第8夢
カテドラルって言われてもな、どこよそれ。礼拝堂とか大聖堂とか…?ぶっちゃけ街にはそれっぽいもんがたくさんあるんだよなぁ。
「兄ちゃん!こっちだついて来い!」
カムルに促され、ミナトはその場を後にした。
右も左もわからないんだ、もうしばらくはこのおっさんたちに引っ付いていくとしよう。
ラッセルに忠告されたように、この男たちを信じ切るのは危険だとミナトは勘づき始めた。夢うつつだった彼の思考が次第に地に足を付け始めれば、冷静さを取り戻すのに時間はかからない。それにここまで来てしまえば人間はたくさんいる。つまり、情報源には事欠かないということだ。いつまでもカムルたちに追随するつもりは毛頭なかった。
とりあえずこの騒ぎが何なのか判明するまでは静かにしてるのが得策か。
人々はそれぞれの家に向かって必死に駆けていく。家が遠い者は他人の家に入れてもらおうとする。ミナトは男たちに従って、古びた宿屋に入って行った。
「おぉいピラフ!いるんだろう!」
「ひぃっはいっ!」
入店早々、カムルは宿屋の店長をぞんざいに呼びつけた。勝手知ったる者のような振る舞いだ。
「こいつの面倒を見てやってくれ!」
「は、はい…!」
店主ピラフはモルモットのような見た目をしていた。ぶくっと頬は膨らみ、首は肉がついていて太い。大きな目は怯え、キョロキョロと視点が定まらない。使い古したエプロンを身にまとい、袖口は変色していた。
店内もどことなく安っぽい。繁盛していないような雰囲気が一面に漂っている。客も見当たらない。この店大丈夫なのだろうか、ミナトは首をひねった。
「兄ちゃんよう、今はまだ昼だが今夜泊まるところはここにしな。ピラフとは長い付き合いだ、俺の客人となりゃぁちゃーんと世話を焼いてくれるよ。」
「はぁ、ありがとうございます。でも私、持ち合わせがないんですが。」
「あぁ、あぁ、いいって。俺のツケだからよ。なぁピラフ?」
「はっ、はい、仰る通りで。」
ミナトは内心ピラフという男を憐れんでいた。きっと後になってもカムルは金など払わないのだろう。カムルとピラフの関係は、ヤクザとそれに目をつけられた気弱な中年男性を彷彿とさせた。
「ってーことで、兄ちゃん、今日はここでサヨナラだ。近くに魔物がいるみてぇだし、俺たちもさっさと隠れることにするよ。」
「わかりました。いろいろとありがとうございます。」
「いいっていいって。なぁに、明日は街を案内してやんよ。美味い飯屋も紹介してやるぜ?」
ガハハと威勢よくカムルが笑えば、アグとタニーニャもニタニタと笑い出した。人間ここまで気持ち悪く笑えるものなのか。ミナトはあらぬ感心をしていた。
「じゃあピラフ、くれぐれも、よろしくな?」
「ひぃっ…ははははい!」
ミナトの眼前に広がる様は蛇に睨まれた蛙そのものだ。汗をだらだらかきながら、ピラフはしきりに頭を下げていた。
まったく、どんな弱みを握られていることやら。
「あ、そうだ。」
「ん?兄ちゃんどうしたよ。」
「カテドラルってどこにありますか?」
「……どうしてそんなところへ行きたいんだ。」
カムルの声がワントーン下がった。
「先ほど話しかけてきた兵士さんに、カテドラルへ行くといいと言われたもので。」
「そうか。」
ピリリと空気が引き攣れた。ピラフはせわしなくミナトを見、カムルを見、そしてミナトを見た。カムルの口からは黒ずみ、ところどころ欠けた歯が見える。ズッと息を吸う。
「兄ちゃんよぉ~く聞けよ?」
「はい。」
ここが、カテドラルだ。