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不幸の塊アシュマ・デヴァ

「ええ!? 魔法でアガティオンに似せた尻尾を生やして見せたですって!?」


 メルチェが素っ頓狂な声を上げ、アシュマは得意気に頷いた。


 ここはアシュマに与えられた子供部屋の中である。メルチェとライネは傍らにあったソファへと腰かけ、アシュマは子供用の小さな椅子に座っている。動くと時折「プキュー」と妙な音が発せられ、その度にアシュマは不快そうに顔を顰めた。


「どうしてそんな事をしたの? セイルが可哀想じゃない!」


 メルチェの質問に、アシュマは「可哀想なもんか、最高だろう?」と、声を上げて笑った。


「誰があんな奴を父親だなんて認めるものか。犬コロの方がよっぽどマシだと思ったからそうしたまでさ」


 普段は簡単に幻術に引っ掛かる様なセイルではないが、まさか生まれたての我が子が幻術を使うとは夢にも思わず、まんまと騙されたのである。

 このアシュマ、見た目は天使だが、その中身はどうひいき目に見ても悪魔である。


「セイルのどこが気に食わないの? あんな美形は他に居ないと思うわ」


 メルチェも大概である。

 我が子を説得しようとしている訳だが、逆効果この上ない。その理由は……


「あんな男をキミは未だに想っているのかい!? 俺の事は一体いつになったら愛してくれるんだよ、フリューゲル!」


 アシュマが涙目で訴えた。

 つまり、ヘルツェライトはフリューゲルに片思いをしていたにも関わらず、愛する女性の生まれ変わりと憎き恋敵セイルの間に、アシュマとして生まれて来てしまったという、とんでもない悲劇的状況にあるというわけだ。

 それだというのに、メルチェは全く以てお構いなしに、我が子を思う母親の視線を向けている。


「勿論、愛しているに決まってるわ! 可愛い我が子ですもの! でも、私の事は『お母さん』って呼ばなくては駄目よ?」

「お断りだね!」


即答したアシュマに、メルチェは負けじと食い下がった。


「それじゃあ、せめて『ママ』って……」

「何が()()()さ!? 絶対に嫌だ。断固拒否するよ。キミの今世の名前は『メルチェリエ』だろう? 『メルチェ』と呼ぶからそのつもりでいてよね」


アシュマは憤然とすると、純白の翼をはためかせてベビーベッドの上へと降り立った。メルチェは悲しそうに眉を下げ、「えー!?」と嘆いた。


「私、我が子に名前で呼ばれるの!? そんなの嫌よ!」

「何を言ってるのさ、見て解るだろう? この成長の速さ。たったの十日で二歳児位に育っているんだよ。このペースで行けば数か月後には成人に追いつく勢いじゃないか。想像してみてよね、前世の姿の俺がキミに対してそんな気持ちの悪い呼び方をするんだ。鳥肌が立つだろう? 真っ平ご免さ!」


メルチェは唇を尖らせて、「折角お母さんになれたのに……」と、寂しげに言った。


 ライネは一人俯きながら『どうして私が一番年上!?』と、悶々としていた。


「え、でも、ちょっと待って!」


ライネが素っ頓狂な声を上げた。


「そんなに成長が早いんならさ、ヘルツェライトったら一瞬でおじいちゃんになっちゃうんじゃないの!?」


ライネの言葉に「そんなはずないだろう!?」とアシュマは怒鳴りつけると、プイと顔を背けた。態度の割に、ふっくらとした頬が可愛らしい。


「魔族は成人したらそれ以上はゆっくりと老けるのさ。怪力変態女がよぼよぼになっても、俺は若々しいままだよ。残念だったね」

「……相変わらずムカツク!」


アシュマは小ばかにした様にライネに向かってツンと鼻先を逸らせてみたが、その小さな鼻先は皮肉な事にライネに『こいつ可愛いじゃない』と思わせただけだった。


「それにしても、かつての同僚が我が子として産まれるだなんて、メルチェリエも災難だね」


 ライネの言葉に、メルチェはキョトンとして「どうして?」と、小首を傾げた。


「え? だって、きもくない?」


 その言葉に、アシュマは『ガーン!』とショックを受け、涙目になった。アシュマ自身望んでこうなったわけではない為、不憫極まりない。


「やい、怪力変態女!! 酷い言い様じゃないかっ! 俺だって好き好んでこうなったわけじゃないぞ!?」

「でも、きもいものはきもいよ。ねぇ、メルチェリエ。こんな子供きもいよね?」

「別にそんな風に思わないわ。アシュマは私がお腹を痛めて産んだ子ですもの、とっても可愛いわ!」


メルチェはサラリと言ってのけたわけだが、それはそれで過去のヘルツェライトを全く以て男性として意識していなかったという現れであり、彼の想いを知っているライネはなんだか複雑な気分を味わった。


「それにしても、どうして私はアシュマと会わせて貰えなかったのかしら」


呟く様に疑問を唱えたメルチェに、アシュマは気まずそうに眉を寄せた。


「……あのさ、俺がキミに身の回りの世話なんかさせるはずが無いだろう? トラウマを植え付けさせる様な真似は止めてよね」


 つまり、アシュマは必死だったのだ。かつての想い人フリューゲルの子供として生まれたというだけでも悲劇であるというのに、おむつ替えや沐浴、授乳までされた日には、男として立ち直れない程の深い深い心の傷を負う事になる。


「どうして? 私はアシュマの身の回りのお世話をしたいわ! 乳母を雇ったという話も聞いていないし、おっぱいだってあげたいわ!」


母親らしいことをしたいメルチェは瞳を輝かせて言った訳だが、アシュマは泣きそうになりながら「俺が嫌だって言ってるの! ほんと、無理だからっ! 二度と言わないでよね!?」と反論した。


「あー、成程ねぇ。ヘルツェライトにとっては拷問に近いかもね」


ライネは、くすくすと笑いながら「不憫な奴ぅー!」と茶化し、アシュマはぷっくりとした頬を真っ赤にしながら更に膨らませた。


「煩い煩い! 俺はヘルツェライトじゃなくアシュマだ! もう昔の俺じゃない、前世は忘れる事にすると決めたんだっ! ほっといてくれっ!!」


 半泣きしながらそう言い放つと、アシュマはぷいと背を向けてベビーベッドに寝転がり「用事が済んだなら出て行ってよね!」と言って口を噤んでしまった。

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