scene.23 「紅の支配者」
黒き星々、サドクの印章を通して──
我は、汝に旧き者の力を授けよう。
感じよ、変われ、
知られざる名のもとに蘇れ──
Nyar shthan──Nyar gashanna!
地下室の空気が震えた──
────────‡────────
scene.23 「紅の支配者」
────────‡────────
気がつくと、目の前が霞んでいた。
視界がじわりと焦点を結び──
そこは、
午後の陽が射し込む校舎の廊下だった。
霧島ユウは、
どこの部活にも所属しておらず、
特に目立った活動をしているわけでもない。
それでも、彼女が廊下を歩けば、
なぜかいつも視線を集めてしまっていた。
長い睫毛に、銀色の瞳。
どこか儚げなその佇まいが、
理由もなく、人を惹きつけるらしかった。
「……あの、霧島先輩……」
呼び止めたのは、一年生だろうか。
小柄で、制服の袖を
ぎゅっと掴むようにして立っている。
「今日……放課後、少しだけ時間、
いただけませんか?」
──また、校舎裏に呼ばれていた。
ユウは小さく息をついて、
それでも曖昧に微笑んで、頷く。
断るのは簡単だったかもしれない。
でもあの少し震えた瞳を思うと、
はっきり拒むことはできなかった。
だからいつも、曖昧な返事を返してしまう。
そのたびに、あとで少し──
胸が苦しくなるのだった。
◇
そんなある日の放課後だった。
ユウは読書感想文のための本を探しに、
珍しく図書室へ向かっていた。
毎年のこととはいえ、
この宿題だけは、どうしても気が重い。
(……仕方ないな)
そう思いながら、
図書室の引き戸に手をかける。
何を読もうか迷いながら
書架のあいだを歩いていると、
ふと、見覚えのある姿が目に入った。
(……天野さん?)
天野チヤ。
二年になり、
同じクラスなのは知っていたけれど
ほとんど話したことはなかった。
少し迷ったあと、そっと声をかける。
「……天野さんも、課題の本、探してる?」
チヤは、急に声をかけられたせいか、
少し驚いて振り返った。
「……あ、霧島さん。びっくりした……。
うん、そう。読書感想文の本、
まだ決めてなくて……」
小さく息をついてから、控えめに微笑む。
その返事に頬を緩め、視線を本棚へと向けた。
「私も。何かよさそうなのあるかなって
探してたところ」
そう言いながら、
本棚の背表紙をなぞるように眺めていった。
「……これだけたくさん本があると、
迷っちゃうね。」
ユウが軽く笑うと、彼女も笑みを返した。
ふと目に止まった一冊の本に
手を伸ばそうとした、そのとき。
隣から伸びてきた細い指先が、
同じ本の背に重なった。
「あ……」
小さく声が重なり、
指先と指先が、ふいに触れ合う。
チヤは慌てて手を引っ込め、
少し目を丸くした。
「ごめんなさい……
同じの、気になっちゃって」
頬をかすかに赤くしてそう言う彼女に、
胸の奥が妙に熱くなるのを感じた。
「……いいよ。どっちにしても、
私もまだ決めてなかったし。」
そう言いながらも、指先には
まださっきのぬくもりが残っている気がして、
その指をもう片方の手でなぞった。
◇
結局、その日はふたりとも
同じ棚の本を一冊ずつ借りた。
図書室を出たあと、
なんとなくの流れで昇降口まで並んで歩き、
そのまま一緒に帰ることになった。
チヤは、ユウが他の生徒から
よく注目されているのを知っていたので、
最初は少しだけ戸惑っていた。
けれど、話しているうちに気づく。
クールで近寄りがたいと思っていたユウが
ときどき困ったように視線をそらしたり、
控えめに笑ったりする仕草が、
意外なくらい可愛らしかった。
それが、なんだか少し嬉しくて。
チヤの頬にも、自然と笑みが浮かんでいた。
◇
次の日の昼休み。
チヤは昼食を食べ終えると、
借りた本を手にして、ページをめくっていた。
──そのとき、不意に声がかかる。
「昨日の本、もう読んでるんだ」
顔を上げると、そこにはユウが立っていた。
「……うん、ちょっとだけ。課題だしね」
その返事に、軽くため息をつきながら
肩をすくめる。
「そっか……私も読まなきゃなぁ。
ああいうの、ちょっと面倒でさ」
チヤはくすっと笑い、
ふと何かを思い出したように、
小さく手を合わせた。
「……あの、わたし、趣味でしおり作ってて。
まだ使ってないのがあるんだけど……」
そう言ってバッグの中から、
小さな押し花のしおりが
収められたケースを取り出した。
パチンと蓋を開け、
一枚を選んでそっと差し出す。
「よかったら、これ……
課題の本読むときに使ってみて?」
ユウは笑みを浮かべ、そっと手を伸ばした。
「ありがとう。……可愛いね、これ」
チヤは照れくさそうに視線を逸らしながらも、
その頬はどこか嬉しそうに緩んでいた。
◇
放課後、
チヤが一人で帰ろうと廊下を歩いていると、
前方に数人の生徒が集まっているのが見えた。
すれ違うだけだと思っていたのに、
その中の一人がふとこちらに視線を向け、
わざとらしく微笑んで声をかけてきた。
「ねえ、天野さん。ちょっといい?」
チヤは胸の奥が
ひやりと冷たくなるのを感じながら、
思わず立ち止まった。
「天野さんって、そういう子だったんだ?」
「な、なにが……」
「見ちゃったんだよね。
お昼に霧島さんに何か渡してたの」
取り巻きが口元を手で隠しながら、
くすくすと笑い合う。
「霧島さんってさ、結構みんな見てるんだよ?
あんまり調子に乗らないほうが
いいんじゃない?」
そして、にやりと笑ったかと思うと、
チヤのバッグに手を伸ばした。
「ねえ、私にもそういうのちょうだいよ?
まだあるんでしょ?」
「や、やめて……!」
チヤがバッグを引き寄せ、
生徒がさらにじわりと詰め寄った、
そのときだった。
「──何してるの?」
静かな声が廊下に響いた。
振り返ると、そこにはユウが立っていた。
冷ややかな銀の瞳が、
じっと彼女たちを見据えている。
「霧島さん……」
生徒が一瞬たじろぐ中、
ユウはふいに視線をチヤへ向けた。
「ごめんね、待たせちゃった?」
そう言って自然に手を差し出す。
少し戸惑いながらも、その手をそっと取った。
指先が触れた瞬間、
胸の奥に温かいものが広がっていく。
ユウは何も言わず、
そのままチヤの手を引いて歩き出した。
取り残された生徒たちは、
何とも言えない顔をして小さく舌打ちをした。
手を引かれたまま廊下を歩いていると、
チヤが口を開いた。
「その……助けてくれて、ありがとう」
視線は足元に落ちていて、
声も控えめだったけれど、
その頬はわずかに赤かった。
ユウは短く息をついて少し困ったように笑う。
「……なんか、ごめん」
それだけの言葉だったけれど、
チヤはすぐに小さく首を振り、
握った手にそっと力を込めた。
◇
それからユウは、以前よりも自然に
チヤに声をかけるようになった。
教室で何気なく話しかけたり、
廊下で並んで歩いたり。
そうしているうちに、
いつの間にかふたりが一緒にいるのは
当たり前のようになっていった。
いつの間にか、あの日、
チヤに冷たい視線を向けていた生徒たちも、
もう何も言わなくなっていた。
きっと誰もが分かっていたのだ。
霧島ユウが、
誰かを選んだのだということを──
◇
それから季節は少しずつ移り変わり、
秋の木々が色づく頃には、
ふたりが一緒にいるのは
すっかり当たり前になっていた。
さらに時が過ぎ──
街にイルミネーションが灯りはじめ、
冷たい風が頬を刺すころ。
それはクリスマスイブの夜だった。
王洲港は季節の飾りで彩られ、
灯りが水面に揺らめいて映っている。
潮の匂いを含んだ冷たい風が吹き抜け、
チヤの髪とマフラーを優しく揺らす。
ユウはその横顔を見つめ、
ゆっくりと視線を空へ移した。
「……やっぱり、寒いね」
白い息が、夜の空気に溶けていく。
「うん。でも……
なんか、こういうの、いいな」
チヤの口元に、笑みが浮かぶ。
港沿いを少し歩いて、
人通りの少ない場所まで来た頃だった。
停泊中のヨットの帆には電飾が施され、
遠くから見ると
クリスマスツリーのように輝いている。
そんな光の中で、ユウがふと立ち止まった。
「あの……」
いつもより少し掠れた声に、
チヤが顔を上げて彼女を見る。
ユウはバッグの中に手を差し入れ、
少し探ったあと、
小さな箱を取り出してきゅっと握りしめた。
「……これ、チヤに渡したかったんだ」
チヤは箱を受け取る。
手袋越しでも、そっと伝わってくる重みが
ほんの少し特別に感じられた。
「……見て、いい?」
声は少しだけ弾んでいた。
ユウは「うん」と
穏やかに微笑みながら頷いた。
手袋を外し、
リボンをほどき、そっと蓋を開ける。
中には、一輪のバラが閉じ込められた
プリザーブドフラワー。
その美しさに、小さく息を呑む。
胸の奥に、じんわりと
優しい温かさがひろがっていく。
「……わぁ、すごく、綺麗……」
箱を抱えるように両手で持ち、
小さく息をついてユウを見上げた。
自分の目元が、いつの間にか
潤んでいるのに気づく。
「……なんか、ちょっと泣きそう……」
目尻を押さえて、はにかむように笑う。
「……ありがとう。すごく、嬉しい」
ユウは何か言いかけたように見えたが、
照れくさそうに視線を逸らして、
そっとコートのポケットに手を入れた。
「……わたしも」
そう言ってバッグの中を探り、
小さな箱を取り出す。
「これ……渡したくて」
遠くを見ていたユウが、
声に気づいてこちらを振り返る。
「開けてみて?」
そう言われて、ユウは手を伸ばし、
差し出された箱を受け取る。
両手で丁寧に蓋を開けると、
中には小さな銀の鍵のネックレスが
収まっていた。
細い鎖と小さな鍵が、
港の光をうけてきらきらと瞬いている。
「……これ、わたしが選んだの。
ユウちゃんに……つけてほしくて」
少し震えた声だったけれど、
その瞳は真剣だった。
ユウはそっと息を整えて見つめ返す。
箱の中に目を落としたチヤは、
指先で丁寧にネックレスを取り上げた。
「……つけても、いい?」
ユウは小さく頷き、マフラーを外す。
チヤはそのまま背後へまわり、
ネックレスの留め具をそっと持ち上げた。
冷たい銀の鎖が首筋に触れた瞬間、
ふたりとも少しだけ息を止めた。
「……はい、できた」
そう言ってユウの前に戻ると、
チヤは恥ずかしそうに笑った。
ユウはそっと鍵のついたネックレスに触れて、
少し照れたように目を伏せた。
「……似合ってる?」
小さな光の粒がユウの髪や瞳に反射して、
まるでそこだけ別の世界のように
きらきら輝いている。
「……うん。なんだか王子様みたい」
くすっと笑うチヤの頬が、
ほんのり色づいていた。
ユウは目を細めると、微笑みを浮かべる。
「……じゃあ、お姫様を守らないとね」
そう言って、そっとチヤの手を取る。
そのまま甲にそっと唇を寄せる。
イルミネーションの光が揺らめくなか、
その仕草は本物の王子様のようで──
* * *
(──へえ。いい話じゃない)
どこからともなく、
くすりと笑うような声が響いた。
(……あんたのこと。
ずっと見させてもらってたよ)
ふっと風が吹き抜けるような感覚。
思わず瞬きをすると──
港の光も、吐く息の白さも、
すでにどこにもなかった。
足元の感触が変わっている。
冷たい石造りの床。
壁には、古びた燭台の揺れる灯り。
そこは──
ミスカロニア大学、旧館の地下室だった。
目の前には、
夜波アナと音無トワが静かに佇んでいた。
どちらも口を開かず、
ただ見守るようにふたりを見つめている。
視線を横にやると、
目を閉じたままチヤが静かに立っていた。
しかし、ここに入る前に着ていた服とは違う、
深い黒と紫が溶け合ったようなローブを
身にまとっていた。
腕には紫の蛇が絡みつき、
その黄金色の瞳が不気味に光を放っている。
さらに下半身は霧に包まれ、
輪郭が定かではなかった。
霧は、まるで呼吸するようにふわりと脈動し、
足元から静かに立ちのぼっては消えていく。
そのとき、頭の奥でまた、あの声が響いた。
(あんたに力を貸すように言われて
ここへ来たんだけど──)
ユウは胸の奥がひやりと冷えるのを
感じながら、小さく問い返した。
(……あなたは、誰?)
声はすぐには答えず、
楽しそうに微かに笑っただけだった。
そして少し間を置いてから、
ゆっくりと言葉を選ぶように囁いた。
(……そうね。あんたの望みを
叶えるもの──かしら?)
思わず小さく息を呑み、
そっと視線を伏せた。
(……私の、望み……?)
そのとき、チヤに言われた言葉がふいに蘇る。
──ユウちゃん、なんだか王子様みたい。
あのときの微笑みと、
少し赤くなった頬が、脳裏に浮かんだ。
深く、息を吐く。
(……そうだ。私は──)
「……守りたい」
それは自分自身に確かめるような、
ほとんど呟きだった。
すると頭の奥で、声が楽しげに笑った。
(へえ……人間のくせに、
個人的な欲望じゃないんだ?
それって、ちょっと面白いね)
まるで、
子どもの秘密を覗き込むような声色だった。
声は続けて問いかけてきた。
(でも──守りたいって、
結局何をしたいの?)
胸の奥を探るように、小さく息をついた。
「……今は──
鏡に取り憑かれている、
香坂ユイって子を……助けたい」
小さな声だったけれど、その響きには、
揺るぎない思いが込められていた。
(ああ──鏡の中にいるあれね。
……まぁ、少し顔見知りでさ。
あんまり好きなタイプじゃないけど)
頭の中でそっと問いかけた。
(……アナさんたちとも知り合いなの?)
声は、しばらく沈黙した。
それは今までと違い、
妙に重たい静けさだった。
(……あの方々の前では、
知り合いなんて恐れ多い話……)
どこかかしこまった響きが混じり、
軽薄さが嘘のように影を潜める。
その変化を感じながら、
さらに問いかける。
(……そうなの?)
(……特に、あのお方は)
その言葉に視線が誘導される──
音無トワ。
幼く見える、人形を抱えたその姿。
細い肩、流れる銀の髪。
言葉をひとつも発せず、ただ立っているだけ。
なのに、触れてはならないような、
無言の威圧がそこにあった。
(……ねえ。なんか、可愛い感じ──)
そう思いかけた、その瞬間。
頭の奥に、鋭い声が突き刺さるように響いた。
(やめろ)
冷たく、鋭い一言。
その気配に、思わず息を詰める。
(滅多なことは言うもんじゃない。
余計なことを口にすれば、一瞬で消される。
この会話も──
全部、あの方々に聞かれてるんだから)
その声音には、
隠しきれない恐怖が滲んでいた。
言葉がそのまま、
胸の奥まで冷たく染み込んでいく。
声は、様子を伺っているかのように
沈黙が続いた。
やがて、ふっと息を抜くように、
まるで何事もなかったかのように笑った。
(……まあ、いいわ。あんたのこと、
ちょっとだけ気に入ってきたし)
先ほどまでの緊張とはうって変わった、
くすぐるような声色。
(だから……少しだけ、力を貸してあげる)
胸の奥に、冷たい指先が
そっと滑り込んでくるような感覚が広がった。
それはひんやりとしているのに、
どこかくすぐったくて、甘い。
無意識に小さく息を呑んだ。
──次の瞬間。
ユウの瞳に、
真紅の花弁のような光が浮かんだ。
柔らかな光がそっと咲いたような感覚。
視界は一瞬、真紅に霞み
静かに元へと戻っていく。
そして──
胸元に、小さな光がふわりと灯った。
光は蕾のように膨らみ、
ゆっくりと花びらを開く。
その花弁はゆっくりとほどけ、
やがてリボンのかたちを
かたどるようにふわりと揺れる。
開いた真紅の薔薇のリボンの根元から、
黒い蔦がするすると伸び始めた。
鋭い棘を宿したその蔦は、
身体を這い、胸から背、足元へと
優雅に絡みついていった。
どこか熱を帯びたような感触。
棘が素肌にかすかに触れた瞬間、
ちくりとした痛みと共に、
痺れるような甘さが走る。
それは恐ろしさでも、不快でもなく──
ただ、抗えない
悦びのように静かに広がっていった。
甘い痺れのような感覚を
抑えるように深く深呼吸する。
すると、全身を絡めていた黒い蔦が、
霧のようにふわりとほどけていった。
その下に現れたのは──
黒地に、流れるような金の装飾が
あしらわれた優雅な衣装。
軽やかに広がるスカートには
繊細な金糸が縫い込まれ、
蝋燭の光を柔らかく返してきらめいている。
胸元は大胆に開かれており、肌の間から
銀の鍵のネックレスが覗いていた。
そっと視線を下ろし、自分の胸元に触れた。
「……これが、私?」
(……気に入った? よく似合ってるよ。
あたしの花も──ちゃんと咲いてる)
頭の奥で、微笑むような声が囁いた。
「……どうやら、契りを交わしたみたいね」
静かに息をつくように、アナはそう呟いた。
そのすぐ隣で──
大人の白咲リコが、
どこか安心したように微笑み、
ふたりの姿をやさしく見守っていた。
「……今なら、
あなた達にも聞こえるでしょう?」
そう囁くと、
アナの右目に宿る星が淡く光を放つ。
細い指先が宙をなぞると、その軌跡に沿って
五線譜のような光の線が浮かび上がった。
続いて、音符のような粒子がかすかに震える。
粒子は、弾くようにほどけると
空間へ柔らかな音色が響いていく。
それは、悲しくも美しい調べだった。
ほどけた光の粒はゆっくりと
円を描くように舞いながら、
まるで見えない風に乗るように広がる。
「……これはね、あなた達に
想いを託していった者の旋律よ」
その声は優しく穏やかでありながら、
どこか遠い哀しみを含んでいた。
誰も言葉は発さなかった。
リコは、初めて聞くはずの音楽なのに懐かしく、
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
気づけば、頬を一粒の涙が伝っていた。
やがて粒子たちは、
誘われるように月光の筋を辿り、
ゆっくりと天井の扉の向こうへと昇っていく。
調べは次第に遠ざかり、淡い輝きも
夜空に吸い込まれるように消えていった。
残されたのは──
ただ静かな余韻だった。
その儚い光がすべて消えたあと、
ふたりは、そっと視線を交わす。
異様な衣装に身を包み、
瞳に花の光や、霧を宿した互いの姿を
どこか戸惑いながらも見つめる。
ユウは、チヤの腕に絡みつく
紫の蛇をじっと見つめた。
その黄金色の瞳がユウを一瞥し、
不気味に瞬く。
それを見て、小さく声をかけた。
「……大丈夫、なの?」
チヤは、腕に絡む蛇を軽く撫でながら
小さく頷いて、やわらかく微笑んだ。
「……ユウちゃん、
なんか……かっこいいよ」
ユウは少し視線を逸らした。
「……そうかな?」
小さく呟くその声は、
どこかくすぐったそうで、
でもほんのり口元に微笑が浮かんでいた。
ユウは胸元に手を置き、
そこに咲く深紅の薔薇のリボンと
銀の鍵のネックレスを指先でなぞった。
(……そういえば)
ふいに、リコが語っていた言葉が蘇る。
(……未来のチヤが言ってたんだよね。
バラは、十二本になったって)
小さく息を吐きながら、
ユウはそっと目を閉じた。
(だったら──
一生、そばにいるしかないじゃない)
ゆっくりと顔を上げ、瞼を開く。
その瞳が、真紅の光を鋭く放った──




