「電脳・イン・30minutes・LOVE」
タケシは今日も電脳・インする。通称「BUTTOBI PARTY]への参加はリアル空間では行われない。ではどこで?そう、当然、電脳バーチャル空間だ。時は未来?いやいや、現代。そう今まさにパーティは行われようとしている。今この時代のバーチャル空間で。
《ヨウコソ。タケシ。オマチシテオリマシタ》
「やあ、ありがとう」
タケシは入場ゲートでお辞儀をするエージェントに挨拶をして門をくぐった。
タケシはすでに電脳空間だ。リアル空間と同じ感覚で彼はこのバーチャル空間を闊歩する。
誤解しないように説明しておくと、このバーチャル体験はネットに接続しているパソコンに向かってキーボードから文字を入力したり、マウスを使って自分の好みのキャラクターを動かしたりして参加するものではない。映画のマトリックスのように直接、電脳空間に意識をもぐりこませるのだ。普通のネットレベルを表だとすると、裏のネットレベルはSFのうんと先を実現済みなのだ。ではどうするかって?方法は簡単。頭にぶっといジャックを差し込む?いやいやそんなことはしない。ある方法で意識を閉ざし、電脳空間にもぐりこむ。意識ってのはほんと不思議の「もの」で、ハードウエアである体がショート、つまり体が反応しない状態になるとそこからふらふらとリンクする先を探すらしい。らしいと言うのははまだそのあたりの理屈は分かっていないから。あらかじめ電脳バーチャル空間に接続されているパソコンにパラボラアンテナのようなものを取り付けてショートした意識がリンクし易いようにしておく。意識をリンクしておくことができる時間は使う方法によってさまざまだ。さまざまというのは、用いる方法の値段による。普通に高い方法ほど長く電脳空間に存在できる。短いもので30分。長い(当然、利用代金が高い)ものだと最長1日だ。タケシはまだ学生で持ち金が少ないなので、30分だ。タケシは腕にはめている時計を見た。後28分。彼女を見つけなきゃ。今日こそは見つける自信があった。タケシの進む道にはいつもの常連がたむろっている。
「よう、タケシ。調子どうだい」
「彼女、見つかったかい」
「今日も30分かい」
さまざまな声を連中はタケシにかけてきた。一つ一つ答えている時間はないので、適当に微笑みを返したり、頷いたり、手を上げてみたりして通りすぎる。大きな講堂のようなとろでタケシは2階へ続く階段を上り、下を見渡せる手すりのそばまで駆け寄り上半身をせり出して下を覗いた。もうPARTYは始まっていて、思い思いの服装をした人々がお互い喋っていたり、踊っていたり、グラスを傾けていた。電脳バーチャル空間に入り込んだ各自の意識以外はすべてがフェイクだ。着ているもの、手にしているもの、全ては自分の意識が感知し、好む形に見せているだけだ。だけども見えるそれぞれの容姿はリアル空間と同じだ。どうやらそこには潜在意識が働いていて、こうありたい自分を願ったとしてもそれはリアル空間に存在しているハードウエアが最適だと判断するらしい。(らしいと言うのはさっきと同じ理由だ)
タケシはまた時計を見た。後15分。いつもよりは少しだけ時間に余裕がありそうだ。そんな気がした。ゆらゆらと動きまくる人だかり(この場合は意識だかりか)を上から眺めながらその中に一つだけ本当に探している彼女を見つける。いつもながら厄介だ。タケシはこのPARTYに参加する一人の女性に恋をしていた。理由は簡単。とても彼女が美しかったからだ。頭のてっぺんでトランペットを吹くまくるキューピット達がぐるぐると目まぐるしく回っているようなそんな気分(これも電脳空間が作り出したフェイクなのか?)だった。いた。彼女だ。講堂の入り口からまっすぐ真ん中に向かって行く。すれ違うだれかと軽くハイタッチをしたり、お互いを両手で指しあったりして行く。タケシは急いで上がってきた階段を今度はすごい勢いで駆け下り、講堂の入り口から彼女を追うようにして人だかりの中を押しのけて、押しのけて、押しのけて進む。彼女の後ろ姿が見えた。タケシは彼女に声をかけた。
「ナオミ」
彼女は歩みを止めたように見えた。もう一度タケシが名前を呼ぶ。
「ナオミ」
彼女はゆっくりと振り向く。その長い髪が左右にへびのようにくねくねとゆれたような気がした。振り向いた彼女はタケシに微笑みかけた。それから自分の両腕を差し出して、タケシの頬にその手をそっと重ねなでた。タケシはやっと見つけた幸せが今叶ったことを実感し、自分も優しく彼女に手を差し伸べようとした。その時、さっきまで軽く伝わってきていたナオミの手に力が入り、タケシの頬を締め始めた。タケシは何が起こるのか分からなかった。それでも自分の両手で彼女の腕をつかんで彼女の腕を取り払おうとした。でも、彼女の腕の力のほうが強く少しも動かない。タケシは苦痛で顔の表情をゆがませた。それを見てまた彼女は微笑むと、さらに力を入れてタケシの頭をぐっとひねった。タケシは声にならない声を彼女に向かって出した。彼女はそれでもさらに強くタケシを捻った。そして、ぐきっと鈍い音がするまで離さなかった。タケシの腕時計の文字は、あと1分も残っていなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「気分はどう?」
タケシは遠くから聞こえるような女の声が聞こえてきて、うーんと唸って目を開いた。そして右手で首の付けねをさすりながら頭を横に振った。女の声は目の前にあるディスプレイ画面から聞こえていた。
「また間違えたようだね」
タケシは相変わらず頭を振りながらタケシがナオミと呼んだ女に答えた。
「そうね。また彼女とチャレンジしてね」
「うーん。君たちはやっぱり見分けがつかないし、何度目の強制退場・・・この方法も辛いな」
タケシがそう言うと女はほんの少しだけ微笑み、画面からふっと消えて、その後はコマーシャルになった。『バーチャルにはあなたの恋人と入ろう』・・・と歌っている。
「残念だったわね」
タケシの首の骨を折った女の顔が今度はそこにあった。
「ああ、また間違えたよ」
タケシはそう言うと、横になっていたベッドから起き上がり、彼女の顔を見つめた。
「そうね。意識を飛ばして電脳バーチャル空間で恋人に会えたら夢の世界一周旅行が貰えるキャンペーンなのに」
彼女はそっとタケシの頬に両手を置いて静かに言った。
「ああ、でも中に入ると、コンピュータが作り出したフェイクのきみと本当のきみの違いが分からなくなるよ。その時はきみだと確信しているんだけど」
「それは、私への愛情が少ない証拠じゃない?」
彼女は意地悪そうにタケシに微笑み返した。
「そんなことはないさ。ところで本当のきみはどこにいたんだい?」
「知りたい?」
そう言って、自分の頬に置かれた手に力が入ったのを感じて、タケシはどきりとした。さっきの恐怖がよみがえりそうだ。
「そうね。それよりもっと私を知ったほうがいいんじゃない?この次のために」
彼女の唇がまじかに見えた。
「ああ、そうかも知れ・・・」
頬に置かれた手の力はますます強くなったが、タケシが言い終わる前にタケシの口に彼女の口が重なって、もうそんなことはどうでも良くなっていった。