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第9夢

顔色を窺うように、太った店主はミナトを見つめる。

「お、お客様、大丈夫ですか?」


大丈夫じゃなさそうな人から大丈夫かと心配されてしまって、ミナトは思わず吹き出してしまった。

「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。」



ここが、カテドラルだ。その言葉を聞いて心底呆れていた。もうちょっとましな嘘はつけなかったのか。

カムルたちが自分にカテドラルの場所を懇切丁寧に教えてくれるなどとは期待していなかった。あわよくば、と思ったまでだ。


だが。はいそうですかと俺が言うとでも思ったのか。この店がカテドラルでないことは明らかだろう。どこまでも幸せな脳細胞をしてやがる。あんな子供だましの返答で俺が疑いを持たないとでも?見くびられたものだ。


カムルの言葉を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔にならないでいられた自分を褒めたい。俺はただ曖昧に頷いただけだった。けれども奴らに「俺はあなたたちを信用してますよ」と伝えるには十分な対応だったはず。せいぜい天狗にでもなっていればいいさ。

俺は誰かの思い通りにはならない。




一方で、他人の思い通りにしか生きることの出来ない人種もいる。目の前の悲惨な男のように。


ミナトはいささか驚いていた。

たかが夢の中の話なのに、この胸をうずまく激情は何だ。


侮られれば怒り、苦しむ人に同情する。動物を見て癒され、人の賑わいに心躍らせる。

どれもこれも今までの自分には似つかわしくないものだ。

この世界に来てから何かが変わっている。

日本にいるときよりもずっと、何かが…。


「もう一度人生をやり直せとかいう、神様のお告げだったりしてな。」

「な、なんと仰いましたか?」

「いえ。」

ミナトは何も言わずに、ごく普通の仕草で微笑んだ。


その優美さにピラフが言葉を詰まらせたことは彼の知るところではない。





_________________________________________________




薄汚いエプロンを握りしめた拳が小刻みに震えていた。脳裏に浮かぶのは黒髪の青年の姿。


あぁ私は、私は。

カムルたちの所業に加担して何年になる?もうどれだけの人たちを騙し、裏切ってきた?


警戒態勢の敷かれたルティカの街は今や緊張感と静寂の中に包まれていた。半年に一度、あるかないか、魔物たちが真昼間に人間を襲ってくるのだ。陽光を嫌うはずの彼らも、何故かその日だけは勢力を失わずにいる。そのような襲撃の前には必ずと言っていいほど、明らかな前兆があるものだ。例えば、通常は魔物が生息しないはずの場所に奴らがうろついていたり、個々に動き回るはずの魔物たちが密集し始めたり。今回は、活動時間が夜中であるはずの夢喰いが、その何時間も前の森で目撃されたのだという。


ピラフは夢喰いへの恐怖と、若き青年を死に追いやる罪悪感で潰されそうになっていた。


夢喰いのことはまだいい。勇気ある少年が森で夢喰いに遭遇してもなお、街へそれを伝えに帰ってきたのだという。そのおかげであらかじめ厳重体勢を敷いていたルティカは魔物襲来に対し迅速に対応することができたし、市民も例年より幾分落ち着いて過ごすことが出来ていた。


のっぴきならないのは青年のことだ。

今まで自分はたくさんの人を見殺しにしてきた。犠牲者たちはカムルたちに縛られながら、恨みがましい目でこちらを睨んできた。何で教えてくれなかったんだ、何で裏切ったんだ、騙したな、地獄へ落ちろ、俺はお前を許さない


そんな目をあの青年から向けられたくなかった。そんな言葉をあの青年から聞きたくなかった。

自分のような醜悪な人間にもあんなに優しく笑ってくれた。丁寧な言葉遣いで接してくれた。



ピラフは唇を噛みしめながら、彼が部屋へ引き上げるまでに交わした会話を思い起こした。





「ピラフさん、でしたよね?」

「は、はい左様でございます。お、お客様は…?」

「私はカシワギ・ミナトといいます。」

「ミナト様ですねっ!」

「少し聞きたいことがあります。答えられる範囲でいいのでお答えいただけますか?」

「も、もちろんですとも!」


どんな質問が飛んでくるのかドキドキした。

今まで何人見殺しにした?

カムルにいくら掴まされた?

この手の質問が今の段階で浴びせられるとは思えなかったが、どうしてかこの青年にはすべてを見透かされているような気がしてならない。


「そんなに緊張しないでくださいよ。私はこの国に初めて来る身なので、不慣れなことやわからないことが多いんです。例えばそう、先ほどのサイレンについてですが…」


青年からの質問はピラフにとっては想定外の、嬉しいものばかりだった。この街のこと、この国のこと。他の国のことや地形のこと。歴史、政治、宗教…。魔物についてのくだりで、マリの国民は皆魔法が使えると話すと、彼は心底驚いたようだった。同時に無邪気に目を輝かせていた。その後一通り魔法について話をしたあと、彼は満足したように部屋へと入っていった。


正直、なんでそんなことも知らないのかと思えるような質問もあったが、ピラフは自分が頼りにされているようで嬉しく、聞かれていないことまで丁寧に話した。真剣に相槌を打ってくれる青年が天使に思えた。


青年がいなくなったあと、ピラフの心はひどく落ち込んだ。今はまだ日の沈む気配はしない。カムルに"客人"を宿から出すなときつく言われている。青年が外に出たいと言ってきたら、ピラフはどうにかそれっぽい理由をつけて彼を留めておかなければならない。幸い現在の街は厳戒態勢が敷かれているため、容易に外に出たいなどと考える輩はいないはずだ。

けれども今はむしろ、青年には外に出たいと言って欲しかった。その暁にはピラフは鍵をあけ、外に出してやるつもりだった。人々の避難所として使われるカテドラルへと導いてやる。青年を逃がしたとして、カムルに糾弾されようが構わない。


殺されたっていい。震える拳を見つめピラフは思った。

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