第5夢
「はぁっはぁっ…間に合った…。」
ルティカの街とアートネットの森とを隔てる荘厳な造りの門が、ギシギシと唸りをあげて少年の背後で閉まった。肩で息をする少年に門兵が思わず尋ねる。
「おい、お前、まだ未成年だろ!どうしてこんなギリギリの時間まで門外にいた?」
「く、果物を取りにアートネットの森に…懐中時計が狂っていることに気付かなくて…夜告げの刻の鐘を聞いて走って帰ってきたんですが、途中魔物に遭って…」
「なんだって!襲われたのか?」
ぶるぶると首を振った。
喰われたのは僕じゃない…僕じゃない。僕は見殺しにしてきたんだ。名も知らない人だったけど、気をつけろと注意することもできず、ただ逃げてきてしまった…。どう謝っても謝りきれない。
こらえきれずに少年の目から溢れだした涙。門兵は慌てた。
「おい、一体どうしたんだ!…怖かったのか?そうなんだな?でも何もされてないんだったらもう大丈夫だ。落ち着いて深呼吸しろ。家まで送ってやる。」
屈強とした兵士は線の細い少年の腕を取り、彼を支えながら歩き始めた。この子供はきっと”何かしらの”魔物に襲われそうになり泣きじゃくるほど怖い思いをしたのだ。そう思い込んでいた。
そして当の少年、ユーリニアは複雑な思いと自責の念にかられ、葛藤していた。自分が他人を見殺しにしたことを大人たちに話せば自分は卑怯者のレッテルを貼られる。でも、そうなるべきなのだ。そもそも夢喰いは通常、夜10時ごろから活発に活動を始めるが、先ほどは2時間以上も前なのに既に森にいた。マリを囲む魔物に関してゆゆしき事態が発生した場合、発見者はただちに報告しなければならない義務がある。
万が一あの人が生きていれば、とも思った。
しかしすぐに首を振って打ち消す。
そんなことありえない。触手はあの人を捉えていた。あの人は喰われたんだ。
夢を喰われた人は遅かれ早かれ廃人と化す。
かつてユーリニアの兄がそうであったように。
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「こいつ俺の憑き物でも食べてくれたのかなぁ、なんだか思考が軽いわ。」
ゆっくりとした足取りで青年が森を彷徨っていた。
泣くことは性分ではなかったが、堰を切った気持ちに折り合いがついた。
うん。心が軽い。
「さて、さっきから俺の後ろをつけ回している君たち!自己紹介といこうじゃないか。」
ヌッチャヌッチャと音を立てながらストーキングしてくる奴ら、さすがに気になるというものだ。
「俺、柏木湊っつうんだ。カ・シ・ワ・ギ・ミ・ナ・ト。よろしくな。お前らは…喋れないよな?」
歩き疲れた足を癒すように、ミナトはむき出しになった太い木の根に腰掛けた。ヨタヨタと近寄ってくる謎の生物は今や5匹となっている。みな、ミナトの言うところの”憑き物”を食べるのが好きみたいだ。1匹にあげればまた1匹、また1匹と、それを求める数が増えていった。
「そいで結局、君らは俺の何を食べてるのかな。」
食べる、という表現が正しいのかもわからないが、彼らが発する奇声が「美味い美味い」と言っているように聞こえたので食事をしているのだと結論付けたのだった。
ミナトは一番近くにいた生物の体をぷにぷにとつまむ。
「なぁ、何とか言ってよ。俺一人で喋ってる変なヤツじゃん。」
「ウマァ。」
「そうか、俺の魂、美味かったのか?」
「ウマァ!」
「どんな味するんだ?」
「ウ~ゥマァ!」
「なんだそれっ全然わからん!」
ふははっと笑えば、彼らもウマァ!と笑った。多分。
自分の夢だ、と信じて疑わない世界。
稀有な運命に巻き込まれた青年ミナトの新生活一日目は、変な生物と友達になることで終わった。
それらが夢喰いと呼ばれ、人々から忌避されていることを
彼はまだ知らない。