりし、『そうか、こいつもヒーローなのかもしれないなぁ』と考えた。


エルザを助けた白銀の鎧はテキパキと部下たちに指示を出し、自らはエルザを介抱し、親切にもエルザが開けた口に水を流し込んでくれた。

「お腹がすいた」

と訴えたので、次に口の中には柔らかいパンが放り込まれた。


あー。良かった。


***


豪華な別室で、エルザはなぜかヒーローに求婚されていた。

兜を外したら男前だったので、エルザは『ヒーローって男前の仕事なんだな』と妙なところで感心した。


「あなたが無事でよかった。一目惚れをしてしまいました。どうか私の気持ちを受け取っていただきたい」

「そんな馬鹿な」

腹の虫を鳴かして床にうずくまっている少女に、誰が一目ぼれするのか。平穏無事に過ごしたいエルザの容姿も凡庸である。


エルザはパチパチと瞬いてから、こう答えた。

「お気持ちには添えませんが、何かお礼をした方が良いですね」


周囲がササッと進言した。

「王子! この方は、かのマントを作る事の出来る御方ですぞ! ぜひマントを頼まれると宜しいかと」

「おぉ、そうなのか!」


なんか演技じみてたな、とエルザは気づいた。それに。

「王子様?」

「はい。お恥ずかしながら。父の愚行に気付かず、救出が遅くなったことを心からお詫び申し上げます、エルザ様」

名乗ってもいないのに、王子はエルザの名前をにこやかに口にした。


マントへの強力な期待が読み取れた。エルザはうんざりとため息をついた。

「マントが欲しいんですか。なーんだ」

さては父王とも手を組んだ自作自演かな。

どうしようもない。


エルザは髪に手をやって、仲間に自分の居場所とSOSを伝える信号を密やかに送った。


エルザは厳かに口を開いた。


「どうして伝説の装備品と呼ばれるのかご説明させていただきます」


***


マントをくれくれ、とせがむ者たちの相手をしてうんざりしていた数刻後。

本物のヒーローが、青いマントで空からエルザを助けに飛び込んできた。


「ヒーローが悪役になったらダメだろうが」

と虎が指導をいれてくれる。


皆が本物だったら良いんだけどな。

まぁ実際問題、空飛ぶマントは簡単に作れるものではない。諦めて貰うしかないけれど。


エルザたちの言葉に耳を傾け納得する者の中になら、本物だっていそうなのに。


自称ヒーローからは迷惑しかかけられていないエルザは、やるせなさにため息をついた。


そんなにマントが欲しいなら、好きに冒険に出てマントを発掘してくれれば良いのに。

試作品だから弱いのか。


は!

と、エルザに閃きが舞い降りた。


本気で!

誰もが欲しくて冒険の旅に出ちゃうような。

小さい子が話にワクワク目を輝かせちゃうような。

世界の秘宝を!


エルザは美しくニコリと笑む。


まるで女神のようだった、と後で虎に評された。


***


なまえ:伝説の英雄のマント


ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(最高)


すごさ:

世界の伝説の7大秘宝の1つ。

身につけると空を飛ぶことができる。どんなに重いものでも一緒に飛ぶことができる。とても速い。

防火、防水、防風、防音、防振機能つき。

色は3色、模様も3種類のなかから好きに変える事ができる。


※「すごさ」は伝承に基づいた記載。本当のことは、見つけた者にしか分からない

※『明るいところ』に眠っていると伝えられている


『みんなのあこがれ! 世界の7大秘宝図鑑』より

おわり

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