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君に届かない、この世界で。  作者: 風乃ナノ
きらめきの日々
3/9

scene.02 「屋上のふたり」

屋上の風が雪城(ゆきしろ)ネネの

銀色の髪を揺らしている。


「なんか、リナとは昨日会ったばかりなのに

不思議な気分……」


「ずっと友達だったみたいな?」


陽日(あさひ)リナは

フェンスの向こうの景色を見ながら言った。


「いいね、こういうの」


ネネはそう言って、柔らかく微笑んだ。



────────*────────


scene.02 「屋上のふたり」


────────*────────



春の光に照らされて、

坂道沿いの桜は満開の花を咲かせていた。


入学から一夜明けたその朝、

学校へ続く道には、

まだ新しさとわずかな緊張が漂っている。


リナと月森(つきもり)ミナは、

改札を抜け、並んで歩き出した。


駅前の通りを抜けて、

少しずつ家並みが途切れていく。


やがて坂道を登り始めると、

リナは着ていたカーディガンを

脱いで腰に巻きつける。


その先に澄風(すみか)女子学園の校門が見えてきた。


教室へ入るなり、


「今日もがんばるか〜」


リナがスマホを手の中で

くるくると回しながら言い、

そのままスカートと

シャツのあいだに挟み込んだ。


ミナは「元気だね」と笑った。


それぞれの席に向かうなか、

教室内ではちらほらと登校してきた

生徒たちが机にスクールバッグを下ろし、

椅子を引く音が静かに重なっていた。


窓際の席では、

ネネがスマホを覗き込んでいる。


その前の席に座る香坂(こうさか)ユイは、

小さな手鏡を取り出して

自分の前髪を確認していた。


けれどその目線は、

鏡の中の自分というよりも、

その向こう側の何かを

探しているように見えた。


スマホケースのストラップを

くるくる指に巻きながら

ぼんやり見ていたリナは

それに自然と目にとめる。


(……ユイちゃん、なんかちょっと不思議)


「お手洗い一緒に行こ?」


ネネが後ろの席から声をかけると、

ユイははっとして肩を動かし、

手鏡をポーチにしまって顔を上げた。


「あっ……うん、いいよ」


それだけで会話は終わった。


ネネが笑顔を見せたのに、

ユイの声は控えめで、

どこか距離があるように見えた。


リナはそのやり取りに、

ちょっと首をかしげる。


「ねえミナ。

ネネちゃんとユイちゃんって、

なんかちょっとぎこちなくない?」


「……うん。

でも、昨日は仲良さそうに見えたけど?」


「でしょ?でも今朝はなんか……

ネネちゃんの方が話しかけてるのに、

ユイちゃん、ちょっとそっけない感じ」


ミナは隣で教科書を整理しながら、

窓際のふたりの席へと目を向けた。


「……ユイちゃん、

まだ戸惑ってるんじゃない?

ネネちゃんが近くにいるの、嬉しいけど

どうしていいかわからなくて」


「そっか。でも、ネネちゃん、

ちょっとしょんぼりしてたように見えたかも」


そう言うと、

ミナは「ふふっ」と小さく笑った。


「ほんとよく見てるよね」


「え、そうかな……?」


リナは照れくさそうに頬をかいた。


やがてチャイムが鳴り、

担任が教室に入ってくる。


その日は、まだ授業らしい授業は始まらず、

学校生活のガイダンスや施設の案内、

クラス委員決めなど、

雑多な「新学期の始まり」が続いていった。


午前の活動が一段落したあと、

教室は再び自由な空気に戻る。


「ねえ、リナ」


ネネがお弁当の入った巾着を片手に

近づいてきた。


「一緒に、お昼どうかな……?」


リナがちらりとミナに視線を向けると、

彼女は穏やかに頷いた。


「もちろん。みんなで食べよう」


リナは、にこっと笑う。


「窓際の方が広いし、そっちの席に行くね」


ユイは二人がこちらに来る様子を見て、

自分の席を回転させた。


そのままネネの机に寄せて、

二つの机をぴたりとくっつける。


「ありがとユイちゃん」


ネネが楽しそうに笑うと、

ユイもほんのりと頬を緩めた。


リナとミナも椅子を持ってくると、

窓際の陽だまりに寄せられた二つの机の上に、

それぞれのお昼が並んだ。


リナとネネはお弁当、

ミナは購買のサンドイッチ、

ユイは小さめの透明なタッパーを机に置いた。


「ユイちゃん、それお母さんのお手製?」


ネネが覗き込むと、ユイは頷いた。


「うん……今日からお昼あるって言ったら

作ってくれたの」


中には塩むすびが二つと、

黄色い卵焼き、赤いプチトマト、

それと緑のブロッコリーが

彩りよく並んでいた。


「かわいいお弁当だね〜!」


ネネがにこっと笑って覗き込むと、

ユイは頬を赤くした。


「ネネちゃんのお弁当も可愛いじゃん」


リナがそう言って笑うと、


「ありがと!自分で作ったんだ〜」


ネネはちょっと誇らしげに

お弁当箱を持ち上げてみせた。


片側に白いご飯がぎゅっと詰められていて、

その上には小さくふりかけがかかっている。


隣には小さな唐揚げ、

黄色いコーンとほうれん草がちょこんと並び、

端にはデザートにイチゴが入っていた。


「いただきまーす!」


そう元気に言ったのはリナ。


みんなも、その声に笑いながら

「いただきます」と手を合わせた。


それぞれが、高校生活初めての

お昼を楽しく食べ始める。


リナはミナのサンドイッチをちらりと見る。


「ねえ、あたしのおかずと

ちょっと交換しない?」


ミナはふっと優しく笑った。


「いいよ。リナの唐揚げ、

ちょっと気になってたんだ。」


そんな二人のやりとりを、

ネネは楽しそうに見ていた。


でも時々、ちらちらと

ユイの方を気にするように目を向けていた。


リナはそれに気づいていたが特に何も言わず、

話題を途切れさせないように

賑やかに場を繋ぐ。


やがてみんなは食べ終わり、

それぞれお弁当やゴミを片付け始めた。





休みが終わる少し前、

屋上のドアが静かに開いた。


リナとネネが並んで外へ出る。


「……やっぱり、風が気持ちいいね」


リナが空を見上げながら言うと、

ネネも笑顔で頷いた。


「うん。教室の中より、ずっと落ち着くかも」


ふたりはフェンスの近くまで歩き、

しばらくは、風に揺れる木々や、

遠くの住宅街を眺めながらの沈黙が続く。


リナはちらりとネネの横顔を見る。


その瞳は、どこか遠くを見ているようで、

何かを思い詰めているようにも見えた。


「ねえ、ネネちゃん。なんかあった?」


問いかける声は、できるだけ優しく。


ネネはこちらを向いて、それから視線を落とす。


「……リナって、そういうの、気づくんだね」


「んー、なんとなく?

でも、ネネちゃんが元気ないと、

ちょっと気になるし」


ネネは小さく笑った。


それは少し力の抜けた笑みで、

ようやく胸の奥にあったものを

出せると感じたようだった。


「昨日会ったばかりなのに、

リナにこんなこと言うのも

変かもしれないけど……」


ネネは小さく息を吐いて、

困ったように笑った。


その手はそっとフェンスの金網を

指先でなぞるように触れている。


「……ユイちゃんって、

わたしのこと、どう思ってるのかなって……

ずっと考えてた」


リナは一瞬、目を丸くした。


「えっ、えーっと、それって……

恋愛的なやつ?」


ネネは首をかすかに傾けて、苦笑する。


「なんていうか、

へんな意味じゃないんだけど……

でも、ユイちゃんのこと、

ちょっとだけ特別に思っちゃうんだよね」


リナは慌てて否定も肯定もせず、

黙ってネネの言葉の続きを待った。


「なんていうかね……

話してるとすごく落ち着くし、

一緒にいるだけで嬉しくなるんだ。

そういうのって、昔からだったけど、

最近、前よりもっと、そんなふうに感じてて」


ネネは屋上から見える街並みを見ながら、

少し恥ずかしそうに笑った。


「へえ……」


リナは頷きながら、

風に髪を揺らして目を細めた。


「それって、すごく素敵じゃない?」


ネネは体を回して、金網にもたれかかった。


「うん。でもね……ちょっとだけ、

ユイちゃんが私のこと避けてる気がして」


ネネの声には、

ほんのわずかに寂しさがにじんでいた。


「目を逸らされたり、話しててもなんか、

ぎこちないっていうか……。

昨日までは普通というか、

何も気にならなかったのに、

今日は……なんか違ってた」


リナは考えるように少し上を見て、

それから口を開いた。


「でも、ネネちゃんのこと

見てる時のユイちゃん、

全然冷たくなかったよ?」


ネネはふっとリナの方を見て、

小さな声で言った。


「……ほんと?」


「うん。

ネネちゃんが他の子と話してるときも、

なんか、気にしてるみたいだった」


ネネは、少しだけ顔を赤らめた。


「……それ、ちょっと恥ずかしいな」


リナは安心させるように微笑んだ。


「それって、ちゃんと気にかけてくれてるってことだと思うな。

ユイちゃん、

ちょっと戸惑ってるだけかもよ?」


「そっか……

わたし、嫌われたのかなって……

ちょっとだけ思ってた」


「ないない!それはないよ、ぜったい」


リナは大きく首を振った。


ネネは少し肩の力が抜けたみたいに、

そっと息を吐く。


「……ありがと、リナ。話せてよかった」


「うん。ネネちゃんが悩んでるの、

ちょっと似合わないし」


「……そうかな?」


顔を見合わせて笑い合った。


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


「あっ……そろそろ教室戻らなきゃだね」


ネネが微笑んで言うと、


「うん、行こっか」


リナも同じように笑みを返した。





放課後の教室には、

帰り支度をする生徒たちの気配が

ゆったりと流れていた。


リナは椅子の背に掛けていた

カーディガンを手に取ると、

ちらりとネネを見る。


「ねえ、今日もロマール寄ってく?」


思い出したようにリナが言ったのは、

昨日みんなで立ち寄った

駅前のカフェのことだった。


明るい声に、ネネが顔を上げた。


「……うん、行きたい!」


その瞬間、ぱっと花が咲いたように

ネネの顔が明るくなる。


隣で荷物をまとめていたユイも、

それに気づいたように小さく頷いた。


「わ、ユイちゃんも来てくれる?」


「うん。……昨日、楽しかったから」


控えめながらもしっかりとしたその言葉に、

ネネは嬉しそうに笑った。


帰り支度をしているネネ。


その前の席に座っていたユイは、

手の中の小さな手鏡を覗き込んでいた。


彼女の鏡には、

ちらりと黄色い縁のメガネをかけた

小柄な子が見えた気がした。


ユイは小さく息を吐き、

鏡をポーチにしまう。


そして、そっと立ち上がった。


「じゃあ、行こっか」


ネネが少し弾む声で言うと、

リナたちも笑いながらあとに続いた。





秋神(あきがみ)駅のほど近く、

路地裏にひっそりと佇む

一軒家のカフェ――「ロマール」。


洋風の古民家を改装したその建物は、

木の温もりとアイボリー色の塗装が

穏やかながら存在感を放ち、

蔦の絡まる外壁と小さな看板が、

訪れる人を静かに迎えていた。


ロマールの扉を開けると、

やさしい鈴の音とともに、

焼き菓子やコーヒーの香りが広がる。


昨日より賑やかな店内の奥、

空いていた窓際の四人席に案内されると、

自然とそこに腰を下ろした。


「ここの雰囲気って落ち着くよね」


リナは水の入ったグラスを手にしながら、

周りを見回して言った。


「うん。静かだけど、居心地いい」


ミナは水を一口飲んでから、

小さく頷いて言った。


ネネはスマホを角度をあちこち変えながら、

店内の写真を撮りつつ話す。


「昨日来たときから、

なんか好きになっちゃった。

ここ、すごくおしゃれだよね」


ユイもふと窓の外に視線を向けながら、

小さく口元を綻ばせた。


「なんか、時間がゆっくり流れてるみたい」


そこへ、注文を聞きに店員がやってくる。


落ち着いた赤髪に、

光を反射する銀色のエクステが映えている。


「ご注文、お決まりでしたらお伺いしますね」


それぞれがメニューを伝えたあと、

リナがふとカウンターの方を見て言う。


「……ここの制服、かわいいなあ。

なんか、バイトとかしてみたいかも」


そう呟いたリナの視線の先には、

カウンターの奥で静かにコーヒーを

淹れている女性の姿があった。


彼女は、クラシカルなベージュのブラウスに、

ワインレッドのミディスカート。


胸元には茶色を基調としたコルセット風の

ビスチェが前面でレースアップされている。


どこか北欧の民族衣装を思わせるデザインで、

店の雰囲気にぴったりだった。


静かな所作でコーヒーを注ぐその姿に、

リナは自然と見入っていた。


店員はクスッと笑って、

やさしく声をかける。


「ありがとうございます。

放課後の時間帯だけでも手伝ってくれる子、

歓迎してますよ」


「えっ、ほんとですか?」


リナは思わず身を乗り出して聞き返した。


「はい、学生さんも

何人かいらっしゃいますし。

もしご興味があれば、ぜひ」


スマホのストラップを

くるくると指で回しながらミナを見て言う。


「どうしよう。

ちょっと本気で気になってきたかも……!」


ミナは笑って軽く頷いた。


注文を終えると、

会話は自然と中学の頃の話や

明日からの授業のことに移っていく。


「ねえ、二人は中学の時

どんな感じだったの?」


リナが興味ありそうに尋ねる。


「ユイちゃんはね〜、

中学からずっと仲良くしてくれてたんだ。」


「見て見て」とネネは

スマホの画面をスワイプしながら、

嬉しそうに頬を緩めて

ユイの中学の頃の話をはじめた。


その横で、ユイは目を伏せ、

頬を赤くしながら、

テーブルに残ったグラスの水滴を

指でなぞっていた。


ふたりは、今朝より言葉の数が増えていた。


そんな様子を見て、

リナとミナは顔を見合わせて、

嬉しそうに微笑んだ。


やがて注文の品が届き、

テーブルの上は華やかに彩られた。


それぞれがスプーン、フォークを手に取り、

ティータイムのひとときを楽しみながら、

誰かが何かを語り始める。


少しずつ、言葉のリズムが重なっていく。


いつしかガラス越しに差し込む夕方の光が、

ティーカップの縁を金色に染めていた。


春の午後の静かなカフェ。


並んだ四人の影が、

窓辺にやわらかく伸びていた――

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