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ellipse  作者: 華里仁
13/21

第13話 居場所

 朝のチャイムが鳴り、校舎の窓から差し込む柔らかな光が校内に広がる。

 教室内は、県総体が終わり部活動を引退した生徒たちが、いつも以上に騒いでいた。

 私は静かにノートを開き、今日の朝練の内容に目を落とし、県総体でのレースを思い出した。

 準決勝での苦い悔しさ、そして決勝への不安……全てが、心の奥に重く刻まれている。

 そして、急な部活動停止。気にしない様にしても、なぜか不安感と孤独感を感じる。

 すると、横から明るい声が聞こえて来た。思わず開いていたノートを閉じた。


「おはよう、海里!」


「……おはよう、朱。」


「あれれ? なんかいつも以上に暗くない?」


「……そんなことないよ。」


「ふーん。あ、そういえばさ、しばらく部停じゃん? 海里も遊びに行かない? 今日は陸上部と引退した3年生でカラオケ行って打ち上げやるんだよ!」


「……いかない。私は部活ある。」


「あ、そうだった。そういえば、棚橋先生が見てくれるんだっけ? さすが、上位進出者は違うなぁ~。でも、あの先生陸上のことわかんないじゃん。いなくてもいいのに。海里は1人でもやれるのにね!」


「……。」


 朱は、すっかり自由な生活を謳歌しているようだった。

 その明るい口調が、やけに鼻につくような気分を感じ、それ以上話をする気を無くした。

 そんな私の気持ちを考えるわけでもなく、朱は話を続けた。


「海里もさ、部活終わって早く自由になったらいいのにね! じゃあ、がんばってね!」


 朱の「がんばってね」という言葉が、私の心をえぐるようだった。

 無味乾燥な言葉。本当はそう思っていない言葉。

 本当に同じ部活で一生懸命やってきた人の言葉とは思えなかった。

 朱はクラスメイトの女子のところへ駆け寄り、スマホを見せ合っている。

 多分、今日はどこへ遊びに行くかを話し合っているのだろう。

 それとも、SNSでも見せ合っているのだろうか。


 ――関係ない。


 ノートを再び開き、目を落とした。

 パラパラとページをめくり、これまでの練習内容を振り返る。

 積み重ねてきたものが、今の私の唯一の救いのようにも感じた。

 そして、最後のページまで開いた時、ふと手が止まる。


 ――『全国ベスト8。自分の全力を出し切る。 斗士輝。』


 斗士輝が書いてくれた目標だ。不思議と、なぜか力強く感じる。

 そうだ。私はまだここからなんだ。まだ、自分を出し切れていない。まだ、認められていない。

 私は、まだやれる。


 ◇◆◇


 放課後、部活前に1人でストレッチをしていた時、急に棚橋先生が声をかけてきた。


「海里さん。ちょっとお話ししてもいいかしら。」


 正直、面倒だった。ストレッチも自分の身体の調子を見るための練習だと常々思っている。

 だから、話をしながらストレッチをするというのが、私の中では嫌悪感があった。

 だが、練習を付き合ってもらっているし……。


「はい。なんでしょうか。」


「大会まで二週間しかないけど、調子はどうかな?」


「悪くないです。」


「そう。ならよかったわ。海里さんは、いつから陸上を始めたの?」


「中学生の頃からです。」


「種目は? ずっと400m?」


「はい。」


「なんで陸上部に入ったの? しかも、400mって、何か理由があったの?」


「それは……。」


 質問が尋問のようにも聞こえたが、棚橋先生の好奇心だと思うことにした。

 ふと、中学校時代を思い出す。

 あれは、確か入学して部活を選ばないといけない時だったな。


 当時の私は、今にも増して暗い性格だった。

 小学4年生の時に、クラス全員から無視されたことがあった。

 当時、仲良くしていた友達はクラス全員から慕われているような存在だった。

 ある時、ほんのささいなことで口論になり、その友達は泣いてしまったのだ。

 すると、クラス全員がその子の事をかばい、挙句の果てに担任の先生まで友達の事を擁護し始めた。

 別な友達にもそっけなくあしらわれ、どうしようもなくなった私は、学校に行くことが苦痛になった。

 母は私の異変に気付き、すぐに学校へ連絡し事情を聴いた。

 だが、担任の先生は「この件は、海里さんが悪いんです」の一点張り。

 母は激昂して、学校へ押しかけそうになったが、更に状況が悪くなると幼いながらも感じたので、必死に止めた。

 私は悔しい想いを抱えながらも、その友達に謝罪をし、その友達も許してくれるとは言ったが、あの時の眼差しはとても冷たいものだった。


 それ以来、私は人を信じるのをやめた。

 正直、その一件以降の小学校の記憶がほとんどない。

 どうやら人は、あまりにも辛い記憶は心の奥底に隠してしまうものみたいだ。

 まさに私がそうだった。


 中学校は学区が分かれており、ちょうど私の学区は2つの中学校のちょうど間だった。

 どちらにするか選ぶことができたので、小学校の同級生ができるだけ少ない方を選んだ。

 当然、中学校に入学してからも、極力誰とも話をしないように生活してきた。

 だけど、中学校では部活を選ばないといけない。

 その時、私はナナの先代犬のコロを飼っており、毎日散歩していた。

 コロは12歳の老犬だったが、非常に力強い犬だった。

 紀州犬で非常に運動量が多い犬だから、散歩というよりはほぼジョギングだった。

 だから、体力は普通の人よりもあったから、一人でできそうな運動部に入ろうと思った。

 たまたま仮入部で陸上部に入った時、グラウンドを1周するという練習があった。

 1年生から3年生まで男女問わず一緒に走るというもので、今思えばいわば接待のようなものだったのだろう。

 そこで私は、全員を抜いて1着になったのだ。

 その時、部員全員と顧問の先生から「逸材だ」と褒められた。

 これまでは、何をやっていても他人から褒められたことなんか無かったのに、初めて私自身を認められた気がした。

 まだ、純粋な気持ちをかろうじて持っていた私は、陸上なら私自身を認めてもらえるかもしれない、と思ったのだ。

 初速が遅い私にとって、グラウンド1周という距離が適正だったのだろう。

 それ以来陸上にハマってしまったのだ。


 だが、こんなことを誰かに話をする気はないし、したところでどうにかなることではない。

 特に、私の事をよくわからない人に話をしても……。


 回答を待っている棚橋先生の方を向き、静かに口を開いた。


「……。なんとなく、です。」


 驚いた表情を浮かべた棚橋先生が話を続ける。


「そうなんだ。なんとなくで東北大会までいけちゃうんだ。本当にすごいのね、海里さんは。」


「すごくないです……。私はただ、自分ができることをやっているだけです。」


「強いのね。先生、応援するからね。」


「……。ありがとうございます。」


「応援している」という先生の言葉に、素直に喜べない私がいた。

 別に私は、すごくもないし、強くもない。

 ただ、自分の競技に全力で取り組んでいるだけだ。

 真摯に、ひたむきに、自分の限界に挑戦し続ける。そのために、努力をする。

 だけど、この前の総体では1着になれなかった。ベストタイムも出なかった。

 努力をしても、報われないかもしれない。

 でも、努力をしていれば、何かが変わるかもしれない。

 だから、私は走ってるんだ。


 ストレッチを終え、身体の調子を見るためにトラックを軽く流そう。

 先生に今日の練習内容を伝え、スパイクに履き替えてタータンに立った。

 ふと、隣のグラウンドを見ると、ラグビー部が練習している。

 自然と斗士輝を探そうとするが、もみくちゃになっていて誰が誰だか分らなかった。

 少し深呼吸をし、もう一度タータンを見る。


 ――私の居場所は、ここなんだ。


 私の足は、前へと進みだした。

良かったらまた次話も見に来てください。

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