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君に届かない、この世界で。  作者: 風乃ナノ
きらめきの日々
7/9

scene.06 「ひとつの輪」

次の日。


午後の授業が終わりを告げるチャイムが、

校舎に鳴り響く。


その音を合図にしたように、

生徒たちはいっせいに動き出した。


「やっと終わった~~っ!」


ひときわ元気な声が響いた。


陽日(あさひ)リナが両腕を

ぐーんと伸ばして背伸びし、

そのまま机に突っ伏す。


「ん~~~、

脳みそぜんぶ蒸発した~……っ」


「はいはい」


隣で笑ったのは月森(つきもり)ミナ。


リナの背中に軽く手を添え、

なだめるようにさすっている。


「でも、お疲れさま。テストよく頑張ってた」


「ミナさま……ほんと、天使……」


リナは恍惚とした声でつぶやくと、

そのままミナの太ももに抱きつき、

額をすり寄せた。


少し呆れたように笑いながら、

その手は優しくリナの髪を撫で続けている。


「──リナー!」


後ろから、ぱたぱたと駆け寄る足音。


「おつかれーっ、

ねえ今日さ、久しぶりに屋上行かない?」


そう声をかけたのは雪城(ゆきしろ)ネネ。


購買部で買ったお菓子の入った

ビニール袋をひらひらさせながら、

明るい赤い瞳をぱっと輝かせて、

うれしそうにリナの机へ近づいてくる。


「ねえ、あとで一緒に食べよ!」


ふたりがネネの方を向く。


「おー! いいね!

ちょうど風が気持ちいい時間だし!」


リナの声を聞くと、ネネは笑顔で

彼女の肩に軽く手を置いてタッチし、

そのままくるっと通り過ぎて、

教科書をバッグにしまっている

ユイのところへ小走りで向かった。


「ね、ユイちゃんも行こ?

おやつもあるよっ」


ネネはそう言いながら、

ユイの袖を軽くつまんで引っ張った。


「え……う、うん」


突然名前を呼ばれた香坂(こうさか)ユイは、

わずかに目を瞬かせ、

それから穏やかに頷いた。


「決まりーっ」


小さくガッツポーズを決め、

机の上のスクールバッグに

お菓子袋を入れて肩にかけた。


それから、にこっと笑って

リナの机をトントンと叩いた。


ネネの笑顔は、

昨日と同じように見えた。


──けれど、その瞳の奥には、

少しの迷い。


昨夜、胸の奥で芽生えた不安と、

信じたいという願い。


ほんの少し、もう一歩近づけたら──


「じゃあ、いつものとこ取ってるね〜」


ネネは軽く手を振りながら、

そのまま教室を出て行った。


「おっけー」


リナがそう返すと、

ミナとユイもそれに続くように席を立った。


──そして。


そんな様子を、

静かに見つめていた白咲(しろさき)リコは、

まだ席を立たずにいた。


バッグを机に乗せたまま、

その上に両手を添えて、

視線だけをそちらへ向けている。


たのしそうだな、って。


誰かが誰かを呼んで、

自然に笑って、誘われて、ついていって。


ただそれだけのことが、

どうしてこんなにも胸に残るんだろう。


少し前に見た夢を思い出す。


──香坂さんが、鏡の前で悲しんでいた。


寂しい表情と血のような涙。


あれが現実になってしまうのが、こわかった。


だからあのとき、

日記帳に書いてはいけないと思った。


けれど、今まで見た誰かが怪我や入院したり、

そんな夢とは明らかに違っていた。


書かなければ未来にならないと思いたい。


……けれど、本当に何も起きないなんて、

どうしても信じられなかった。


(……わたしに、できることって、

なんだろう)


あんな夢を見てしまって、

何もせずにいるなんて、わたしにはできない。


ただ幸せなことを書くだけじゃなくて、

ほんの少しでも誰かの力になれるなら。


そう思って、この前、月森さんに話しかけた。


いまなら、あの輪に入れるかもしれない。


「……リコ、帰る?」


隣の席で帰る準備を終えた綾瀬(あやせ)ノノが、

柔らかな声でそう問いかけた。


そっと振り向くと、

ノノはバッグの肩紐を指先でなぞりながら、

こちらを見て微笑む。


「……ううん、まだ」


リコは小さく首を振った。


「ねえ、屋上行ってみよっか。

みんな、楽しそうだし」


「そうだね」


立ち上がって、バッグを肩にかけ、

ノノと並んで歩き出す。


教室を出てしばらく歩き、

屋上へ続く階段のある廊下に差しかる。


上の階で屋上の扉が開く音がして、

誰かの笑い声がうっすらと漏れ聞こえてきた。


リナたちはもう先に階段を上っているらしい。


ふたりもゆっくりと屋上への階段へ向かう。


「──リコ」


「うん?」


「仲良くなれるよ」


「……うん」


短いやりとりを交わすだけで、

心が少しだけ軽くなる。


リコは息を吸い込み、階段をあがる。


風が、階段の上からふわりと降りてくる。


初夏の夕方の風が、

やわらかな光といっしょに、

ふたりの頬をやさしく撫でた。





リナたちが屋上に着くと

ネネがいつもの日陰で、スマホをいじりながら

見つけるとすぐに手を振ってきた。


リナが小走りでネネのもとへ向かい、

二人もそれに続く。


そんな様子を、

扉のすぐそばから見ていたリコとノノ。


みんなに何か話していたミナが、

リコたちの方を見やって、手を振った。


「白咲さんたちも、こっち来ない?」


リコはノノの方をちらりと見る。


彼女は、微笑んで頷いた。


「……行こう」


そう言ってリコは歩き出す。


少し緊張した面持ちで。


四人の近くに歩み寄ったところで、

リコは足を止めた。


その様子に気づいたネネが、

笑顔でそっと横にずれ、スペースを作る。


「白咲さんも、ここ、どうぞ」


「……ありがとう」


空けてくれたネネの隣に腰を下ろした。


「……みんな、すごく仲良しなんだね」


リコがふいにかけた言葉に、

ネネがぴょんと振り返る。


「えっ、うん。白咲さんとこうして話せて、

なんだかうれしいな」


ネネは笑顔を見せていた。


けれど、ユイが鏡越しに

リコを見ていたかもしれない。


そう思うと、素直に安心できなかった。


「……雪城さんと香坂さんって、

いつも一緒にいて、楽しそうだよね」


その言い方に、

ユイに向けた特別な想いは感じられない。


気づくと、緊張が少しほどけ、

自然な笑顔が浮かんだ。


「そうかな?

たしかに一緒にいることは多いかも」


ノノがリコの言葉にそっと頷くように微笑む。


「うん。雪城さんと香坂さん、

ふたりとも……いい雰囲気だよね」


ネネがユイの方ちらっと見て言った。


「えっ、わたしたちが……?」


リナが「いいこと言うじゃん、綾瀬さん!」

と勢いよく割り込んで、

場の空気がふわっとほどけていく。


ネネはふと思い出したように声を弾ませた。


「そうだ! みんなで、お菓子食べる?

今日のおやつ、ラムネとクッキーあるんだ〜」


バッグをごそごそと探って、

購買で買った袋を取り出す。


ラムネの瓶が袋の中で

カラカラと小さな音を立てた。


けれど、すぐに「あっ」と

小さく声を漏らして、


「……でもこれ、四人分しかないや。

買いに行こっか?」


と、申し訳なさそうにする。


すると、

リナが「ならあたしが行ってくるよ!」と

元気よく手を挙げた。


「じゃあ、ラムネと……

おつまみ系とかも買ってこよっか?」


するとミナが苦笑して、そっと肩をすくめた。


「お酒じゃないんだから」


「えー、いいじゃん!

屋上ビアガーデンごっこ!」


リナは軽口を叩きながら、

嬉しそうに手を振って購買へ向かっていった。





見送ったあと、ネネが思い出したように

リコの方へ顔を向けた。


「そういえば、

白咲さんって中学どこだったっけ?」


「東中です。ノノも一緒でした」


「へぇー、そうなんだ。

じゃあどうして澄高受けたの?」


リコは少し考えるように上を見て、

それから答えた。


「……うーん。近かったから、かな」


「えー、そんな理由?

ここって入試、まあまあ難しいとこだったと

思うけど……」


ネネが大げさに目を丸くすると、


「そ、そうだったかも……」と

リコは困ったように笑った。


「……そう考えると、

リナが受かったのって奇跡かもね」


ミナがくすっと笑いながら言うと、


「ねえ、なんかあたしの噂してない?」


リナが袋を片手に軽やかに戻ってきた。


ミナがやんわり笑って、


「受験のとき、

すごく頑張ってたって話をしてたのよ」


「だって……ねぇ?」


リナは少し照れたように笑って、

ミナの方をちらっと見た。


ミナは小さく肩をすくめて、

恥ずかしそうに視線をそらす。


「ちょっと、

イチャイチャするのやめなさいよ」


ネネが半分あきれたように言うと


リナは「してないし!」と

照れ隠しのように笑った。





「かんぱーい!」


ラムネの瓶をかちゃりと合わせる音が、

小さく心地よく響いた。


ネネは「んーっ、やっぱラムネ最高!」

と楽しそうに笑い、


リナも「ちょっと早いけど、

夏って感じするよねー!」と声を弾ませた。


ミナは、

「そういえば、他に何買ってきたの?」と

リナに尋ねた。


「えーっとね!」


リナは袋をごそごそ探って、

嬉しそうにグミとポテチを取り出した。


「ほら、こういうの食べたくなるでしょ?」


「わかってるねー」


ネネが笑って、リナを指さし、

指先をくるくる回してみせた。


「じゃあ、わたしのも」


ネネがそう言って取り出したのは、

小さな袋に入ったクッキー。


包みを開けて、

円の中心に差し出すように置いた。


「みんなで、どーぞ!」


ミナも隣でやわらかく微笑みながら、

「こういうの、なんだか遠足みたい」と

言葉を添える。


みんなの手が伸び、

輪の中でお菓子の分け合いが始まった。


「さっき白咲さんと

中学の話してて思い出したんだけど……

澄中でさ、人気あった先輩いたよね?」


ネネはクッキーを一口かじって、

「んー」と唇を動かしながら上を見やった。


すると、ユイがふっと思い出し、

ネネの方を向いて言った。


「……霧島(きりしま)先輩?」


ネネはぱちんと手を叩いた。


「そうそう! 高校一緒のはずなんだけど、

噂全然聞かないよね」


するとリナが首を傾けながら言った、


「……誰かと付き合ってるとか?」


「ねー、そうだったらちょっと憧れるかも」


ネネはそう言って、ちらっとユイの方を見た。


リナはラムネを一口飲んでから、

何気なく続けた。


「それでさー。

あたし、なんとかさんって呼ぶの、

ちょっとよそよそしくて苦手なんだよね~」


「たしかに。名前のほうが、

距離も近くなるしね」


ミナもやさしく笑ってそう言った。


他のみんなも「うんうん」と頷き合った。


ふと、リコはネネの隣にいる

ユイの横顔に目を向けた。


表情は静かで、少し伏し目がち。


特に自分から話すわけでもない。


でも、手のひらには握られた

クッキーがあって、

時々指先を動かしながら、

みんなの会話に微笑みを浮かべていて、

この雰囲気を楽しんでいるようだった。


(あんな悲しそうな顔を、

このユイさんがするなんて──

とても思えない)


「ねえ、みんなで写真撮らない?」


ネネが突然立ち上がる。


「せっかくだし、

こういうときに残しておかないとっ」


スマホを構えながら、くるっと振り返る。


「リコちゃんもノノちゃんも、

入って入って!」


「えっ、わたしも……?」


「もちろん!」


ネネがずいっと近づいてきて、

リコの手を取る。


急な提案に驚きながらも、

その手に引かれるようにして

リコは立ち上がった。


ミナが静かに後ろから肩を添え、

リナが「ぎゅーっ」と

リコの腕に抱きつく。


ノノはくすっと笑って、

リコの横にそっと並んだ。


少し離れていたユイも一歩前に出て、

ネネのすぐ隣に立つ。


ちらりと横目でユイを見て、小さく頷いた。


腕を伸ばして……

せーのっ!──ぱしゃり。


夕方の光に包まれて、それぞれの想いが、

そっと結ばれた瞬間だった──



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scene.06 「ひとつの輪」


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