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追放された無能テイマー、実は【大地の主】でした  作者: はぶさん


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第41話:夏草茂る堆肥場と、せっかちな小さな職人

ルナの歓迎大晩餐会から一夜が明け、開拓地には爽快な初夏の朝が訪れていた。


東の空から昇る朝日は眩しく、畑の畝を黄金色に照らし出している。

水路のせせらぎがサラサラと涼やかな音を奏で、新設された【乾燥工房】の軒先からは、虫よけミントの爽快な香りがふわりと漂っていた。


「ふあぁ……! 今日もいい天気だなぁ!」


ティルは石造り工房の扉を開け、心地よい朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


『ご主人様、おはようぴょん!』


ティルの首元から、ふわふわの白い毛玉がひょっこりと顔を出した。

昨日プレゼントされた特製ハーブ枕を大切そうに前足で抱えたルナだ。

長い耳の先にある空色の風紋から、ふわりと涼やかな微風が零れ落ち、ティルの首筋を優しく撫でていく。


「おはよう、ルナ。昨夜はぐっすり眠れたかい?」


『うん! 枕さんがすっごくいい匂いで、朝まで一度も起きなかったぴょん! 今日もいっぱい風を吹かせて、お仕事お手伝いするぴょん!』


ルナは自慢げに胸を張り、ルビー色の瞳をキラキラと輝かせた。

先日の怯え切っていた姿が嘘のように、表情には明るい自信が満ちあふれている。


「ありがとう、ルナ。それじゃあ、朝の見回りに行こうか」


ティルはルナを肩に乗せ、南側に建つ【天候ハウス】へと向かった。

温室の扉を開けると、中はケロ爺の天候術と玄武岩の蓄熱壁によって、春霞のような柔らかな温もりに包まれていた。


高床式の育苗ベッドでは、先日蒔いたばかりの【豪快カボチャ】の苗が、目を見張る勢いで本葉を広げていた。

濃い緑色をした手のひら大の葉が青々と茂り、太い茎からは元気な巻きひげがクルクルと伸び始めている。


「おお……! カボチャの苗、もうこんなに大きくなってる!」


『ケロ、ケロリ。……うむ、育ちは順調じゃケロな』


育苗ベッドの縁から、蓮の葉の笠をかぶったケロ爺が葦の杖をコトリと突いて顔を上げた。


「おはよう、ケロ爺さん。これならすぐにでも本番の畑へ定植できそうだね」


だが、ケロ爺は老練な金色の一重瞼を細め、静かに首を横に振った。


『定植自体はいつでもできるケロ。……じゃがな、ティル様。この【豪快カボチャ】という品種は、名前に違わず途方もない【肥料食い】じゃケロよ』


「肥料食い……?」


『そうじゃ。実が人の胴体ほども巨大に育つぶん、大地から吸い上げる栄養の量が並大抵ではない。ただ耕した土に植えただけでは、蔓ばかり伸びて花が落ち、まともな実がつかずに枯れてしまうケロ』


ケロ爺の言葉に、ティルは前世の農業知識を思い出しながら頷いた。


カボチャやスイカのような大型果菜類は、土壌に豊富な有機養分がなければ決して甘く育たない。

化成肥料のないこの荒野で、その膨大な栄養を補うためには――。


「……良質な【完熟堆肥(コンポスト)】が必要だな」


「その通りじゃケロ。土を温め、保水性と通気性を高め、根をどこまでも太く張らせる極上の腐葉土堆肥がな」


ティルは温室を出て、農園の北東の隅にある「堆肥場」へと向かった。

そこには、裏山から集めてきた落ち葉、ベルが畑から抜いてくれた雑草、ぷるが分泌してくれた粘液混じりの肥沃土、そして工房の灰や野菜クズが、うず高く山積みにされていた。


だが、山積みにされた落ち葉の山を前に、ティルは腕を組んで考え込んだ。


堆肥作りは、農業において最も時間のかかる工程のひとつだ。

ただ有機物を積み上げただけでは、発酵が進むまでに数ヶ月以上もかかってしまう。

かといって未熟なまま畑に混ぜれば、土の中でガスが発生して作物の根を焼き枯らしてしまうのだ。


「夏本番までに完熟堆肥を作るには、こまめに切り返しをして空気を送り込まなきゃいけないけど……この巨大な山を毎日スコップで混ぜるのは、途方もない重労働だな……」


ティルがため息を漏らした、その瞬間だった。


ガサガサッ、ズボボボボッ……!!


不意に、目の前の堆肥の山の奥底から、激しい物音が響き渡った。


「うわっ!? な、なんだ!?」


ティルが驚いて後ずさると、肩の上のルナが「ひゃあっ!?」と耳をピーンと跳ね上げ、ティルの首筋にしがみついた。


山積みの落ち葉と黒土が、まるで小さな火山のようにボコボコと激しく隆起している。

そして、中から土煙とともに、何かが猛烈なスピードで土を掻き出し始めたのだ。


ザクザクザクッ、サササササッ……!


凄まじい手際で、底の湿った落ち葉が外側へと跳ね上げられ、外側の乾いた落ち葉が内側へとすき込まれていく。

まるで熟練の左官職人が壁を均すような、無駄のない流れるような動き。


そして、堆肥の割れ目から、カン高くせっかちな声が響き渡ってきた。


『あぁもう! 手際が悪いチュ! 混ぜ方が甘いチュ! こんな大雑把な積み方をしたら、中の温度が偏っちまうチュ!!』


「……え? チュ……?」


ティルが目を瞬かせていると、堆肥の天頂から、ポンッと小さな影が飛び出してきた。


それは――大人の握り拳ほどの、丸っこくて愛らしい小動物だった。


全身は艶やかなコーヒーブラウンとクリーム色の毛並みに包まれ、背中には黒い縞模様が走っている。

頭には、まるで手ぬぐいを粋に巻いたかのような白毛の模様があり、小さな口元にはピンと張った立派なヒゲが揺れていた。

手には、どこから拾ってきたのか、小さな木のヘラのような平たい木片を器用に握りしめている。


その姿は間違いなく――土壌の有機物を分解し、極上の腐葉土を作り出すという稀少な魔物、【コンポスト・マウス】だった。


だが、目の前の小さなネズミは、仁王立ちになって両前足を腰に当て、黒いビーズのような瞳を吊り上げてティルを見下ろしていた。


『おいおいおい! そこのデカブツ! 突っ立って見てねえで、早く手を動かすチュ! ここの水分の割合が四十パーセントを下回ってるチュ! 早く切り返しをするチュ!!』


機関銃のように放たれる、威勢の良い江戸っ子口調。

あまりの勢いに、ティルは思わず気圧されて目を丸くした。


「え、あ、はい……? 切り返し……?」


「な、なんッスかコイツーッ!?」


広場から駆け寄ってきたモグが、シャベル爪を構えて叫んだ。


「ちっこいくせに、旦那に向かって偉そうに指図するなッス! 土のことなら、このモグ様が一番詳しいッスよ!」


すると、ネズミは鼻先をツンと上へ向け、木ヘラをパシッと手のひらに叩きつけた。


『へっ! モグラの小僧、口だけは達者チュね! だがな、穴を掘るのと【土を醸(かも)す】のはまるで別物チュ! 見ろ、この落ち葉の底! 空気が足りねえせいで、嫌気性の変な酸っぱい臭いが立ち上りかけてるチュ! このまま放置したら、腐敗菌が湧いてせっかくの養分がおじゃんチュ!!』


「うぐっ……! そ、それは……!」


モグが痛いところを突かれたように言葉を詰まらせた。


ティルは驚きを隠せないまま、ネズミが掻き出した落ち葉の匂いをそっと嗅いでみた。

確かに、微かにツンとした酸性の臭気が混ざっている。

内部の酸素が不足し、不完全燃焼のような発酵不良を起こしかけていたのだ。


触っただけで、水分量と発酵の偏りを見抜いただと……!?


ティルは心底感嘆した。


『見てろチュ! 本物の【切り返し】ってやつを見せてやるチュ!』


ネズミは気合い一閃、身を翻して堆肥の山へと飛び込んだ。


タタタタタッ、シュババババッ……!


目にも止まらぬ素早い身のこなし。

小さな手足と長い尻尾を巧みに使い、固まった落ち葉をパラパラとほぐし、酸素を巻き込みながら円を描くように撹拌していく。

さらに、口からパッと微細な金色の胞子のような粉末――土壌の有益な微生物を活性化させる魔力を吹きかけた。


すると、どうだろう。


ジュワァァァッ……!


山の中から、心地よい湯気とともに、熱気がふわりと立ち上ってきたのだ。

嫌な酸っぱい臭気は跡形もなく消え去り、漂ってきたのは、秋の深い森の中で深呼吸した時のような、甘やかで香ばしい【極上の土の匂い】だった。


黒土の表面には、発酵が完璧に進んでいる証拠である、純白の「放線菌」のヴェールがふわりと広がり始めている。


「す、すごい……! たった数分で、発酵熱が六十度近くまで上がった……!」


ティルは膝をつき、思わず息を呑んだ。

手を入れると、人肌よりもずっと温かく、土全体が呼吸しているかのような極上のふかふか感だった。


『ふぅ……! どうチュ! これが、職人の土作りチュ!』


ネズミは額の汗を拭い、木ヘラを肩に担いで得意満面に胸を張った。


「素晴らしいよ……! 君、本当にすごい職人技を持っているんだね!」


ティルが心からの賛辞を贈ると、ネズミはパチクリと目を瞬かせ、ちょっぴり照れくさそうにヒゲを震わせた。


『へ、へへん! お世辞を言っても何も出ないチュよ! おいらは生まれついての堆肥職人……あちこちの山を渡り歩いて、最高の土を育てるのが生きがいチュからね!』


だが、誇らしげに鼻を鳴らした、その直後だった。


ぐうぅぅぅぅ〜〜……キュルルルッ。


盛大な虫の音が、静かな堆肥場に響き渡った。


ネズミの身体がピキッと硬直する。

その小さな耳の先まで、ぽっと真っ赤に染まった。


『……あぅ。……や、やべえチュ……』


ネズミは小さな前足でお腹を抱え、情けなさそうにしゅんと縮こまった。


『昨日から……美味い落ち葉を求めて山を三つ越えて走ってきたから……腹の底が、すっからかんチュ……』


その様子を見て、ティルは思わず吹き出してしまった。


「あはは、一生懸命働いたら、お腹が空くのは当たり前だよ。……ちょっと待っててね」


ティルは腰の革袋から、昨夜の大晩餐会で残ったものを大切に包んでおいた包みを取り出した。


包みを開くと、香ばしい匂いがふわりと広がる。

中に入っていたのは、水車小屋の粉を練って焼いた【香ばしいライ麦パンの端切れ】と、ハーブ岩塩でローストした【野生甘木の実】、そしてホクホクに蒸かした【甘芋】の小片だった。


「はい、どうぞ。採れたての野菜と木の実で作ったんだ。お口に合うといいんだけど」


ティルが手のひらに乗せて差し出すと、ネズミの黒い瞳がカッと見開かれた。


『えっ……!? こ、これ……おいらにくれるチュ……!?』


「もちろんさ。最高の土を作ってくれたお礼だよ」


ネズミはゴクリと唾を飲み込むと、恐る恐る小さな両前足で甘芋の小片を抱え上げた。

そして、小さなお口をあんぐりと開け、ハフッと齧り付いた。


モグモグ、ハフッ……!


『…………っっ!?』


瞬間、ネズミの全身の毛並みが、感電したようにピンと逆立った。

両前足で頬袋を押さえ、あまりの美味さに目を白黒させている。


『な……なんじゃこりゃあぁぁチュ……!?』


ネズミが絶叫した。


『噛んだ瞬間に、ねっとりとした極上の甘みが口いっぱいに広がるチュ……! 微かに香るハーブの塩気が、お芋の甘みを十倍に引き立ててやがるチュ……! こんな美味いメシ、王都の高級レストランの厨房裏のゴミ箱漁ったって、絶対にお目にかかれねえチュ!!』


ネズミは夢中で両手を動かし、芋もパンも木の実も、リスのような驚異的なスピードでペロリと平らげてしまった。

一粒のクズすら残さず完食すると、膨らんだお腹をさすりながら、うっとりと幸せそうな息を吐いた。


『ぷはぁぁぁ……! 生き返ったチュ……! 五臓六腑に染み渡るとは、このことチュ……!』


「ふふ、気に入ってくれてよかった」


ティルが微笑むと、ネズミはすくっと立ち上がり、きりっとした表情でティルを見上げた。


『おい、デカブツ……いや、旦那! 単刀直入に聞くチュ! ここにあるあの広大な畑……あそこでも、この美味い作物を山ほど育ててるチュね!?』


「ああ、そうだよ。カボチャや芋、それにトウモロコシも育てる予定なんだ」


ティルが答えると、ネズミの瞳に熱い職人の炎が燃え盛った。


『決めたチュ! おいら、この農園の堆肥作りを引き受けるチュ! おいらの手にかかれば、どんな痩せた土でも、一週間で黄金のベッドに変えてみせるチュよ!』


ネズミは木ヘラをビシッとティルに向け、不敵に笑った。


『その代わり……仕事が終わったら、今の美味いメシを腹いっぱい食わせてほしいチュ! ……どうチュ? 悪い取引じゃないはずチュよ!』


せっかちだが、どこまでも真っ直ぐで頼もしい小さな職人。

ティルは迷うことなく、右手を差し出して破顔した。


「もちろん大歓迎だよ! よろしく頼むよ、小さな職人さん!」


大地の恵みを循環させ、土に命を吹き込む新たな仲間との出会い。

初夏の眩い陽光の下、ティルの開拓スローライフは、さらなる大豊作への第一歩を踏み出していた。


【後書き】


第41話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


今回より、待望の新展開となる【第3段階:真夏〜初秋・多様な作物の育成編】が開幕いたしました!


ルナの加入によって乾燥技術と通風が確立された開拓地でしたが、次なる挑戦は、夏野菜の王様「豪快カボチャ」を育てるための【極上の完熟堆肥作り】!


そんな堆肥場の落ち葉の山から飛び出してきたのは、せっかちで口は悪いけれど腕前は超一流の職人ネズミ――コンポスト・マウス!

目にも止まらぬ素早さで堆肥を切り返し、発酵熱を操る頼もしい職人芸をお届けいたしました!


次回・第42話、せっかちなネズミ職人に贈る名前と、魂の契約!

さらに、彼の手によって生まれ変わった「黄金の完熟堆肥」を使った、カボチャの定植作業が始まります!


もし「職人ネズミのキャラが面白かった!」「堆肥作りの知識が興味深かった!」と感じていただけましたら、ぜひ作品のフォロー(ブックマーク登録)や、ページ下部の評価(★★★★★)で応援していただけますと、毎日の執筆の大きな励みになります!


次回もどうぞよろしくお願いいたします!


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