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仲良しこよし

 魔王セイルは、突然の失踪を遂げた。


 城は大混乱に包まれたものの、嘆くよりもまずは政務をなんとかしなければならない。階級に厳しい魔族ならではというべきか、セイルの側近として常に仕え、高い権限を持っていたアガティオンが代役として強制的に担ぎ上げられた。

 勿論、他にも政務官は複数名居る訳だが、王の代理となれば話は別だ。

 アガティオンはあまりの激務に毎日目の下に隅をつくり、今にも倒れてしまいそうな程に(やつ)れていった。心なしか艶やかだった漆黒の毛並みも色あせて見え、メルチェも放っておくわけにはいかず手伝う事にした。


 そこでメルチェの溢れんばかりの才能が発揮される。一を教えれば百を熟し、瞬く間にトイフェルの政務を覚えてしまったのだ。


「メルチェリエ様にこの様な才覚がおありとは。このアガティオン、敬服致しました!」


感極まって涙すら浮かべるアガティオンに、メルチェは困った様に微笑んだ。


「お役に立てて良かったわ」

「妊娠中のお身体だというのに大変恐縮にございます。くれぐれもご無理だけはされませんようにお願い致します」

「大丈夫よ。本当に、喜んでもらえる事が嬉しいのですもの」


 使用人が執務室に入ってくると、お茶の準備を始め恭し気にメルチェへと差し出した。お礼を言うメルチェに「ハーブティーでございます」とニコリと微笑んだ。一方アガティオンには濃いコーヒーを出した様で、彼は耳を平らにしながらチビチビと飲んでいた。


「皆もメルチェリエ様を敬う様になり安心致しました。魔族は階級に厳しい種族である故、つまりは能力主義なのです。ロルベーア王国では、メルチェリエ様を失って嘸かし嘆いているのではございませんか?」


アガティオンの問いかけにメルチェは「それは無いわ!」と、即答して首を左右に振った。


「私は厄介者扱いだったもの。父からも疎まれていたわ」

「このような素晴らしい能力をお持ちだというのに、一体何故ですか!?」


 王という立場は複雑なものだ。メルチェの才能は愚鈍な王にとって脅威となるほどであり、我が子の才能を喜べる寛大さなど存在しなかったのだから。だからこそ他国へと嫁がせる訳にもいかなかったというのが本音であり、王家はメルチェの才能をひた隠しにしていたのだ。

 魔族への生贄ともなれば国の体裁は保たれ、彼女の才能を発揮する暇もなく消えゆくだろうと考えたに違いない。


「人の心は脆いものだから」


 メルチェはそうアガティオンに答えると、お茶を一口飲んだ。爽やかな香りが口いっぱいに広がる。ロルベーアでは味わった事のない、労わりと優しさが込められたものだった。


 それから三カ月。セイルは失踪したまま戻って来なかった。


 季節が変わり、吹く風は冷たく朝晩は肌寒さが増した。魔国トイフェルは広い国土を持っている為、地域によって気候に随分と差があるものの、王都のある海に面した沿岸側は、夏は乾燥して暑く、冬は暖冬である。


 メルチェの周囲にも変化が訪れた。

 余所者を見る目で見ていた魔族達が、使用人も含め皆友好的になったのである。それほどに政務に関わる彼女の功績が大きく、また、持ち前の優しく明るい性格が受け入れられたということなのだろう。

 更には階級に厳しい魔族社会に於いて、メルチェは王妃でもなければ魔族でも無い為、話しかけやすいのだ。

 フリューゲルの頃からずっと望んでいた魔族と人間の平等な関係性が、小さいながらも出来上がっている。

 一向に姿を見せないセイルを待ち続ける事にも疲れ、気が滅入っていては胎教にも良くないと、率先して外を出歩く様になった彼女に、皆が気さくに話しかけてくる。


「メルチェリエ様、今日のお加減は如何です?」

「今晩のお食事は新鮮な魚が入りましたので、きっとご満足いただけるはずです!」


 メルチェにはそれが堪らなく嬉しかった。ロルベーアでは、厄介者扱いだったのだから。


 お腹の子はすくすくと成長し、まだ妊娠四か月にも満たないというのに臨月の様に腹部が大きくなってしまった。

 不安になったものの、魔族とはそもそも妊娠期間が種別によってまばらなのだという。一日で産む者もいれば、百年妊娠している者もいるのだとか。メルチェの場合は人間と魔族との混血児を妊娠している為、尚更に妊娠期間が読みづらいわけだが、腹部の張り具合からすると、もう間もなくではないかとのことだ。


 時折感じる胎動が、セイルの子を身籠ったという実感を沸かせ、気持ちを高揚させた。


——どんな子が生まれるのかしら? セイルに似たら、美形確定よね。


 そう考えながら、メルチェは愛しそうに腹部を撫でた。


——もしも女の子だったら……? セイルの女性版ということよね? 絶世の美女確定じゃない! 早く見たいわっ!!


 彼女は毎日の様に妄想しては、ニヤけていた。


「メルチェ! 一緒にお散歩しよう~」


 ハウレスが甘える様にすり寄ってくるので、メルチェは「ええ、一緒に行きましょう」とニコリと微笑んだ。


「中庭に行こうよ。ちょっと話したいことがあるの!」


 ハウレスがご機嫌そうにメルチェの手を引いた。すっかり飼い猫と飼い主である。

 メルチェは笑顔で了承すると、ハウレスに手を引かれながら、中庭へと向かった。

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