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追放された無能テイマー、実は【大地の主】でした  作者: はぶさん


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第38話:そよ風の乾燥室と、香るハーブティー

初夏の心地よい陽光が、開拓地の広場を穏やかに包み込んでいた。


昼下がりの石造り工房のテラスには、爽快なハーブの香りがふわりと漂っている。

玄武岩の作業台の上には、午前中のうちに薬草園から丁寧に手摘みしてきた【ぽかぽかハーブ】の瑞々しい生葉が、大きな竹籠いっぱいに山盛りにされていた。


「よし、午前中の収穫は大豊作だね」


ティルは籠の中のハーブを指先で優しくほぐしながら、満足そうに目を細めた。

丸みを帯びた肉厚の緑の葉からは、ミントのような爽やかな清涼感と、身体を芯から温める生薬特有の甘く香ばしい芳香が立ち上っている。


「カラン、コロン……」


澄んだ銀鈴の音とともに、ベルが水路の清流で洗った竹葦(たけあし)の平ザルを、前足で器用に運んできた。


「淑女の庭園が誇る極上の薬草ですわ。……ですがティル様、ハーブというものは摘みたてを喜ぶだけでは片手落ち。真の真価は【乾燥工程】にこそ宿るものですの。……メェ」


「そうだね、ベル。ハーブティーとして長期保存するためには、余分な水分をしっかり抜かないといけない」


ティルは前世のハーブ栽培や農作業の知識を思い出しながら頷いた。


ハーブの乾燥は、農業において非常にデリケートな工程だ。

直射日光に当てると熱で精油成分が飛び散り、葉が茶褐色に変色してエグみが出てしまう。


かといって日陰に置くだけでは、初夏の湿気で乾くまでに何日もかかり、カビが生える危険があるのだ。


「直射日光を避けた日陰で、なおかつ常に湿気を連れ去ってくれる、穏やかで乾いた空気の流れが必要なんだよな……」


ティルが腕を組んで考え込んでいた、その時だった。


『ふあぁぁぁ……ぴょん……!』


ティルの膝の上で丸まっていた白い毛玉が、前足をピンと伸ばして大きなあくびをした。

朝食のイチゴミルク粥をお腹いっぱい食べてからずっと眠りこけていた、ウィンド・ラビットのルナだ。


ルナはルビー色の瞳をパチパチと瞬かせると、ティルの作業着の裾にすりすりと顔を擦り寄せた。


『んふぅ……よく寝たぴょん! ……あ、ご主人様、なにかお仕事してるぴょん?』


「おはよう、ルナ。よく眠れたかい?」


ティルが耳の付け根を優しく掻いてやると、ルナは「ふにゃあ」と喉を鳴らして目を細めた。

そして、作業台の上に積まれた大量のハーブの葉を見つめ、ピンク色の小さな鼻先をひくひくと動かした。


『すっごくいい匂いがする草ぴょん! ご主人様、これをお茶にするぴょん?』


「そうだよ。でもね、美味しいお茶にするには、葉っぱを傷めないように優しく風を当てて乾かさなきゃいけないんだ」


ティルの説明を聞いた瞬間、ルナの長い耳がピコンと真上に跳ね上がった。


『風……!? 風を当てるお仕事ぴょん!?』


ルナはティルの膝の上で身を乗り出し、ルビー色の瞳を爛々と輝かせた。


『それなら、アタシの出番だぴょん!! アタシ、風を操る天才ウサギだぴょん!』


『ご主人様のお役に立ちたいぴょん! アタシに風を吹かせてほしいぴょん!!』


鼻息を荒くして立候補するルナ。

だが、その様子を見ていたモグが、慌ててシャベル爪をパタパタと振った。


「ちょ、ちょっと待つッスよ! お前、朝一番に起こしたあのドカンと吹っ飛ぶ大暴風をまたやる気ッスか!? あんな風を吹かせたら、せっかくのハーブが全部北の岩山まで吹き飛んじゃうッスよ!」


「ピピも羽がボサボサになるのはもう懲り懲りピョね!」


ピピも上空から心配そうに嘴を鳴らす。

ふたりに疑いの目を向けられたルナは、両前足を腰に当ててぷくーっと頬を膨らませた。


『もうあんなヘマはしないぴょん! あの時は怖くてパニックになってただけだぴょん! 今のルナは、ティル様と【魂の契約】を結んで、すっごく心が落ち着いてるぴょん!』


ルナは自慢げに胸を張り、長い耳をパタパタと揺らした。


『見ててほしいぴょん! アタシの本当の力を見せてあげるぴょん!』


「うん、ルナを信じて任せてみよう」


ティルが温かく微笑むと、ルナは「えへへ、任せてぴょん!」と嬉しそうに尻尾を振った。


早速、準備に取り掛かる。

ガン親方が切り出してくれた玄武岩の腰壁に囲まれた、風通しの良い工房の半日陰スペース。

そこに、ティルとモグが竹葦を組んで作った五段重ねの乾燥棚を設置し、ベルが均一にハーブの生葉を広げた平ザルを一段ずつ並べていった。


青々とした葉が重なり合わないよう、薄く美しく敷き詰められた緑の絨毯。


「準備完了だよ、ルナ。お願いできるかい?」


『了解だぴょん! ……すぅぅぅ……はぁぁぁ……』


ルナは乾燥棚の正面、二メートルほど離れた平らな石板の上にちょこんと座り直した。

そして、真剣な表情で目を閉じ、小さな胸を大きく膨らませて深呼吸を繰り返す。


その瞬間――。

ルナの長い耳の先にある淡い空色の渦巻き紋様が、蛍の光のように優しく明滅し始めた。


トクン、トクン……と、ティルの胸の奥にある大地の魔力と、ルナの風の波長が心地よく共鳴していく。


ルナがすっと目を見開いた。


『――【風操術・清風巡り(そよかぜサークル)】ぴょん!』


ルナが耳をふわりと前方に傾けると、その先端から、目に見えるような淡いエメラルドグリーンの光の粒子をまとった微風が解き放たれた。


ヒュルルル……。


それは、朝の暴風とはまるで別のものだった。

突風のような乱れは一切なく、まるで静かに流れる清流のように、一定の速度と厚みを持った【層流のそよ風】。


その風は、五段重ねの竹ザルの隙間へと滑らかに吸い込まれていった。


「あ……!」


ティルは思わず息を呑んだ。


風が当たっているにもかかわらず、ザルの上の軽いハーブの葉は一枚たりとも吹き飛んでいない。

それどころか、葉の表面を撫でるように微風が通り抜けるたび、葉の裏表に溜まっていた余分な湿気だけが、ふわりと霧散して上空へと吸い上げられていくのだ。


『ほう……! これは見事な気流じゃケロな!』


温室から歩み出てきたケロ爺が、感嘆の声を上げて葦の杖を鳴らした。


『風が乱れず、すべての段の隙間を均一な速度で通り抜けておる。上段も下段も、風の当たり具合にムラが一切ないケロよ。しかも……湿気を含んだ重い空気が滞留せず、工房の天窓へと綺麗に押し出されておるわい!』


「湿気だけを連れ去って、葉っぱは全然暴れてないッス!」


モグが目を丸くして身を乗り出す。


「アタシの羽を撫でる風よりも、ずっと柔らかくて規則正しいピョね……!」


ピピも感服したように翼を休めた。


ルナは耳の角度をミリ単位で微調整しながら、涼やかな顔で心地よい風を送り続けている。

その耳の先からは、微風とともに、ほんのりと甘い若草の香りがふわりと広がっていた。


作業を見守ること二時間ほど――。


「……そろそろいいかな。ルナ、ありがとう、風を止めてみてくれるかい?」


ティルが声をかけると、ルナは「ふぅ……ぴょん!」と息を吐き、耳の光を静かに収めた。

風が止まった工房には、信じられないほど濃厚で芳醇なハーブの香気が満ち満ちていた。


ティルは最上段と中段のザルから、乾燥したハーブの葉を数枚手に取ってみた。


「……すごいよ、これ……!」


ティルは感嘆の声を漏らした。


手のひらの上のハーブは、生葉の時の鮮やかなエメラルドグリーンを完璧に保ったまま、指先でつまむと、パリッと小気味よい音を立てて繊細に砕けた。

湿気は完全に抜け切っているのに、熱による変色や焦げ付きは微塵もない。

指先を鼻に近づけると、爽快なメントールと甘い大地の芳香が、脳の奥深くまで突き抜けるように鮮烈に香った。


「ふむ……! 色合いがまったく褪せておりませんわ!」


ベルが駆け寄り、サファイアの瞳を輝かせた。


「王都の宮廷御用達の高級茶葉ですら、乾燥させればくすんだ深緑色になってしまうもの。……これほど摘みたての色と香りを閉じ込めた乾燥ハーブ、わたくし生まれて初めて見ましたわ! ……メェ」


『ガハハ! 本来なら一週間かかる陰干しが、わずか半日で極上の仕上がりじゃ! これぞ職人技よ……ガメ!』


ガン親方が太い前足で拍手を送ると、仲間たちから一斉に歓声が沸き起こった。


「「「ルナ、すごいッス(ピョ/ぷる/ワン/ガメ/ケロ)ーーッ!!」」」


仲間たちに囲まれ、大絶賛を浴びたルナは、耳をピコピコと照れくさそうに動かした。


『えへへ……! ア、アタシ、本当に役に立てたぴょん……? 失敗してないぴょん……?』


「大成功どころか、百点満点だよ、ルナ!」


ティルは満面の笑みでルナを抱き上げ、その小さな頭を両手で優しく撫で回した。


「ルナの優しいそよ風のおかげで、最高の茶葉ができたよ。……よし、この出来立ての茶葉で、みんなで歓迎のお茶会をしよう!」


「「「賛成ッス!!」」」


広場の石板テーブルに、仲間たちが笑顔で集まった。


ティルは工房の竈の鉄瓶で、水路の清らかな湧き水をグラグラと沸騰させた。

ガン親方が削り出してくれた玄武岩の特製急須に、ルナが乾かしてくれたばかりのエメラルド色の茶葉を惜しみなく投入する。


そこへ、裏山で採集しておいた【野生甘木の実の乾燥皮】を加え、熱湯を一気に注ぎ入れた。


シュワァァッ……! 


立ち上った湯気とともに、澄んだミントの清涼感と柑橘に似た甘い香気がテーブルいっぱいに広がった。

香りを吸い込むだけで頭がスーッと涼やかになり、胸の奥の疲れが溶け出していくようだ。


三分間じっくり蒸らし、ティルは全員のコップへと黄金色に透き通るハーブティーを注ぎ分けていった。


「さあ、ルナの風が育てた【特製ぽかぽかハーブティー】だよ。熱いうちにどうぞ!」


ルナはティルの膝の上にちょこんと座り、両前足で小さな木製のお猪口をしっかりと抱え込んだ。

立ち上る黄金色の湯気に顔を近づけ、ふうふうと息を吹きかけて冷ます。


ずずっ……とろり。


小さなくちばし状の口元で、熱いお茶を一口すすった。

その瞬間――。


『…………っっ!?』


ルナの丸い瞳が、驚愕のあまり大きく見開かれた。


『な……なにこれぴょん……!?』


ルナの身体が、感動のあまりぷるぷると震え出した。


『お口に入った瞬間は、スーッて涼しい風が吹き抜けるみたいな爽快感なのに……喉を通った途端、お腹の底からじんわりと、春の陽だまりみたいな優しい温もりが広がってくるぴょん……! 甘い木の実の風味がふわぁっと重なって……すっごく、すっごく美味しいぴょん……!!』


ルナは夢中で両手を動かし、ちびちびとお茶を飲み干していった。

一杯飲み干す頃には、冷えやすかった小さな耳の先までぽかぽかと温まり、白い毛並みがふんわりと空気を含んで誇らしげに膨らんでいた。


「うめええッス!」


モグがコップを両手で掲げて叫んだ。


「朝から畑を耕して疲れてた爪の先まで、力がぐんぐん戻ってくるッスよ! いくらでも飲めちゃうッス!」


「ピピの喉も潤って、声がすごく透き通るピョね!」


ピピも嬉しそうに羽ばたく。


「カラン、コロン……。素晴らしい調和ですわ。……乾燥が完璧だからこそ、ハーブの角が取れて、まろやかな甘みが引き出されていますの。……メェ」


ベルも優雅に目を細め、琥珀色のお茶を味わっていた。


『ガハハ! 五臓六腑に染み渡るとはこのことじゃ! 胃袋が軽くなって、いくらでも仕事ができそうじゃわい……ガメ!』


ガン親方が豪快にくちばしを鳴らし、サンも「ワン! いい匂いだワン!」と尻尾を振ってティルの足元でくつろいでいる。


テーブルを囲む仲間たちの満面の笑顔。

その光景を、空になったコップを抱えたまま見つめていたルナの瞳に、じわりと大粒の涙が浮かんできた。


『ぐすっ……。アタシ……本当に、みんなを笑顔にできたぴょん……?』


ルナのしわがれぬ澄んだ声が、震えていた。


『群れにいた頃は、風を吹かせるたびに「あっちへ行け」「邪魔をするな」って怒られてばかりだったのに……アタシの風を、みんなが「すごい」「美味しい」って喜んでくれたぴょん……』


ぽろぽろと零れ落ちる涙。

それは、自分の存在を肯定され、必要とされたことへの、魂の底からの歓喜の涙だった。


ティルは優しく微笑み、ルナの頭をそっと撫でた。


「当たり前だよ、ルナ。君の風は、みんなを幸せにする素晴らしい力なんだ。これからもたくさん、俺たちを助けておくれよ」


ティルの温かな言葉を聞いた瞬間――ルナの涙がピタリと止まった。

そして、その瞳にパァッと満開の光が灯ったのだ。


『ご主人様ぁぁぁーーっ!!』


ピョーーーンッ……!! 


ルナは叫ぶと、テーブルの上からティルの胸元へと猛烈な勢いでダイブした。

そして、両前足をティルの作業着の胸元にガッシリと食い込ませ、長い耳を首元にぐるぐると巻きつけながら、顔中をティルの首筋に擦り寄せてきたのだ。


『だーーい好きぴょん!! アタシ、ティル様のためなら何万回でも風を吹かせるぴょん!!』


『だから、もっともっと撫でてぴょん! アタシの背中もお耳も、全部モフモフして思いっきり甘やかすぴょんーー!!』


ゴロゴロゴロ、スリスリ、フリフリ……! 


首筋をくすぐられ、ティルは「わはは! くすぐったいよ、ルナ!」と声を上げて笑った。


「また始まったッス! 旦那、俺の頭も撫でるッスよ!」


モグが割り込もうとし、サンも「ワン!ぼくもモフモフするワン!」と前足を乗せてくる。


賑やかで、温かくて、幸福な笑い声が、初夏の広場いっぱいに響き渡っていった。


夕暮れ時、西の空が茜色に染まり始める頃。

ティルは温室の前に立ち、腕の中で満足そうに微睡むルナの背中を優しく撫でていた。


ルナの耳の先から送り出される穏やかな風が、天候ハウスの開放窓を通り抜け、中の育苗ベッドに心地よい空気の循環を生み出している。


(ルナのこの穏やかな通風があれば……ハーブの乾燥だけじゃない。温室の中の湿度管理や、これから咲くカボチャやトウモロコシの花の【受粉の風】としても、最高の活躍をしてくれるはずだ)


仲間たちの力が、ひとつ、またひとつとパズルのように組み合わさり、開拓地はかつてない豊かな実りの楽園へと歩みを進めていた。


ティルは夕暮れの心地よい風に吹かれながら、明日からの農園の発展に、静かに期待を膨らませていた。



【後書き】

第38話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


ウィンド・ラビットのルナ編、第3幕【能力判明編】をお届けいたしました!


群れでは「嵐を呼ぶ落ちこぼれ」と疎まれていたルナの風が、ティルとの魂の契約を経て、温度や葉を乱さずに湿気だけを均一に連れ去る「理想的な低温通風乾燥」の職人技へと開花いたしました!


摘みたての鮮やかなエメラルドグリーンと香気を完璧に閉じ込めた、極上のぽかぽかハーブティー!

仲間たちに心から褒められて嬉し泣きした直後に、全力でティルに飛びついて「もっと甘やかすぴょん!」とおねだりするルナの愛らしさに、ほっこり癒やしていただけましたら幸いです!


次回、第39話――「そよ風の乾燥工房と、香草クラフト(仮)」。

ルナの風を常時活かすため、ガン親方と力を合わせて本格的な「ハーブ乾燥工房」の建築がスタート!

開拓地のQOLがさらに跳ね上がる【共同作業編】をどうぞお楽しみに!


もし「ルナの風魔法が実用的ですごい!」「淹れたてのハーブティーが飲みたくなった!」と感じていただけましたら、

ぜひ作品のフォロー(ブックマーク登録)や、ページ下部の評価(★★★★★)で応援していただけますと、毎日の執筆の大きな励みになります!


次回もどうぞよろしくお願いいたします!


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