子想い橋(創作民話7)
山の上、東と西に二つの村がありました。
たがいに村の家々は見えるのですが、相手の村まで行くにはまる一日かかります。
谷川の切り立った崖により、二つの村は遠くへだてられていたのでした。
西の村から東の村に嫁ぐ娘がいました。
祝言の日。
日の出前に、娘は西の村を出発しました。白むく衣装で馬の背にゆられ東の村に向かいます。
まず半日、谷にそって下りました。
橋のある村で谷川を渡り、また半日、谷にそってのぼります。
東の村に着いたとき、日はとっぷりと暮れていました。
一年後。
娘は赤子を産みました。
けれど、そのまま病となり床に伏せました。
畑仕事はおろか家の中のことさえままならず、赤ん坊に乳をやるだけとなりました。
それから半年もせず……。
ついには乳も出なくなってしまいます。
すると追い出されるように、娘はひとり西の村へと帰されました。
娘は西の村、赤子は東の村。
母と子は、はなればなれで暮らし始めました。
――泣いちゃいないだろうか。
娘は東の村をながめては涙をこぼしました。ときには断崖の先まで行き、赤ん坊の名を呼ぶこともありました。
会えない日が三年続きました。
そんなある日。
娘は我が子のことを想いながら、ついに断崖の先から身を投げました。
その後。
深い谷を渡るように、西側の崖の先から一本のカズラが伸び始めます。そのカズラは枝分れし、からみ合いながら東の崖へと向かって伸びていきました。
ときとして。
カズラの幹からは、乳のような白い樹液がしたたり落ちることがありました。
それから十年。
娘が身を投げた断崖には、東と西の村を結ぶカズラの橋がかかっていました。
このカズラ橋を歩いて、男の子が西の村に向かっていました。
母親に会うためにです。
「母さん、会いにきたよ」
橋の西のたもとにある墓の前で、男の子はひざまずき、つんできた花を供えました。
そんな姿を見て……。
東の村の者も、西の村の者も、みながこう話したのでした。
この橋は子想い橋。
子に乳を飲ませんがため、母の想いがカズラとなって谷に橋を渡したのだと。
この話は、今も両方の村で語り継がれています。