表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ellipse  作者: 華里仁
16/21

第16話 東北大会前日

 もう止むことはないかもしれないと思っていた雨が、大会を目前にして太陽が顔を覗かせた。

 大会の三日前になると、校庭はすっかり乾き、タータンには熱がこもっていた。

 だが、夏場特有の湿った空気が身体にまとわりつく。

 少し動いただけでTシャツが汗で濡れ、不快な気分が私の心をむしばむ。

 集中しきれていないせいか、納得のいくタイムもまだ出ていない。

 大会前の最後の練習なのに、どうも気持ちが乗らない。

 焦る気持ちが、余計に私の心を乱してくる。

 だけど、少しでも自分のベストを大会までに持っていくため、日々淡々と練習をこなしていた。

 

 結局、部停は解けないまま、東北大会を迎えることとなった。

 顧問の先生は大会の役員があるから大会には来るらしい。もちろん、棚橋先生も。

 キャプテンが私を応援するために部員へ声掛けをしていたらしいが、その話を聞いた時、断った。

 その件でキャプテンとは少し口論になったけど、私はこれでいい。

 応援したくもない人達に応援されたくない。

 変な気を遣うくらいなら、むしろいないほうがいい。

 だけど、私がもし全国大会にいけたのなら、皆の気持ちは変わるのだろうか。

 本気で、競技に向き合ってくれるのだろうか。

 

「海里さん。体調はどう? 次が最後のメニューだけど、いける?」


「はい。大丈夫です。」


「そう。じゃあ最後の400m1本。無理しないようにね。」

 

 棚橋先生が優しく声をかけてくれる。私を最後まで見捨てず、練習に付き合ってくれた先生には本当に感謝だ。

 最後のメニュー……か。

 きっと、東北大会は強敵ばかりなのだろう。少しも気を抜けない。

 もっと集中力を高めないと……。

 スタートラインに立ち、スタブロの調整をする。

 これまで何度このスタブロを蹴ってきたのだろう。

 ピンのついている金具を踏みながら、これまでの事を思い出してしまう。

 どうやっても届かなかった東北大会に、やっと出場することができたんだ。

 全国まで、あと、少しだ。


 一度だけ深呼吸をし、スタブロに足を乗せる。

 スタートの調子を確認するため、軽く前傾姿勢になりスタブロを踏み込み、前へと駆け出す。

 調子は、悪くない。スタート位置に戻り、ずれたスタブロをもう一度調整する。

 ふと空を見上げると、沈みそうになる太陽が私の身体に照り付けた。

 

「海里さん。どう?」

 

「はい。いつでも行けます。合図、よろしくお願いします。」


「わかったわ。じゃあ……。位置について、よーい。」


 腰を浮かし、前傾姿勢になる。次の合図が来るまで、静かに集中力を高めていく。


「スタート!」


 合図とともにスタブロを押し込んだ。その瞬間、身体は前に押し出され、一気に加速を始めた。

 

 ――よし、悪くない。


 2歩、3歩とタータンを踏みつける音を確認しながら、テンポを上げていく。

 直線に入って、更に加速する。

 

 ――いける。


 心の中で何度もその言葉を繰り返しながら、最後のカーブへと入っていった。


 ◇◆◇


 練習が終わり、部室まで戻っている途中で、ぞろぞろとラグビー部も戻ってくるのが見えた。

 斗士輝も練習が終わったのだろうか。

 あの日のカフェ以来、「おはよう」とかくらいで話をしていないな。

 まぁ、特に話をする必要もないけど。

 お互いにあまり干渉しないから、私としては気が楽だ。

 そんなことを考えながら、部室で着替えが終わり、持ち物を確認して家に帰ろうと扉を開ける。

 生暖かい空気が、私の全身を包み込んだ。

 少し憂鬱な気分になりながら昇降口を出た時だった。

 

 「おす……。」


 斗士輝が自転車にまたがりながら声をかけてきた。


 「……お、す。」


 急に声を掛けられたことに驚いてしまい、思わず斗士輝と同じ挨拶をしてしまった。

 斗士輝はそんなこと気にしていないようで、話を始める。


「明日、だよな。」


「……うん。」


「調子は、どうだ?」


「……イマイチ。」


「……そうか。」


 斗士輝は自転車を降り、押しながら歩き始めた。

 それにつられるように、私も歩みを進める。

 ふと、カフェで喜子さんが言っていたことを思い出し、思い切って斗士輝に聞いてみようかと思った。

 あまり人の過去を掘り返しても何も良いことはない。私は黙っていることにした。

 だけど、沈黙を破ってきたのは斗士輝だった。


「あのさ。この前姉貴に会っただろ。あれ以来、姉貴はいつも「海里ちゃん元気?」って言ってきてさ。」


「そうなんだ。じゃあ、元気だよって伝えておいて。」


「おう……。それでさ、俺の過去の事、姉貴が話したんだって?」


 まさか斗士輝の方からその話が出るとは思わなかったので、私は口をつぐんだ。

 これ、なんて返したらいいんだろう。

 

「悪かったな。姉貴が余計な話をして。」


 まさかそんな言葉が出るとは思わず、驚きながら斗士輝の表情を見ると、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。

 

「いや、斗士輝が謝ることではないよ。むしろ、私がそんな話聞いて良かったのかって思ってたくらいだったから。」


「……。海里だったら、いい。」


「え?」


「海里だったら、別に俺の過去の事を話してもいい。姉貴もそう思ったから言ったんだろ。」


「なんでよ?」


「普通、あんな話聞いたら誰でも同情する。そして、俺のことを哀れな人間だと思うだろ。」


「うーん……。そう、なのかな。」


「俺、嫌なんだよ。他人に変な気を遣わせてしまうの。でも、海里は同情しないだろ。いい意味で。」


「どういうことよ。」


「いい意味でって言ったろ。海里は過去の事よりも、今にしっかりと目を向けている。それは自分にも、他人にも。だから、過去の事を理解はするけど、それに引きずられない。俺は、海里はそういう人間だって思っている。」


 斗士輝の言っていることが、理解できる。確かに私は、斗士輝の過去の話を聞いていたとしても、特に同情はしなかった。

 その代わり、斗士輝がいつも自分と全力で向き合っている理由が、ほんの少しかもしれないけど、納得できただけだ。


「ふーん。それって私、褒められているの?」


「……。俺は、そう思っているだけだ……。」


「斗士輝って、本当に不器用な人だよね。」


「お前にだけは、言われたくないけどな。」


「何よ、それ。」


「言葉通りの意味だ。」


 お互いに笑い声が漏れる。こんなに誰かと話をするのは久しぶりだ。

 ふと、気持ちが軽くなったような気持ちになった。


 「……勝てよ。東北大会。」


 「……うん。」


 東北大会はきっと強い人達が集まる。初めて上位大会に出る私は、太刀打ちできるのだろうか。タイムも伸びていない。

 最近、気持ちが乗らないことを斗士輝に話すべきか迷う。

 すると斗士輝は、足を止めた。思わず斗士輝の顔を見上げる。


「……らしくねぇな。」


「……え?」


「そんな表情、海里らしくねぇ。」


「私……らしく?」


「海里は、どんな時でも全力だろ。周りのことなんか気にしねぇで、思いっきり楽しんで来いよ。」


「楽しむ……。」


「あぁ。一生に一回しかないんだから。楽しめよ。」


 これまで走って来て、楽しんだことなんかあっただろうか。確かに、私が今から向かうのは一生に一回だ。

 ふと、これまでもやがかかっていたような心の中が、晴れたような気がした。


「そう……だね。うん。楽しむよ。」


「おう。応援、行くよ。姉貴と。」


「うん。」


「姉貴、声でかいからビビるかもしれないぞ。」


「それも、楽しみにしてる。」


 お互い、他人にはあまり見せないような笑顔になりながら、話を続けていると交差点にさしかかった。

 帰る方向が逆らしく、斗士輝は自転車にまたがった。

「じゃあな」と言い残し、斗士輝の後ろ姿がどんどん小さくなっていくのが見えた。

 誰かに応援されるのが苦手だったはずなのに、いまは斗士輝の言葉が頭の中に残っている。

 そんな自分に、少し驚いていた。


 ――楽しむ、か。


 ふと空を見上げると太陽が沈みかかっている。

 私は思わず拳を握り締め、一歩足を踏み出した。

良かったらまた次話も見に来てください。

評価いただけますと、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ