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君に届かない、この世界で。  作者: 風乃ナノ
きらめきの日々
2/9

scene.01「きみと、ここから」

4月 入学式。


春の風が、

まだ新しい制服の裾をふわりと揺らした。


サイドテールを軽やかに弾ませながら、

ひとりの生徒が駆けていく。


小麦色の肌と、ひまわり型のヘアピンが

朝の光できらめいた。


――陽日(あさひ)リナ。


入学式の朝だというのに、

すでに上気した頬で、

校門から中庭までを一気に駆け抜けていた。


手を大きく振るリナに応えるように、

もうひとりが歩み寄る。


黒髪のロングヘア、整った制服姿で

涼しげな笑みを浮かべたその生徒。


――月森(つきもり)ミナは、

彼女の声に肩をすくめた。


「……急がなくても、

集合時間よりずっと早いよ?」


「うぅ、でも初日だしさ。

はやく席とか確認したいじゃん!」


「はいはい」


言い返せなくなったリナは、

ふてくされたように唇を尖らせる。


それを見て、ミナは小さく笑った。


澄風(すみか)女子学園――

緑豊かな丘の上に建つ、

歴史ある女子高等学校。


桜はちょうど満開を迎え、

薄紅色の花びらが風に舞って

校舎を優しく彩っている。


ふたりは、並んで昇降口に向かった。



────────*────────


scene.01 「きみと、ここから」


────────*────────



「暑い〜。走るんじゃなかった」


上履きに履き替えたリナは、

制服のリボンのバックルを外し、

シャツのボタンを二つほど外すと、

胸元をぱたぱたと引っ張って風を送った。


「……もう、はしゃぎすぎじゃない?」


ミナがあきれたように言うと、

リナは頬をふくらませる。


そんなやり取りを交わしながら、

ふたりは教室へ向かう。

まだほとんど誰もいない静かな教室――


「1年A組」

これからふたりが過ごすクラスだった。


黒板に貼られた座席表をふたりで覗き込み、

隣同士だと分かると、小さく頷き合った。


席に着くと、

リナはさっそくスクールバッグを机に置き、

ポーチから鏡を取り出して覗き込みながら、

リップクリームをひと塗りした。


「ねえ、なんか、高校生って

みんな大人っぽかったらどうしよう?

あたしだけ浮いてたらやだな〜」


鏡を見つめ、

前髪をいじりながらつぶやく。


「そういうこと言う時点で、

ちょっと浮いてると思う」


「わ、ひどい!」


鏡をぱたんと閉じて、

ミナの方に顔を向けてそう言った。


言葉ではそう返しながらも、

声は明るい。


ミナがそばにいてくれる安心感が、

自然に表情へとにじみ出ていた。


教室のドアが開くたびに、

新しい顔がひとり、

またひとりと入ってくる。


その中に――銀色の髪の少女がいた。


ピンクのリボンについた

星のチャームを軽やかに揺らしながら、

スマホを片手に辺りを見渡すと

空いている窓際の席にすっと歩み寄った。


――雪城(ゆきしろ)ネネ。


そのすぐ少し後ろに、

もうひとりがそっと続くようにして

教室へ入ってきた。


栗色の髪をゆるく内巻きに整え、

赤い縁の丸メガネをかけた、

おとなしそうな印象の子。


彼女の足取りは、

ネネとは対照的に控えめだった。


――香坂(こうさか)ユイ。


リナの視線がネネへと向かう。


「あの子……かわいいね」


リナは肘をつき、手にしたリップケースの先を

ネネの方へ軽く向けるようにしてそう言った。


「……そうだね。元気そうな子」


ミナもちらっと見ながらそう言った。


席についたネネは、

机の上にバッグとスマホを置いた。


その前にの席に座ったユイが、

振り向いてそっと声をかける。


「……ネネちゃんも、緊張していたりする?」


「うーん、してるかも。

でもワクワクの方が大きいかもっ」


ネネがにこっと笑うと、

ユイも安心したように頷いて、小さく笑った。


ふたりのやり取りは控えめながらも、

どこか親しげな空気を纏っていた。


リナは、ついそちらをもう一度見た。


すると、不意に視線がぶつかった。


ぱっちりとした赤とピンクの混じるような瞳。


リナは手にしていたリップケースを、

危うく落としそうになり、

慌てて目を逸らした。


「……っ、見られてた」


「初日からナンパ?」


「ち、違うってば!」


ミナのさりげない冗談に、

頬を膨らませる。


ネネはユイに何か小声で話しかけると、

ふたりでくすっと笑い合った。


ホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴る。


クラス担任が教室に入り、

入学式の前に簡単な説明を始めた。


それでもリナは、

まだどこか夢の中にいるような気がする。


ふと教室の向こうで目が合った、

銀髪の少女――。


満開を迎えた桜の花のように、

彼女の瞳には、

これから静かに花が咲いていく予感がした。





入学式が終わった午後。


教室に戻ると、クラス担任が黒板の前に立ち、

生徒たちに向かって

やわらかく笑みを浮かべた。


「じゃあ、せっかくだし、

みんなで軽く自己紹介してみようか」


その一言に、

生徒たちは緊張と期待の入り混じった表情で、

順番に前へと立っていく。


「陽日リナです!

えーっと、おしゃべりと、

甘いものが好きです!

中学は隣町の大日(だいにち)中学でした。

よろしくお願いしますっ!」


明るい声に、

クラスの空気が少しやわらいだ。


そのあとに前に出たのは──


「月森ミナです。読書が好きです。

中学は大日中学でした。

よろしくお願いします」


落ち着いた声と丁寧な言葉に、

どこか知的な雰囲気が漂う。


その後も、

ひとりひとりの自己紹介が続いていく。


中には緊張で声が小さくなってしまったり、

笑いを誘うような元気な生徒もいて、

教室の空気は少しずつやわらいでいった。


やがて自己紹介とホームルームが終わり、

教室内にはざわめきが戻っていた。


生徒たちは思い思いに帰り支度を始めたり、

近くの席の子と話し込んだりしている。


ふたりは、少し緊張の解けた顔で教室を出る。


「ねえ、ちょっと探検してみない?

校舎とか、どんなところがあるのか

気にならない?」


リナの言葉に、ミナは頷いて言った。


「うん。……屋上、行ってみる?」


「行けるの?」


「さっき先生が

『解放されてる時間もある』って言ってた。

今なら多分開いてるよ」


「わー、それなら行ってみたい!」


ふたりは校舎の階段を上っていく。


屋上の扉は、確かに開いていた。


フェンスの向こうには青空が広がり、

春の午後の風がほんのりと暖かい。


空はどこまでも高く澄んでいた。


リナはその景色を見るなり、

ぱっと顔を輝かせた。


思わず両手を上に伸ばして、

大きく伸びをしながら言う。


「うわあ、いい場所だね……!」


「うん、なんだか気持ちいいね」


ミナも、微笑みながらフェンスに近づく。


ふたりは金網越しに景色を眺め、

穏やかな風に髪をなびかせた。


リナはしばらく眺めて、

それからふっと息をつくように言った。


「ねえ、ミナはこういうの、

初日から全然平気そうで、

すごいなって思った」


「え?」


「ほら、緊張とか……

あたし、結構ドキドキしてたんだよ?

忘れ物してないかとか、

自己紹介しろって言われた時とか」


「……そうだったんだ」


ミナが小さく頷く。


「でも、リナがいるから平気。たぶん」


「えっ、えへへ……

なんか、そう言われると照れるな」


リナが頬をかくと、ミナは小さく笑った。


そのとき。

がちゃん、と屋上の扉が開いた。


ふたりがそちらを振り向くと、

そこには銀髪の子がいた。


「……あ」


リナが思わず声を漏らす。


「こんにちは、お邪魔しちゃった?」


ネネはにこっと笑い、

軽く胸のあたりまで手をあげて

ひらひらと振ってみせた。


その後ろから、

ユイもそっと続いて入ってきた。


「べ、別にいいよ!

広いし、気にしないでっ」


リナが慌てて言うと、

ネネはくすっと笑い、

ミナにも軽く手を振った。


「ユイちゃんが、

屋上行ってみたいって言ってくれたんだ」


ネネが言うとユイは恥ずかしそうに頷いた。


四人は自然に、

それぞれフェンス沿いの位置に立った。


春の風が吹き抜け、

みんなの髪をやさしく撫でていく。


その静けさの中で、

リナがぽつりと尋ねた。


「えっと……雪城さんって、

澄中だったよね?」


「うん、そうだよ。ユイちゃんも」


「へえ、じゃあ前からの知り合いなんだ」


「知り合い、かぁ……」


そう言うと、

ネネはちらっとユイの方を見て、

控えめに笑った。


ユイも、

ネネと視線が合うと目を逸らして、頷く。


それだけのやり取りなのに、

ふたりの間には何かあたたかいものを感じて、

リナは思わず口元を緩めた。


「仲いいんだね」


ネネが少し首をかしげるようにこちらを見た。


「そう見える〜?」


「うん。なんか、ふたりとも可愛いじゃん」


「嬉しいな、そう言ってくれると!」


ネネが明るく笑った。





やがて話題は、

趣味や好きな音楽の話など、

他愛のないことへと移っていった。


ネネは「この前の新曲が最高でね」と

楽しそうに話し、

ユイは「旅先の食べ歩き動画をよく見るんだ」

と、穏やかな声で話した。


リナは弾む声で言った。


「高校生になったし、放課後は、

バイトとか始めてみようかな〜って思ってて」


それにミナが落ち着いた調子で返す。


「うん、でも勉強とのバランスも

ちゃんと考えなきゃね」


そして少し感心したように目を細めて、

続けて言った。


「でもリナって、

そういうの思いついたらすぐ行動に移すよね」


「えへへっ、

思い立ったらすぐ、って感じで!」


リナは照れたように笑った。


「でも、なんかわかる。

ワクワクするのは大事だよね!」


ネネもにこっと笑って、

同意するように小さく頷いた。


そんなふうに、

少しずつ四人の間に

柔らかな会話が交差していく。


「……ね、ここって、

また来ていい場所なんだよね?」


ふと、ユイが確認するように尋ねた。


すると、隣でフェンスを見上げていたミナが、

振り返って頷いた。


「さっき先生が、

『昼休みとか放課後なら開いてることが多い』

って言ってたよ」


「そうなんだ……よかった」


ユイはほっとしたように微笑む。


「また、みんなで来ようよ」


ネネのその一言に、みんなが頷いた。





屋上でのひとときを終えて、

四人は並んで教室へ戻ってきた。


春の日差しが差し込む教室には、

まだ数人の生徒たちが残っていて、

思い思いに帰り支度をしていた。


リナとミナも、自分の席に戻ると、

それぞれバッグの中を整えたり、

配布されたプリントをまとめたりしていた。


「ふぅー、なんだかんだで、

盛りだくさんな一日だったねー」


リナがバッグを肩にかけながら、

ミナに声をかける。


「うん。でも、いろんな子と話せたし……

いい初日だったと思う」


ミナが静かに微笑む。


窓際の列では、

ネネが丁寧にノートや筆箱をしまっていた。


その前の席に座るユイは、

静かに小さな手鏡を取り出し、

ちらりと覗き込んでから、

何かを確かめると、そっとポーチに戻した。


教室の片隅では、

黄色い太縁のメガネがひときわ目を引く子が、

静かにプリントを並べており、

そのそばでふんわりとした雰囲気の子が

楽しそうに話しかけていた。


ふたりの間には、

すでにやわらかい空気が流れていた。


その様子を、リナは目にとめた。


「……なんか、あのふたり、いい感じだね」


「うん、わかる」


ミナが同意すると、

肩のバッグをかるく持ち直した。


そのとき、

ネネとユイがふたりの元へと歩み寄ってきた。


「ねえねえ、帰り道同じだったら、

一緒に帰らない?」


ネネの申し出に、

顔を見合わせ、小さく頷いた。


「もちろん!」


四人は笑顔を交わしながら、

ゆっくりと教室をあとにした。





昇降口で靴を履き替え、校門を出たとき、

午後の日差しがほんのりと頬を暖めた。


そのまま自然と並んで歩き出す。

道すがら、他愛もない会話が弾む。


ネネがふいに顔を向け、

少し照れくさそうに言う。


「ねえ、リナって呼んでもいい?

……あ、まだ早かったらごめんね!」


リナは嬉しそうに笑って、すぐに返した。


「うん、あたしも

ネネちゃんって呼びたかった!」


ミナが穏やかにその様子を見守りながら、

口を開く。


「じゃあ……私も、ユイちゃんって」


ユイは少し恥ずかしそうに

視線を逸らして言った。


「うん……ミナちゃん、って呼んでもいい?」


ほんの短い帰り道が、名前と笑顔、

それから

少しだけの勇気を交わす時間になった。


「ねえ、駅の近くに、

ちょっと気になるカフェがあるんだけど……

行ってみない?」


ネネのその言葉に、

リナがぱっと顔を輝かせた。


「えっ、それ気になってたところかも!

昨日スマホでこの辺調べてたら出てきてさ〜。

おしゃれっぽいよね〜」


「……わたしも、少しだけなら……」

とユイ。


ミナがふわりと笑って、

「じゃあ、行こっか」と応じる。


ゆるやかに傾いた坂道を、

笑い声とともに、

四人の影が並んで歩いていく。


春の風が、その背中をそっと押していた──

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