第0話 プロローグ
「ダイン・アクーニャ、全てを懸けるだ」
俺は机の上にある全てのチップを懸けた。
この一世一代の勝負、俺は命を懸けてでも負けるわけにはいかない。
ギリッ、と歯と歯が強く擦れる音が聞こえてきた。
この絶望的な状況を見て、隣に座る豊満な肉体の女性が歯ぎしりをしていたのだ。
それどころか敵意を隠そうともせず、じっと俺の目と開示しているカードを覗き込んでくる。
「おー、怖い怖い。女神さまに睨まれちゃ、間違って手を滑らせてしまいそうだ」
「いっそ、そうしなさい」
「だが残念、俺だってこれに命を懸けているんだ。死んでもこの手は離さないさ」
インディアンポーカー。
なんてことのない簡単なトランプカードギャンブル。
お互いに一枚のトランプを手に取り、より高い数字のカードを持っている方の勝利。
ただし、自分の手持ちである数字を自分自身で確認することはできない。
確認できるのは相手が持つ、相手の手札だけだ。
いわば相手の開示した数字と、相手の反応から「自分が勝っているか」「はたまた負けているか」を推測する。勝負に乗ってチップを懸けるか。ないしは勝負から下りて損切をするか。
それを選択するだけの簡単な遊びだ。
――とそんな前置きをしたが、俺には勝利の確信があった。
単純な話だ。
俺はギャンブルに絶対負けない。
俺――というか、ダイン・アクーニャは絶対にギャンブルに勝つ。
「さあ、どうする? 豊穣の神イナホ・アカツキ。お前がこの勝負に乗れば、チップ数の多い俺に合わせるために、お前は残りの全チップを懸ける必要がある。つまりこの一試合で勝負が決するわけだ。お前に勝負できる度胸があるかな……ククククッ」
「くっ……少し待ちなさい! 今考えているのよ!」
女神は熟考している。
その瞬間に、俺は固有スキル【ギャンブル】を発動した。
(あいつの手札は『8』か……結構いい数字じゃない。よく考えなさい、女神イナホ・アカツキ。あいつは私の手札を最初に見たときに少し目を開いた気がした。つまり、私の手札は強い!? いや……だけど、あいつはオールインしてきた。チップが残り10枚の私に対して、余裕のオールインだ。ということは、私のカードはいま弱い!! だとすると無理に勝負する必要はないかも――)
思考回路が丸聞こえだとも知らずに、豊穣の女神は脳内でべらべらと良く喋る。
相手がもう少し違ったタイプの神であればもう少し苦戦していてもおかしくはないが、この女神はあまり簡単な相手だ。もはや固有スキルを使うのすら、少し心が痛む。
「俺が勝てば、お前は明日からウチの領地で今後百年間は畑仕事だ。逆にお前が勝てば、俺は大人しくお前の大事な眷属の奴隷になってやるよ……死ぬまでな」
「なんでよ!? ……なんで神力が使えないのよ。神力が使えれば私のカードだって見ることがー―」
「おっと、ルール違反は即敗北だぜ? 俺の固有スキル【ギャンブル】は絶対だ、例え相手が神であっても破ることは許されない――純粋な読み合いと運の勝負だ」
「なんでよ、なんで私は一度も勝負に勝てないの!? おかしいじゃない!」
「弱いからだよ、豊穣の女神さんよ。それじゃあ弱い女神さまに特別に教えてやるよ、お前の持っているカードは『ハートの3』だ。下りるなら早めにしておきな、ここで今後百年は俺の奴隷な!」
煽るように笑うと、豊穣の神はさらに険しい顔になっていく。
ようやく決心がついたのか、机の上を指先で二度叩いた。
「勝負から降りるよ。今回は譲るわ」
「ククククッ」
「な、なによ!」
「自分のカードを見てみろよ、アンポンタン女神」
豊穣の神は自分の額にかざしていたカードを見る。
そこには悪戯っぽく微笑むジョーカーの絵柄が書かれていた。
それを見た瞬間に、女神の顔がやかんのように赤く沸騰した。
「なッ……!? ジョーカーですって!? 『ハートの3』なんて嘘じゃない!!」
「ギャンブルに嘘はつきものだろ。そもそもこんな低レベルな嘘に惑わされる方が悪い」
「なッ!? 人間風情が……もし私が勝てば覚えておきなさい。生ぬるい地獄に落としてやらないんだから」
「ククククッ、怖い怖い」
安心しろ、俺はすでに一度地獄に落ちている。
さてと、俺のカードは――ああ、もう女神が教えてくれたか。
「なんだ、ただの『クローバーの8』じゃないか」
「…………肝が据わりすぎよ、人間のくせに」
「ククククッ、こんな雑魚カードに、まさか最強カードを持つ女神さまがフォールドとは……肝が小っさいなぁ、小さい、小さい」
場に出ているチップを受け取ると、俺のそばにあるチップは数えきれない数量になっていた。
対して、女神のそばにあるチップは残り――僅か十枚。
ほとんど決着がついたも同然だ。
「明日からよろしく、豊穣の女神――イナホ・アカツキ。まずは耕すところからやってもらおうか、豊穣の女神直々にな」
「ま、まだ負けてないわ!! 次よ、次!!」
ここから逆転など、ほとんど無理だ。
だというのに必死になって、可愛い女神さまだ。
せいぜい明日から領地の僻地で飢えている子供たちの糧となって働いてくれ。
これで少しは――子供たちがひもじい思いをせず、たらふく飯が食えるってもんだ。
領地にとって子供は数年後の宝だ、絶対に大事にしなければならない宝物なんだ。
明日からは一人だって餓死で死なせない。
俺が領主になったからには、絶対に領地に飢饉など訪れさせない。
日本人魂、見せてやるよ。
来年には四季豊かな領地に変えてみせる。
◆◆◆
俺のいる領地は、長年の悪徳運用によって悲惨な状態だった。
重税による住民の逃走、貴族による無断処刑や強制奉仕、食糧や税の横領による辺境の地での餓死数年間で五万人以上――紛れもなく、最悪の領地である。
ここから領地を再建するには――神にだって勝負を挑まなければならない。
たとえ俺の命を賭けようとも、勝負を挑まなければならない。
罪滅ぼしは…………今からでも間に合うだろうか。
確かに俺の中身は、元々この中にいた放蕩息子ダインとは違う。
平凡なサラリーマンで、どこにでもいるこのゲームが好きだったイチプレイヤーだ。
だからこそ放蕩息子ダインに変わって、俺が皆に謝罪をしなければならない。
ただ、言葉では皆に響かないだろう。
ダインの所業をみれば、復讐にくる領民がいてもおかしくはない。
だからこそ――。
誰もが羨む最強の領地を作って、誰もが幸せな居場所を作るんだ。
その実績をもって、ダインの罪を許してもらおう。
俺ならば絶対にできる。
なぜならば――このダインは、俺にとって最も馴染みのあるキャラクターだから。
世界の誰よりもダイン・アクーニャを上手く操作できる自信がある。
たとえ魔術の使えない不遇キャラだとしても、天下くらい余裕でとってみせようじゃないか。
せっかくの異世界転生だ、誰もが羨む領地を造ろう。




