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聖女は厄介払いされました

 伝説の聖女フリューゲル。


 かつて魔国トイフェルが大陸の殆どを支配していた時代。人間が魔族の支配下である事を良しとしなかった彼女は、魔族の王セイルを封印し、人間を解放した英雄である。


 魔族からの独立を果たし、ロルベーア王国を建国したが、勝利に酔いしれた人間達は、今度は魔族を支配下に置きたいと考えだした。


 それは、フリューゲルの意思に反していた。彼女は魔族と敵対することを望んではいなかったのだから。

 悲しみに暮れたフリューゲルは、ロルベーア王国と魔国トイフェルの国境に消える事のない魔法障壁を張り、互いの行き来を禁じる事で、魔族と人間の両方を守ろうとした。


 彼女にとっては、人間も魔族も等しく大切であったのだ。



◇◇◇◇



 メルチェは豪華な馬車に揺られながら、純白のドレスを身に纏い、鎖のついた両手をじっと見下ろした。


——私、一体どうして手錠をつけられて花嫁衣裳を着せられているのかしら……?


 まだ夢うつつで頭がハッキリとしない。これはどうやら眠りの魔法がかけられていた様だと、状況を把握する為頭を巡らせた。


 昨夜の事を思い出してみると、国王夫妻がいつも以上に余所余所しかった。そして姉であるアデリナはやけに親切で、日ごろの嫌がらせはどこへやら、晴れやかな様子で終始笑みを浮かべていた。つまりこの件には間違いなく両親と姉が絡んでおり、決して誘拐されたわけではないということだ。


 馬車の窓には鍵がかけられている。当然ながら扉にもだ。聞き耳を立ててみると、数台の荷馬車が後方に連なっている様子が伺い知れた。御者席には二名座っており、落ち着かない様子で辺りを警戒し、口数少なく馬を操っている後ろ姿が見える。


——つまり、私の嫁ぎ先が決まったというわけね。御者の雰囲気からすると、あまりいい嫁ぎ先では無さそうだわ。


 メルチェは大きくため息を吐いた。両手を拘束している鎖を外す事など、メルチェにとっては朝飯前だ。鍵の掛けられた窓や扉も簡単に破壊できるだろうし、追手から逃げ切る事も、逃げた先で女性であるとはいえ、たった一人で生活していく事にすら自信があった。


 問題は、逃亡することで、嫁ぐ予定であった先と実家である王家との間に摩擦が生じるだろうということだ。


 御者がここまで警戒する程の所だ。国内では無い事は確かだし、関係性が良好な同盟国であるとも考えにくい。敵対国に送り込むとしても、あの両親の事だ。関係性が余計に劣悪になることを恐れて、そんな冒険じみた行動には出ないだろう。だとすれば、小国や内戦の絶えない国か、貧困な国か……。

 いずれにしても、まともなところではないということだけは確かだ。


 メルチェは項垂れた。正直なところ、自分の嫁ぎ先などどうでも良かった。そんな事よりも昨日再会したセイルの美しい姿が頭から離れない。

 こうしてどこかへ嫁ぐとなれば、彼とは二度と顔を会わせる事が無くなってしまうのだから、その事の方がずっと悲しく心残りだ。


——せめて、もう一度あの美しい顔が見たかったわ……。


 メルチェが再び深いため息を吐くと、馬車が停まった。


 なにやら話し声が聞こえるものの、上手く聞き取れない。続いてカチャカチャという金具の音が聞こえ、馬が何頭か駆け去る様子が窺えた。聞き耳を立てていると、ノックの音と共に馬車の扉の鍵が解錠され、ゆっくりと扉が開かれた。


「ロルベーア王国第二王女、メルチェリエ・アンブローシュ・ロルベーア様でございますね? お待ちしておりました」


 艶やかな黒髪の青年がメルチェをエスコートしようと手を差し伸べた。が、メルチェの両手首に鎖がつけられている様子を認めると、キョトンとして見開いた瞳を何度か瞬きし、黒曜石の様な眼球をチラリと向けた。


「これは一体、どういうことでございましょう? 何故鎖で繋がれておいでなのです? 馬車に鍵が掛けられていた事も不可解ではございましたが……」


 小首を傾げた彼の頭部には黒い大きな犬の様な耳が生えており、黒いコートの裾からは真っ黒なふさふさの尻尾が揺れていた。


——どうして繋がれているか、ですって? そんなの、私が聞きたいわ……。


 メルチェは苦笑いを浮かべながら全身黒ずくめの犬男を見つめた。


「どうした、アガティオン。何か問題か?」


 低く心地の良い声が聞こえ、メルチェには直ぐにその美声の持ち主が魔族の王セイルであることが分かった。


 つまりは、相当に惚れているわけである。


 思わず聖女パワー全開で鎖を引き千切り、馬車の隅へと身を隠すと、高鳴る心臓を必死になって抑えた。


——どういう事かしら!? ここが魔国トイフェルなのだとしたら、ひょっとして私はセイルの元に嫁ぎに来たというの!? 本当にっ!? 夢ではなく!?

 それはっ……ロルベーア国王夫妻&お姉様、グッジョブ過ぎだわっ!!


 口から心臓が出てきそうな程に強く鼓動する胸を両手で押え、馬車の隅で息を顰めながら彼等の次の言葉をじっと待った。

 メルチェの脳内ではセイルと挙式する様子が再生され、最早妄想世界では幸せの絶頂期である。


「魔王様。『生贄』が鎖で拘束されております」


 アガティオンと呼ばれた黒い犬男が申し訳なさそうに答え、セイルは「ほう?」と、唸る様な声を上げた。


 メルチェは一瞬のうちに幸せの絶頂から不幸のどん底へと突き落とされた。

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