聖女と怪力女の女子トーク
「それでね、聞いてよフリューゲル! あの魔王様ときたら、突然お店に乗り込んできたかと思ったら、『今流行りのドレスを仕立てたい』なんて真顔で言うものだから、どんな相手に渡すのかと興味津々になって付いてきちゃったってわけ! いや、いつもなら採寸は他の従業員に任せるんだけど、これはもう見なきゃって興味が沸きに沸いちゃってさぁ!」
ここはメルチェの自室である。栗色の巻き毛の女性が肩を竦めながらマシンガントークで話し、メルチェは困惑しながらも懐かしんでその話を聞いている。
「あの、ライネ。ここでは私を『メルチェリエ』と呼んで欲しいのだけど……」
控えめに済まなそうに言ったメルチェに、ライネは栗色の巻き毛を人差し指でくるくるとさらに巻き付けながら「ああ、今世はそんな名前だったっけ」と言って微笑んだ。
「でも、どうして? 魔王様には自分がフリューゲルの生まれ変わりだって話してないの?」
不思議そうに小首を傾げるライネに、メルチェは慌てて首を左右に振った。
「とんでもない! そんな事言ったらすぐに追い出されちゃうわ! だって、私は彼を封印した張本人なのよ? 警戒されちゃうし、きっと思い出したくない過去だと思うもの」
「子供まで作っておいて追い出されたりなんかしないっしょ?」
「……今は昔と違うのよ。人間と魔族の平等な共存は失敗に終わってしまったわ。私は、彼を騙したも同然なのだから」
そう言って、メルチェは溜息を吐きながら俯いた。
フリューゲルとして生きた時代。人間の独立を図って起こした活動は、セイルに強烈なまでに反対された。有無を言わさぬセイルの意思を快諾させる事は不可能であり、階級に厳しい魔族達は王たるセイルの意思を絶対的に尊重する。
このままでは埒が明かないと、人間達の不満は増々募っていった。セイルを邪悪であると称し、彼の討伐をヴォルタートが提案しだし、フリューゲルは断固として反対した。
代わりに彼を封印する事で人間の独立を進める事にしたのだ。
「魔王様を封印したあとのフリューゲルは、見てられない程に辛そうだったね。酷い事させちゃってごめんね」
ライネは栗色の巻き毛を揺らし、深々と頭を下げた。メルチェは当時の事を思い出し、ぎゅっと拳を握り締めた。
「ライネが責任を感じる必要なんか無いわ。あの時はそうするしか仕方が無かったのだもの。でもね、本当は十年だけ封印する予定だったのだけれど。私、間違っちゃったみたい……」
とんでもないミスである。
ライネは苦笑いを浮かべ、「やっちゃったものは仕方無いよね!」と、明るく言い切った。
「でも、今の世界がきっと丁度いいんだと思う。同じ国で人間と魔族が共存なんて、しない方がいいんだよ。私は私で楽しくやってるしさ! 魔族だって人間なんていう重たいお荷物を背負いこまなくて良くなって、きっとラクチンになったと思うよ」
ライネの言う通りかもしれないと、メルチェは思った。フリューゲルであった時に思い描いた理想は叶わなかったが、その理想とは、叶ってはならないものだった。
もしも人間と魔族が平等であるという立場となったならば、弱きを助けるというセイルの意思が失われた世界は、瞬く間に魔族達が人間にとって脅威となる存在へと変貌していたことだろう。
それほどに人間が愚かであるということを、メルチェはフリューゲルとして生きた時代に全く気付いていなかったのだ。
「それにしても、ライネが仕立て屋さんを営んでいるなんて思わなかったわ」
——いかがわしいお店じゃなくて良かった!!
メルチェは心の底から、セイルの不順異性交遊疑惑が誤解であったことに安堵していた。
信用の無い魔王である。
「ああ、これでも結構流行ってる店なんだ。普通の力だと縫えない様な材料も扱えるからね。ドラゴンの皮を使った加工品が一番の売れ筋商品なんだ」
つまり、天使の羽根という特殊なドレスの材料を集め終えたセイルが、今流行りのデザインに仕立てるべく飛び込んだ店が、かつてフリューゲルの仲間だったライネの生まれ変わりが経営している仕立て屋であり、セイルがそうまでしてドレスを仕立てて贈りたい相手とやらがどのような者なのかと興味を持ったライネが、無理やりついて来たという訳なのである。
言い合っていた様に見えたのは、ドレスのデザインについてどうするかを話し合っていたのであり、その内容は実のところ完全にセイルののろけであった。
『良いか、メルチェリエは天使の様に……いいや、天使よりも美しく、この世に存在するどのようなものよりも尊いのだ! 彼女に似合うドレスを作るのは至難の業であるとは思うが、名誉な事と心得るがよい!』
『魔王様がそんなにご執心な御方の顔は是非とも拝見しなきゃだけれどね、ハッキリ言って全然期待してないからね!?』
『貴様、やけに馴れ馴れしいな!? ええい、私にひっつくな!!』
『折角だから魔王様の採寸もしてあげようってんだから、大人しくしなよね!? おお、色々立派だね。顔だけじゃないのか、なんだか憎たらしいわ』
『貴様! 妙なところを触るな!』
『いいじゃないか、減るもんでもなし』
振りほどこうにも怪力のライネの生まれ変わりである彼女からは、流石のセイルも簡単に逃れることができず、ひっついたまま帰還したというわけだ。
ライネはニマニマと笑みを浮かべながらメルチェを見つめ、嬉しそうに言った。
「まさかフリュ……メルチェリエが魔王様と結婚するだなんて、生まれ変わってみるものだね。私、驚いちゃった」
「結婚したわけじゃないわ」
メルチェの言葉に、ライネは瞳を見開いて「はぁ!?」と、声を上げた。
「どういうこと!? 結婚してないのに子供が出来たの!?」
「ええ、まあ……」
気まずそうに笑みを浮かべたメルチェに、ライネは顔を真っ赤にして怒り狂った。
「コウノトリが運んで来るわけでもあるまいし、あの真っ赤男ってば一体どういうつもりなの!? ヤ〇チン野郎めっ!!」
「ち、違うの! 私が誘ったのよっ!!」
間違ってはいないがとんでもない発言である。
ライネは真っ赤にした顔を今度は青くして、メルチェを見つめた。