第9話 そして彼はやって来た
海軍航空祈動学校への入学を数日後に控えた3月のある日、俺は、この世界にやってきた場所――あの神社を訪れていた。
航空祈動士適性検査の日から、約7か月が経過した。
俺は、適性検査で海軍航空祈動学校への入校が決まってすぐ、通っていた高校に退学届を提出した。
姉ちゃんには猛反対されたけど、調べたところ祈動学校で取得した単位を高等学校卒業資格に充当する制度があるらしく、それを利用すれば祈動学校卒業時に高校卒業資格が得られることを説明すると、しぶしぶ納得してくれた。
俺は高等教育どころか、この世界の一般常識すら知らないのだ。
無理やり高校に通ったところで、急に一般常識を無くしたことについて、周りから怪しまれるだけだ。
それに、同級生の少年が自分たちのことを何もかも忘れてしまったという事実を突きつけられるのは、さすがに辛いだろう。
祈動学校進学に備えて退学する、その方が同級生にとっても心の整理がつくというものだ。
――ごめんな
そう、心の中で謝った。
その間、俺はこの世界のことについて少しでも知るべく、姉ちゃんに直接聞いたり、図書館で調べものをして過ごした。
この時ほど、インターネットの存在をありがたく思ったことはなかった。
この世界の基礎知識がない俺としては、一般常識にあたる情報を調べるだけでも一苦労である。
そうそう、あの時は読み方がわからなかったが、この神社の名前は“走水神社”と読むらしい。
俺が入学する海軍航空祈動学校がある場所も、同じ“走水”という地名だとか。
俺にとっては運命ともいえるその神社に、俺は参拝に訪れていた。
海に面した鳥居をくぐり、手水舎で身体を清めたあと、石段を上る。
しばらくすると、神社の本殿が見えてきた。
俺はここで目を覚ましたんだよな――
あれから半年以上が経ったことを改めて認識すると、様々な感情がこみ上げてくる。
元の世界の俺はどうなったのか。
いつか帰れるのだろうか。
両親や友達とはもう会えないのか。
「………………」
そんな感情を振り切り、拝殿の前まで進む。
賽銭箱に賽銭を納め、麻縄を引いて鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼して祈る。
――神様
俺は、この世界にやってきた理由が、いまだ分からずにいます。
この世界には、“黒キ影”という人類の敵がいて、世界のあちこちを侵略し、日本も苦しめられていると聞きました。
正直、実感はありません。俺のいた世界の日本は、平和だったから。
祈動士の才能があるからといって、戦うのは怖いです
――それでも
この世界には、ばあちゃんが――姉ちゃんがいる。
守りたい。
だから、こんな俺でも勇気が持てるよう、見守ってください。
どれくらい祈っていただろうか。
俺は顔を上げて、いま一度拝殿の先を見つめたあと、踵を返した。
そのまま石段を下り、鳥居をくぐって帰路につく。
祈動学校は全寮制で、しばらくは外出ができないと聞いたので、足りない日用品を購入するために横須賀の中心市街地にやってきた。
商店街でハガキや医薬品、小説などを購入する。
そのまま商店街をぶらぶらと歩いていると、道路に面した歩道にどんどん人が流れていくことに気がついた。
なんだなんだ……?
そう思ってついていくと、道路の両側に日の丸の旗を持った人たちが集まり、歩道を埋め尽くしていた。
ものすごい人数であり、その全員が道路の先を見つめている。
誰か来るのだろうか?
そう思って、近くにいた人の良さそうなおっちゃんに聞いてみる。
「すみません、誰か来るんですか?」
すると、おっちゃんは驚いたような顔をして言った。
「なんだ坊主、知らないのか!つい先日、第一航空祈動連隊がサイパン島での任期を終えて、横須賀に凱旋したんだ。今日はその凱旋パレードの日というわけだ!」
そう、教えてくれた。
第一航空祈動連隊――
正式名称、“帝国海軍第一航空祈動連隊”とは、横須賀を本拠地とする、帝国海軍に6つある航空祈動連隊の1つである。
“黒キ影”が日本の本土に襲来した際、地理的関係から日本の頭脳にして心臓部――つまり帝都東京の防衛にあたる可能性が最も高いことから、海軍航空祈動連隊の中でも最精鋭だと聞く。
そんな、第一航空祈動連隊の凱旋パレード――
明日から祈動学校に入り、祈動士を目指す身としては気にならない訳がない。
おっちゃんにお礼を言ってから、何とかまだ隙間がある場所を見つけ、凱旋パレードが始まるのを待った。
30分ほど待っていると、道路の先から大きな歓声が聞こえてきた。
その歓声の方に目をやると、軍用と思われるオープントラックのような車両に乗った一団が遠くに見えた。
隊員たちは真っ白な正装を身にまとっており、春の陽光が正装に反射して輝いていた。
――あの人たちが航空祈動士。将来、俺の先輩になる人たちか。
やがて、俺の前にパレードの先頭がやってくる。
すると、歩道に集まった人たちから、「日本万歳!帝国万歳!」という声があちこちから聞こえてきた。
大人はもちろん、父親に肩車された子供も、目を輝かせて凱旋パレードを見つめている。
やはり、子供は英雄に憧れるのだろうか。
凱旋パレードなんて初めて見た俺は、そのあまりの群衆の熱気に圧倒された。
その場の空気に少し萎縮しながら眺めていると、ただでさえ大きかった歓声が地鳴りのような大きさに変わった。
空気が震えているのが分かるくらいである。
何とか聞き取ると、どうやら「東雲万歳!」「連隊長万歳!」と言っているようだ。
どうやら連隊長のお出ましらしい。
海軍最精鋭と謳われる祈動連隊の連隊長である。俺は、頭の中で百戦錬磨の強面のおっちゃん(注:片目に切り傷あり)を想像し、前を通るのを待っていると――
「―――ま、じか。」
現れたのは、美しい女性だった。
真っ白な正装を着用しているのは他の隊員と同じだが、彼女は黒曜石のような光沢のある髪を結ってポニーテールにしていて、その白黒のコントラストが恐ろしいほどよく似合っていた。
しかもめちゃくちゃ若い。
おそらく俺と同世代か、少し上くらいだろう。
肩書とあまりにもギャップが大きすぎる。
彼女は少し微笑みながら、その青みがかった黒い瞳で、歩道を埋め尽くす群衆に目を配っている。
俺は思わず、周りの凱旋パレードのことなどすっかり忘れて、彼女を見つめていた。
すると、そんな俺の視線を感じたのか、彼女が俺の方を向いて、お互いの視線が重なる。
「―――え」
その瞬間、俺は経験したことのない感情が心の底から湧き上がるのを自覚した。
決して一目ぼれした訳ではない、そんなわかり易い感情ではなかった。
――懐かしいような
――嬉しいような
――寂しいような
――あるいは、もどかしいような
そんな、名前のつけられない感情だった。
俺と彼女は、間違いなく初対面だ。
何せ俺は50年前――自分が生まれる、はるか前にタイムリープしたのだ。
姉ちゃんみたいに過去に来てから今日まで出会った人以外で、面識のある人などいるはずがない。
そして、さらに不思議なことが起きる。
俺と視線を合わせた彼女は――東雲連隊長は、何か驚いたような顔をして、じっと俺のことを見つめてきた。
視線を交わし続ける。
その時間は、たった5秒程度だったと思うが、それでも彼女の様子がおかしいことに気がついた周りの人が、彼女の視線をたどって俺に目を向けた。
俺は経験したことのないようなたくさんの人の視線を浴びたことで、居たたまれなくなってその場を後にした。
踵を返して、歩道に集まる群衆をかき分けて路地裏の方に向かっていく。
「……………………」
――そんな彼の背中を、東雲はじっと見つめていた。
【 第1章 そして彼はやってきた 完 】
■あとがき
当作品をお読みいただきありがとうございます!
応援してくださる読者の皆さまのおかげで、無事に第1章を完結することができました。
この場を借りて、深くお礼申し上げます。
今後も頑張って連載を続けますので、もし「続きが気になる!」「本作を誰かにおすすめしたい!」という方がいましたら、ぜひ評価(★)やブックマークで応援いただけると嬉しいです!
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