第13話 決戦領域
戦闘開始から20分が経過した。
「―――っ!」
東雲の顔を汗が伝う。
小隊のわずか10m近く先を、黒い光線が駆け抜けた。
日下部たちは必死に妨害するも、敵の狙いはどんどん正確になってきていた。
このままでは、あと数発で直撃に至る可能性も十分に考えられる。
「雨宮っ!祈動指数は!?」
「現在94⋯…!決戦領域まで、あと少しです!!」
間に合うか――?
そう、東雲が顔を歪ませたとき――
「―――なに!?」
“黒キ影”の本体が一際大きな咆哮を発すると、突如首の向きを大きく変えて、部下に指示を出している日下部の方へと顎を開いた。
「くそっ!!」
日下部は部下への指示に気を取られていて、まだ“黒キ影”の本体が自分の方を向いていることに気がついていない。
「私の部下に――」
東雲は、身に宿す祈動力を全て推進力に変えて、敵の顎に目がけて突進する。
「―――手を出すな!!」
そのまま衝突の瞬間、脚部に祈動力を移動させ、渾身の蹴りを敵の顎に放った。
だが、“黒キ影”の本体表面を包む斥力場が、東雲の蹴りの衝撃を和らげる。
“黒キ影”本体へのダメージはほとんどなかった。
しかし――
次の瞬間、日下部のすぐ頭上を黒い光が通過した。
黒い光はそのまま遥か上空へと進んでいき、天頂にある薄雲を突き抜け、空にドーナツ状の模様を描いた。
“黒キ影”本体へのダメージはなかったものの、間一髪で攻撃の向きを変えさせることに成功したのだ。
「……すみません、連隊長、恩に着ます。」
「よい。だが集中力を切らすな。次はないぞ。」
そう言い交わし、東雲と日下部が互いに顔を険しくした時、頭上に大きな雲が差しかかった。
陽光が雲に遮られて、戦場が薄暗くなる。
すると、戦場のあちらこちらで、祈動によって生み出された無数の光弾が飛び交い、第一航空祈動連隊の仲間たちが必死の奮戦を行っていることが、より一層はっきりと分かった。
東雲は、鴻上と劉たちの大隊に目をやる。
どの隊員たちも歯を食いしばりながら応戦している。
それは、まさに鬼気迫る戦いぶりだった。
しかし、確実に“黒キ影”にダメージは与えているものの、未だに本体含めて3分の2以上の敵が顕在で、勝負を決めきれずにいる。
支配者たる“黒キ影”の本体にいたっては、祈動力の籠った光弾を何度も浴びているが、びくともしていない。
隊員たちも疲弊している。
このままでは……。
そのとき――
雲の隙間から、一筋の陽光が差し込み――
東雲の背中を――
――わずかに、照らした。
「連隊長っ!!祈動指数100超過!!決戦領域突入ですっ!!!!」
雨宮が叫んだ。
その瞬間、第一祈動連隊全員の祈動力が、大幅に膨れ上がる。
隊員たち全員の目が、交戦する“黒キ影”と同じく、赤く輝いた。
東雲は無線で全員に呼びかける。
「総員――」
いまや雲は完全に過ぎ去り、戦場を再び、陽光が照らしていた。
「――抜刀!!!!」
戦場のあちこちで閃光が走る。
全員が、これまで戦闘が開始してから一度も使っていなかった、腰に佩びた刀を、鞘から抜き放った。
そして、手に持つ刀にありったけの祈動力を込める。
祈動力を込められた刀は、大気を震わせ、目を焼くほどのまばゆい光を放ち、白く輝き始めた。
「殲滅せよ!!」
東雲の号令により、これまで“黒キ影”と一定の距離を保っていた隊員たちが、一斉に敵へと肉薄し始めた。
そのまま“黒キ影”と交差する。
振りかぶった刀がより一層輝き、相手の首元めがけて振り抜かれた。
先ほどの光弾でさえ苦戦していたのだ。刀など、その強力な斥力場に阻まれて弾き返されるか?
そう思われたとき――
鷲獅子の姿をした“黒キ影”の首が飛んだ。
まるで熱したナイフでバターを切るかのごとく、首と胴体を断ち切った。
力を失った“黒キ影”の胴体は重力に従って落下し始め、やがて黒い霧となって消滅する。
よく見ると、戦場のあちこちで似たような光景が繰り広げられていた。
斬っては離れ、離れては斬り。
戦闘機では到底不可能な、アクロバットな動きで敵を圧倒する。
先ほどまで苦戦していた“黒キ影”の上位個体――鷲獅子の姿をした敵がみるみる内に少なくなっていった。
「このまま勝負を決める!日下部、援護を頼む!」
「はっ!!」
そう指示を出すと、東雲は一直線に、龍の姿をした“黒キ影”の本体に目がけて突進し始めた。
先ほどまでとは比べ物にならない速度である。
すると、これまで空の支配者として余裕を保っていた敵の瞳が、わずかに揺らいだ。
敵は咆哮と共に、東雲に目がけて黒い光線を放つ。
「―――っ!!」
直撃か――そう思われた瞬間、東雲はわざと態勢を崩す形で半回転し、黒い光線の直撃を回避する。
髪の毛の先端がわずかに光線に触れ、ジュッという音がした。
東雲は、そのままの勢いで“黒キ影”の本体にぶつかる。
すると、先ほど顎の先に蹴りを見舞った際と同じく、敵の体表を包む斥力場が彼女の接触を拒んだ。
だが――
「これでっ!!」
先ほどと異なるのは、東雲が握った刀が敵の斥力場を侵食しており、徐々に穴を拡大させつつあった。
東雲はそのまま斥力場を突破し、“黒キ影”本体の右肩に着地した。
「終わりだ!!!」
着地後、そのままの勢いで肩口に刀を突き刺す。
――その瞬間
「オオオオォォォォ!!!!」
“黒キ影”の本体――黒い姿をした龍が絶叫する
よく見ると、東雲が突き刺した刀の周囲の筋肉が次々と断裂し、鱗が弾け、血液が沸騰し始めた。
黒い龍が苦しそうに体をくねらせる。
傷口はどんどん大きくなり、いまや右の脇腹から右腕全体へと拡大しつつあった。
このまま勝負が決まるかと思った、そのとき――
「オオオオォォォォ!!!!」
黒い龍が無理やり首を回し、肩口に顔を向けた。
龍の首から骨が軋む音が聞こえる。
「こいつ!自分の体ごと!?」
悪あがきゆえか、先ほどまでの光に比べると遥かに弱々しいが、黒い龍の口元に咒力が集まり、東雲めがけて放たれる。
直撃か――そう思われたとき。
「連隊長っ!!!!」
日下部の部下が、黒い龍の顎と東雲の間に割って入り、体を張って放たれた黒い光線を受け止める。
黒い光線の直撃を受けた部下は左腕が吹き飛び、そのまま海面に向けて錐揉みしながら落下した。
「葛城っ!!」
「連隊長……頼みます……隊の仲間を……祖国を……」
無線が故障したのか、言葉は途中で途切れた
「―――日下部っ!葛城の救援に2名回せ!」
東雲は、そう指示を出した。
そして歯を食いしばり
「墜ちろおおぉぉぉぉ!!!!」
裂帛の気合と共に、黒い龍の本体に刺さった刀に全身の祈動力を注ぎ込む。
やがて傷口は拡大し、敵の顔にまで達したあと、体中の傷の裂け目から白い光が漏れる。
「オオ……オオ……ォォ……!!」
黒い龍――“黒キ影”の本体は、最後に断末魔の声をあげると、瞳孔が開き、瞳は色を失った。
その巨体は、そのまま海面へと落下していく。
「―――雨宮!?」
東雲はそれを見届けた後、雨宮に声をかけた。
「―――祈動指数、急速低下!“黒キ影”本体の討伐を確認しました!!」
“黒キ影”本体の核は非常に強力なため、その空間における祈動指数に大きな影響を与える。
祈動指数が急低下したということは、“黒キ影”本体の生命活動が、完全に停止したことを意味していた。
すると、本体を失ったことで、周囲を飛び回っていた残りの“黒キ影”の分体も力を失い、次々と海面へと落下していく。
そして、空を覆い尽くしていた“黒キ影”は全て煙となって消え、戦場に静寂が訪れた。




