フリューゲルと三衛聖
聖女フリューゲルには彼女を心から信頼する三人の仲間がいた。怪力の戦士ライネと、叡智の魔導士ヘルツェライト。そして、高徳の聖人ヴォルタートである。
彼等は『三衛聖』と呼ばれ、人々からの信頼も篤く、称えられていた。
因みにライネは女性、ヘルツェライトとヴォルタートは男性であり、ライネは一見華奢で可愛らしい女の子であったにもかかわらず、大の男が四人がかりでやっと運ぶ岩を、悠々と片手で持ち上げる程の怪力の持ち主であった。
ヘルツェライトに於いては最強魔法とも言える隕石の召喚を、さも簡単そうに詠唱無しで実行するという、異常なまでの高い魔力と精神力を持っていた。
但し、一見人当たりよく見える彼だが、実のところ凄まじい毒舌で人嫌いであった。
そしてヴォルタートは熾天使信仰が篤く、他に対して優しく思いやりがあり、神聖魔法を操り人を癒す、素晴らしい能力を持った男であったが、魔族に対しては差別的な態度を取る事もしばしばあった。
三人の才能を見出したのはフリューゲルであり、そのどれもが死にかけの所を救われていた。
魔族が支配する国へ奴隷同然に人間が売られて来るのは、その時代珍しい事では無かった。
口減らしを兼ねての事で満足に食事も与えられず、高く聳え立つ山々に囲まれた王都への道のりは過酷であり、奴隷商人の馬車の中でたどり着く前に絶命する者すらいたほどだった。
セイルは外部からの人間達を拒む事無く、全て受け入れていた。それほどに魔族が支配する国の力は絶大だったのだ。遺体も丁重に弔ってやる為、奴隷商人も途中で引き返す事無く王都まで向かう。
あまり褒められた職業では無いとはいえ、この時代の奴隷商は人助けを兼ねており、その大半は魔族が担っていた。
満足に食事を与えられないまま死んでしまうよりは、奴隷商人に売られた方がずっとマシだったのだから。
人間はどうしても魔族よりも脆く儚い。どれほどに力が強くても、叡智や才能を持っていても、時の流れが魔族のそれとは異なるのだから。
「ねぇ、フリューゲル。魔族達は寂しくないのかな」
ある日、ライネがポツリと呟いた。
フリューゲルが不思議に思って「どうして?」と、返すと、ライネは悲し気に瞳を潤ませていた。栗色の巻き毛が風で揺れ、華奢で小さな肩を一層小さく竦めている。
その日ライネは儚い命の終わりを遂げた小鳥を埋葬していた。
「だって、私達人間は皆、魔族達より先に死んでしまうじゃない。寂しいって思わないのかな? それとも、支配下にいる人間のことなんて何とも思わないのかな?」
フリューゲルはハッとして顔を上げた。遠くでセイルが気さくに作業をしている者達に声を掛けている姿が見える。相も変わらず、その容姿たるや輝く程に美しく、周囲に居る人間も魔族も魅了している。
——彼は、私が年老いても、いつまでも美しいままなのだわ……。彼にとっては私達と過ごすこの時間なんて、一生のうちのほんの僅かな時間でしかない。
「……どうかしら? 寂しいと思ってくれるのではないかしら」
フリューゲルはそう言いながらも、心に不安が満ち溢れた。セイルにとって自分の存在とは一体何なのだろうかと意識し始めた瞬間であった。
ヴォルタートが、「なんとも思ってはいないでしょう」と、会話に加わってくると、純白の手袋を嵌めた手で、ダークブラウンの髪を撫でつけ、言葉を続けた。
「私達の事などペットどころか、虫けら程度にしか考えていないに違いありませんよ」
鼻を鳴らすヴォルタートに、フリューゲルは首を左右に振って反論した。
「そんな事無いわ。少なくともセイルは、皆の事を想ってくれているはずよ」
「俺もそうは思わないね」
フリューゲルの反論に、ヘルツェライトが会話に加わって来ると、「キミがそう信じたいだけじゃないか」と言ってやれやれと肩を竦めた。
三つ編みにした長い銀髪を肩から垂らし、細い眉を吊り上げてチラリと横目でフリューゲルに視線を向ける。
「いいかい、フリューゲル。理想を追うのは結構だけれど、俺達はいつまでも魔族達の支配下からは抜け出せないんだ。つまり、一生『対等』になんかなれない」
——一生、対等になれない……。
ヘルツェライトの言った言葉を心の中で繰り返し、フリューゲルはズキリと心を痛めた。セイルとの距離がこの上なく遠く感じる。どんなに必死に手を伸ばしても、決して届く事のない距離。やはり彼は雲の上の存在に等しいのだ。
俯くフリューゲルを見つめながら、ヘルツェライトが言葉を続けた。
「……けれど、一つだけ人間が優位に立てる事柄がある。何か分かるかい?」
フリューゲルとライネが首を左右に振ると、ヘルツェライトは「死さ」と言って遠くに居るセイルへと視線を向けた。
「奴らは死んだらそこでお終いだろう? けれど、俺達人間には『輪廻転生』というものがある。望もうとも、望まなくても。己の意思とは関係なくね」
ヴォルタートは頷くと、ヘルツェライトの言葉に続けた。
「人は、例え肉体が滅びようとも、また次の生命として生まれ変わる事ができるのです。それだけは、魔族達より優位であると解釈できるでしょう。命は永遠ではありませんが、魂は永遠という訳なのですから」
——魂は、永遠……。
フリューゲルは心の中で何度もそう呟いた。




