第25話 天賦の才
規則正しい祈動学校の生活にもようやく慣れ始めた4月下旬、初めての教練――初級空中機動演習が行われた。
訓練生全員で指定の運動着に着替え、運動場に集合する。
4列縦隊で整列していると、初級空中機動演習の担当教官がやってきた。
黒川さんという女性教官で、元々は航空祈動士として第一線で戦っていたが、ある戦いで右目を負傷。
その後遺症なのか、航空祈動士として求められる6時間以上の滞空能力を満たせなくなり、祈動学校の教官して、後進の指導に専念する道を選んだという。
そう自己紹介をしてくれた黒川教官は、右目の眼帯がトレードマークの背の高い女性で、とてもかっこいい人だった。
そんな黒川教官が口を開く。
「いよいよ、これから航空祈動士としての教練を開始する。」
春も深まった4月の運動場に、黒川教官の声が響き渡った。
「まず、お前たちが何よりも優先して身につけるべきが空中機動だ。空を飛ぶ航空祈動士にとって、空中機動こそが行軍であり、攻撃であり、回避であり、全ての動作の土台となる。空中機動の下手な航空祈動士は、決して一流にはなれない。それをしかと心得よ!」
訓練生は全員、真剣な顔になって黒川教官の言葉に耳を傾けた。
「最終的には、空を自由自在に駆け回るようになってもらうが、お前たちはまだ、祈動士適性検査でしか空を飛んだことがないだろう。つまり、宙に浮かぶだけで精一杯なはず。」
周りを見ると、俺以外の訓練生は全員が頷いていた。
――なるほど、だから航空祈動士適性検査の際、俺の動きを見て検査官たちが驚いていたのか。
俺は、8か月前に受けた適性検査の時を思い出していた。
「まず、初級空中機動演習では、地面に向けてまっすぐ飛ぶ水平機動、回避機動の基本となる8の字機動やスラローム機動、宙返り機動、そして攻撃対象に常に正対しながら飛翔する、正対機動などについて教える。」
そう言って、教官は横にある装置を指差した。
「お前たちも適性検査で同じものを見ただろうが、これは討伐した“黒キ影”本体の核を加工したもので、特殊な電気信号を流すことで、生前の1/10程度の出力にはなるが、実戦と同様に祈動を発生させることのできる装置だ。極めて貴重かつ高価なため、日本国内でも数は限られるが、これを用いて航空祈動士の教練を進めていく。」
そこには、適性検査の際に見た赤い水晶と同じような装置が置かれていた。
適性検査の時と同じように、あちこちからケーブルが伸びていて、運動場に運び込まれた発電機につながっている。
適性検査の時と異なるのは、その大きさ――適性検査の時は洗濯機くらいのサイズだったが、目の前のそれは軽自動車くらいある。
「この至近距離で装置を起動させれば、あっという間に戦闘可能領域相当の祈動指数を出すことができる。ただし、先ほども言ったように出力は本来の1/10なので、それ以上は上がることはない。安心して教練に集中しろ!」
どうやら、危険領域に突入する心配は無さそうだ。
「では、早速だが始めていく。まずは浮かぶ所からだ。全員互いに距離を取り、姿勢を楽にして待機せよ!」
黒川教官の指示を受け、全員が運動場に散り散りとなる。
ちょうど俺の前の方にターシャと神崎がいるのが見えた。
ターシャは明らかに緊張しており、神崎は――よくわからない。
一方の俺は、正直なところを白状すると、全く緊張していなかった。むしろ待ち望んでいた。
あの、適性検査の際に感じた感覚。
自分の足りないピースが埋まるような充足感――
いまの自分なら何でもできると錯覚するような高揚感――
心が満たされる感覚――
「―――っ!」
まずい、教練に集中しないと。
しばらく待機していると、準備が整ったのか、赤い水晶が明滅を始めた。
「では、いまから装置を起動させる!まずは地面から3mの高さで停止するように!」
黒川教官が大声で合図をした。
すると――
「―――くっ!!」
思わず息が漏れてしまった。
赤い水晶が大きいからなのか、適性検査の時よりも格段に大きな高揚感が体を支配する。
気が着けば、無意識のうちに体が地面から3mくらいのところに浮かんでいた。
しばらく経って、周りの訓練生たちも空中に浮かび始めた。
それを確認した黒川教官が次の指示を出す。
「よし、浮かぶところまでは全員問題ないな。では、まずは地面に向けて水平に飛翔する水平機動を身につけてもらう。現時点で構わないので、各自ゆっくりと横に移動してみろ!」
俺は、その指示が終わるか終わらないかのタイミングで、早速移動を開始する。
やはり、地面を歩くかのように自然に移動ができる。
すると、黒川教官が少し驚いたように俺に声をかけてきた。
「広瀬、初めてにしてはなかなかやるな。」
その言葉を受けて周りを見ると、移動ができていたのは俺だけ――いや、少し遅れてターシャと神崎も移動を開始し、3名だけだった。
「初回で水平機動ができるのは毎年1名いるかいないかだ。今年の訓練生は優秀だな!」
どこか楽しそうに黒川教官は指摘した。
「せっかくだ、広瀬!お前、他にも何かやってみろ。」
どこか興が乗ったのか、黒川教官がそんな無茶振りをしてくる。
おいおい、何かって……
俺は少し悩んだあと、適性検査の時にやったように8の字に飛ぶ動きを披露した。
また、先ほど教官が言っていたスラローム機動――Sの字を描いて左右に動きながらの飛行も挑戦してみる。
普通にできた。
というより、「ジグザグに歩け!」と言われて、地面を歩くのと変わらないくらいの難易度に感じる。
自分から振っておいて何も言葉を発さないので、黒川教官の方を見ると、目が点になっていた。
「…………おいおい。初回から8の字機動もスラローム機動も難なくこなすとか、お前は本当に入校したての訓練生か?実は留年した上級生じゃないよな?」
黒川教官は、半ば呆れたように呟いた。




