第12話 黒キ影
それから5分ほど飛翔した後――
「――見えた。」
東雲はつぶやいた。
よく見ると、前方のはるか彼方の空に、米粒をばらまいたような大量の黒点――すなわち“黒キ影”が見えてきた。
第五航空祈動連隊もそれを発見したのか、“黒キ影”に向かって加速し始める。
それを見届けた第一航空祈動連隊は、第五連隊とは別の方向、“黒キ影”よりさらに高所に向かって斜め前方に飛翔し始めた。
それからしばらく経過した後――
「始まりましたね、連隊長。」
「ああ。」
日下部が東雲に声をかけた。
2人の目線の先を追うと、眼下で第五連隊が“黒キ影”と戦闘を開始した。
第五連隊の祈動士は白い光弾を放ち、対する“黒キ影”は黒い光線を放っており、色の異なる無数の光が空中で交差し、明滅を繰り返す。
第一連隊は、そのまましばらく様子を注視していた。
やがて――
「連隊長。祈動指数が50を超えました。戦闘推奨領域突入です!」
「よし。」
胸の前に下げた機械を見ていた雨宮が、東雲に報告する。
「そろそろ敵にも気づかれるだろう。総員、準備はいいな!!」
東雲が問うと、第一連隊の全員が頷いた。
「重力加速度を利用して、一気に最高速で突入する!“黒キ影”の本体周辺の雑魚を蹴散らし、“黒キ影”本体に火力を集中しろ!」
一拍おいて――
「総員!突撃!!」
東雲の号令と共に、全員が小銃のような武器を真下に向けて、弾丸のような速度で垂直に落下し始めた。
一気に“黒キ影”たちとの距離が縮まり、その姿形が肉眼でも確認できるようになった。
――それは、明らかに地球上の生物ではなかった。
巨大な翼を広げ、鋭い嘴を打ち鳴らし、筋骨隆々とした体を操る獅子――西洋の伝説に出てくる鷲獅子に酷似した生物がいる。
さらに、その周囲を悪魔のような怪物や巨大な鳥のような生物も飛び交っている。
それらの生物に共通するのは、全てが真っ黒な体を持っており、目だけが赤色に輝いていることだった。
まるで、地獄の蓋を開けて飛び出して来た――そう言われても信じてしまいそうなほど、この世のものとは思えない光景であった。
そして極めつけは、先ほどの鷲獅子の10倍はあろうかという、圧倒的な存在感を持つ龍の姿をした生物が、“黒キ影”の中心に存在していた。
――黒くて頑強な鱗は鋼鉄のごとく。
――万物を噛み砕かんとする牙は、名工が鍛えた刀のごとく。
――相手の魂まで射抜くかのような赤い瞳は、まるで宝玉のごとく。
それはまさに、天空を支配する覇者の姿に他ならない。
その生物こそが、この場に存在する全ての“黒キ影”の産みの親でもある、“黒キ影”の本体だった。
“黒キ影”の本体は、東雲たちの接近に気がつくと、空気を激しく震わせながら咆哮した。
生物であれば、すべからく本能的に恐怖を抱かずにはいられない――そのような響きであった。
「鴻上は右翼を、劉は左翼を削れ!私と日下部は、“黒キ影”本体の注意を引きつける!!」
東雲はそう指示を出すと、日下部の大隊を引き連れて、巨大な“黒キ影”本体の方に向かっていった。
鴻上と劉もそれぞれ自分の大隊を引き連れて、左右へと向かっていく。
すると、本体の周りを飛び交っている“黒キ影”たちも、第一航空祈動連隊の接近に気がついて顔を上げた。
しかし、それよりも一瞬早く、鴻上と劉たちが小銃のような武器を敵に向け、一斉に光弾を発射した。
“黒キ影”たちは回避しようとするも、間に合わず直撃する。
その一斉射撃によって鷲獅子の姿をした“黒キ影”の分体が体を貫かれ、7〜8匹が真下の海へと墜落していった。
だが、多くの敵は光弾の直撃に耐え、鴻上や劉たちに向かっていく。
「ここからは格闘戦に移行する!各隊員、敵との距離を保ちつつ、常に複数名で一体を相手するよう意識しろ!」
鴻上や劉たちは隊員にそう指示を出し、自分たちも敵に向かっていった。
だがその時――
戦場を黒い光が覆い尽くした。
一瞬遅れて、響き渡る轟音。
思わず鴻上や劉たちが音のした方に目をやると、東雲と日下部たちが相手をしている巨大な黒い龍の口から、大量の煙が出ていた。
一体何が起きたのか――
劉はたまらず無線で呼びかけた。
「連隊長!大丈夫ですか!?」
「――ああ、なんとかな」
東雲の苦々しい声が返って来る。
「やつめ。とんでもない咒力の持ち主だ。直撃すれば、我々の祈動力による防御をもってしても、ひとたまりもない。」
無線のやり取りを聞いていた鴻上もすぐに部下へ情報を共有し、“黒キ影”からの光線に最大限注意するよう伝達した。
無線でそのやり取り聞きつつ、東雲は考える。
今回の“黒キ影”の本体は、これまで東雲が相手にしてきた中でも、確実に上位に属する個体だ。
本体が強力なほど、そこから産み出される“黒キ影”の分体も強いと相場が決まっている。
「これは、手強い相手かもな。」
東雲はそう呟きつつ、いよいよ第一航空祈動連隊と“黒キ影”たちによる、本格的な格闘戦が始まった。
「連隊長、そろそろ二発目が来ます!」
「わかっている。」
東雲は、巨大な龍の姿をした“黒キ影”の本体を睨みつける。
「先ほどの攻撃で我々の回避能力は概ね学習しただろう。次は回避予測地点を狙って撃ってくるぞ。」
「では――?」
「大隊を2つに分ける。私は第一小隊を率いて攻撃を引き付ける。お前は第二小隊、第三小隊を指揮し、敵の集中力を削ぐため断続的に攻撃を仕掛けよ!」
「はっ!!」
東雲はそう叫ぶと、大隊の3分の1に指示を出し、“黒キ影”本体の周りを飛び始めた。
日下部も残りの大隊を率いて光弾を浴びせかける。
その瞬間、第二撃目を放った“黒キ影”だが、光弾が顔面に集中したことで狙いが甘くなったのか、東雲たちのわずかに下の空間を、巨大な黒い光線が通過した。
そのまま海面を直撃した黒い光は、爆音と共に大きな水柱を生んだ。
その巨大なエネルギーで海面が沸騰し、大量の水蒸気が海面付近を漂う。
「……さて、ここからが本番だ!!」
東雲は、一瞬の油断が命取りになる戦いが始まったことを自覚し、無意識に唇を舐めるのだった。




