第3話 課題
部集会の時間になり、顧問の先生が指定した教室に、在校生と新入生がぞろぞろと集まってきた。
窓際には短距離ブロック、真ん中に中・長距離ブロックのメンバーが固まる。
私は短距離ブロックの一番後ろに座る。
自然とそうなっただけで、特に意味はない。
教室の扉が開き、顧問の先生が入ってくる。
「部集会始めるぞー。」
顧問が教室に入るとキャプテンの声が教室内に響く。
「起立! お願いします!」
全員立ち上がり、「お願いします!」と一斉に声を出した。
「えー、まずは新入生の皆さん。入学おめでとう。そして、陸上部へようこそ。早速だけど、自己紹介してもらおうか。」
先生の声に新入生が反応する。
一斉に立ち上がり、次々に出身中学と専門競技を言っていく。
男子3名、女子4名。
そのうち、男子は全員、中・長距離。女子は長距離1名と中距離2名。マネージャー志望1名、か。
これで陸上部は17名になる。
3年生は、男子3名、女子2名。短距離は、私だけだ。
この陸上部は、顧問の先生が長距離専門だからということもあり、どちらかと言えば長距離に力を入れている。
一人ずつ自己紹介が終わるたびに、大げさな拍手をする。
私も、それに合わせるように拍手をした。
全員の紹介が終わると先生が話を始めた。
「優しい先輩方だから、ぜひ多くの事を吸収してほしい。3年生はすぐに最後の大会があるからな。気合を入れるように。」
最後の大会。
この言葉が私の脳内の中を駆け巡る。
もう、後は無い。
来年は、無い。
思わず唇を噛みしめた。
「じゃあ、早速だが今後の予定について話をする。」
全員が姿勢を正す。
黒板に大会の日程を書き込んでいく。
「目先の目標として、5月上旬に地区予選。3年生はここまでで最終調整するように。そして5月下旬には県総体。その先、6月に何があるかは、もう知ってるな?」
沈黙の後、「東北大会」と誰かが呟いた。
私は無言で頷いた。
私にとって、この流れはもはや習慣だった。
試合に出場し、記録を狙い、次へ進む。
勝ち負けに一喜一憂することはない。
ただ、自分がどこまで行けるか、それだけを確かめるように。
「短距離のメンバー、特に今の時点で県総体以上を狙える可能性があるのは……。」
先生の視線が一瞬だけ私をとらえた。
別に指名されるわけではないが、その一瞬の目線が、暗黙の期待を伝えてくる。
「地区予選までは基本メニューを継続。ただし、各自目標と課題を意識して調整すること。」
目標は明確だ。全国大会に出て、入賞する。
そのためにこれまで自分を追い込んできたんだ。
変える気なんてさらさらない。
ただ、どうしても頭の中から離れない言葉がある。
――課題。
私の課題。それは、スタートだった。
400mは100mや200mと違い、ペース配分が重要になる。中盤から後半までの伸びが、勝敗に一番関わるからだ。
それでもスタートのロスは大きな差になる。
いつもスタートで出遅れ、そこから巻き返すことが多かった。
ギリギリで勝てる時もあれば、その差が埋まらずに終わることもある。
ずっと抱いている、自分の課題。
これさえなんとかできれば、コンマ何秒を縮められるかもしれない。
「以上。質問あるか?」
誰も手を挙げない。先生が時計を見て、「じゃあとりあえず解散。今から短時間だが練習を行う。」と言った。
部員たちがざわざわと動き出す。
1年生はこのまま下校にするらしい。
私も立ち上がろうとしたとき、不意にキャプテンに声をかけられた。
「海里、ちょっといいか?」
振り向くと、キャプテンの隣に顧問の先生がいた。
「上の大会、狙えるな?」
突然の問いに少し間を置いてから頷いた。
「400m単体もそうだけど、マイルも考えてる。お前、どう思う?」
リレーか……。
一瞬だけ考えたが、答えは決まっていた。
女子の短距離は、3年生は私だけ。2年生はいない。
つまり、残りのメンバーは1年生になる。
入学したばかりの1年生とリレーを組んで、本番に向けて仕上げるには、時間がない。
「人数足りないんじゃないですか? それに、今度の1年生は中・長距離の選手ですよね。」
先生とキャプテンが視線を交わす。
「マイルだったら、適正が合うかもしれないだろ? スタミナがある分、後半の伸びは強いはずだ。」
「いえ、それは違います。自分の持っているギリギリを400mで出しきれるか、が大事なんです。専門距離を変えるのは、少し危険だと思います。」
リレーを否定するわけではない。
だが、専門外の距離を走るには、それ相応の時間が必要になる。
大会までの時間を考えると、慣れ親しんだ距離から鞍替えするには少なすぎる。
それに、私にとって大事なのは、限られた時間の中で、どこまで自分の力を伸ばせるかだった。
「そうか。……わかった、考慮する。」
キャプテンが少し苦笑しながら言った。
「ただ、総合成績を狙うために頼む可能性はあるから、その時は協力してくれよ。それに、お前は3年なんだから、後輩の面倒ちゃんと見てやってくれ。」
黙って頷き、教室を後にした。
校舎を出ると、少しだけ風が冷たく感じる。
夏が近づいているせいか、少しだけ日の光が、眩しくなったような気がした。
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