第15話 姉との会話
喜子さんがスッと顔を近づけ、静かに話し出した。
「海里さん。本当にありがとうね。」
突然の言葉に困惑した。一体私は何をしたのだろう。
「え? どういうことですか? 私、何もしていませんが……。」
そう言うと、喜子さんは一口コーヒーを飲んでから話を続けた。
「あの子……斗士輝のことよ。実はね、中3と高1の時にあることがあって、それ以来ふさぎ込んでいたの。」
「あること……ですか。」
「そう。あの子にとって、大事な人を……2人なくしたの。」
そう言うと、喜子さんは斗士輝の様子を見た。私も喜子さんの視線を追い、斗士輝を探すと、まだ本棚で本を探している様子だった。
その姿を確認してから、私は話を進めた。
「大事な、人……。そんな話、私が聞いちゃってもいいんですか?」
「ええ。あなただから話をしておきたいと思ったのよ。ふさぎ込んでいたあの子に、また戦う力を与えてくれたんだもの。」
「そんな……私は何もしてないですよ?」
特に私は斗士輝に何かをしたわけじゃない。ただ、少し話をしたことがあるくらいなのに……。
「ううん。あなたは斗士輝に大きなものを与えてくれたの。」
「それは一体……なんですか?」
「海里さん。あなた、陸上部なのよね?」
「はい……。」
「さっき言った大事な人。1人はあの子の親友だったわ。その男の子、中学校で陸上部だったの。」
以前、斗士輝と話をした時、陸上部にいたというのは知っていた。だけど、親友の話まで聞いたことが無かった。
そもそも、そんなに興味が無かったからなのだが……。
「その子、とても強かったのよ。中距離の選手で全中まで行って、将来有望とまで言われていたの。斗士輝が陸上部に入ったのも、その子に誘われたからなのよ。」
「そうだったんですね……。」
「でも、雪道を歩いていただけなのに、スリップした車に巻き込まれて……。卒業式の目前だったわ。」
さっきまで笑顔だった喜子さんの顔が、次第に暗くなっていく。
「私も会ったことがあるけど、その子、とてもクールな子だったわ。笑ったことが無いんじゃないかって思うくらい。でも、斗士輝といる時はすごく柔らかい表情をしていたの。多分、斗士輝も同じような気持ちだったんじゃないかしら。それに、雰囲気があなたにそっくりだわ。」
ふと、斗士輝がナナと触れ合っていた時のことを思い出した。普段学校にいるときは見せない表情。きっと、その親友の前ではたくさんしていたんだろうなと感じた。
喜子さんは、さらに話を続けた。
「辛い時も、2人で励ましあいながら全力で向き合っていたの。それが急になくなって、よほど斗士輝はショックだったんだと思う。その時から、斗士輝は人前で笑うことが少なくなったわ。学校では、どうかしら?」
「あまり、笑顔になっているのを見たことはありません……。」
「そうよね……。でも、それだけじゃないの。高1の夏、更に斗士輝に辛い出来事があったのよ……。」
「一体……何が……。」
喜子さんは一呼吸ついて、静かに話し出した。
「……父を亡くしたの。」
その話を聞いた時、私の心臓に刺すような痛みが湧いた。
そんな……。そんな短期間で辛い出来事って起こるものなの?
「起こる時は続くものなのね。今度はラグビーを教えてくれた父を亡くした斗士輝は、しばらく自暴自棄になっていたわ。そして、誰とも関わらなくなった。」
それは、誰でもそうなるだろう。よほど無関心な人でない限り、立て続けにそんなことが起きたらふさぎ込んでしまうのも無理はない……。
私は静かに喜子さんの話を聞くことしかできなかった。
「斗士輝はね、『俺は、大事な人をなくしてしまうんだ』って私に言ったの。残されたのは、父が残してくれたラグビーと、親友が残してくれた思い出。それを大事にして今まで頑張ってきたの。でもね。3年生になって、急にあなたの事を話し出したわ。あの時は、さすがの私もビックリしちゃった。」
「私の……。」
喜子さんは笑顔になり、私の目をじっと見つめてきた。
「そう! 目を輝かせて『すごい奴がいる』って! 今まで苦しいことを我慢して、誰にも言わずに頑張ってきた斗士輝だからこそ、あなたに何か感じたんでしょうね。」
「そんな……。私は何もすごくは――」
そう言いかけた時、喜子さんは真剣な口調で遮った。
「すごいのよ! あなたは、すごい!」
喜子さんの真剣な言葉が、私に降り注がれる。この言葉は、本気だ。喜子さんの言葉が、モヤモヤしていた私の心を吹き飛ばすかのようだった。
「私ね、女子高時代に応援団の団長もやったことがあるの。だから、その人に会って、話をすればどんな人か大体わかるの。応援したくなるような人は、みんな真剣で全力なの。あなたは、それをちゃんと持っている。だから、自信を持って。」
真剣で、全力……か。初めて会った人に、そういう風に言われると、少し恥ずかしく感じた。
でも、この言葉には嘘はない。だって、喜子さんも、真剣で全力だってわかるから。
椅子を引く音が聞こえたので目をやると、斗士輝が本を抱えて戻っていた。
「姉貴……。これでいいか?」
すると喜子さんはまた満面の笑顔に戻り、斗士輝に目をやった。
「お! サンキュー! さすが、いいチョイスしてきたねぇ。」
「姉貴……。海里と何話してたんだよ……。まさか、余計なこと言ってないだろうな……。」
「全然! ね? 海里ちゃん。」
喜子さんが私に目を配らせてくる。斗士輝の言う「余計な事」っていったい何だろうか……。
でも少し、斗士輝のことを知れた気がする。
私は適当に相槌を打ち、ティーカップに手を伸ばした。
斗士輝は何か勘づいたのだろう、細目で喜子さんをじっと見つめていた。それって、睨んでるっていうんだよ。
「ところで海里ちゃん。次の大会はいつなの? 場所はどこでやるの?」
「え……と、1週間後です。場所は、県総体と同じところでやります。」
「あら、そうなの!? じゃあ、応援に行ってもいいかしら? もちろんあんたも行くわよね?」
改めて思ったけど、喜子さんって本当に斗士輝のお姉さんなのだろうか。
私の目は自然と斗士輝に目をやった。斗士輝も私を見て、静かに口を開いた。
「海里は……迷惑じゃないのか?」
「別に……。」
すると喜子さんはパンと手を叩き、明るい口調で話し出した。
「じゃあ決まり! 元応援団長の力、見せてあげるからね! 海里ちゃん!」
ぐるぐると手をまわし、何やら気合を入れている様子だった。
正直、私の中で喜子さんはあまり得意なタイプではないかもしれない。けど、ここまで真剣に誰かに応援されるのは悪い気がしなかった。
「……ありがとうございます。」
そう言って、残りのカモミールティーを飲み干し、伝票に手を伸ばした。
だけど、喜子さんにその伝票を奪われた。
「これは、私と話をしてくれたお礼。私に払わせて、ね?」
斗士輝は頭を抱え、私に手を合わせた。
おそらく、言い出したらきかないような人なのだろう。私は頭を下げ、本を本棚に戻してカフェを後にした。
外に出ると、いつの間にか雨は止んでいた。
嵐のような時間を過ごし、1帰り道を歩きながらカフェでの話を思い返す。
そうか……。だから斗士輝は、必死だったんだ。
私も、負けてられないな……。
カモミールティーのおかげなのか、少しだけすっきりした気がする。
ふと空を見上げると、綺麗な虹がかかっていた。
良かったらまた次話も見に来てください。
評価いただけますと、とても励みになります。




