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ご入浴をお手伝い差し上げます

 魔国トイフェルは山が多く、豊富な地下水がある為各地に温泉が湧き出ている。王城にもセイル専用の浴場が作られており、毎日欠かさずに入浴を楽しんでいた。つまりは温泉愛好家なのである。

 ちなみに真紅の三対の翼は出し入れ自由であり、空を飛ぶ時以外は嵩張る為消している。


「む? 誰か先に使ったのか?」


 香油箱から数本の香油瓶が出され、浴場に置かれている様子を見てセイルが不思議そうに小首を傾げた。

 アガティオンはハッとして「申し訳ございません。片づけを失念しておりました!」と言って慌てて片づけ出し、セイルはその様子を訝し気に見つめた後、強引にアガティオンの腕を掴んで引き寄せた。


「キャンッ!」と、アガティオンが子犬の様な鳴き声を発したが、セイルは髪の匂いを嗅いで眉を寄せた。


「獣臭い。お前が入ったわけではないのか」

「そんな、僕如きが魔王様の専用浴室を使用するなど、滅相もございません」


——では一体誰が……?


 頭の上に大量に『?』を浮かべたセイルから解放されて、アガティオンは誤魔化す様に「今日はこちらの香油に致しましょう!」と言ってリラックス効果のある香油でセイルの肩をマッサージし始めた。


「ところで魔王様。メルチェリエ様の事ですが……」


 メルチェの名を出した途端、セイルは振り返って真紅の瞳をアガティオンに向けた。


 普段どのような報告をしても振り返る事など一切せずに返事をするだけであった為、アガティオンは驚いてマッサージしていた手を止め、黒い耳をへたりと水平にした。


「あの小娘がどうした?」

「あ……いえ、その……」

「どうしたと聞いているのだ!」


 なかなか言葉を発しないアガティオンにセイルはヤキモキし、つい怒鳴りつけてしまった。アガティオンはムッとして唇を尖らせると、セイルの頭を両手で掴み、強引に前へと向けた。


「マッサージがしづらいので前を向いていてください」

「……すまぬ」


大人しくマッサージを受けながら、アガティオンが話の続きをするのを待った。が、一向に話し出さない事に業を煮やし、再び振り返った。


「前を向いてくださいと言ったでございましょう!」

「だが、お前が続きを話さぬので気になって仕方が無い。あの小娘が一体どうしたというのだ?」

「成程、『気になって仕方が無い』わけでございますね」


 アガティオンは、いつもと違ってそわそわと落ち着かない様子のセイルを見て楽しんでいた。一見従順な使い魔のフリをしておきながら、実は結構なサドである。


「お元気に過ごされておいでですよ」

「それは……そうだろう。魔国に来たとて突然病に伏すものでもなかろう」

「はい」


 アガティオンは再びセイルの頭を強引に前へと戻し、今度は真紅の髪を丁寧に洗い始めた。


「後程、少し様子でも見に行ってみるとしよう」

「どなたのですか?」

「あの小娘のだ」

「ですが魔王様。お疲れであったのではございませんか?」


 意地悪である。


「いや、だが……」


 セイルが言葉を言いかけた時、アガティオンはざんぶとセイルの頭に湯をかけた。ずぶ濡れとなった真紅の髪が顔を覆い、セイルは思わず口を閉じた。


「ところで魔王様は、勃ちますか?」


 直球である。


「む? どこへだ? 出かける予定は無いと思ったが」


 濡れた髪をかき上げながら言ったセイルに、「出発するという意味ではございません」とアガティオンは言葉を続けた。


「男性として機能しますかという事です」


 アガティオンの突然の問いかけに、セイルは絶句した。


 香油を髪に垂らし、真紅の髪が丁寧にトリートメントをされ、浴室内に柑橘系と香木が入り混じった良い香りが充満する。


「……何故その様な質問をするのだ?」


 随分と間を開けて恥ずかしそうに言ったセイルに、アガティオンはサラリと答えた。


「いえ、少々心配になりましたもので。僕が創成されて百年の間、魔王様が女性相手に反応する様子を一度も見た事がございませんから。ひょっとして我が主は不能ではないかと、失礼ながら疑っていたのでございます」

「跡取りの事ならば案ずる事はない。私の寿命はまだまだ永いのだからな」

「勿論、存じ上げております」

「では何故突然その様な事を聞くのだ?」

「さて……?」


すっとぼけるアガティオンに、セイルは困った様に眉を下げた。


「アガティオン、何か私に隠し事でもあるのか?」

「いいえ。何もございません。恐らくは」

「……恐らくは?」


 アガティオンは口を閉ざし、トリートメントを続けた。セイルはアガティオンの言葉を待ったが、一向に話し始めないのでチラチラと横目で様子を伺った。


「アガティオン、一体……」

「魔王様、前を向いてくださいと申し上げているではありませんか」


 その後も事あるごとにセイルからの質問をはぐらかしながら入浴を終えると、そのまま寝所へと強制連行されてしまった。


「アガティオン、その……」

「ごゆるりとおやすみくださいませ、魔王様」


アガティオンは笑顔でセイルを寝所へと押し込むと、パタリと扉を閉じた。


「……全く、今日はやけに強引な上に妙だ。一体何故あのような質問をしたのだ?」


呟く様にそう言った後、大人しくベッドに向かおうとしたセイルの瞳に、とんでもない状況が映り込んだ。


 ベッドの隅に、光り輝く様な純白のドレスを身に纏ったメルチェが、ちょこんと腰かけているのである。


「す、すまぬ。部屋を間違えたようだ!」


慌ててそう言ったセイルの背後で、扉の開閉が封じられる魔術が施された。恐らくアガティオンの仕業だろう。


「アガティオン! 妙な悪戯は止せ、ここを開けよ!」

「朝には自動的に解けます故、ごゆるりとなさってください」


 扉の外でアガティオンが答え、「過去をお忘れになるチャンスにございますよ! ハッキリ言って今の魔王様は面倒くさいですっ!」と言いながらパタパタと足音が遠ざかって行った。


 セイルは青ざめた顔をベッドの端に座るメルチェへと向けた。

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