冷たい決意
カリーナが、激昂して帰った夜、アリシアはベットで過去のことを思い出していた。
カリーナ「何よ!!実の娘よりその人形の方が大事なのね!!
母さんはいつも魔術のことばかり、幼い頃も研究研究で、私のことなんて見ようともしない!!
喋るときもずっと魔術の勉強ばかり!!!
そんなんじゃ役に立たないとか、無能なままで終わりたいのかとか、そんな言葉ばっかり!!!
私のことを見て、遊んでくれたことが一度でもあった!!!???」
カリーナ「どうせ、あなたが、人生で愛したものなんて、その人形と自分の魔術だけでしょ。
人のことなんて愛したこともないくせに……
私のことだって………」
アリシアの胸に棘が刺さったように痛む。
カリーナの幼少期の過去を思い出す。
カリーナ(幼少期)「お母さん〜〜、見て見て、この術式組めるようになったよ〜。」
母親に褒めてほしい無邪気な笑顔がそこにあった。
アリシア「その程度の術式で満足するな。
まだまだだ、もっと改善の余地がある。ここはーーーー」
娘の顔が、段々無表情になっていき、目から光が失せていく。
アリシア「(私もそうだった。褒められた記憶なんてない。ただ結果を出すことでしか価値を認めてもらえなかった。それでも、娘には……違う生き方をさせてやれたかもしれないのに……)」
アリシアは激しく後悔していた。
魔術を失敗したとき、鞭を使って教育したこともあった。
「失敗したカリーナの白い背中に、赤い線が浮かび上がった。
『二度と同じ失敗はするな』
震える声で謝る娘に、胸の奥が痛んだが、それでも鞭を置けなかった。」
昔自分がそう教育されたように、娘にも同じように接してしまった。
クレイン家に恥じない魔術師として育てようと努力した。
昔自分も辛かったが、魔術師として成功すればきっと、娘も幸せになれるはず……
そう思っていた。
だが娘が何を求めて、何を欲していたか、考えたことがあっただろうか?
もっと一緒に遊んでやったり、褒めてやったり、家族としての時間を共有してやれば良かったのではないか、つい色んなことを考えてしまう。
アリシア「もしあの時……一度でも、抱きしめてやれていたら……何か変わっていたのだろうか……。」
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カリーナは酒に溺れ、スラム街のネザリアにいた、アリシアに杖向けられた苦しみ、美しいホムンクルスへの嫉妬で気がおかしく成りそうだった。
だが、自分が今のままではいけないことも分かっている。
酒に溺れ自堕落な生活を送ってる自分が最低なことも自覚している。
しかし、どうしても頑張る気力が起きない。
カリーナ(幼少期)「いつかお母さんみたいなすごい魔術師になるんだ……!
かつてアリシアが母であったことが誇らしい時もあったが、自分はそこまで頑張れない。何もかもにやる気が起きない。
ネザリアで項垂れていたカリーナのもとに、ボロボロの黒いローブを着た老人の男が来た。
男はやせ細った手に不衛生で伸び切った爪、猫背になりながら杖をついており、その体からは死臭のような体臭を漂わせていた。
男の枯れ木のように瘦せ細った指が、カリーナの頬を撫でた。
氷のように冷たく、だが確かにそこにある感触が、カリーナを現実へ引き戻す。
フードで老人の男の顔はよく見えない。
男「憎いか?母が?」
カリーナ「貴方は誰?」
男「お前の救世主だ。」
男は淡々と答える。
カリーナ「へ〜どう救ってくれるの?」
男「お前の望むものを与えてやろう、母と人形への復讐をくれてやる。」
カリーナは虚ろな目で、老人を見上げた。
カリーナ「……復讐?」
男「そうだ。お前の母も、その美しい人形も……苦しめてやりたいと思わないか?」
カリーナの中でアリシアにされた過去の教育が思い出される。
術式を間違えた時に鞭でぶたれた記憶
大魔術で失敗し数日前動けなくなったときでも、失敗を罵倒されたとき
遊びに誘っても、研究を優先された時
カリーナの唇が微かに歪む。
カリーナ「……あはっ……最低……でも……悪くない……。」
老人はフードの奥で笑った。
男「お前に力を与えよう。」
その声はまるで、死者の呻きのように冷たく響いた。
カリーナカリーナ「どうせ私なんて……誰にも必要とされないなら……せめて私の存在を、母の人生に刻みつけてやる……全部……壊してやる。」
カリーナはこのスラムの夜に決意を固めた。