第10話 南洋作戦
■まえがき
第10話〜第14話にかけて、主人公の志道にとって、そして物語上でも重要な部隊となる第一航空祈動連隊の活躍を描きます。
“黒キ影”との戦闘がどのような形で行われるのかも含め、見どころ満載ですので、ぜひお楽しみください!
1976年7月 日本信託統治領 北マリアナ諸島 サイパン島東方沖
「少佐、間もなく予定作戦空域に入ります。」
張り詰めた空気の中で、前方から男性の声が響き渡った。
そこは、輸送機の格納庫だった。
ゴオン、ゴオンという重低音が鳴り続けており、壁面に空いたわずかな明り取りの窓から、白い陽光が差し込んでいる。
そこに総勢50名ほどの軍服に身を包んだ集団が直立不動で整列していた。
床が細かな振動を繰り返しているにも関わらず、誰一人として体幹を崩すことはない。
その顔はというと、全員が何か使命を帯びたような、あるいは覚悟を決めたような表情をしており、その集団が歴戦の戦士の集まりであることが一目で分かった。
ただ、通常の戦士の集団と大きく異なるのが、構成員の半数ほどが女性であることだろうか。
その女性のうちの1人、先ほど少佐と呼ばれた女性が、そばにいた背の高い男性を引き連れて集団の前方に立った。
背の高い男性が口を開く。
「総員傾注!」
全員が、少佐と呼ばれた女性の方に注目する。
「よし。」
明かり取りの窓から差し込んだ陽光が、彼女の顔を照らした。
綺麗な女性だった。
歳の頃は20歳過ぎだろうか。少佐という堅苦しい肩書からは想像もできないほど若く、頭の後ろで結った黒曜石のような光沢のある髪が、かすかに差し込んだ陽光を反射している。
反面、顔つきは精悍そのもので、意志の強そうな青みがかった黒い瞳が、整列している集団を正面から見つめていた。
「間もなく予定作戦空域に入る。雨宮、“祈動指数”はどうだ?」
女性から雨宮と呼ばれた女性は、胸の前に抱えた装置に目を落として答えた。
“祈動指数”とは、その空間内で行使できる祈動力の大きさを数値化したもので、“黒キ影”の核の影響範囲内にいると、経過時間と距離の近さに比例して徐々に数値が上昇していく。
そして、“祈動指数”は世界共通で以下の通り定められており、数値が大きいほど、祈動士は力を発揮することができる。
・0から29までを戦闘不可領域
・30から49までを戦闘可能領域
・50から99までを戦闘推奨領域
・100以上を決戦領域
「現在26です。“戦闘可能領域”まで、推定5分程度かと。」
「思ったよりも早いな。」
少し意外そうにつぶやいた後、改めて口を開いた。
「現状について改めて確認しておく。先発した航空隊は前線に展開している“黒キ影”の分体をあらかた片付け、空母およびサイパン島基地に帰投中との連絡が入った。第2陣が後詰めに入ってはいるが、ここから先は主に我々の出番だ。」
隣に立つ男性から僅かな衣擦れの音が聞こえた。
「既にブリーフィングで共有しているが、海軍祈動研究所の進路予想によると、“黒キ影”は九州から中四国地方に向けて接近中であり、日本本土への上陸確率は90%以上と分析されている。言うまでもないが、国を揺るがす危機である。」
集団の誰かが生唾を飲み込む音がした。
「だが、敵は実に不幸だ。」
女性はそこで初めて、かすかに不敵な笑みを浮かべた。
「なにせ、我らが第一航空祈動連隊がサイパンに駐留している時に、わざわざ向かってくるのだからな。知性を持たぬ獣が相手とはいえ、心よりお悔やみ申し上げる。」
そんな、冗談まじりのセリフを発した。そして、女性の顔つきが一気に変わる。
目の前の集団を、あるいはここではない、さらに先の何かを睨みつけるように険しい顔へと。
「我が忠勇なる隊員達に告げる!敵は確かに強大だが、我らはさらに強大だ!!」
女性の変化に合わせ、隊員と呼ばれた者たちの背筋が一気に伸びた。
「日頃の厳しい訓練を思い出せ!どんな状況であっても決して諦めるな!自らの努力と可能性を信じ、力を尽くせ!」
隊員たちの目に自信と覚悟が宿る。そして女性を見つめる目には、確かな敬愛と信頼が宿っていた。
「帝国最精鋭たる我らが力、二度と忘れられぬよう、黒坊主どもに叩き込むっ!!」
「東雲連隊長!祈動指数30オーバー!“戦闘可能領域”に突入しました!」
先ほど雨宮と呼ばれた女性が叫んだ。
「よろしい!日下部!!」
「はっ!!」
集団の正面に立つ連隊長と呼ばれた女性――東雲は、隣に立つ男性、日下部に指示を出す。
日下部は集団のさらに前方へと進んでいき、そこにいた輸送機の操縦士と何度か言葉を交わしてから戻ってきた。
直後、東雲の背後の扉が開き始め、先ほどから聞こえていたゴオン、ゴオンという音とは比べものにならないくらいの爆音が鳴り響き、一気に空間が明るくなった。
すると、先ほどは暗くて分からなかった集団の姿がはっきりと浮かび上がる。
紺色の軍服を着用し、肩には小銃のような武器を下げ――そして、なんと腰には軍刀、それもサーベルではなく、日本刀によく似た刀を吊り下げていた。
さらに、空間が明るくなったことで彼ら、彼女らの背中もくっきりと視認できるようになる。
そこには暗き闇夜を切り裂く極光――すなわち、日の出を模した紅白の意匠、帝国海軍の軍旗としても知られる旭日旗が結いつけられていた。
連隊長たる彼女は叫ぶ。その声は鳴り響く爆音の中でも、不思議とよく通った。
「これより作戦を開始する!帝国と、人類の未来のために!!」
いまや完全に開いた扉の向こうに体を向けて――
「降下っ!!」
――勢いよく飛び出した。
そして、彼女に続いて全員が次々と飛び降りる。
外は一面の青。
まさに青空と海原が視界いっぱいに広がっていた。
先ほどまでいた輸送機が、既にはるか彼方に見える。
人の身で空中に体を投げ出したのだ。
このまま真っ逆さまに落下すると思いきや、東雲たちは重力に逆らい水平へと進路を変え、そのまま前方へと猛スピードで飛翔し始めた。
どれだけ目を凝らしても、翼やプロペラ、ジェットエンジンのような飛行設備は見当たらない。
驚愕することに、まさしく生身で空中を飛翔していた。
人智を超えた未知の力――祈動力によって。
彼ら、彼女らこそ、迫りくる“黒キ影”に対して振るわれる、日本の矛であり盾。
10万人に1人という選ばれし才能を磨き上げ、訓練に訓練を重ねた、世界に誇る精鋭軍団。
帝国海軍に6つしか存在しない祈動士部隊である、海軍航空祈動連隊の内の1つ。
――すなわち、第一航空祈動連隊の祈動士たちだった。




