告げられぬ想い
マティアスとライゼルは成長し、17歳ほどになっていた。
マティアスは、もはや学園でその名を知らぬ者のいない天才魔術師となっていた。尊敬と畏怖を集める存在でありながら、体格は相変わらず小さく、伸びかけた髪と相まって中性的な雰囲気を漂わせていた。
一方のライゼルは、さらに体格を増し、筋肉質で精悍な顔立ちに成長していた。サイドを短く刈り上げた髪型が爽やかさを際立たせる。
ライゼルは魔術治安局への就職を目指し、肉体の鍛錬と攻撃魔術の習得に励んでいた。その明朗快活な性格もあり、学園内では多くの生徒から信頼と友情を寄せられていた。
ライゼル「マティアスーー!! おーい!!」
笑顔で駆け寄ってくるライゼル。
マティアス「なんだ、まったく……」
マティアスも軽く笑みを返す。
ライゼル「お願い!! この魔術の術式、教えてくれ! 今度奢るからさ!」
いつもの憎めない頼み方だった。
マティアス「まぁ、いいだろう。」
二人はそのまま図書館へ向かい、マティアスは術式を解説した。
勉強が一段落すると、ライゼルは笑いながら言った。
ライゼル「お前って本当にすげーな。」
マティアス「そんなことはないさ。これからこの国を発展させる魔術研究者の一人としては、まだまだだ。」
苦笑しながら答えるマティアス。
ライゼル「そんなこと言うなよ〜。お前はすげーやつになるよ。俺は馬鹿だし、目の前のことやるので精一杯だけどさ……。
でも、お前の親友として、この国の治安を守るよ。お前が安心して魔術研究できるようにな!」
ライゼルは笑いながら、マティアスの背中を軽く叩いた。
マティアス「やめろよ。お前、そんなクサいセリフ言うな……」
マティアスの顔が赤くなる。
マティアス「まぁ……お前がこの国の治安を守るお偉いさんになるなら、俺はこの国随一の魔術研究者になってやるよ。そうすれば……お前も親友として鼻が高いだろ。」
ライゼル「な〜に、照れてんだよ〜。」
ライゼルは茶化すようにマティアスの頬をつねった。
マティアス「うるさいな……」
そっぽを向くマティアス。
ライゼル「ごめんって〜〜。そういえばさ、お前好きな女いないの?」
マティアスの表情が一瞬曇る。
マティアス「いるわけないだろ。俺は魔術の研究で忙しいんだ。」
軽く怒ったように返すマティアス。
ライゼル「おいおい、そんな怒んなよ。好きな奴できたら教えろよ〜。」
二人はそのまま図書館を後にした。
マティアス(俺が好きなのは……お前なんだよ。)
心の中で、マティアスは暗く呟いた。
フィリアには、マティアスの心の傷が流れ込んできた。
彼は、自分が同性を好きだという事実を、誰よりも嫌悪していた。
特にライゼルへの想いは、彼の眩しい笑顔を見るたびに胸を締め付ける。まるで、その笑顔が「お前は間違っている」と告げるようで、吐き気がするほど自分を汚らわしく思えた。
友人たちの恋愛話にはうまく合わせられず、それっぽい相槌を打つだけだった。
更衣室でライゼルの鍛え上げられた身体を見るたび、どうしようもなく意識してしまう自分が嫌だった。
彼の無邪気な笑顔が、自分を同性愛者だと突きつけるたび、心は軋むように痛んだ。
クロウ家の主として、子供を残さねばならない自分にとって、生産性のないこの指向は呪いのようだった。
魔術学校卒業を間近に控えたある日の帰り道。
ライゼル「そういえば、俺彼女できたんだよ! 今度お前にも紹介するよ!!」
ライゼルが無邪気に笑った。
その瞬間、マティアスの中で何かが崩れ落ちた。
マティアス「おめでとう……今度、俺にも会わせてくれよ。」
笑顔で祝福しながら、心の奥で何かがひび割れていくのを感じた。
マティアス(いつか、この日が来ることはわかっていた……わかっていたのに……)
ずっとこのままでいられると、少しだけ、思っていた。
家に帰ると、母の声が待っていた。
マティアスの母「いつまで油を売っているの。早く魔術研究を進めなさい。クロウ家の名を、この世界に刻み込むのがあなただけの役目でしょう。」
マティアス「はい……母様。」
いつものように魔術工房で研究を終えると、マティアスは自室へ戻った。
そして、誰もいない部屋で声を殺して泣いた。
マティアス「あっ……あっ……ライゼル……」
何度も名前を呟きながら、マティアスはむせび泣いた。
その夜、涙で枕を濡らしたまま、静かに眠りについた。