第23話 航空祈動士運用概論(1)
入校から2週間が経過した。
相部屋の神崎とは相変わらずの調子であり、ようやく無言状態からは脱しつつあるものの――
「よう」
「ああ」
みたいな、方向性が真逆の阿吽の呼吸みたいになっている。
つらい。
「―――はぁ」
「ため息なんてついてどうしたの?広瀬くん?」
午前中の講義室にて、そう話しかけてきたのは、同期の女子訓練生である常磐だ。
不思議なことに、2週間も経過すると同期の中でも何となく役割というか、立ち位置みたいなものが決まってくるようで、常磐は誰に頼まれる訳でもなく、元の世界でいうホームルーム委員のように、同期の悩みを拾い上げる活動を始めた。
これはやはり、彼女の生来備えた責任感の強さゆえだろうか。
「心配してくれてありがとう。ちょっとコミュニケーションの何たるかについて考えていたんだ。」
「こみゅにけーしょん?――よく分からないけど、もし悩みがあるならいつでも聞くからね!」
そう言って去っていった。
常磐は優しいなぁ。
気を取り直して、今日の午後から、いよいよ航空祈動士に特化した講義――航空祈動士運用概論が始まる。
航空祈動士を目指す俺たち訓練生にとって、絶対に頭に入れなければならない講義だ。
午前中の講義が終わった後、意気込んでいる俺の元にターシャがやってきて、声をかけられた。
「志道くん!もしよかったら今日のお昼ごはん、一緒にどうですか?」
「もちろん構わないが、日高と白井はいいのか?」
そう思って後ろを見ると、日高と白井がこちらを見て、何やら微笑ましそうに笑っていた。
なんだなんだ。
「――その、最近、志道くんとゆっくり過ごせていないので、お昼を食べながら色々お話できればな、と。」
「……………………」
この子は天使かな?
まさかのストレートなお誘いに固まっていると、日高と白井の笑みがより一層深まった気がする。
いかん、このままここにいると、何だか良くない気がする。
鳴海を見ると、今日は相部屋のやつと一緒にいるみたいだし、ここはさっさと食堂へ行くに限る。
「もちろん。一緒に食べようぜ!」
「ありがとうございます!では行きましょう!」
そういうことになった。
ターシャと昼食を食べたあと、航空祈動士運用概論が行われる講義室へと移動した。
そのままターシャと隣同士の席に座る。
「志道くんは、航空祈動士の戦い方について知っていますか?」
「いや、ほとんど知らない。ターシャはどうだ?」
「私もです。でも、祈動兵器と呼ばれる、討伐した“黒キ影”から回収した核を材料にした武器を使うと聞きました。」
そう言えば、『黒キ影対策論』の講義でも、教官が話していた気がするな……
そう思っていると、ちょうど教官が講義室に入ってきて、航空祈動士運用概論の講義が始まった。
「これから航空祈動士運用概論の講義をしていくが、これはすなわち航空祈動士としての力――祈動の特性や扱い方を学ぶことに他ならない。」
教官はそう前置きした上で、話し始める。
「この場にいる全員は既に知っていると思うが、祈動とは、“黒キ影”の核が近くにある際に祈動士が行使できる力のことで、祈ることで精神力により物体を動かしたり、空を飛んだりする超能力の総称を指す。」
確かに、そう習った。
「これはその通りだが、祈動士として“黒キ影”と戦う際、もう1つ頭に入れなければならない概念がある――祈動指数だ。」
祈動指数……?
なんだそれ。
「祈動指数とは、その空間内で行使できる祈動力の大きさを数値化したもので、“黒キ影”の核の影響範囲内にいると、経過時間と距離の近さに比例して徐々に数値が上昇していく。そして、“祈動指数”の数値が大きいほど、祈動士は力を発揮することができる。」
そう説明して、教官はチョークを握って黒板に文字を書き始めた。
祈動指数の大きさとその分類
0から29:戦闘不可領域
30から49:戦闘可能領域
50から99:戦闘推奨領域
100から199:決戦領域
200以上:危険領域
書き終えた上で、訓練生の方へと振り返る。
「同じ祈動士であっても、祈動指数の大きさ次第で行使できる祈動力は大きく異なる。極端な例を挙げれば、才能に恵まれたベテランの祈動士が戦闘不可領域で行使する祈動と、初心者が戦闘可能領域で行使する祈動では、後者の方が強力、という逆転現象が起きたりもする。」
なるほど。ということは――
「もう気づいたと思うが、祈動士が“黒キ影”と戦う際は、祈動指数が大きいほど有利になる。具体的には、帝国海軍では祈動指数50以上の戦闘推奨領域での戦闘を推奨している。」
この辺り、俺が元いた世界における格闘ゲームの概念に近いな。
試合時間が経過するにつれて格闘ゲージが貯まっていき、ある一定量を超えると必殺技が使えるゲームをやったことがあるが、そのイメージだ。
「では、各領域における航空祈動士の模範的な戦い方について、具体的に解説していく。」
これはしっかり聞いておかないと……!
俺は、手に持った鉛筆を無意識に握りしめた。
「まず、祈動指数30未満の戦闘不可領域だが、ここまで数値が下がると飛翔することすら困難になる。普通の祈動士であれば、地上に着地して態勢を立て直せるが、海軍航空祈動士の場合、基本的に下は海なので一巻の終わりだ。従って、白領域における飛翔は厳禁とされている。」
「次に、祈動指数30から49までの戦闘可能領域だが、ここまで指数が上がると安定して飛翔が可能になる。実戦では、戦闘可能領域まで祈動指数が上がったことを確認してから作戦を開始し、空母や輸送機から飛び立って“黒キ影”に接近することが多い。この状態でも“黒キ影”の下位分体は十分に討伐可能で、上位分体についても戦い方次第では討伐できる可能性がある。」
なるほど、実質的に、戦闘可能領域突入後からが、航空祈動士としての出番ということか。
「そして、祈動指数50から99の戦闘推奨領域だが、これは先ほども言った通り、祈動指数の上昇を受けて祈動力が強化され、“黒キ影”に効果的に損傷を与えることができるようになる。ここまで来れば、上位分体とも対等に渡り合うことができる。」
それで戦闘推奨領域と呼ばれている訳か。
意外と分かり易くて安心した。
「そして最後が、祈動指数100以上の決戦領域だ。これは、祈動指数の上昇に伴い、祈動士の操れる祈動力が戦闘推奨領域の数倍にまで高まっており、上位分体相手でも優位に戦うことができる。そして一番重要なのは――」
俺は、その先の言葉が何か分かった気がした。
「――“黒キ影”の親玉である本体は、この決戦領域に突入して初めて戦うことができる。裏を返すと、戦闘推奨領域以下では、“黒キ影”の本体にはほとんど損傷を与えることができないため、積極的な戦闘は回避する必要があることを覚えておいてほしい。」
教官はそう結んで、説明を終えた。
――――あれ?
「教官!発言の許可を求めます!」
「広瀬訓練生か。発言を許そう。」
「ありがとうございます!」
俺は気になっていたことを尋ねる。
「教官の板書の中で、決戦領域のさらに上――祈動指数200以上の危険領域という文字が書かれているのですが、これはどういった領域になるのでしょうか?」
すると、訓練生のうち、何名かが顔を伏せた。
うえ!?何か聞いてはマズかったか!?
俺は慌てたが、もう遅い。
だが、教官は説明が漏れていたことを謝った上で、危険領域について教えてくれた。
「私としたことが、無意識に説明を省略してしまい申し訳ない。危険領域とは、祈動指数が上昇し過ぎた結果、祈動士の肉体や精神が強化された祈動に対応しきれず、様々な悪影響が発生する領域のことだ。ここまで祈動指数が上昇してしまった場合、最早まともな戦闘自体が不可能になる。つまり――」
教官は一拍おいて続けた。
「――時間切れにより作戦中止。祈動士の負けだ。」
その言葉が、講義室の中に響き渡った。




