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不貞疑惑

 出産を終え、十日経った頃。ついにメルチェは我慢の限界を超えた。


——赤ちゃんに会わせてっ!!


 元々身体が丈夫なメルチェは完全に元の元気を取り戻しており、産後だとは思えない程にパワフルだった。とはいえ、あまり出歩くとハウレスが煩いので『気晴らしに一人で散歩に行く』という態で我が子を探しに城内をうろついた。

 相変わらず魔族達はどこか余所余所しく、メルチェがいつも通りに声を掛けるとぎこちない応答をしてそそくさと退散してしまう。


 折角築いた関係性が、原因が不明のまま崩れ去ってしまった事に気分が落ち込んでしまったが、そんな事でめげていては駄目だ、我が子の元気な姿を一目見るまではと、メルチェは顔を上げてずんずんと城の廊下を突き進んだ。


「キャン!!」


 子犬の様な声が聞こえ振り向くと、アガティオンがサッと廊下の影に隠れる様子が目に入った。メルチェは不思議に思ってアガティオンの側へと赴くと、「どうして隠れるの?」と、声を掛けた。


「クゥン……」と、鼻を鳴らしながらそっと顔を見せた彼は、耳を完全に伏せて、尻尾を股の間に挟んでいる。


「アガティオン? 怯えているの?」

「ち、違います! 僕はメルチェリエ様と会話をしてはいけない立場でございまして、その、恐れ多く……!」

「何を言ってるの? 折角仲良くなれたのに」

「そんな! 仲良くだなんて滅相もございません!!」


たじたじとしながらアガティオンは数歩後退し、メルチェから距離を取った。


「赤ちゃんを沐浴させてくれたと聞いたわ」


その言葉を聞いて飛び上がらんばかりに驚くと、アガティオンは両手をわたわたと振りながら答えた。


「そ、それは魔王様に言われて仕方なく!! あ、いえっ! 光栄なのですが僕はそんな、本当にっ!!」


いつもの丁寧ながら飄々とした様子とは打って変わり、まるで怯えているかの様にアガティオンは狼狽えていた。だが、久しぶりに会えたのだからと、メルチェは負けじと更に言葉を掛けた。


「セイルが赤ちゃんの名前を『アシュマ・デヴァ』でどうかって。私は素敵な名前だと思うわ。アガティオンと相談して決めてって言っていたのだけれど……」

「そ、そんなっ!! 僕に決定する権限などございません!! メルチェリエ様がその名が良いというならばそうするべきかと思います!」


アガティオンが慌てふためきながらも更に距離を取り、メルチェは悲しくなって俯いた。


「私の事、嫌いになっちゃったの?」

「嫌うだなんてとんでもございませんっ!」

「じゃあどうして避けるの?」

「避けたくはないのですが致し方ないのです! いいですか? 僕はメルチェリエ様に指一本触れてすらいませんからっ!! これまでもそうですし、これからもずっとそうなのでございますっ!!」


メルチェは顔を曇らせると、悲し気にアガティオンを見つめた。


「……私、貴方に何か嫌われるような事をしてしまったのかしら。本当にごめんなさい。どうしたら赦してくれるの?」


しくしくと泣き出したメルチェを前に、アガティオンは大慌てし、オロオロとしながら「キャンキャン」と声を上げた。


「あわ……あわわわ! な、泣かないでください、メルチェリエ様っ! そうじゃありません、メルチェリエ様は何も悪くありませんから!!」


 アガティオンも黒曜石の様な瞳に涙を溜め始め、困惑しながらも黒いコートのポケットからハンカチを取り出してメルチェへと差し出した。


 洗濯をしていないのか、随分と獣臭いハンカチである。


「ただ、厄介な誤解が生じているのです。解決しようにも決定的な証拠がございまして、僕もどうしたらよいのか考えあぐねいている次第にございます」


「……はっ!」


 慌てた様な声が更にもう一つ響き、アガティオンとメルチェはハッとしてそちらに視線を向けた。


 艶やかな真紅の髪を靡かせ、驚いた様に真紅の瞳を見開いたセイルの姿がそこにあった。


 彼は声にならない様子でパクパクと口を動かした後、二人から目を逸らし、何やらバツが悪そうにした後、ぎこちない笑みを向けた。


「……そうか。二人は仲が良い様だな。うむ、感心なことだ。そうでなくてはならぬな、うむ」

「ち、違うのです、魔王さ……」


アガティオンが言い終わらないうちにセイルは『バビュン!!』と、凄まじい速さでその場から居なくなり、メルチェは何が起こったのだと呆気に取られた。


 アガティオンは「キュオン……」と、鼻を鳴らすと、「違うのに、どうしても信じてくださらない!!」と言って、ワンワンと泣き始めた。


「え? アガティオン、一体どうしちゃったの!?」


戸惑うメルチェの前で、アガティオンは「キュンキュン」と鼻を鳴らしながら訴えた。


「魔王様が、メルチェリエ様のお子を僕との子だとお疑いなのです。どう申し上げても信じて頂けず、僕はどうしたら良いのか分かりかねております!」


 クゥン!! と鼻を鳴らしてアガティオンが泣き出し、メルチェは呆気に取られながら見つめた。

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