白と紅、そして・・・(前編)
=アクエリア運河港=
「それではお元気で。」
ムーが港まで見送りに着てくれた。
ルーキアスは昨日の仕事の後片付けだそうだ。
「世話になった。あいつによろしく云っておいてくれ。」
「はい。」
その笑顔は無垢な少女そのものだった。
こんな華奢な身体と天使級の笑顔が、戦場の近くで戦っているなど想像できない。
「それではまた。」
リンネは負けないくらいの笑顔で答える。
ウルムはすでに見慣れない船に乗り込んでいる。
汽笛の音が出発を告げる。
船はゆっくりと目的地へ進んだ。
=ギルドマスタールーム=
「はぁ・・・フォンの奴・・・北でそうとう暴れてくれたな・・・。」
ルーキアスは頭を抱えながら報告書を書く。
「なんで遺体を残すかな・・・。」
「マスター、それは無茶です。」
ムーが港から一直線に戻ってくる。
「マスターは炎で燃やせますが、彼らには無理ですよ。」
ムーが呆れながら云っていると、突然背後の扉が勢いよくあけられた。
「マスター!大変です!!捜索中だった凶悪殺人犯が先ほど出発したシュリクリム号に!!」
「シュリクリム号・・・フォン殿達が乗っていった船です!」
ルーキアスは静かに報告書を見つめる。
それは北から攻めてきたモンスターの詳細だ。
モンスターの数は32.
北から攻めてくるには多すぎる数。
しかも、逃げ出したものも居るであろうから、実際は40以上だろう。
「マスター!至急船に潜入部隊を!
たとえフォン殿といえどアイツラからの不意打ちではケガではすみません!!」
ルーキアスはペンを滑らせる。
「ムー、この世界にはな、悪魔が居るんだよ。」
「は?」
「悪魔は人にチカラを与えるんだ。」
「チカラ・・・ですか?」
「そぅ、チカラだ。
俺は火の悪魔に出会った。
あいつは・・・・。」
=シュリクリム号=
「ん〜、心地いいですね。」
リンネは背伸びをしながらいった。
シーラは隣で河を覗き込んでいる。
あの後、出発の前夜にシーラは着いていくと言い出したのだ。
フォンは猛反対したが、リンネとルーキアスの後押しもあり、フォンは折れたのだ。
運河は静かで、景色の中にはモンスターが走り回っている。
襲ってこそすれば凶悪なモンスターだが、その全てが人を襲うわけでわない。
澄んだ空気が流れるように吹く。
「停泊は明後日だ、ゆっくりするといい。」
「やったぁ!」
ウルムは飛び上がって喜んだ。
「ん?その声は・・・。」
向こうから男が一人歩み寄ってくる。
「おっほ!やっぱりな!
よ!久しぶり!!」
その青年は片腕を上げて歩み寄ってくる。
「ウォンカ・・・さん?でしたっけ?」
「おぉ!覚えててくれたか!ありがたいね!!」
ウォンカは大げさに言う。
「ところでそっちのアンチャンさ!
この剣どうだったよ!?」
「あぁ、使い勝手が良かった。ありがとう。」
「そいつはよかった!
アンタら旅してるのか?」
「あぁ。」
フォンは即答で答えた。
相変わらずテンションが低いフォンに対してウォンカはハイテンションで喋る。
「んじゃあさ!俺もその旅に混ぜてくれよ!」
「え?」
リンネは想定外の言葉に驚く。
「俺も宛てのない旅をしてるんだよ!
旅は道ずれっていうだろ?」
「兄貴、いいのか?」
「・・・・。」
フォンはウォンカを見る。
「何難しい顔してるんだよぉ!」
ウォンカはフォンの肩を叩く。
「・・・俺の名はフォン・・・一応犯罪者だ。」
「あぁ〜ヴァリクラの英雄だろ?んで?」
「んでって・・・だから・・・!」
「んなのは関係ねぇよ!!
もし警備隊に捕まったら「脅されました!」って云うからよ!」
ウォンカは笑いながら云う。
「よろしくな!」
「私はリンネです。」
「ウルムだ!」
「おぅ!よろしくな!!そっちの可愛い嬢ちゃんは?」
フォンがシーラの背中を軽く押す。
「この子はシーラ、うまく声がだせないんだ。」
「そっか、よろしくな!!」
ウォンカはしゃがみこむと頭を荒くなでた。
シーラは脳に近い部位の感覚はあるらしい。
船の上に太陽が昇ってきた。
静寂で満たされていた甲板に魔法で出現した炎が舞い上がる。
「ん?」
ウォンカはその炎の直下を見る。
その炎に焼かれた女性が倒れこんでいた。
隣で子供が泣いている。
ウォンカは慌てて駆け寄る。
「おぃ!大丈夫か!!?」
「リンネ!」
「はい!」
リンネは素早く瞬間治癒魔法を使う。
フォンは周りを見渡す。
運河をはさんでいる陸地は平らな草原。
「船の外から攻撃されたわけじゃないようだ・・・
ウルム!リンネの側で護衛を頼む。」
「あいさ!」
「ウォンカ、俺達は船の中を捜索だ!」
「あいよ!」
フォンとウォンカは二手に分かれて船内に入っていった。
=ヴァリクラ・王城・大臣室=
「シルヴァか・・・。」
リーエーは部屋に入ってきたシルヴァを見た。
「ケリシリスが裏切ったようだ。
牢獄の剣は抜けない、あそこはしばらく使えないな。」
フォンの剣が刺さっている以上、魔法陣は発動しないのだ。
「まったく、うっとうしい剣を持っているもんだな、あの剣がなければあの晩、陛下の前で奴の醜態をさらせるところだったのにな・・・。」
リーエーは上質なイスに腰を下ろした。
「元騎士長を殺せ。」
リーエーは窓際に立っている黒い皮のロングコートを着た男に命令する。
男の腰には二本の細く長い剣が納まっている。
「リュオが追いかけただろう?」
「あぁ・・・。」
男はシルヴァに確認をとる。
「なら問題はない。時間はかかるがな。」
男は窓の外を眺めている。
「早急に・・・お願いしたいんだがな・・・?」
「今からでは俺も追いつけないさ。」
「ふん、アルケミスタとは役立たずの集団か?」
シルヴァは愚痴をもらす。
その言葉が終わると同時にシルヴァの喉元に剣が向けられていた。
一瞬で黒いコートの男は3メートル強の距離を移動したのだ。
差し出された剣を持つ手の甲には青白い紋章が浮かんでいる。
「ぐっ。」
「そのアルケミスタを利用しているのはお前達能無しだろ?」
男はゆっくりと剣を鞘に収めた。
そして再び窓の外を眺めた。
次回が話のキモです。