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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)


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8/10

第8話 要塞は目覚め、悪意を呑み込む

熱い。

動力炉のある最深部は、灼熱の蒸気と、爆ぜる魔力の火花で満たされていた。


「……野蛮なことをしてくれるわね」


私は咳き込みながら、動力炉の制御盤に駆け寄った。

部屋の中央にある巨大な魔石――この屋敷の心臓が、不規則に明滅し、苦しげな唸り声を上げている。

その基部には、イザベラが投げつけたであろう「魔導阻害石」の破片が突き刺さり、黒い泥のような魔力のよどみを垂れ流していた。


「技術への冒涜だわ」


私は愛用の「魔導調整槌ハンマー」を振り上げた。

繊細な修理?

いいえ、今は時間がない。

異物は物理的に排除するに限る。


ガァン!!


思い切り叩きつける。

阻害石が砕け散り、黒い煙を上げて消滅した。

しかし、乱れた魔力の波長は収まらない。

血管が詰まった心臓のように、魔力が逆流を続けている。


「術式、強制再構築」


私は制御盤に両手をつき、自身の魔力を流し込んだ。

指先が焼けるように熱い。

私の魔力と、屋敷の魔力が混ざり合い、火花を散らす。


『警告。回路破損。接続できません』


頭の中に響く拒絶の音声。

私は歯を食いしばった。


「黙りなさい! 私が繋げと言っているのよ!」


私は強引に魔力をねじ込んだ。

断絶した回路を迂回うかいさせ、焼き切れた術式をその場で書き換える。

汗が目に入る。

ドレスの裾が機械油とすすで汚れる。

構うものか。

私は今、戦っているのだ。

夫が剣で敵を斬り伏せている間に、私は知恵と技術でこの城を守る。


ドォォォォン……!


遠くで爆発音が聞こえた。

ジェラルド様だ。

多勢に無勢。いくら「氷の将軍」でも、数十人を相手に狭い通路で戦い続けるのは限界があるはずだ。


「間に合って……!」


私は叫び、最後のルーン文字を書き込んだ。


カッ!


動力炉の魔石が、強烈な青い光を放った。

不協和音が消え、代わりに低く、力強い駆動音が響き渡る。

ヒュン、と空気が澄んでいく感覚。

熱気が換気口へと吸い込まれ、照明が明るさを取り戻した。


『――中枢術式、復旧。全機能、正常値へ移行』


「よしっ!」


私は小さく拳を握りしめた。

その場にへたり込みそうになるのを堪え、壁の「監視盤」を見る。


映し出されたのは、一階の大広間へと続く大階段だ。

そこでは、ジェラルド様が獅子奮迅の働きを見せていた。

しかし、敵の数は多い。

じりじりと包囲され、階段の中腹まで押し込まれている。


『へへっ、観念しろ! 辺境伯の首を取れば大金星だ!』


傭兵風の男たちが、下卑た笑いを浮かべて剣を突き出す。

ジェラルド様の背中が、壁に当たる。

逃げ場はない。


「……私の夫を、随分といじめてくれたわね」


私はニヤリと笑った。

制御盤のレバーを握る。

ここからは、私の手番だ。


「屋敷の機能は全て戻ったわ。……さあ、死の舞踏会の始まりよ」


私はレバーを「迎撃態勢」へと叩き込んだ。



戦況の変化は、劇的だった。


ジェラルド様に斬りかかろうと、大階段を駆け上がっていた兵士たち。

その足元の石段が、突然、消失した。


『え?』


誰かが間の抜けた声を上げる。

階段の段差がなくなり、またたく間に急勾配の「斜面」へと変化したのだ。


『う、うわあああああっ!?』


重心を失った兵士たちが、将棋倒しになって滑り落ちていく。

重い鎧を着ているせいで止まれない。

彼らは団子状態になって転がり落ち、大広間の床に激突した。


『な、なんだ!? 何が起きた!』


混乱する敵兵たち。

しかし、屋敷の悪意はそれで終わりではない。


「逃がさないわよ」


私は次なる紋章を押す。


『捕縛術式、展開』


大広間の床の絨毯が、まるで生き物のように波打ち、立ち上がった。

それは転がった兵士たちを簀巻き(すまき)のように包み込み、きつく締め上げる。


『ぎゃあああ! 絨毯が! 絨毯が食ってくる!』


悲鳴が響く。

さらに、天井のシャンデリアが不気味に揺れ、そこから無数の鎖が垂れ下がってきた。

逃げ惑う兵士の足を絡め取り、逆さ吊りにする。


まさに、屋敷全体が襲いかかってくる恐怖。

これが古代魔導要塞、ヴォルフィード邸の真の姿だ。


階段の上に残されたジェラルド様は、呆気にとられたようにその惨状を見下ろしていた。

そして、ふと虚空を見上げ――私の見ている監視盤に向かって、ニヤリと笑ってみせた。


『……最高の援護だ、ミランダ』


その唇が動くのを、私は確かに読み取った。

胸が熱くなる。

ああ、なんて頼もしい共犯者。


「まだ終わりませんわ」


私は監視盤の視点を切り替えた。

混乱に乗じて、一人だけ玄関ホールへと逃げ出そうとしている人影がある。

ボロボロのドレスを着た女。

イザベラだ。


『開け! 開きなさいよ!』


彼女は玄関の扉をガンガンと叩いている。

しかし、復旧した防御結界によって、扉はびくともしない。


『なんで……なんでよ! 私は宰相閣下の代理人よ! こんなところで!』


彼女が絶叫する。

私は冷ややかにその背中を見つめた。

逃がすわけがない。

貴女には、自分が何をしたのか、たっぷりと反省してもらわなければならない。


私は「空間転移」の術式を構築した。

屋敷内部の回廊を繋ぎ変える、短距離転移だ。


「貴女の行き先は、外ではありません」


指先で座標を指定する。

目的地は、地下の「特別独房」。

かつて罪人を閉じ込めていた、光も音も届かない石牢だ。


「さようなら、泥棒猫さん」


起動紋を押す。


『いやぁぁぁぁっ!』


イザベラの足元に魔法陣が輝き、彼女の姿がかき消えた。

転移完了。

これで、彼女は誰にも見つけられない闇の中で、己の罪と向き合うことになる。


私は大きく息を吐き、制御盤から手を離した。


終わった。

侵入者は全員無力化。

主犯格は確保。

屋敷の機能は正常。


膝から力が抜け、私はその場に座り込んだ。

緊張の糸が切れ、指先が震えている。

怖かった。

本当は、すごく怖かった。

でも、守れた。


「……ミランダ!」


焦ったような声と共に、動力炉室の扉が開かれた。

ジェラルド様だ。

彼は剣を捨て、私の元へ駆け寄ってきた。


「無事か!? 怪我は!」


「……平気、ですわ。ちょっと魔力を使いすぎましたけど」


私が力なく笑うと、彼は安堵のため息をつき、いきなり私を抱きしめた。

汗と、鉄と、血の匂い。

でも、不快ではなかった。

彼の心臓の音が、私の耳元で力強く響いている。


「よくやった……。本当に、よくやってくれた」


彼の腕に力がこもる。

「氷の将軍」が、子供のように震えていた。


「君がいなければ、俺は家も、妹も、誇りも失っていた。……ありがとう」


私は彼の背中に手を回そうとして、自分の手が煤で真っ黒なことに気づき、躊躇った。

でも、彼は構わず私を強く抱きしめ続ける。


「旦那様、軍服が汚れますわ」


「構わん。……これが、俺たちの勝利の勲章だ」


彼は顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見つめた。

そこにはもう、迷いも隠し事もなかった。


「ミランダ。改めて言わせてくれ」


彼の青い瞳が、熱を帯びて揺れている。


「愛している。……政略でも、義務でもない。俺は、君という女性に惚れている」


ドクン、と胸が跳ねた。

今度は脅迫でも、嘘でもない。

本物の言葉。


私は視界が滲むのを感じた。

ああ、計算外だ。

こんなに汚れた顔で、こんな場所で、求婚のやり直しをされるなんて。


「……私もです、ジェラルド様」


私は涙を拭うのも忘れ、微笑んだ。


「貴方のその不器用なところ、嫌いではありませんわ」


瓦礫と機械油の臭いが充満する動力炉室で。

私たちはようやく、本当の意味で夫婦になった。


だが。

まだ一つだけ、片付けなければならない仕事が残っている。


「……ジェラルド様。イザベラの処遇と、黒幕への『お返し』について、相談がありますの」


私が涙を拭いて切り出すと、ジェラルド様は獰猛な笑みを浮かべた。


「奇遇だな。俺も同じことを考えていた」


反撃は終わらない。

私たちを嵌めた宰相閣下に、特大の請求書を送りつけに行こう。

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