第26話 戦う理由
結局、初回の空中機動演習で水平機動ができたのは、俺とターシャ、神崎の3名だけだった。
黒川教官はやや落ち込む訓練生たちに向かって声をかける。
「普通、初回は浮かぶだけで精一杯なものだ。広瀬と千堂、神崎が特殊なだけだ。お前たちも後2〜3回やればできるようになる。」
そのように励ました上で、訓練生たちを解散させた。
その後、国旗降下と入浴、夕食を済ませて自由時間となる。
「広瀬!お前すごかったな!ぜひコツを教えてくれよ!」
「私からもお願い!広瀬くん!どうやったら空中で移動できるの?」
夕食の際、周りの訓練生から水平機動のコツなどを聞かれたが、こればかりは感覚でやっているため回答に困った。
ただ、自分なりのアドバイスとして、空を飛ぶということを、新しい身体機能として受け入れるのではなく、手足のように元々あった身体機能のように認識することを伝えてみた。
訓練生たちは分かったような、分からないような顔をしていたが、残念ながらこれ以上言語化するのは難しい。
そうこうしている内に定刻となり、自由時間となった。
俺は、鳴海と本の話をするため、自室を出て談話室に向かおうとした。
すると――
「見事なものだな。」
「……………………」
突然、机で何やら勉強をしていた神崎に話しかけられた。
まさか、向こうから話しかけてくるとは思わなかったので、反応が遅れる。
「――ああ。自分でもよく分からないけど、空を飛ぶのは得意みたいだ。」
少し経ってから、神崎に返事をした。
「そうみたいだな。貴重な才能だ。大切にしろ。」
うーん、なんか、口調にトゲを感じるんだよな……
そう思っていると、そこで会話は終わらず、神崎が言葉を続けてきた。
「貴様の戦う理由はなんだ?」
「―――え?」
突然の質問に、疑問符が口から出た。
神崎は俺の目をじっと見つめてくる。
「貴様にも1つくらいはあるだろう。戦う理由が。」
「………………」
戦う理由――
俺は、つい8か月前くらいまで、現代日本の普通の高校生だったので、『戦う理由』と聞かれて咄嗟に返すことができなかった。
でも、俺の頭に浮かんだのは、この世界に生きるばあちゃんの――姉ちゃんの顔だった。
「……姉ちゃんを――姉を守るためだ。」
「――それだけか?他には?」
神崎はまだ、俺の目から視線を外さない。
意思の強そうな瞳が、俺を捕らえて離さない。
「今はまだ……それだけ、だ。」
俺は、正直に答えた。
すると、神崎は一度目を固く閉じたあと、再び開いてから言った。
「くだらないな。」
―――は?
いま、くだらない、と言ったのか?
俺は、大好きな姉ちゃんを軽んじられた気がして、少しだけ頭に血が昇った。
思わず言い返す。
「くだらないって、どういう意味だよ?」
「そのままの意味だ。もし、貴様が姉のことだけを考えてこの場にいるのなら、やはりお前は、祈動士に相応しくない。」
またそれか。
相応しい、相応しくないって、それを決めるのは神崎ではないはずだ。
少なくとも俺は、航空祈動士の適性検査に合格してこの学校に入学している。
別に不正入学をした訳ではない。国に認められて、この場にいる――はずだ。
そう反論しようとした所で、神崎が一瞬早く口を開く。
「貴様は、欧米で言うところのビルヂングが火事で燃えているのを眺めながら、『自分の部屋だけは守ってみせる!』と宣言しているようなものだ。この滑稽さが分かるか?」
「…………どういう、ことだよ?」
ビルヂング……たぶん、建物のビルのことだ。
「ビルヂングが、部屋が集まって構成されているように、国もまた、家族が集まって構成されている。ビルヂングが全焼すれば、部屋も全焼するように、国が滅びれば、家族もまた無事では済まない。」
「………………」
言わんとしていることは、少しだけ分かるけど。
要は、家族だけではなく、他人の――国のために戦えということだろう。
いわゆる、愛国心的なものだ。
だが、現代日本で生きてきた俺は、当然これまで愛国心なんて学校でも習ったことがない。考えたことも――たぶん、ない。
だから、概念としては知っているけど、やはりピンとは来なかった。
そんな俺の内心を見通したのか、神崎は大きなため息を吐いたあと、こんな発言をした。
「貴様のような軟弱者に、天賦の才が宿るとは……。猫に小判、あるいは豚に真珠とは、まさにこのことだな。」
俺はその言葉を聞いて、一気に頭に血が昇った。
それは、今の神崎の発言だけを受けたものではなく、入学してからこれまでの態度や負のイメージが積み重なって、許容量を超えたことによる怒りだった。
「おい!さっきから好き勝手言い過ぎだろうが!何様のつもりだ!!」
俺は、思わず神崎の胸ぐらを掴んだ。
誰かの胸ぐらを掴むなんて、生まれて初めてだった。
しかし、神崎はここに至っても冷静そのもので、冷たい声で口を開く。
「なんだ?殴らないのか?」
「―――っ!!」
俺は拳を握り締めて振り上げ――そして、そのままゆっくりと下ろした。
それは、暴力はいけないという現代日本の価値観がストップをかけたとも言えるし、あるいは単純に、俺が誰かを殴った経験がないためとも言えた。
すると、神崎は再びため息を吐いた上で、口を開く。
「誰かを殴る勇気もないとは。まったく仕方がないな――俺が、手本を見せてやろう。」
「―――え?」
神崎が何を言っているのか分からず、聞き返した俺に返って来たのは、顔への大きな衝撃だった。
咄嗟に顔へ手を当てると、手の平に鼻血が付着していた。
そして、俺は神崎に殴られたことを自覚する。
――そこから先の記憶は薄いが、俺も神崎を殴り返し、まるで少年漫画の喧嘩シーンのような展開を繰り広げることになった。




