第22話 黒キ影対策論(2)
翌日、『黒キ影対策論』の続きが行われた。
場所は、昨日と同じく、視聴覚室のような講義室である。
昨日と違うのは、その講義室に備え付けらている映写機の布が外されており、黒板の前に白い衝立のような物が設置されていることだ。
そして、その映写機の用途については、講義が始まってすぐに教官が教えてくれた。
「本日の講義では、“黒キ影”の生態について学ぶ。その前に、初めて見る者も多いだろうが、“黒キ影”が実際にどのような生物か、映像を見てもらいたいと思う。」
「…………………」
「―――!」
ここで訓練生たちの反応は大きく2つに分かれた。
悔しさを噛み締めるように表情を固くした者と、驚きで軽く息を飲んだ者だ。
そして俺は、後者の訓練生に該当する。
“黒キ影”の映像資料――
この世界にも当然、映像技術は存在している。
と言っても、この世界は1970年代なので、元の世界とは異なり高解像度の動画などはないが、それでもカラー映像は軍用を中心に普及していると聞く。
ただ、“黒キ影”の映像や写真は、民心の安定を図るためか、どの国の政府も積極的な公開をしたがらない傾向があるようで、俺も入校前に図書館へ通っていた際、数枚の写真を見たのみだ。
おそらく、前者の反応をした訓練生は、既に何かしらの形で“黒キ影”の映像を見たことがあるのだろう。
あるいは――本物そのものを。
「それでは、早速再生を始める。諸君は大丈夫だと思うが、もし体調が悪くなる者がいたら申し出るように。」
教官は淡々と言葉を発した後、映写機を操作して映像資料の再生を開始した。
そこには、ありとあらゆる“黒キ影”の姿が映っていた。
――体高5mはありそうな、鬼のような姿をした黒い怪物が、自動車を叩き潰し、電柱をへし折っていた。
――ライオンを2回りくらい大きくした黒い獣が、20体ほどの群れを作って戦場を駆け回り、塹壕から兵士を咥えて引きずり出し、鋭い牙で噛み殺していた。
――角を生やした悪魔のような黒い巨人が空を飛び、その大きな手の平を下にかざすと、そこから黒い光線が放たれ、海に浮かぶ軍艦を大破炎上させていた。
――そして、俺は見た。見てしまった。
20階建ての高層ビルくらいの巨大な黒い龍が空を飛び、映像を通してこちらを見ていた。
その目は溶岩のように赤く、その牙はまるで刀のように鋭く輝いている。
そして、その龍の口が赤く光り、みるみる内に光量を増していく。
やがて、映像全体が真っ赤な光で満たされ――
――映像資料の再生が終わった。
「………………」
訓練生たちは、誰も言葉を発さない。
それはいかなる感情からか。
恨みか、怒りか、あるいは覚悟か。
しかし、俺の心に生じた感情は、純粋なる恐怖だった。
人類を滅ぼす者――“黒キ影”
世界中で血と殺戮と絶望を撒き散らし、たった36年間で十数億人を殺害し、全陸地の4割近くを勢力下に収める人類の天敵。
銃弾を弾き、爆煙をかき分け、黒い光線で全てを貫く暴力の権化。
俺は、この神のような生物と、戦える日が来るのだろうか――
映写機を片付けた後、最後に教官はこのような話をしてくれた。
「今後の『黒キ影対策論』では、“黒キ影”に対抗するための具体的な知識や技術を教えていく。また、後期からは現役の祈動士による出張講義なども予定している。」
教官は、そこでわざとらしく咳をして、訓練生たちの注意を引き寄せた。
「――“黒キ影”は間違いなく人類にとっての脅威だ。だが、不幸中の幸いとも言うべき点が3つある。」
「―――?」
不幸中の幸い?
そんなもの、あの“黒キ影”にあるのか……?
教官は、指を1本立てて話し始めた。
「まず、先ほど多くの“黒キ影”の映像を見てもらったが、何か気づいた点はないか?――そう、海中で活動する“黒キ影”が存在しないのだ」
「―――!」
それは……確かに……!
「これは極めて重要な点だ。もし海で活動する“黒キ影”が存在していれば、世界の海上交通網が脅かされ、各国間の連携や前線への補給が不可能となる。そうすれば、“黒キ影”に対してまともな抵抗すらできず、人類の歴史は1940年代で終わっていただろう。」
そして教官は2本目の指を立てる。
「2つ目は、先日の講義で説明した通り、“黒キ影”の本体を討伐すると、その群れに所属する“黒キ影”の分体は生命活動を停止し、消滅することだ。これはすなわち、本体以外の“黒キ影”を陽動で引き付け、少数精鋭で本体を一気に討伐する斬首作戦が可能ということを意味している。」
最後に、教官は3つ目の指を立ててから言った。
「そして最後の3つ目だが、これは理由がはっきりとは分かっていないのだが、“黒キ影”の侵攻は北緯60度と南緯60度の間に集中しており、高緯度地域への侵攻がほとんど見られないことだ。これは、気温説や日射量説、白夜や極夜が関係しているなど様々な説があるが、定説には至っていない。」
なるほど……。
直感的には、“黒キ影”という名称から、太陽が一日中昇らない『極夜』が関係している気もする。
影とは、光があって初めて生まれるからだ。
と言っても、つい先日までただの高校生だった、素人の考えだけど……。
「もちろん、絶対とは言えないから過信は禁物だ。だが、実際のところ、ロシア北部やアラスカ地方、スカンジナビア半島などは“黒キ影”の侵攻を免れている。もしそれがなければ、日本とアメリカ、ヨーロッパは北部戦線まで抱えることになり、人類は今以上に危機に陥っていただろう。」
そして、講義の終了時間まで残り10分となったところで、教官は興味深い話をしてくれた。
「ところで、君たちも疑問に思っているだろう。“黒キ影”はどこから来たのか?と。結論から言うと、咒力や祈動と同じく定説はない。ないが、大きく3つの仮説が考えられている。」
教官は、一拍置いてから言葉を続けた。
「宇宙起源説、生物兵器説――そして、異世界起源説だ。」
そう、教えてくれた。
「一番有力なのは宇宙起源説だ。多くの研究者がこれを支持している。実際、“黒キ影”はこれまで確認されてきた生物と比べて、その生態はあまりに異なり過ぎており、およそ地球上で自然発生したとは考えにくい。」
それは確かにそうだ。でも――
「しかし、例え地球の外で生まれた生物であっても、私たちと同じ宇宙で生まれたことには変わりはない。そして、この宇宙における物理法則は1つだ。その物理法則に逆らう力を行使できることの説明がつかない。」
そうなのだ。俺も同じ違和感を覚えた。
「そこで考え出されたのが異世界起源説、あるいは異次元起源説だ。“黒キ影”は、私たちのいる宇宙とは別の宇宙に存在しており、何かしらの手段によって、次元を越えて私たちの宇宙に干渉しているという説だ。これであれば、“黒キ影”が私たちの知る物理法則とは異なる力を行使できる理由も、いちおう説明がつく。」
まあ、講義の余興だと思ってくれ――
教官がそう付け足したところで、定刻のチャイムが鳴り、本日の講義は終了となった。




