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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)


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10/10

第10話 私たちの愛すべき引きこもり生活

騒動から一週間。

ヴォルフィード辺境伯邸は、以前とは全く違う姿に生まれ変わっていた。


「奥様! 素晴らしいです! この『自律清掃の魔導具』のおかげで、廊下の拭き掃除が十分の一の時間で終わります!」


メイド長が、涙ぐみながら報告してくる。

彼女の足元では、私が動力炉の余剰魔力で動くように改造した「亀型の床磨き機」が、せっせと床を磨いていた。


「それは重畳。……空いた時間で、図書室の整理をお願いね」


「はいっ! 喜んで!」


私は優雅に茶を啜る。

かつて私を「陰気な女」と陰口を叩いていた使用人たちは、今や私の信奉者だ。

無理もない。

私が屋敷の機能を完全掌握し、彼らの労働環境を劇的に――主に魔導具による自動化で――改善したのだから。


「奥様は女神だ」「いや、魔導の女神だ」という声が聞こえるが、訂正はしない。

快適な引きこもり生活のためには、周囲の環境整備が不可欠なのだ。


そこへ、玄関ホールが騒がしくなった。


「お兄様! 義姉様!」


明るい声と共に、馬車から飛び出してきたのは、リリア様だった。

病み上がりとは思えない健脚で駆け寄ってくると、出迎えに出ていたジェラルド様に目もくれず、私に抱きついてきた。


「義姉様! 会いたかったです!」


「お、お帰りなさいませ、リリア様」


私は面食らいつつも、彼女の背中を撫でた。

華奢な体だが、その瞳はジェラルド様と同じ、意志の強い青色をしている。


「あの『隠し避難所』、最高でした! 狭くて、静かで、誰にも邪魔されなくて……私、あそこを私の私室にしたいです!」


リリア様が目を輝かせて言う。

おや。

この子も、もしや「素質」があるのだろうか。


「ふふ、気が合いますわね。今度、もっと快適にするための遮音術式をお教えしますわ」


「はい! ぜひ!」


手を取り合って盛り上がる私たちを見て、ジェラルド様が苦笑しながら近づいてきた。


「……俺の出迎えは無しか」


「あら、お兄様もいたのですか? 義姉様があまりに素敵なので、目に入りませんでした」


リリア様が悪戯っぽく舌を出す。

ジェラルド様は「やれやれ」と肩をすくめたが、その表情は崩れるほどに緩んでいた。

妹が無事に帰ってきた。

その事実だけで、彼の心にあった氷壁は完全に溶けてしまったようだ。



その夜。

リリア様を旅の疲れを癒やすために早めに休ませた後。

私とジェラルド様は、主寝室にいた。


あの初夜の日、私が走って逃げ出した、因縁の部屋だ。

しかし今は、冷たい隙間風も、不穏な空気もない。

私が調整した空調術式のおかげで、室内は陽だまりのように温かい。


ジェラルド様が、二つの硝子杯に葡萄酒を注ぐ。


「……やり直させてくれ、ミランダ」


彼は杯の一つを私に手渡し、真剣な眼差しで見つめてきた。


「あの夜、君を一人にしたことを。君の手を取れなかったことを、ずっと悔いていた」


「もう、その話は終わりですわ」


私は杯を彼のものに軽く合わせた。

チン、と澄んだ音が響く。


「結果的に、屋敷の防衛網のほころびも見つかりましたし、害虫駆除もできました。……それに」


私は少し顔を赤らめて、続けた。


「貴方の本心も、知ることができましたから」


ジェラルド様は照れくさそうに鼻を擦り、それから一歩、私に近づいた。

大きな手が、私の頬を包み込む。


「ミランダ。俺は不器用で、言葉足らずな男だ。また君を怒らせたり、誤解させたりするかもしれない」


「その時は、また管理室に引きこもりますわ」


「それは困る」


彼が困ったように笑い、私の腰を引き寄せた。


「だから、これからは。……君と同じ部屋に、引きこもらせてほしい」


「……え?」


「君がいないと、俺は駄目なんだ。君の知恵も、その強がりなところも、全部含めて」


彼は私の耳元で囁いた。


「俺を、君の共犯者にしてくれ。一生」


それは、どんな甘い愛の言葉よりも、私の胸に深く突き刺さった。

共犯者。

この広い世界から扉を閉ざし、二人だけの世界を作る相手。

それは私にとって、最高の求婚だった。


「……仕方ありませんわね」


私は彼の首に腕を回し、背伸びをした。


「私の半分を貴方に譲渡します。……大切にしてくださいね?」


「ああ。命に代えても」


ジェラルド様が、私の唇を塞いだ。

今度は、儀式的な口付けではない。

互いの体温を確かめ合うような、深く、優しい口付け。


私は目を閉じた。

頭の中にある複雑な図面も、魔導回路の計算式も、今はすべて消え去っていく。

残ったのは、彼の温もりと、満ち足りた幸福感だけ。


窓の外では、また北部の雪が降り始めたらしい。

でも、もう怖くはない。


ここは世界で一番堅牢な要塞。

そして、愛する人と二人きりになれる、最高の「引きこもり場所」なのだから。


ジェラルド様が、指を鳴らして部屋の明かりを落とす。

私は彼に身を委ねながら、心の中で最後の術式を紡いだ。


『全館、安息の刻へ移行。……ただし、この部屋への干渉は、朝まで一切拒絶する』


おやすみなさい、世界。

私たちは今から、とても忙しくなるのです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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