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君に届かない、この世界で。  作者: 風乃ナノ
その手にふれるまで
15/28

scene.14 「波の音が聞こえない」

青く澄んだ空の下、潮騒に混じって──

陽日(あさひ)リナと雪城(ゆきしろ)ネネの

はしゃぐ声が、海辺に響いていた。


「ミナもこっちきなよー!」


砂浜のほうからリナの声が飛んできた。


敷いていたバスタオルの上で、

ゆっくりと体を起こす。


髪をかきあげながら眩しそうに目を細め、

波打ち際ではしゃぐふたりを見やった。


リナの小麦色の肌と明るい髪が、

陽射しを受けてきらきらと輝いている。


笑い声にまぎれて水しぶきが宙に舞った。


彼女が水際から小走りで駆けてくる。


濡れた足で砂を蹴り、

タオルの方へと弾むように近づいてきた。


そしてしゃがみ込むようにして、

「ほらっ」と、

明るく笑いながら手を差し伸べる。


「……しょうがないな」


肩についた砂を軽くはらうと、

その手を取った。



────────*────────


scene.14 「波の音が聞こえない」


────────*────────



【8月3日 午前10時38分】

伊須真(いすま)海水浴場】


リナたち六人は、夏の陽射しの下、

「伊須真海水浴場」へやってきていた。


どこまでも続く青。


砂浜を駆ける子どもの笑い声。


きらめく陽光が波に反射して、

眩しい光の粒を散らしている。




リナが大きな浮き輪を浮かべて、

綾瀬(あやせ)ノノに向かって手招きした。


「ノノちゃ〜ん、

一緒に波に乗ってみよ! 絶対楽しいから!」


リナはライトグリーンのビキニに

高めのポニーテールを揺らしながら、

頭には大きめのサングラスを乗せている。


「え、えぇ……ちょっと怖いかも……」


「大丈夫大丈夫! 」


ノノはラベンダー色の控えめなビキニ姿で、

腰に巻いていた薄いパレオを外すと

自分のバスタオルの上に丁寧に置く。


リナはその仕草を待ちきれない様子で

波打ち際に浮かべた浮き輪へと、

ノノの手を取って強引に誘った。


「きゃっ……ちょ、待って……!」


軽くバランスを崩しながらも、

ノノのお尻は浮き輪の穴に

すっぽりと収まった。


「リナちゃん号、出航しまーす☆」


リナは浮き輪の縁に手をかけ、

波に合わせて押しながら進む。


波に揺られるたびに二人の肩が触れ合い、

きゃあきゃあと声が重なる。


「……こういうの、悪くないかも」


「でしょ〜! 次はもっと大きい波にいこっ!」





砂浜を並んで歩くふたりの足元に、

波がさらりと寄せては返す。


波打ち際を歩いていたとき、

ふと月森(つきもり)ミナが立ち止まった。


「あ、見て。これ、きれい」


しゃがみ込んで、

小さな白い貝殻を拾い上げる。


青のワンピース水着が日差しに映えて、

肩のラインをより上品に見せていた。


「……ほんとだ」


香坂(こうさか)ユイはそう言って、

その手の中をのぞきこむ。


黒のタンキニ姿の彼女は、

やわらかく微笑んだ。


そのまま足元を見つめつつ、

ゆっくりと歩き出す。


ふと、砂の中できらりと

光るものが目に留まった。


しゃがみこんで指先で砂を払うと、

小さなガラス片が顔を出す。


隣から声がする。


「……シーグラスって言うんだっけ?」


ちらりと横を見ると、

ミナが軽くのぞき込んでいた。


ユイがうなずく。


「うん。かわいいね」


手のひらに載せられたかけらを、

光に透かしながらじっと見つめた。


「……今日の思い出に、持って帰ろうかな」


「じゃあ……みんなの分も、探してみる?」


その提案に、笑みで応える。


「うん、いいかも」


ふたりはまた歩き出し、

足元の砂に目を凝らしながら、

小さな宝物を探し始めた。





淡い水色のセパレートに

白いショールを羽織った白咲(しろさき)リコは、

海辺にしゃがみ込み、

砂で小さな山を作っていた。


「リコちゃーん! 何か作ってるの?」


振り返ると、ネネが

大きな浮き輪をすっぽり腰に被ったまま、

にこにこと笑っていた。


「ううん、ただ山にしてただけ」


小さな砂山が、

さっと寄せた波にさらわれていく。


「じゃあさ、ふたりで何か作らない?

わたし、リコちゃんと遊ぶの初めてかも!」


「……そうだね。

えっと……ケーキ、作ってみる?」


「ケーキ?

めっちゃかわいいじゃん、それ」


ネネが浮き輪を置いて

ぴょこんとしゃがみこむと

肩のリボンがふわりと風に揺れる。


隣に並ぶと、指先を砂に沈めた。


ふたり並んで砂を手ですくい、

小さな山をつくっていく。


ネネがふと、

リコの横顔を見ながらつぶやく。


「ねえ、リコちゃんはさ……

どんなケーキが好き?」


「え?」


「……チーズケーキ、かな。

ふわふわのやつ」


「いいよねー。わたしはベイクド派かも。

ふわふわより、ぎゅっとしてるのが好き」


リコがくすっと笑う。


「ベイクドのホールって、どんな形だっけ?」


リコが首をかしげながらそう尋ねると、

ネネは「うーん」と唇に指を当てて考えこむ。


「……丸? かなぁ」


そう言いながら、

指で砂の上にくるりと円を描いた。


リコはその線を見つめて、ふっと微笑んだ。


「……これなら、できそう」


「うん、作ろ!」


ふたりで顔を見合わせて笑うと、

手を伸ばし、砂を盛りはじめた。





海の家で昼食を終え、ひと息ついたリナは、

タオルの上でごろごろと転がっていた。


その隣では、ミナが日焼け止めを手に取り、

容器を軽く振っている。


「ちゃんと塗らないと、明日大変になるよ」


「え〜、ミナも一緒に寝転ぼうよ〜。

あたしは焼きにきたんだから!」


小麦色の肌を見ながら、

ミナは涼しげな声で返す。


「それ以上焼いてどうすんの。

シミになっても知らないよ?」


「ひどい!? でもさ、

ミナもちょっと焼いたら可愛いって!」


「焼けません。焼きません」


くすくすと笑いながら、

ミナは手を伸ばして

リナの背中に日焼け止めを塗り始めた。


「ちょ、くすぐった……っ」


うつ伏せのまま、足をばたばたさせる。


「我慢して。

ちゃんと広げないとムラになるから」


ミナの指先が、ゆっくりと背中をなぞる。


肩甲骨のあたりから背骨へと、

ひんやりとした感触が丁寧に広がっていく。


リナはうつ伏せのまま、

少しだけ息を止めていた。


「……なんか、お世話されてる感じ、

いいかも」


その言葉に、ミナは笑みを浮かべ、

指先でリナの背をなぞった。


「……ミナ、大好き」


「……私も」


囁くように答えながら、

撫でる仕草は

次第に優しい手つきへと変わっていく。


肌をなでる指の感触に集中していると、

波の音さえ聞こえなくなっていた。





夕暮れが近づくと、

空は淡い橙から群青へと

ゆっくりと色を変えている。


六人は、海水浴を終えて着替えを済ませ、

それぞれラフな私服姿で浜辺に

戻ってきていた。


波音だけが響く夕暮れの海。


「──やろっか、花火」


誰が言い出したのかは覚えていない。


でも、誰も反対することはなかった。





コンビニの袋から取り出した手持ち花火。


着火ライターで火をつけると、

じゅっと炎が弾けた。


リナはしゃがみこみ、

ミナの隣で細長い花火に火を灯す。


「なんかさ……

この感じ、修学旅行の夜っぽくない?」


「わかる。夜になると、

ちょっとしんみりするよね」


火花が揺れて、

砂の上にこまかく弾ける。


ふと横を見ると、視線が合った。


「……楽しかったね、今日」


「うん。すごく」


ミナの手に指先を重ねる。


その手が、やさしく握り返された。





ネネは手を引きながら、

少し離れた場所に腰を下ろすと、

袋から線香花火を取り出した。


「ユイちゃん、これやったことある?

落ちないようにがんばるやつ!」


「うん、線香花火……

なんか久しぶりかも」


細い火を分けると、

火花がゆっくりとユイの手元に灯った。


「よし、いい感じ。

見て、ぷちぷちしてきた!」


じっと見つめながら、

慎重に手を構えるユイ。


しかし、火球はふいにぽとりと落ちた。


「あ……」


「惜しい!

でも、けっこう粘ったじゃん!」


ネネがそっと手を伸ばし、指先に触れる。


そのまま手を包み込むように握ってきた。


「次は一緒に持ってみよ。ね?」


「……うん」


ふたりの横顔が、

火花の光にやわらかく染まっていた。





波打ち際の砂の上に、

ふたり並んでしゃがんでいた。


間に置かれた数本の花火は、

まだ火がついていない。


「これ、やってみよっか」


リコが一本を手に取り、

そっと差し出すと、

ノノがうなずく。


「じゃあ、一緒に点けてみる?」


「うん」


しゃがみこんで火を分け合うと、

ふたつの光が同時に咲いた。


「きれい……」


「ねえ、高校生になって、

こんなふうに友達とみんなで花火するなんて、

思ってなかった」


ノノは一瞬、横を見て、

それからまた夜の海へ視線を戻した。


「うん。今日みたいな日、

これからもきっとあるよ」


「……そうだね、きっと」


リコはそっと顔を上げて

ノノを見つめ、微笑んだ。





「ねえ、見て見て、じゃーん!」


袋から細長い筒を取り出し、

誇らしげに掲げるリナ。


筆文字で「夢灯」と書かれた、

小さな打ち上げ花火だった。


「まだ持ってたの?」

ミナが呆れたように笑うと、

ネネはぱっと目を輝かせる。


「すごい!」


リナは得意げににっと笑い、

その筒を砂にぐっと差し込んだ。


「火つけるの、あたしやるね!」


「ちょっと、気をつけなよ……」


ミナの言葉に「まっかせてよ!」と

返しながら、導火線に火をつける。


「いくよ……っ」


シュルッと音がして、

少しだけ後ろに下がった。


視線の先で、

火が導火線から筒へと移っていく。


誰もが息を呑んだまま見つめていた。


そして──


夜空に向かって、

小さな光が勢いよく

弾けるように打ち上がった。


「わあっ……!」


ネネが胸の前で手をぎゅっと握りしめる。


「……きれい……」と、ミナが小さく呟く。


しばらくして、

リナがみんなの顔を見渡しながら、

楽しそうに言った。


「ね、またみんなで来ようね。」


その声に、みんなも思わず笑みをこぼした。





【8月3日 午後8時35分】

【伊須真駅―秋神駅間 電車内】


電車の揺れが心地よく、

車窓には夜の街の明かりが流れていく。


海で遊んだ帰り道。


始発駅から乗った電車で、

六人はロングシートにずらりと並び、

思い思いの姿勢で体を預けていた。


みんな昼間たっぷり遊んだせいか、

リナはミナの肩に寄りかかって、

すっかり眠り込む。


ネネも、ユイの肩にもたれたまま、

静かな寝息を立てている。


ノノは目を閉じ、

リコの隣で穏やかな呼吸を続けていた。


窓の外を流れる夜の景色を見つめながら、

胸元に手を添えて、静かに押さえる。


──この日が来ることを、夢で見ていた。


水着で笑い合って、花火をして、

波の音に声を重ねた、あの光景。


日記に書いた通りだった。


見た夢が現実になって、

それがこんなにも楽しい思い出になるなんて。


──ふざけて、照れて、みんなで笑って。


ほんの少し前の自分には、

想像もつかなかった。


そんなことを考えながら、

瞼が、ゆっくりと落ちていく。


そのとき。


──胸元に、

何かが触れかけたような感覚。


はっとして目を開けた瞬間、

隣でユイがびくりと身体を起こした。


同じタイミングで目が合い、

お互い驚いたまま、

息をのんで見つめ合う。


彼女の手は、胸もとの懐中時計へと

触れかけていたところだった。


「……ご、ごめん……」


目を伏せながら、静かに手を引く。


視線を逸らすようにして、

胸元に触れる。


鼓動のすぐ上、

ネックレスの冷たい感触が指先に伝わる。


──眠っていたはずなのに。


あの手だけが、確かに動いていた。


まるで……この時計のことを、

知っているかのように。


ノノにもまだ話していない、

この秘密を。


──夢で見た。


鏡の前で、泣いていたユイさんの姿を。


あれは、ただの夢なんかじゃない。


今日の海や花火と同じように、

未来の出来事になるかもしれない。


この時計に不思議な力が宿っているように、

あの鏡にも、何か“力”があるのだとしたら。


そんなことを考えると、胸の奥に、

ひやりとしたものが広がっていく。



……ユイさん。



今、その鏡……



《《持ってる》》よね?



あんな夢が、現実になるなんて……

そんなの、絶対にダメ。


でも……どうすればいいの?


夕闇に浮かぶいくつもの雲が

まるで答えのない問いのように、

静かに流れていった──

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