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ellipse  作者: 華里仁
12/21

第12話 反省

 県総体が終わり、顧問の先生から全員に話があると言われ、私たちは指定された教室に集まっていた。

 結局、東北大会に出場できたのは私だけだった。

 長距離ブロックの結果は散々。

 キャプテンだけかろうじて決勝まで残れたけど、上位に入ることはできなかった。

 朱は、準決勝まで進めなかった。終わった後に声をかけたけど、「これでようやく終わった~」とか言って、ニコニコしていたな。

 本当は悔しいんじゃないかとも思ったけど、その日に彼氏と心行くまで遊んでいたみたいだから、大丈夫だろう。

 そもそも、私が気にすることでもないんだけど。

 とにかく、実質私以外の3年生は、これで引退だ。


「全員、集まっているな。」


 顧問の先生が教室に入り、すかさずキャプテンの声が教室内に響く。


「起立! お願いします!」


 全員立ち上がり、「お願いします!」と一斉に声を出す。

 先生は手にプリントを持って、じっと眺める。

 ため息をつきながら話を始めた。


「……今回の結果。先生は納得いかない。」


 部員全員が、机に視線を落とし沈黙する。


「うちの部は長距離に力を入れている、それはわかっているな? なのになんだ? この結果は!」


 急に声を荒げて怒り出した。

 私はなぜ一緒に自分まで怒られるのか疑問に感じたが、深呼吸をして心を落ち着かせた。

 先生の怒りは収まらず、話を続ける。


「お前達には失望した! 長距離ブロックで決勝まで残れないとは何事だ! 東北大会、全国大会まで行く気がないのか! お前達からは『やる気』というものが感じられない!」


 まだ、怒りは収まらないのだろうか。

 私は、上位大会に進出できるはずなのに、変に委縮してしまう。

 早く、終わってほしい……。


「よって、しばらく部活動を停止する! 静かに自分を見つめ直し、本当にやる気があるんだったら俺に申し出ろ! 全員の気持ちが切り替わるまでは部活動の停止を解除しない!」


 え? ちょっと待って? 部活停止って……。私の練習はどうなるの?

 するとキャプテンが立ち上がり、先生に発言を始めた。


「先生! 待ってください! 海里は東北大会まで残っています! 練習はどうするんでしょうか? それに、私たち3年生は総体で引退です! 新しいキャプテンを決める必要があるんじゃないんですか!?」


 すると先生は顔を真っ赤にして、さらに声を荒げた。


「お前の代の責任はお前が取れ! キャプテンはしばらくお前が続けろ!」


 あまりにも理不尽な言葉に、その場にいる全員が凍り付いた。

 先生はさらに話を続ける。


「海里? 400mなんてどうせ一人でできるんだから部活停止にしようが関係ないだろ! トラックは解放してやるから一人で練習でもしてろ!」


 そう言い捨て、先生は教室を出ていった。

 先生から突き放されたような言葉が、胸の奥から突き刺すような痛みが湧いて全身を駆け巡った。

 キャプテンはすぐに後を追い、教室から出ていく。

 残された私たちは、あまりにも唐突な話に動揺を隠せなかった。

 だが……。


「部停? やったじゃん。しばらく遊べるじゃん。」

「今日からきつい練習しなくてすむんだ~。明日から何しようかな。あ、バイト始めちゃおうかな。」

「キャプテン、余計なこと言わなければいいんだけどな~。」


 思わず私は血の気が引いてしまった。

 わかってはいたけど、こんな意識の低さでは決勝まで残ることなんてできるはずがない。

 先生が怒るのも無理はない。こんな状況だったら、私でも嫌気がさす。

 だけど……練習、どうしよう……。


 すると、教室の扉が開き、キャプテンが戻ってきた。

 そして、その後からもう一人の顧問の先生が入ってきて、扉の前に立った。

 キャプテンが教壇に立ち、皆に話を始める。


「先生を説得するのは、無理だった。やっぱり、しばらく部停だ。」


 そう言うと、部員は皆ホッとした表情を浮かべる。

 その顔を見たくなくて、私は机に視線を落とした。


「だから……しばらくオフにする。今後の予定は後で連絡するから、今日の所はこれで解散にする。」


 すると部員たちは、待っていましたと言わんばかりに、一斉に教室からいなくなった。

 キャプテンから「海里」と言われ、私は教壇に近づいた。


「すまん。だけど、棚橋先生がお前の練習に付き合ってくれるって言うから、大丈夫だ。大会の引率も、棚橋先生がしてくれるそうだ。」


 棚橋 真子先生は今年から顧問になった、もう一人の陸上部の生だ。基本的には予算関係を中心に動いてくれているが、陸上経験はないらしい。

 新任2年目の若い先生だけど、生徒と親しく話をしているところは見たことが無い。

 もちろん、練習にも来たことが無い。大会には来ているけれど、特に何かアドバイスするというのも見たことが無い。

 確か……社会科の先生だったような……。


「わかった。練習ができるんだったら、大丈夫。それに、東北総体は地元だし。」


 そう、今年の東北大会は地元で行う。地区、県総体と同じ場所だ。

 この事実が、この状況の中で幸運ともいえることだった。

 これが他県でやっていたとしたら、もっと大変だっただろう。


「そうだったな。俺達が弱かったばかりに、お前に迷惑をかけて、本当に申し訳ない。」


「そんなことないよ……。」


 もっと何か言おうと思ったけど、今さら何を言ってもしょうがない。今は私が出来ることに集中しなければ。

 すると、棚橋先生が私たちの方に近寄ってきた。


「海里さん。こんな状況になって、ごめんなさいね。陸上の事はわからないけど、協力できることはするから、なんでも言って。」


「はい。よろしくお願いします。」


「練習は? いつからやるの?」


「東北総体まで残り1か月なので、明日の放課後から練習見てもらってもいいですか?」


「明日からね。わかった。よろしくね。」


 キャプテンは棚橋先生に何か話があるようで、二人で教室を出ていった。

 教室に一人残され、思わずため息が漏れる。

 結局、私は1人なんだ……。

 暗くなりそうな自分の頬を軽く叩き、私も教室を後にした。


 ◇◆◇


 アスファルトはまだ湿気を含んでいて、靴裏にじんわりと冷たさが伝わってくる。

 この季節は天気が変わりやすく、夜に月を見たのは久しぶりな気がする。

 ナナの足音がリズムよく響くたびに、水たまりがわずかに波打った。


 夜の散歩は、私にとって特別な時間だ。

 一日の終わりに、静かに頭を整理する時間。

 今日の部活のこと、東北大会のこと、そして、自分がまだどこか納得できていないこと。


「……はぁ。」


 溜息を吐くと、ナナがちらりとこちらを見上げた。

 私の心を読んだみたいな、黒い瞳。

 心配しているのか、しばらく私の顔をじーっと見ている。


「なんでもないよ。ありがとう。」


 そう言いながらナナの頭を軽く撫でると、くるりと前を向いて歩き出した。

 巻いてある尻尾が、ぴょこぴょこと揺れる姿を見ていると、嫌な気持ちが晴れていくようだった。

 川沿いの道に出ると、夏の夜の匂いがした。

 雨で濡れた草の青い香りと、川の水のひんやりした匂い。

 遠くでカエルの声がして、時折、電車の音が夜を切り裂く。


「夜はまだ涼しいね。」


 返答が無いことはわかっているけど、ナナに話を掛けたくなった。

 そのとき、前方に見覚えのある背中が見えた。


「……斗士輝?」


 その姿を見つけた瞬間、ナナが急にリードを引っ張りだした。

 ナナが尻尾を振って駆け寄る。

 斗士輝はジャージ姿のままスマホをいじっていたが、ナナが足元に飛び付くと、少し驚いた様子でふっと目を下げた。


「……おす。」


「……こんばん、は。」


 何を話せばいいのかわからない。

 黙っている私を尻目に、斗士輝はしゃがんでナナに手を伸ばした。


「ナナちゃん、ひさしぶり」


 斗士輝はナナの頭を撫でながら、わずかに口元を緩めた。

 ナナも嬉しそうにしっぽを振っている。

 本当に、ナナといるときは普段見せない表情するよね、この人は。

 斗士輝は視線を私に向け直し、口を開いた。


「……総体、どうだった?」


「……2位。東北大会には行ける。」


「2位……。すごいな。」


「……。けど、ベストタイムでもないし、1位でもない。」


「そっか。」


「うん。」


 しばらく黙ったまま、私たちは川沿いに佇んでいた。聞こえるのは、川の流れだけ。


「斗士輝は? 試合どうだったの?」


 ふと、私がそう聞くと、斗士輝は少し前を見つめたまま答えた。


「……ベスト4。3位決定戦で負けた。」


「そうなんだ。すごいじゃん。」


「いや。負けは負けだ。」


「そっか……。」


 斗士輝の横顔は、淡々としていた。

 悔しい顔をするわけでもなく、特別な感情をあらわにするわけでもなく、ただ事実だけを述べるような口調。

 その表情を見ていると、改めて自分がどこにモヤモヤしているのか分かった気がした。

 負けたわけじゃない。でも勝ったとも言えない。

 走り終えた瞬間の身体の重さ、呼吸の乱れ、心臓が締め付けられるような感覚。

 それだけ全力を出したはずなのに、どこか満たされない。


「ねぇ。」


「ん?」


「斗士輝は、試合に満足したことってある?」


 斗士輝は、少し考えるそぶりを見せたあと静かに口を開いた。


「一度もない。」


「え?」


「俺は、今まで試合で満足したことは無い。」


 さらっと言ったその言葉が、思った以上に私の胸に引っかかった。


「……なんで?」


 斗士輝はポケットに手を突っ込みながら、少し考えるような顔をした。


「……もっとやれたはずって思うんだろうな。」


「もっとやれた?」


「うん。勝てたとしても、どっかで『あの瞬間、こうすればよかった』って考えの方が勝ってしまう。だから、満足したことがない。」


 私は黙って斗士輝の横顔を見た。

 練習で見た時は、強気で強引なプレーをする。だけど、それは何か自分を表現しているようにも見える。

 いつだって、自分の限界を超えようとしている。

 私には、なんとなくわかる。


「そっか……。」


「海里は?」


「私?」


「自分のレースに満足してるのか?」


 私は、答えられなかった。

 県総体のレースは、間違いなく全力を出した。

 だけど、1位じゃなかったし、タイムも更新できなかった。


「……分からない。」


「らしいな。」


 斗士輝はそれ以上何も言わなかった。

 だけど、その「らしいな」という言葉が、妙に心に残った。

 ナナが足元でくるりと回り、草むらに顔を突っ込んでいた。

 湿った草の匂いがふわりと広がる。


「斗士輝みたいな人、あまり見たことない。」


 斗士輝は、少し驚いたように私を見返した。


「なんだそりゃ。」


「試合に満足したことないって、普通はありえないと思う。でも、それが当たり前みたいに言うから……なんか、変な感じ。」


 斗士輝は少し考えるように眉を寄せ、それからぼそっと言った。


「……変か?」


「変だよ。」


 私が言うと、斗士輝は小さく笑った。


「海里も、だろ。」


「え?」


「満足したこと、ないだろ。」


「そんなこと……。」


 言いかけて、思った。たぶん、そうかもしれない。

 今回のレースで、自分は全力を出した。だけど、まだ足りない。

 1位じゃない。タイムも更新できてない。

 きっと、このモヤモヤが続く限り、私は走るんだろうなと感じた。


「……ある、かも。」


 呟いた私の隣で、飽きて伏せていたナナがあくびをした。

 その姿を見た斗士輝は、ナナの頭を撫でた。


「じゃあ、また。学校で。」


「うん。」


 再び歩き出した斗士輝は、何か思い出したように、急に振り向いた。


「あ。」


「何?」


「東北大会おめでとう。」


「ありがとう……。」


 夜の散歩道。

 ナナと私は、その背中を見送りながら、川沿いをゆっくりと歩き始めた。

 空を見上げると、星が綺麗だ。

 北斗七星がハッキリと見えている。

 今日は北極星が、見つけやすかった。


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