ヘルツェライトの苦悩
聖女フリューゲルの側近として活躍した三衛聖のうち、叡智の魔導士ヘルツェライトは、輝く様な長い銀髪を三つ編みにした、色白で一見女性と見間違える様な繊細な顔立ちの男であった。
それでいて脅威と言える程の凄まじい魔法をいとも簡単に操り、人々を完膚なきまでに打ちのめす毒舌とが相成って、近寄りがたいことこの上ない。
ある日、フリューゲルからもう少し他人に優しくできないかと指摘されたヘルツェライトは思いきり顔を顰め、嫌悪感丸出しで言った。
「あのね、フリューゲル。俺にだって仲良くする相手を選ぶ権利というものがあるんだ。誰彼構わず受け入れる気なんかさらさらないね。そんなことをするくらいなら、一人でいた方がずっと気楽さ」
「でも、貴方はなんだかいつも寂しそうだわ」
フリューゲルはそう言うと、ニコリと微笑んだ。その笑顔といったらそれはそれは可愛らしく、ヘルツェライトは言いかけた反論を思わず飲み込んでしまった。
「今は魔族達と離れて、人間だけの国を創るという大事な時なのだもの、皆で協力していかなければならないわ。貴方も少しでいいから、周りに心を開いてくれると助かるの。特にヴォルタートとは仲が良く無いって、皆気にしているわ」
ヘルツェライトはヴォルタートの事を嫌っていた。やたらと纏わりつく様な視線を向けて来るのだから、毛嫌いして当然といえば当然だろう。
「……考えておくよ」
顔を背けながらそう言ったヘルツェライトの肩を、フリューゲルは優しくポンと叩いた。
「ありがとう、ヘルツェライト」
ヘルツェライトが自らの身体に触れる事を許すのは、フリューゲルだけであった。他の者が触れようとしようものならば、すかさず払いのけて怒り狂うのだから、彼の人嫌いはかなり深刻なものだった。
「……フリューゲル。キミは、セイルが魔族だから離れる事を決めたんだよね?」
ポツリと呟く様に言ったヘルツェライトに、彼女は「そうね」と寂しげに答えた。
「私達は、彼等と対等にならなければいけないわ。いつまでも保護されて、護って貰う立場ではいけないもの」
「対等に、なれる日が来るといいけれど……」
ヘルツェライトはそう言うと、俯いて言葉を切った。怪訝な表情を向けるフリューゲルに、言いづらそうにしながらもゆっくりと口を開いた。
「キミに伝えておかなきゃならないことがある。もし俺が人間じゃないのだとしたら、キミはどうする?」
その言葉に、フリューゲルは小首を傾げた。
「貴方が、人間じゃない? それはどういうことかしら?」
「……こういうことさ」
ヘルツェライトが僅かに屈んだ。その瞬間、バサリと純白の翼が彼の背から生え、ハラハラと羽根が舞った。
「俺は、堕天使と人間のハーフなんだよ。そしたらキミは、俺をこの人間の国から追い出すのかい?」
銀色の瞳を見開き、フリューゲルはヘルツェライトから後ずさり、数歩離れた。
「ハーフですって……? そんな事が?」
「堕天使は魔族と同等さ。それなのにハーフだなんて、階級に厳しい魔族にはありえないことだろうね。彼等は支配下にいる人間の事なんて、当然魔族以下としか見ていないんだから。けれども俺はこうして生まれているんだよ。おかしなことじゃないか」
ヘルツェライトは純白の翼を一度ゆっくりとはためかせた後、折りたたむ様にして背から消し去った。
「純白の翼は美しく見えるだろう? けれど俺は、誰よりも汚れているんだ。その意味が解るだろう?」
悲し気な瞳でフリューゲルを見つめると、彼女は困惑したまま更に数歩後ずさった。
魔族と……セイルと対等になりたい。人間と魔族が対等な世界でなければ、この想いが成就することはないのだから。
そう、思っていたのに……。
では、ヘルツェライトという存在は一体何なのか? 階級制に厳しいはずの彼等が、人間と交わるはずがないというのに。
ふ、と自嘲気味に笑うと、ヘルツェライトはため息交じりに言葉を続けた。
「まあ、大方人間であろう父親が一方的に行った行為で出来た子だろうさ。だからこそ誰からも望まれず、こうして産み落とされ、捨てられたんだ。キミが望む、『魔族と人間が対等な世界』は、俺の様な異物を目立たなくしてくれるのかな?」
「ヘルツェライト……ごめんなさい、私……!」
踵を返し、彼女はパッとその場から立ち去って行った。その後ろ姿を見送った後、ヘルツェライトはポツリと小さく呟いた。
「やはりキミも、俺を受け入れる事なんかできやしないのか……」
愛する者といつか対等になりたいと願い、それが今世では叶わないことだとしても、人間だからこそ与えられた権利、輪廻転生を経た先の世界でならばと願った……。
しかしそれは、魔族とのハーフであるというヘルツェライトがこうして今存在している説明がつかない。
セイルを封印し、人間の独立を図らずとも、対等な立場になれるという証拠がここに存在しているのだから。
「異例な事でしかない。余りにも、俺は歪んだ存在なんだ。本当に魔族と人間が対等になる事なんて、この先もあり得ない」
ヘルツェライトはエメラルドグリーンの瞳を悲しみで染め、ぎゅっと閉じた。
「俺は結局、どちらにも受け入れられない。フリューゲル、例えキミがセイルとの恋が成就されたのだとしても、それによって生まれる産物は誰からも受け入れられない憎しみの権化でしかないんだよ。だから、俺はキミの力になることができなかった」
ぎゅっと拳を握り締め、ヘルツェライトは唇を噛みしめた。
——俺が捨子だという事が全てを物語っている。キミはそんな俺を拾ってくれたんじゃないか。それなのに、また捨てるというのか……?




