第2話 会話
始業式から一週間が過ぎた。
昼休みの教室は騒がしい。
私は一人、机で母の手作り弁当をつついていた。
この間に新入生の対面式や身体測定が行われた。
陸上競技は身体づくりが資本。身体測定は割と意識してしまう。
毎日体重計に乗ってるから、体重に大きな変動はない。
身長は164.3cm。少し伸びたか?
女子たちは身体測定の結果を見せ合い、一喜一憂している。
大体の人たちは自分の情報を開示しながら、この一週間で仲間づくりをせっせと行う。
それが、普通なのだろう。
日が経つにつれ、休憩時間になると教室内で飛び交う会話の声が大きくなっていく。
別に会話をしたくないわけじゃないけど、積極的に会話をしようとも思わない。
誰かと話をしてタイムを縮められるなら話をする。
誰かと遊んで全国大会に行けるなら思いっきり遊ぶ。
でも、そんなことはない。
結局、自分と向き合って努力をする人だけに、結果がついてくる。
だから私は、自分だけを信じ、一人でいることを決めたんだ。
ただ、そんな私に絡んでくる珍しい人物もいるのだが……。
「海里~。ねぇ、絆創膏持ってない?」
来た……。
彼女は大林 朱。同じ陸上部で長距離専門の子だ。
朱とは入学してから知り合い、3年間同じクラスで同じ部活。
なぜかわからないけど、いつも私に話しかけてくる。
紙で切ったのか、指を口に咥えて私に寄ってきた。
確か持っていたはずと思い、私は自分のバッグの中を探り、絆創膏を探す。
「……あれ? ごめん。ない。」
「え? 海里なら持ってると思ったのに~!」
ふくれっ面になり私を見る。
おそらく、この姿を見て男子たちは「可愛い」と思うのだろう。
実際、毎年のように告白をされており、付き合う人がいつも違う。
悪い人ではないのだが……ガードが甘いというか、なんというか……。
「ごめん。無いものは、無い。」
「えぇ~! これ以上血が出たら、私倒れちゃうかも~!」
バタバタと足を踏み始め、駄々をこねる朱。
こうなると少し面倒くさい。どうしようかと思っていたその時だった。
「これ……やる。」
前の席から絆創膏を差し出される。
斗士輝だった。
奪うように絆創膏を取り、満面の笑みで斗士輝を見つめる。
「え……いいの? ありがとう!」
「あぁ……。」
そう言うと斗士輝はまた前を向く。
普通の男子ならニヤニヤしながらこの後会話を続けるのに……。
本当に不思議な人だ……。
絆創膏をもらった朱はすぐに指に絆創膏を巻いた。
「これで……よしっと。助かったー! やっぱ運動部は絆創膏くらい持っていないとね!」
斗士輝は無反応だった。
それにしても、朱のコミュニケーション能力の高さにはいつも呆れてしまう。
誰に対しても臆することなく接することができるのは、もはや特技と言ってもいいだろう。
まぁ、そういう性格じゃなければ、私と話そうとも思わないんだろうけど。
「そういえば海里、今日の放課後部集会だよね。忘れないでよ! じゃあ、また後でね!」
「忘れるわけないでしょ」と言いかけた時、もう朱はいなくなっていた。
用事が済むと、すぐに友達のところに戻っている。
「お礼くらい言いなさいよ」と言いかけたが、何も言わずに朱から目をそらす。
なぜか私の方が申し訳なく思い、何とも言えない気持ち悪さが、私の心に芽生えた。
お礼、言った方が良いよね。
話をするのは始業式以来か……。
なぜか緊張する。
「……ねぇ。」
全く反応がない。
そっと背中を叩き、もう一度言う。
「……ねぇ。」
「……ん?」
斗士輝が面倒くさそうに振り向く。
人の事は言えないけど、もう少し愛想良くできないものなのかなぁ。
「あの……ありがとう。絆創膏。」
「あぁ……いいよ。いつも持ってるし。」
「いつも?」
「怪我多いからな。ラグビーやってると。」
「そっか……。」
これで会話は終わりだ。だが、ホッとしたのも束の間だった。
どうしても聞いておきたいことが、私にはあった。
「そういえば……さ。」
「何?」
「この前、私にグーサインしたでしょ? あれ、どういう意味?」
「あぁ……。やっぱり速いなって意味。走り方が、綺麗だったし。」
「……。」
思わず言葉が出なくなった。陸上部の人からは褒められたことはあったけど、嬉しいと感じることはなかった。
表面上の言葉としか思えなかったからだ。
でも、全然違う部活の人。ましてや、これまで話をしたことも無い人からのストレートな言葉が、なぜか心地良く感じた。
「まだまだだよ……。」
「……それでいいんじゃね。」
「えっ……? どういう意味?」
「まだまだってことは、現状に満足していないってことだろ? いいんじゃね、それで。」
「……うん。」
「次、大会いつなの?」
「5月の始め。地区総体。」
「そっか。近いな。頑張れよ。」
「……ありがとう。」
そう言うと、斗士輝は前を向いてバッグからノートを取り出し、眺め始めた。
あれ……?
私、人とこんなに話したの、いつ以来だっけ?
少し身体が軽くなったような不思議な感覚になったが、気のせいだろう。
周囲の浮かれている気分に、私も便乗してしまったのかもしれない。
気を引き締めなければ。
バッグに食べ終わった弁当箱をしまい、代わりにノートを取り出す。
パラパラとページをめくり、今日の朝書いたメニューとタイムを眺め始めた。
良かったらまた次話も見に来てください。
評価いただけますと、とても励みになります。