第3夢
時を同じくして
魔法王国マリ,首都ルティカ東部 アートネットの森,
12月22日,
19時52分15秒,
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「はぁっはぁっ…ぅっ…はぁっ」
早く帰らなきゃ、早く!
ユーリニアは駆けた。
人生でこれ程まで必死に走った試しは無かった。
そうしなければならない理由がそこにはあった。
マリと呼ばれる魔法王国の首都ルティカを中心に東部一帯に広がるアートネットの森は、人々に自然の恵みを与える一方で夜にはおぞましい魔法生物たちを呼び寄せた。日の光を嫌う魔物たちは夜の訪れを今か今かと待っており、時が満ちれば獲物を求め徘徊する。無害そうなモノも毒々しいモノもいる。強いモノも弱いモノもいる。
魔物の獲物はそれぞれだが、人間を好むモノは多い。
「捕まったらっ…殺される…!」
人間を襲う魔物のうち、マリで最も恐れられているのは夢喰いという魔物だ。人間の見る夢を糧とする生き物である。
ユーリニアは木陰からニュッと現れたそれを見て血の気が引く思いをした。
「嘘だ…嘘だ…こんな時間に夢喰いがいるはずないっ…!」
恐れと驚きにより失速してしまった。更に悪いことに気が動転して足元を注視できず、何か大きな物体に躓いて転んでしまった。
あぁ。死ぬのかな。僕は。
兄さんみたいに死ぬのかな。
雨上がりの森の土は柔らかく、ユーリニアを傷つけはしなかった。だがこの少年にはもはや立ち上がる気力すらなかった。夢喰いとの距離は数メートルもない。いくら動きの鈍い夢喰いだろうと、自分を捕食するのはさして難しいことではない。少年は絶望していた。
「っ…てぇ………んだこれ…頭っ…つぅ…」
「っ!!!」
突如、少年は幻聴を聞いたのだと思った。だが、自分の足元でもぞもぞと動く存在に気付くと、頭を殴られたかのような衝撃が走る。…人間だ。僕以外の人間がいる。
「あぁっ…あぁっ…」
しかし息の上がってしまった状態では何も言えなかった。そこに夢喰いがいる。危ない。逃げなければ。ダメだ。声が出ない。夢喰いがそこにいるのに。
少年にとっては鬼門ともトラウマとも仇ともなる魔物が、のろのろとその人間へと向かう。
ユーリニアは涙の滲む思いをした。兄を夢喰いに殺された過去があった。もう自分の目の前で誰かが喰われるところを見たくなどなかった。しかし同時によかったと思ってしまった。殺されるのが自分でなくてよかった、と。この人が喰われている間に逃げればいいんだ。
ついに夢喰いが触手を伸ばした瞬間、ユーリニアはもつれる足を懸命に動かして再び駆け出していた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
届かぬ懺悔と共に、森は遠のいていった。