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君に届かない、この世界で。  作者: 風乃ナノ
きらめきの日々
9/10

scene.08 「鏡のむこうがわ」

6月下旬。


雨上がりのアスファルトには、

まだところどころに水たまりが残っていた。


濡れた地面が夕方の光を淡く映している。


六人はそれぞれ並んで歩きながら

話をしていた。


「やっと雨、あがったね〜」


雪城(ゆきしろ)ネネが靴先で

水たまりを避けながら、楽しげに言う。


「うん。明日は晴れるといいね」


香坂(こうさか)ユイが小さく頷くと、

その後ろから朝日(あさひ)リナと月森(つきもり)ミナ、

そして白咲(しろさき)リコと綾瀬(あやせ)ノノも歩いていた。


「ねえねえ、今日ロマール寄ってかない?

リナもこれからバイトって言ってたよね?」


ネネが振り向いて声をかけると、

リナが親指を立てた。


「うん!

今日はクッキー焼いてあるはずだから、

よかったらみんなも来てよ!」


こうして、放課後の一行は

カフェ・ロマールへと向かった。





入店すると、カウンターの中にいた

女性店員がふと顔を上げ、

穏やかな笑みを浮かべた。


「いらっしゃいませ」


それを見たリナが「あっ」と

小さく声を上げて駆け寄った。


「ハルネ先輩、お疲れさまです!

今日、友達連れてきたんですけど……

ここ、座っても大丈夫ですか?」


「うん。いいんじゃない?」


遠野(とおの)ハルネは微笑んで頷くと、


リナは「じゃあ、こっちこっち」と

手を振りながら五人をカウンターへ案内し、

「ちょっと準備してくるね」と言って

奥へと入っていった。


木製のテーブルと温かな照明。


落ち着いたピアノのBGMが、

雨上がりの午後にちょうどいい。


ネネが椅子に腰を下ろし、伸びをする。


少しして、ハルネがトレーに

水を乗せてやってきた。


そっと一人一人の前に水を置き終えると、

会釈して優しく言った。


「ご注文は、またお伺いしますね」


五人は並んで座り、メニューを眺めていた。


「本日のおすすめ、

チョコとラズベリーのケーキだって」


ノノがメニューを読み上げると、

ネネがすぐに反応する。


「いいな〜、じゃあわたしこれと……

キャラメルラテのセットにする!」


「ユイちゃんは?」とネネが尋ねると


「うーん、わたしは……

ネネちゃんと同じのに、しようかな」


リコはメニューを見ながら


「……じゃあ、わたしはチーズケーキと

ホットミルクティーをお願いします」


と注文すると、

ノノは「おいしそうだね」と微笑み、

メニューを指でなぞりながら


「じゃあ、わたしは……

レモンタルトとハーブティーにしよっかな」


「私はガトーショコラと、コーヒーで」


ミナが注文すると


ネネが「え〜なにそれ大人じゃん!」と

楽しそうに言う。


ミナは小さく肩をすくめて「そう?」と

穏やかに笑った。


「手作りクッキ〜! これも頼んでみようよ!

さっきリナが言ってたやつだよね?」


みんなが頷いて、それぞれの注文を伝える。

ハルネは手際よくメモを取り始めた。


その間、リコがふと彼女の髪に目をやり、

ノノに顔を向ける。


「……羽根のチャーム、

ノノのバレッタみたいでかわいいね」


小声ながらも、楽しげに言った。


「……ほんとだね」


同意するように頷くと、

ハルネが顔を上げる。


どうやら聞こえていたらしく、

やわらかな笑みを浮かべた。


「ありがとう。そのメガネもかわいいね」


思わぬ言葉に、リコは少し恥ずかしそうに、

「ありがとうございます」と答えた。


そして再び会釈して

カウンター奥へと戻っていく。


すると入れ替わるようにして、

奥からリナが顔を出した。


そのままガラスのショーケースを覗き込み、

手に持ったオーダーを確認すると、

慣れた手つきでトングを取り、

次々とケーキを丁寧に取り出していった。


しばらくして、裏のカウンターから

ドリンクをトレイに載せて戻ってくる。


テーブルに並べると、

みんなの顔が自然とほころぶ。


ケーキとドリンクを前に、

他愛のないことを話しながら笑いあった。





食後、まだテーブルで

他愛のない話を続けていると、

ネネがふと席を立ち、

店内の壁にかけられた

掲示板の方へ歩いていった。


そこには、地元のイベントやライブの

告知チラシがいくつも貼られていて、

ネネはそれを楽しそうに目で追っていく。


そして、ある一枚に目を止めると


「……わっ、ちょっと見て!」と声を上げた。


それは、海開きを知らせる

夏のイベントポスターだった。


「“伊須真(いすま)海水浴場、海開き”だって!」


ポスターを指差しながら、

嬉しそうにみんなの方を振り返って言った。


「ねえ、みんなで、海、行かない?」


ネネの提案に、

カウンター越しで小皿を拭いていたリナが


「いいね、それ!」と、嬉しそうに返した。


「いいかも」


ミナが微笑みながら頷くと、

ノノがリコの方をそっと見る。


「リコはどう?」


ノノにそう尋ねられると、

リコは小さく笑って頷いた。


「……いいね。きっと、楽しいと思うよ」


「ユイちゃんも、もちろん行くよねっ?」


「うん」とユイは小さく頷いて微笑んだ。


ネネは嬉しそうに手を合わせた。


「やったーっ!

じゃあ、みんなでスケジュール合わせて、

計画立てよう!」


「……っていうかさ、

ネネちゃんノリノリじゃん。

ユイちゃんの水着姿、

見たいだけだったりして〜?」


リナがニヤリと笑いながら

からかうように言うと、

ネネの顔が一瞬で赤くなる。


「ち、ちがっ……!」


「もう、リナ。そういうのやめなさいよ」


ミナが苦笑しながら、

あきれたように肩をすくめた。


「でもさ〜、あたしも

ちょっとくらいは自信あるんだけど?」


リナは冗談めかして胸元を張ってみせる。


ネネが「はいはい」と

笑いながら軽く手を振ると、


リナはいたずらっぽく目を細めて

ユイの方を見た。


「でもやっぱ、ユイちゃんの方が……ね?」


その視線にユイは小さく肩を縮め、


顔を赤くしながら、

胸元をそっと両手で押さえるように隠した。


うつむくユイに、ネネが

「もう、ほんとにやめてよ〜!」と

慌てて割って入る。


けれどどこか、

その表情もほんのり赤く染まっていた。





窓の外では、

雨上がりの空にようやく陽が差しはじめ、

少しずつ日が傾いてきていた。


ネネは水の入ったグラスを置いて呟いた。


「……水着、どうしようかな〜」


「もう海行く気満々じゃん」


リナがカウンターの奥から声をかけ、

ネネは「あははっ」と照れたように笑った。


「だってさ、

海行くなら準備しなきゃでしょ?」


ユイがカップを持ったまま、

ちらりとネネを見る。


そんなユイの様子に気づいたのか、

ネネは笑って、明るく言った。


「……じゃあさ、このあとちょっと水着、

見に行ってみる?」


「うん……行こっか」


ユイの答えに、

ネネの笑顔がさらに明るくなった。


それぞれが財布を取り出し、

お会計を済ませていく。


「じゃあ、

ウィンドウショッピングにしゅっぱーつ!」


ネネが楽しそうに声を弾ませると、


「え〜っ、

働いてるあたしを置いて行っちゃうの……?」


リナが、わざとらしく

目元を押さえて嘘泣きのポーズをする。


ネネはくるりと振り返ると、親指を立てた。


「あとでグルチャに写真送るね〜!」


「おっけー! おじさん期待しちゃうぞ〜!」


「はいはい」


ミナが呆れたように笑うと、

リナが「楽しんできなよー!」と

笑ってカウンター越しに手を振った。





秋神(あきがみ)駅に併設された

ショッピングモール。


夏に向けた特設コーナーでは、

水着や麦わら帽子、

浮き輪などが所狭しと並び、

「夏準備セール」のポップが

あちこちに掲げられている。


ネネが「これ、可愛い〜!」と

目を輝かせると、


ノノも「こっちの色も素敵だね」と

リコにそっと話しかける。


ネネはラックに掛かった水着の中から、

肩にリボンのついた淡いピンクの

セパレートを見つけると、

嬉しそうに手に取った。


ユイは照れくさそうに小さな声で言った。


「……着てるの、見てみたいかも」


ネネは、ぱっと顔を上げ、

嬉しそうに目を輝かせた。


「えー、ほんと?

……じゃあ、買っちゃおうかな」


少し照れたように笑うネネに、

ユイは思わず目を奪われてしまう。


ミナはその様子を横で見ながら、

微笑んで言った。


「ネネちゃん、とっても似合ってるよ」


「えー、ほんとにー?」


ネネは水着を胸に当てたまま

小さく身体を揺らしてみせた。


ノノはラックにかかったビキニを手に取ると、


にこっと笑ってリコの方を見た。


「ねえリコ、こういうの、

意外と似合うんじゃない?」


リコは一瞬ぽかんとして


「え……本気で言ってる?」


「ちょっと大人っぽいリコも見てみたいかも」


とノノは楽しそうに笑った。


ネネはラックから落ち着いた

黒のタンキニを手に取って、


ユイに向けて軽く掲げた。


「ユイちゃん、こんなのどう?」


いたずらっぽく笑いながらユイに差し出した。


「……わたしに似合うかな……」


少し恥ずかしそうに水着を見る。


「ほら」


と言ってユイの胸元に当てようとした。


ふと何かに気づいたように

「あっ」と声を漏らし、

水着を持つ手を慌てて引っ込めた。


「ご、ごめん……なんか、ちょっと……」


ユイは顔を真っ赤にして小さく肩を縮め、

「……もう、ネネちゃん……」と

視線を逸らす。


そんな二人のやり取りを見て、

ミナがふっと笑いながら言った。


「でも、ユイちゃんスタイルいいよね。

……ちょっと羨ましいくらい」


するとネネが、ミナの方を見て言った。


「ねえ、ミナも水着探さないの?

どうせならみんなで買おうよ!」


私は……と口を開きかけたけど、

ネネがすかさず、

からかうように続ける。


「水着探してるとこ、

写真で見せないと誰かさんが拗ねるじゃん?」


「……しょうがないなぁ」


ミナは小さくため息をつきながらも、

どこか嬉しそうに、

ゆっくりと水着を探し始めた。





ネネは手提げ袋を持ちながら、

隣を歩くユイの方を見て嬉しそうに言った。


「結局、買っちゃったねー」


ユイは「……うん」と微笑む。


駅に着くと、改札の前でミナと別れ、

「じゃあまた明日ね」と手を振った。


そのあとノノとリコとも

軽く手を振り駅前で別れる。


ふたりはみんなを見送ってあと、

紙袋を見て小さく笑い合った。


「……海、楽しみだね」





風呂上がりの髪を軽く乾かしたあと、

ベッドの上に腰を下ろす。


まだほんのりと体に熱が残っていた。


窓の外では、

いつのまにか雨が降り始めている。


机の上に置いた、

いつも使っているポーチ。


そこから少しだけ顔をのぞかせている

淡い黄色の巾着が目に入った。


無意識のうちに、手を伸ばし、

そっと取り出す。


巾着の口をゆっくりと開くと、

中から小さな手鏡が現れた。


光をうけて虹のような

干渉光がうっすらと走るその縁は、

今日の夕暮れの空に少し似ていた。


手に取って鏡を覗き込む。


そこには、お風呂上がりで少し火照った、

自分の顔が映っている。


目元にはまだ、

ショッピングモールでの余韻が残っていて、

少し嬉しそうに見えた。


水着を選んでくれたこと。


少し触れそうになったこと。


帰る前に笑い合ったこと。


……あれって、「特別」だったのかな。


でも、ネネちゃんはきっと、

誰にでもああやって笑える人だから。


……それでも、嬉しかった。


あの笑顔を、

自分だけに向けられたものだと信じたくて。



だから──



そう自分に言い聞かせるように、

そっと瞼を閉じた。



……と、そのときだった。



何の光も差し込んでいないはずなのに、

手の中の鏡面がふっと光を返す。


まるで誰かの視線が

そこに宿ったかのように──


心臓が、どくん、と高鳴る。


そして、鏡の奥に。


ぼんやりとした輪郭。


赤黒いもやのような影が浮かび上がる。


(……願いを、叶えたい?)


声がした。


耳元ではない。


頭の中に、囁くように、

波紋のように、響いてくる。


(大切な人と、一緒にいたい?)



 ──ネネちゃん。



思わず心の中で名を呼んだ瞬間、

鏡の中の影がわずかに脈動した。


(幸せな未来、見せてあげる。

ユイが望むなら……)


名前を呼ばれた途端、手が震える。


こんな声、初めてだった。


でも、どこか懐かしいような、

心の奥にひそんでいた

何かが呼び起こされるような。


ネネちゃんと、ずっと一緒にいられるなら。


もし、それが叶うのなら……。



──そんな……



そう思ったとき、

鏡の中に別の像が一瞬だけ浮かび上がった。


淡い金色のチェーン。


古い懐中時計。


リコちゃんがいつも首から下げているもの。


なぜ、それが。


(これがあれば……

ユイの願いを叶えることができる)


(あのとき、ネネちゃんに、

本当は触れてほしかったんでしょう?)


囁きは甘く魅惑的で、

でもどこか──ひどく冷たい。


ぎゅっと目を閉じた。


「……ちがう。そんなの、違うよ」


その瞬間、

鏡の中でゆらいでいた影のようなもやが、

ふっと霧が晴れるように消えた。


残ったのは、何の変哲もない冷たい鏡面。


そこに映っていたのは、

わずかに青ざめた顔だけだった。


息をひとつ、浅く吐く。


喉が詰まるようで、唾を無理やり飲み込んだ。


手鏡を巾着に戻し、

何も見なかったようにポーチしまい込む。


不気味だと思った。


鏡に語りかけられた気がした。


でも、確かに声が頭の中に響いたようで──



怖かった。



ぞっとするほど、異様で、

現実感が揺らぐような感覚。


……それでも、

鏡を放り出すことはできなかった。


これは、ネネちゃんが

あのとき選んでくれた──大切な鏡。


それを失くしてしまったら、

何か大切なものまで消えてしまいそうで。


目を閉じ、

心の奥にその思いをそっと沈めた──



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scene.08 「鏡のむこうがわ」


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