第2話 告白
秋の風が吹き始め、花が移ろいつつある庭園にうら若き男女がやってきた。清涼な水が絶え間なく流れる噴水の脇で足を止めたノワは、混乱をなだめられないままにシトロンの凪いだ顔を見上げる。
「貴様、一体どういうつもりであんな……そもそも、私たちは交際すらしていない!」
「いやあ、ハハハ。まずは落ち着いてくれよ。立ったままするような話でもないだろう?」
「勝手に事を起こしておいてどの口がっ!」
連行に使われていた腕が自由になったのを幸いとして、シトロンは蔦を柱に巻きつけたガゼボまでノワの背中を押していく。落ちた葉を払われてから二人を受け止めた白亜の鳥籠は、来訪者が恋人同士であったのなら優れた逢瀬の場所だった。一方的な求婚者となった彼は、人差し指を立てて隣のノワへと向き直る。
「まず、君に好意を持っていることは、前々から伝えてはいたよ。びっくりするほどノワが鈍感で、全部スルーされただけ」
「な、なんだと?」
「昨日もちょっといい店の午餐に誘ったけど、新メニューの味が気になるからっていつもの店に変えられた」
「う……行き先の指定はなかったはずだ」
「サプライズにしたかったんだよ。そもそも、いくら仲がいいからって、男女が二人っきりで食事になんてそう行かない」
「事実、私たちはよく行っていただろう」
「行ってたさ。恋愛対象としてのアプローチだって気が付いてもらえないままね」
片眉を上げたシトロンに、ノワが視線をさまよわせる。ぐ、と口を引き結んだ彼女は、膝に手をついて頭を下げた。
「……悪かった。どうも、気を揉ませていたらしい」
「いいよ。俺だって、君が鈍感なのを楽しんでいた節がある」
訪れかけた穏やかな空気が、だがそれとこれとは別だ、と座面を叩いたノワによって再びきつく引き締められる。眼光を鋭くした彼女は、尋問さながらの形相でシトロンを睨んだ。シトロンはといえば、それに怯むでもなく静かにノワを見つめている。
「私は結婚する気などない。相手がどうとかではなく、誰ともするつもりがないんだ。なのに、勝手に私を物扱いしやがって。あのまま流されていたら、後戻りができなくなるところだったぞ」
「流されてくれれば良かったのに……」
「『お前だけに都合が良かった』の間違いだ!」
後ろ髪を掻くシトロンには、まったく悪びれる様子がない。木漏れ日を照り返す柔らかな黄金の髪は、下級貴族の三男坊とはいえ、平民である自身との違いを改めてノワに感じさせた。
「でも、ノワは騎士になりたかったわけじゃないんだろう? 生きるためにそうせざるを得なかったと、前に教えてくれたよね」
小鳥がガゼボの屋根をくぐり、ノワの膝当てに留まった。腹部の羽毛に手を向ければ、辺境伯夫人に餌付けされているうちの一羽なのか、彼女の指へ重みが移る。ほのかにまなじりを緩めたノワは、小鳥の頬をくすぐった。
「入団試験に合格すれば、身分を問わず衣食住が保障される。母親知らずの上、父親が酒浸りとくれば騎士が一番マシだったんだ。……花を売って、読み書きが覚えられるわけもない」
「うん。まさかノワが女の子だとは誰も思っていなくて、叙任後に一悶着あったなあ」
「当時は必死で隠していたんだ。月のものが来るまで勘付かれなかったというのは、管理側の怠慢だな」
「入団資格に性別の欄は増やされたよ。だからノワは、オルール騎士団における最初で最後の女騎士だ」
ピュイ、と高く鳴いた鳥が再び空へと舞い上がる。雲一つない快晴に小さな影が暗く浮かび、遠ざかって消えていく。
「つまり、この組織では、君という前例がありながら女性を拒んでいるんだよ。証拠として、これまで積み上げてきた功績の数なら俺と同等なはずなのに、ノワには肩書き一つない」
「……何が言いたいんだ、シトロン」
尋ねながらも、彼が返すであろう答えはノワの脳裏へ浮かんでいた。男性と同じ扱いをされていないという違和感に見て見ぬ振りができるほど幼い時分は過ぎている。彼女が針のむしろとならぬようさり気なく、けれど確かに味方としてこれまで立ち回ってくれていたのは、他でもないシトロンなのだ。
視線は逸れない。夜の海の瞳に、眉間を寄せたノワが映りこんでいる。
「君に、幸せになってほしい。爪弾きにされる騎士ではなく、ただ一人の女性として」
節のある厚い手が、焦がれた女の手を握る。切り傷や剣だこがあるものの、彼の掌と比べればノワのそれは華奢だった。誘いを握り返せない彼女に、シトロンはくしゃりと笑いかける。
「ごめんね、好きだよ。困らせるのは分かっていたけれど、どうか俺に絆されて」
手の甲に口づけ、懇願する親友にかけるべき言葉をノワは見失っていた。彼女の戸惑いを受け入れたシトロンは、もう一度手に力をこめてから触れ合っていた肌を離す。謁見の間が開かれたのだろう聞き慣れた声のざわめきに、彼の足先が定められる。シトロンの合流と共に沸いた喧騒を籠の外に聞きながら、ガゼボに残されたノワは熱が去った指を組んだ。




