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君に届かない、この世界で。  作者: 風乃ナノ
きらめきの日々
12/28

scene.11 「交差する日」

雪城(ゆきしろ)ネネは、涙を振り払うように走っていた。



──触らないで!



あんな顔、見たことがなかった。


喉の奥が苦しくて、

声にならない嗚咽が漏れる。



──なんで、あんなことをしたんだろう。



自分でもわからない。

ただ、香坂(こうさか)ユイがあの手鏡を見つめていた

あの瞬間、胸の奥がざわついた。


怖くて、苦しくて、止めなきゃって思って



──気づけば、手を伸ばしていた。



「……ユイちゃん、ごめん……」



草の上に落ちたしずくが、

月明かりを受けて淡く光った。



────────*────────


scene.11 「交差する日」


────────*────────



祭りの灯りも届かないその場所には、

人気(ひとけ)がなかった。


林の影に紛れるようにしてネネで立ち止まり、

堪えきれずにしゃがみ込んだ。


そのとき、足音がした。


「──ネネちゃん」


見上げると、そこには陽日(あさひ)リナがいた。

息を切らしながらも、ネネを見つけて、

ほっとしたような顔をしていた。


「大丈夫……?」


ネネは何も言えなかった。


リナはしゃがみこんで、

そっとネネの肩に触れる。


「……ごめんね。勝手に追いかけてきて」


ネネは首を振った。


「……ユイちゃん、怒ってたよね……。

わたし、あんなことしたくなかったのに……」


涙声がこぼれる。


リナはネネの背中を優しくさすった。


「ううん。きっとユイちゃんも、

びっくりしただけだよ」


ネネはかすかに顔を上げる。


「……でも、わたし……

ずっと、気になってたの」


「気になってた?」


「うん……ユイちゃん、時々、鏡を見てるの。

すごく、真剣な顔で……

誰かと話してるみたいなときもあって……」


リナは目を細めた。


「それで、今日……怖くなっちゃったんだ?」


ネネは頷いた。


「だって……あの鏡、わたしが見つけたんだよ?

あのとき、ユイちゃんに

似合うかもって思って……

ずっと大事にしてくれてるのは嬉しいのに……

でも、何か違う気がして……」


リナはそっと、ネネの手を取った。


「ユイちゃんのこと、すごく見てたんだね」


「……見てたよ。

ずっと、見てたよ。大好きだから……」


ネネの言葉に、リナは少しだけ微笑んだ。


「だったら、今度はちゃんと、話そう。

ユイちゃんと」


ネネは黙っていた。


リナはしばらく黙って寄り添っていたが、

やがて立ち上がり、そっと手を差し伸べた。


「……少し、歩こっか」


ネネは迷いながらも、その手を取った。


夜の公園を、ふたりでゆっくり歩き出す。


夏祭りも終わりに近づき、

にぎわいは次第に虫の声へと変わっていた。


「どんな気持ちでユイちゃんを見てたか、

きっと伝わるよ。

だって、ネネちゃんは、

ちゃんと向き合おうとしてるから」


「でも、嫌われちゃったら、

どうしようって……思っちゃって」


「それでも、逃げたままじゃ、

きっともっと苦しくなるよ」


ネネは、かすかにまぶたを伏せてから、

小さく息を吐いた。


「……うん」


それは、決意にはまだ少し足りない。


でも、逃げ続けないための、

小さな一歩だった。





そのころ、広場のベンチには、

月森(つきもり)ミナとユイの

ふたりだけが残っていた。


リナがネネを追いかけていったあと、

しばらく無言のまま座っていた。


ユイは、小さく息をついていた。

どこか、息苦しそうに見える。


「……ユイちゃん」


ミナの声に、ユイがわずかに肩を揺らす。


「……ごめんなさい。

わたし、何も言えなくて……

ネネちゃん、あんなに泣いてたのに……」


ミナは首を横に振った。


「ううん。謝ることじゃないよ。でも……

どうして、その鏡を見てたの?」


ユイは答えず、手鏡を持つ手をそっと動かした。


ミナは、ユイの仕草を静かに見つめていた。


「……こわくない?」


「うん。こわくない……

この鏡を見てると、不思議と安心するの。


最初は、ネネちゃんが

選んでくれたものだから、

大事にしようって思ってて……

でも、ある日から、気づいたら、

もっと見たくなってて……」


「……どうして、そんなに気になるの?」


ミナがそう聞くと、ユイは遠くを見て言った。


「……わからない。ただ、自分の顔なのに、

少し違うような気がして……


わたし、あの中の自分に話しかけてたのかも。


なんていうか……

そっちの“わたし”のほうが、

強そうに見えたから」


ミナは、少し目を伏せた。


「ねえ、ユイちゃん。ほんとうは、

誰かに頼りたいって思ってたんじゃない?」


ユイはミナの方へ振り向いた。


「自分が弱いって思うこと、

恥ずかしくないよ。

私だって、リナがいなかったら、

たぶん今の私じゃないから」


ユイは鏡を見つめ、それから、

おそるおそる口を開いた。


「……あのとき、ネネちゃんの手が

鏡に触れた瞬間、胸の奥がざわってして……


自分じゃなくなったみたいで、

気づいたら言葉が出てて……


どうしてあんなことを言ったのか、

自分でもよくわからない……


でも、ネネちゃんを

傷つけたかったわけじゃないの……」


「その気持ち、ちゃんと伝えてみよう」


ミナは穏やかに笑った。


「伝えないと、誤解はそのままになっちゃう。

ユイちゃんが大事にしてるのは、

鏡じゃなくて、ネネちゃんなんでしょ?」


ユイは、そっと顔を上げた。


「……うん」


小さな声で、でも確かにそう答えた。


ミナはポケットからスマホを取り出し、

リナに短くメッセージを送った。


《ユイちゃん、大丈夫そう。

ネネちゃんと一緒に、

こっち戻ってきてくれる?》


ほんの数秒後、《うん、いま向かうね》と

リナからの返信が届いた。





にぎわっていた食事スペースも、

すっかり片付けられていて

リナとネネが戻ってきたのは、

夜風が涼しさを帯びてきたころだった。


ベンチには、ミナとユイが並んで座っている。


ユイは俯いたまま何かを考えているようで、

ミナはその横顔を見守っていた。


「ただいま」


リナの声に、ミナが顔を上げる。


そして、ユイもゆっくりと顔を上げた。

ネネと目が合う。


一瞬、空気が止まったような静寂が流れた。


──ごめんね。


お互いにそう言いたそうな、

でもまだ言葉にならない間が、

ふたりの間にあった。


「……ネネちゃん」


ユイが、先に口を開いた。


声はかすれていたけれど、

そのまなざしはまっすぐに

ネネを見つめていた。


「さっきは……ごめん。

あのとき、自分でもよくわからなくて……

でも、ネネちゃんを傷つけたくて

言ったんじゃないの」


ネネは黙って聞いていた。


風が吹き、ユイの前髪がわずかに揺れる。


「……鏡、見てるとね、

安心する気がしてたの。

でも……ちょっと違ったみたい。

これは、たぶん……よくない」


ユイは、手鏡を巾着に入れ、

バッグにしまった。


「もう、見ない。

ネネちゃんにあんな顔させたくないから」


その言葉に、ネネはほっと小さく息をついた。


「……わたしも、ごめん。

急にあんなことして……

でも、なんかおかしいって、

ずっと気になってて」


そう言いながら、

ネネはユイの隣に腰を下ろし、

そっと手を伸ばした。


「わたしのこと、

嫌いになったのかと思ったけど……

また話してくれて、よかった……」


ユイはネネの手を見つめ、

静かに握った。


「ネネちゃんのこと、

嫌いになんてなるわけないよ」


ユイの声は少し震えていたけれど、

その言葉はまっすぐで、優しかった。


リナは、その様子を見てから

大きく伸びをして言った。


「よし!

なんか、ひと段落した感じだし……

明日、みんなで遊びに行こうよ!」


「遊びに?」ネネが顔を上げる。


「うん!

せっかくの夏休み、始まったばっかりだよ?

気分転換にちょっと遠出してみない?

ね、ミナも」


ミナはふっと微笑んで頷いた。


「いいと思う。気持ちを切り替えておけば、

いいスタートになるかも」


「決まり! んー。

来月はみんなで海に行くし、

今回は水族館なんてどう?

涼しいし、癒されそうだし!」


「水族館……いいかも」


ネネが少し笑って言った。


「でしょ! 細かいことはあとで決めよう。

ね、ユイちゃんも来るよね?」


ユイはそっと頷いて、柔らかく微笑んだ。


「……うん。行く」


「じゃあ、明日の朝、王洲港(おうすこう)駅に集合ね!」



明日はきっと、楽しい日になる。


そんな予感に、四人は自然と笑顔になった。


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