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仰せの通りに従います

——え!? 『生贄』って、まさか私の事!?


 黒い犬男が話す言葉に、メルチェは我が耳を疑った。


 花嫁としてではなく、生贄として魔国トイフェルへと送り込まれたということなのだと知り、唖然とした。着用していた衣服は花嫁衣裳ではなく、生贄の衣裳だったのだ。


 唖然とするメルチェを他所に、セイルがため息交じりに言葉を放つ。


「大方抵抗でもしたのだろう。やけにお転婆が過ぎる娘だったからな。アガティオン、後は任せた。私は散歩にでも出て来るとしよう。今日はやけに政務が忙しかったのでな、眠気覚ましに少々気分転換がしたい」

「承知致しました、魔王様」

「ちょっと待って!!」


 堪らずメルチェが馬車から飛び出すと、セイルは眠そうに欠伸をして出迎え、犬男は「あれ? 鎖が消えました。おかしいですね」と三角耳をピクピクと動かした。


「私は何の説明もないまま眠らされて、気づいたらここに送り込まれていたのよ。一体どういう事なのか説明してから散歩でもなんでも行ってくれないかしら!?」


 半泣きで訴えるメルチェを見て、セイルはその美しい顔に妖艶な笑みを浮かべた。

 長い真紅の睫毛が太陽に照らされて輝きを放つ。さらりとした長い真紅の髪は政務を行っていた為か束ねられており、男性らしくもきめ細かな肌の首筋が露わとなっている。


「相変わらず威勢が良い女だな」


 セイルの言葉に、犬男が頷いた。


「ええ、本当に。威勢のいい()()でございますね、魔王様」


呑気に言い合う赤黒コンビを前に、メルチェはうんざりしてため息を吐いた。


「だからその『生贄』って、どういう事なのかしら?」

「そのままの意味だ。生贄は生贄以外に何か意味があるというのか?」


その言葉にムッとして唇を噛むメルチェに、セイルはフンと鼻を鳴らした。


「女よ。先日、私はあの一件について『お前に免じて』不問とすると言ったはずだ。つまりお前は魔王との契約を結んだというわけだ」

「け、契約ですって!?」


素っ頓狂な声を上げたメルチェに、セイルは尤もらしく頷いた。


「私への生贄としての契約だ。とはいえお前は第二王女という身分だ。念の為ロルベーア王に向けて書簡を送ったが、返事は疎か、早速こうしてお前を送り付けて寄越したということは、これが答えだという事だろう。探知魔法障壁に反応があった時点で部下に様子を見に行かせていたのでな、こうして迎え入れる事ができたという訳だが、ロルベーア王は随分と礼儀を欠いた男の様だ」


 厄介払いが出来て今頃ロルベーアの王城では宴を開いているだろうと、メルチェは苦笑いを浮かべた。それほどにメルチェはロルベーア国内で浮いた存在であったのだ。


 フリューゲルとして生きていた時の記憶が、この世にメルチェリエとして生まれた時からあったのだ。泣きも喚きもしない赤子は嘸かし不気味であった事だろうし、可愛い盛りの幼少期ですら、時折する発言は嫌に達観しており、可愛げの欠片も無い娘だった。


 父であるロルベーア国王はあまり賢い男であるとは言えず、それに我慢できずに、メルチェは(まつりごと)に口を出す事もしばしばあった為、その度に怒りを買って謹慎を命じられた。


 生意気な末娘として、両親は疎か姉にまで疎まれ、メルチェの居場所はロルベーアのどこにも無かった。

 とはいえ、聖女であった前世の能力がそのまま引き継がれているからか、体力だけは人一倍有り余っている為、事あるごとに王城を抜け出しては、心を落ち着かせる事が出来たわけだが。


 嫁にも行き遅れて持て余していた所に、トイフェルの国王セイルからの書簡とくれば、化け物は魔国に送り付ければよいという意見に、満場一致であったに違いない。

 白いドレスは熨斗(のし)の様なものだろう。


 メルチェは深いため息を吐くと、観念した様に頷いた。


「分かったわ。生贄としての役目を全うするわ。何をすればいいのかしら?」


——炎の中に飛び込めでも、魔族達の剣の練習台でも、何でも命令すればいいわ。どうせ私の人生なんて、そんなものだから。


 フリューゲルとして生きた人生も決して幸せなものではなかった。しかしメルチェリエとして生きるこの人生もまた幸せとは言えない。


 前世では恋した男を封印し、今世では恋した男に殺されてしまうのだから、これも運命だろうとメルチェは潔く受け入れる事にした。


「物分かりが良くて助かります。では、こちらへどうぞ」


 犬男が黒いふさふさの尻尾を振りながら片手を差し出した。愛嬌のある少年の様な顔立ちだが、紳士的できびきびとした所作である。


「エスコートなんて必要無いわ。ちゃんと後ろをついて行くから、お気遣いなく」


——私は人間で、ここは魔国ですもの。どうせ酷い扱いを受けるなら、丁重にエスコートされるなんて真っ平よ。


 千年以上前、フリューゲルが魔王であるセイルを封印したのだから、魔族達は人間を相当憎んでいるはずだ。メルチェは恐ろしいという感情よりも、罪を償う様な気持ちで従う事にしたのだ。


「承知致しました。強要する気はございませんので、お好きになさって結構です」


 犬男が先導する後ろをついて行き、すれ違いざまにチラリとセイルの様子を見ると、彼は興味無さげに目を背け、頭部に生えた曲がりくねった大きな角にかかった真紅の髪を、疎ましそうにさらりと後ろに追いやっていた。


——あの角の後ろ、撫でると気持ちよさそうにしていたっけ……。


 メルチェは手を伸ばし、セイルの角の後ろを慣れた手つきで撫でた。フリューゲルであった頃、そうして彼の角の後ろをよく撫でていたのだ。

 セイルは真紅の瞳を見開き、驚いてメルチェの手首を掴んだ。


「何をする!!」

「あら、ごめんなさい! 私ったらつい……」


 セイルの顔が真っ赤に染まっている。髪や瞳、三対の翼が真紅だというのに、顔まで赤くなっては少々間抜けに見える。


「貴様、私の角に触れる事は二度と許さん!! 肝に銘じておけ!!」


 セイルはそう怒鳴りつけると、三対の翼をバサリとはためかせ、素早くその場から飛び去ってしまった。


 あっという間に空の彼方へと消えていくセイルの様子を眺めながら、犬男がポツリと呟いた。


「魔王様があのように照れる様子は初めて拝見いたしました」

「照れる? 怒った様に見えたわよ?」


 ぽかんとしているメルチェを、犬男は興味津々の様子で見つめた。


「僕は貴方に俄然興味が沸きました」


 犬男の黒い尻尾がふっさふっさと嬉しそうに揺れている。


「さあ、では参りましょう。どうぞこちらへ、足元にはお気をつけください」


 楽し気に先導する彼の後ろを、メルチェは大人しくついて行った。

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